むりがく   作:kzm

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校則その8『体調管理は生徒の義務です』・5●

 

 寮の前からバスに乗り、そのまま病院の前にたどり着いた。

 かなり大きな白い建物が沙羅と李亜の二人の前に連なっていた。寮となっているマンションにも似ているが少し違う。こちらは建物全体が低く、そして広い。

 どうやら隣には教育研究所もあるらしい。

 中に入り、受付で沙羅の虫歯のことを言うと学生証の提示を求められた。素直に差し出すと、歯科への行きかたをていねいに説明された。

 そして二人は歯の治療を行う場所へとついたのだが。

 

 チュイーン! ガガガガッ! ドドドドッ!

 ああっ、やめっ、ああああああっ!!?!

 

 曇りガラスの扉の向こうから激しい機械音と悲鳴が聞こえ、二人は同時に固まっていた。

 

「……これと似た音を聞いたことがある」

 

 ぽつりと沙羅は呟いた。

 

「どこで?」

「……港の工事現場」

「工事……。あ、そうだ、付き添いの人はここまでだって。頑張ってね」

「なっ!?」

「えー、だって魔王様ならこんなの余裕ですよねー? 知らない場所に行くのはどんな存在だって迷う可能性があるからしょうがないけど。きっと僕なら怖すぎて前に進めないよ。ほんとほんと」

「ははは、お前ならその程度だろうな。しかたない、お前はそこで震えながら待っていろ」

 

 沙羅は笑いながら扉を開き、中へと入っていった。その顔色は悪く、血の気が失せていたがとりあえず見なかったことにした。

 一人になり、李亜は改めて肩をすくめた。

 どう扱えばいいのかもうほとんど理解した。

 扱いかたがわかれば反応もわかりやすく、そんなところがまたかわいいと思う。特に怯えて強がるところが。魔王かもしれないが、意外に小心者だ。今度はどんな嘘でだましてやろうか。

 

「……いや、えぇと、別にいじめてるわけじゃ……」

 

 これ以上考えると一人で恥ずかしくなりそうだから、やめた。

 李亜はソファに座り、その場にあった適当な雑誌を開いた。

 中からは悲鳴は聞こえてこないが、相変わらず激しい機械音は聞こえてくる。

 ――十数分後。

 曇りガラスの扉が開き、中から黒髪の少女がふらっと出てきた。

 

「あ」

 

 李亜が思わず立ち上がると、黒髪の少女はその胸にわしっとしがみついた。頭が小さくぶるぶると震えていた。そっと撫でると安心したのか震えは収まった。

 

「お、おつかれさま……」

「……ぐぅ……!」

「な、何があったの?」

「……太い、何かの棒を口の奥まで突っ込まれ、閉じれば血を見ると脅され……身動きできない私にあいつらは集団でおそろしい棒を突きつけ、私はそれを受け入れ耐えることしかできなくて、あんなっ、あんな無理やり……!」

 

 歯の治療で何をするかは李亜は知っている。一人を治療するのにたくさんの人間が押さえつけることがあることも知っている。

 突っ込まれたのは治療の工具だともちろんわかっているはずなのに。

 

 ……李亜が想像する光景は歯の治療とは別のものだった。

 

「ほ、他に痛いとこない? ね、ずっと磨いてないんだから虫歯一本だけじゃないよね!? もう一回やろう! もう一回! そのときは僕も一緒に入るから!!」

「バカな!? もう大丈夫だと言われたぞ! 食事もしていいそうだ! 二度と行くものか! あんな反撃も許されず一方的になぶられる場所など二度と! 貴様いったい何を企んで……!」

 

 

■□■

 

 

 二人でぎゃあぎゃあと騒いでいると太めの看護婦が出てきて思い切り叱られた。

 学校に言いつけて反省してもらう、なんて言葉を聞いたときは二人は慌てて外まで逃げ出した。

 消毒液くさい場所から一転、暖かい日差しと海からの風が二人を包む。

 入り口付近にあった時計塔は正午より少し前を示していた。

 

