海に囲まれた平和な学園都市
『寺鳴島研究学園都市』へようこそ!
「さっきも言ったとおり、ここにはいろんな世界から追放された乱暴なかたがたが集まります。無力な学生の姿になってるとはいえ、もとがアレですからちょっと風紀が乱れがちなんですよねー、てへぺろっ」
二人と一匹は学校内を移動していた。
さくりんがこれから二人が学ぶべき新しい教室まで案内してくれるらしい。
元勇者である李亜はともかく、元魔王である沙羅はこの状況に不満そうに顔を歪ませている。だがそれだけだ。今は大人しく一緒に行動している。
「松風さんと三塚さんは1-Bのクラスですおー」
「せめて名前は元の名前と似たものにならないのか。呼ばれても別人のような気しかしないんだが」
「そう? 僕は別にいいけどね。本当の自分の名前で呼ばれないんだから」
「……そういう考えもあるか」
今の姿で魔王アシュメデと呼ばれるのは惨めな気がした。
「何か質問はありませんかー? なんでも答えてあげますよぅ」
「……この世界から出られた存在は本当にいるのか?」
「ちゃんといますよぅ。みんなこの世界で平和な生活を学んだかたがたばかりでした。たぶん審判役があたしの知らないとこにいるんだと思いますよぉ」
「審判役……」
沙羅は小さく呟いた。
それは目の前にいる羽の生えた人形のことじゃない。
後ろを見ても横を見てもそれらしき存在の姿は見えない。
なのにどこかで監視しているような気配だけは感じ取れた。
「…………」
だがこの普通の女子高生の体とやらでは正確に相手を把握することはできない。とりあえずは無視し、沙羅は質問を続けることにした。
今はたとえ嘘だとしても情報を得るのが先だ。
「この世界にいるのは全員私みたいにどこかから飛ばされた奴なのか? そいつら全員こんな姿になってるのか? ついでに隣の間抜けのような存在も過去にはいたのか?」
「ぴんぽんぶぶーっ! 半分正解半分はずれー! 最初はみんな女子高生ですが真面目にやっていれば男子生徒や教師を希望することもできるんですよぅ。あ、そのままがいいならそのままでも」
「真面目にやっていれば、か」
「あと全員が全員、異世界から来たわけじゃありませんのです。あたしみたいにこの世界をサポートする人も大勢いるのです。三塚さんのように間違って飛ばされた人もいますが、ほとんどのかたはすぐにいなくなりました」
沙羅は下唇に指を置き、しばらく考える素振りを見せた。李亜が密かに横目で様子をうかがっても考えまではわからない。数秒後、沙羅は口を開いた。
「……よしわかった。しばらくは真面目な生徒とやらをやってやろうじゃないか」
「へぇ」
「何か言いたいことがあるのか、勇者トビア」
「別に。あと僕は三塚さんです」
「他に質問はありませんか?」
「もし罪を犯したら? ……いや、人を殺したら?」
その問いかけをしたのは李亜のほうだった。それについては沙羅も聞こうと思っていた。
「この世界にも警察の人はいますよぅ。悪いことが見つかったら反省室に行ってもらいます。人を殺すのは一番重ーい罪ですよ。なんと一週間も入ってもらうんですよ」
「それだけ? 人を殺したのに?」
「はい。ちなみに殺された人はすぐに生き返ります。しかもお小遣いまでもらえちゃうんですよぅ。あ、自殺は無理です。反省室行った後に生き返ります。お小遣いはもちろんありません」
「だって。試してみる?」
「いやいい。おそらく本当のことだろうからな」
偽の体を与えられているのだから生死だってこの世界を創った誰かの思うままのはずだ。さくりんが本当の情報を全て教えられているとは思えない。が、この状況で与えられる情報は本物だろう。表面だけは。
不満はある。だが理解はできた。
力は奪われてしまった。人を殺しても意味はほとんどない。詳しい説明はされていないが衣食住だけは保障されているようだ。
今までと同じように罪を犯すことはできない。
ある意味では平等だ。
だからこそ沙羅は、魔王アシュメデは気に食わないと思った。