眠れるわけない、と思っていたが。
気付いたときにはすでに朝になっていた。
「…………」
李亜はぼんやりと腕の中を見た。
誰もいない。
しかし腕の中にはいまだに何かを抱きしめているような熱が残っていた。
もともとの熱の持ち主は自分のドレッサーの前でもぞもぞとワンピースに着替えていた。下半身は下着丸見えで上半身は服の中でもそもそとうごめいてる様子は、まさに子供そのものだ。
李亜がゆっくりと起き上がると、沙羅は振り向いた。
「今日は休日だろう? 朝飯食ったら病院に行くぞ。いつまでも痛んだままでは食いづらくてかなわん。お前も早く着替えろ。出かけるのだからいつもみたいにジャージなどというものは着るなよ」
「…………」
どうして当然のように李亜が同行すると決めているのか。
どうして昨日は何もなかったかのように振る舞えるのか。
「……ま、いいか」
昨日ああは言ったが、一人で行かせれば気になって気になって落ち着かなかっただろうから。
李亜もベッドから抜け出し、制服ではなくデニムのパンツと長袖のシャツへと着替えた。
沙羅が言うとおり今日は休日だ。学校に行く必要はない。また昼食は寮の食堂でも出してもらえる。しかし生徒の半数は町に出て、それぞれに好きなものを食べるのが普通だ。
着替え終わった二人は食堂でビュッフェスタイルの朝食を終え、一度部屋に戻った。
そして出かける準備をしてから寮のロビー近くにある『寮長の部屋』へと向かった。沙羅は一度も訪れたことはないが李亜は何度か来たことがあるらしい。
『りょうちょうさんのおへやです。えんりょしないでノックしてくださいね』
と書かれたプレートがドアにぶら下がっていた。
「みかどさん。三塚です。入ってもいいですか?」
李亜が声をかけるとバタバタバタンッ! と激しい音がした後に「……どうぞ~」とか細い声がドアの向こうから聞こえた。
二人は特に動揺することもなくみかどの部屋のドアを開けた。
■□■
「病院に行かれるのですかぁ? 病院への行きかたならパンフレットに書かれていたはずですよぅ?」
頭の上にみかんを入れていたざるを被りながらみかどは教えてくれた。
沙羅が「わざわざ聞きに来る必要はなかったじゃないか」という目で李亜を見るが、李亜はその視線ごと気付かなかったことにした。
「わからなくてもバスに乗ればすぐにつきますからね~」
ちなみに寮長の部屋は生徒達の部屋と違い和室になっており、中心にはコタツが置かれていた。
「ああ、そうです。これはパンフレットには書かれてないことなんですがぁ~。普通の生徒さんは無料で治療を受けれますがぁ、私達のように別の世界から来た人達は後で『バイト』をしなきゃいけなくなるんですよぉ」
「……バイト? たしか、短時間誰かの下僕になることと引き換えに報酬を得ることだったか」
一ヶ月と半月ばかりの生活の間に覚えた知識を沙羅は思い返した。
直接関係はなくてもテレビとやらを見ていればそれなりに覚えるものだ。
「そうです、そうです~。いつどこで何をすればいいかについては、治療後に教えてもらえますよぅ」
「ちなみに行かなかった場合はどうなる」
「反省室です~。行ったほうがいいですよ~」
「……やはりか」
沙羅はげんなりとした顔を見せた。そんな様子を見てみかどはあらあらと微笑んだ。
「心配しなくてもそんなに痛くありませんよぉ。麻酔でほんのちょっとチクッとするだけですー。初めてですからねぇ、怖いかもしれませんけど大丈夫ですよぉ~、よしよし」
「そんなことを思っているわけじゃない! 誰が恐れるか! ええい、撫でるな!」
黒髪を撫でるみかどの手を弾き飛ばし、沙羅はうなり声をあげた。
(犬……やっぱり猫? 黒猫……)
二人の様子を見ながら、口に出せば殴られそうなことを李亜は考えていた。