「どうするお昼。寮に戻る? それともどっか食べに行く?」

「うむ。せっかく外に出ているのだからな。よし、外で食事をすること、私が許そう」

「だからなんで君が許す必要あるんだよ……」

 

 いつもの調子はすでに戻ったらしい。黒髪とワンピースを風に揺らめかせながら沙羅はバス停へと向かった。

 横顔には上機嫌な笑みがこぼれ、足取りはとても軽そうだ。無意識にか、顔にかかりそうになっていた黒髪を指で耳の後ろへとかけなおしていた。

 町へ向かうバスはもう少し待つ必要があるようだ。

 病院は島の高台にあり、バス停からは海を見ることができる。はるか遠くは水平線にかすんでおり、向こうに何かあるかないかさえわからない。

 

「わー! いい景色だねぇー! あ、ほらほらフェリーが見えるよっ」

 

 李亜は海の上をゆっくりと進む豆粒のようなフェリーを指差した。

 そのとき強い風が吹き、李亜の長い髪を軽く巻き上げた。

 長袖シャツにデニムパンツという中性的というより洒落っ気のない姿だが、逆に体の線を強調することになってしまっている。おそらく李亜自身はさほど意識していないだろうが。

 

「李亜」

 

 沙羅は茶髪の少女をまっすぐに見ながら『名前』を呼んだ。

 

「な、なんだよ」

「……なんでもない」

 

 つい、と黒髪の少女は視線をそらす。

 

「沙羅、さん」

 

 今度は李亜が名前を呼ぶと、沙羅は大きく肩を震わせた。動揺を隠しきれていない。

 李亜は沙羅のことを『松風さん』と呼ぶ。ただそれは第三者に説明するときか女子高生らしい演技をするときだけで、通常は『君』だ。

 そして沙羅のほうも普段は『お前』と呼ぶばかりで、つまりはお互いに似たようなものだった。

 

「私は……魔王アシュメデだ」

「ぼ、僕だって勇者トビア、だよ」

 

 二人は少しだけ距離をとりながら、お互いに視線をそらした。強い風がびゅうびゅうと二人の間を吹き抜けていく。

 

「いや……」

 

 先に口を開き、視線を合わせてきたのは沙羅だった。

 

「やはり私は松風沙羅だ。李亜」

 

 黒髪の少女は茶髪の少女に手を差し伸べながらやわらかく微笑んだ。

 魔王は勇者に手を差し伸べることなんてできない。許されるわけがない。

 だけどここに立っているのは女子高生の松風沙羅で、相手がクラスメイトで同室の三塚李亜なら、おかしなことではないはずだ。

 

「……うん」

 

 複雑な思いを抱えながら、李亜はその手を握り返した。

 

 あの日の感情の爆発をきっかけに、この魔王は『甘えかた』を覚えた。

 それは小さな子供のように唐突で、抱きつくことしかできてないけれども。

 正しい泣きかたも甘えかたも知らず、他人にわがままを言うしかなかったこの小さな魔王が愛しくてたまらない。

 

 それはきっと一人の少年として。

 

 だから彼女は松風沙羅かもしれないけど、僕は勇者トビアだ。

 

 

 

 

 

 

 宮飼小織【みやがいこおり】 (性別:女)

 

 陸上部、そして漫画研究部に掛け持ちして入ってる。絵もうまい。

 異世界から来た存在ではない。

 陸上部としては教育研究のテスターとして協力するために毎日走りこんでいる。

 転入前は軽いいじめを受けていたらしい。

 同じ境遇らしい生徒や転入生達とは積極的に仲良くするように心がけている。

 

 なお、この世界には同じように過去にいじめを受けていた普通の生徒達がそれなりの数存在している。

 異世界から来た存在がわかりにくく、なじみやすくなっているのは彼女らのおかげかもしれない。

 

 


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