「君はいったい……何をしたんだ?」
「こいつの精神を通じて体の在り処を探らせてもらった」
「精神って……」
「この世界では力は使えないのでは、と言いたげな顔だな」
沙羅はにやりと笑みを浮かべた。
「この世界で魔術が使えないのはこの世界が夢のようなものだからだ。だが私とお前はこうして別人として話すことができる。つまり精神だけはこの世界に存在しているわけだ。精神を分離させる技はいくつか存在する。実際は想像もできない技術で分離されてるのかもしれないがな。だから私は相手の体を乗っ取るために精神を分離させる術と、相手の精神をこちらの意志下に置く術を同時に使った。本来ならば精神感応する二つの術の組み立ては……お前に説明してもどうせ理解できまい。やめておこう」
説明を打ち切った沙羅は小さく鼻を鳴らし、勝ち誇った表情を浮かべた。
どうだ、私はすごいだろう。賛美の言葉を述べることを許そう。この際だ、妬み嫉みにまみれた言葉でも構わん。私の才能にひれ伏していることには違いないからな、はっはっは。
などと考えているのは明らかだ。
「君って……」
李亜は感嘆のため息を吐きながら言葉を漏らす。
「頭よかったんだ……」
「なっ!?」
「本能のままに暴れてるだけのでっかい子供だと思ってた」
「失礼なことを言うな! 私は魔王と呼ばれていた男だぞ!? 子供扱いされるような覚えはない!」
「えーと……うん、ごめん」
「……まぁ、いい。いつものことだからな」
李亜が素直に謝ると、沙羅は李亜をぎろりとにらみつけ大げさなため息を吐いた。
「結論から言うならば本当の体は存在している」
「…………!」
沙羅の言葉に李亜は息を飲んだ。なるほど、この世界を出る第一歩というわけだ。真っ当な手段ではなかったが。
「こいつの体を乗っ取ったとき、私はここではなく別の景色を見ていた。つまりそれはこいつの本当の体から見た景色だ。……暗かった。何も存在しなかった。光も風も、――時さえも。こちらから無理に動かそうとすれば空間が裂けて、本当に死んでしまうかもしれない。こいつで確かめてよかった」
こいつ、と沙羅が言った瞬間、彩音は薄くまぶたを開け「……俺、は……?」と呟いた。意識は戻ったようだが頭はまだうまく働かないらしい。
そんな彩音に興味がなさそうな視線を一度向け、沙羅は言葉を続けた。
「おそらく元の世界に戻ることは可能だろう。この世界に来る直後の時間に戻るのも、だ。しかしそれを可能にするのはこの世界を創った奴らだ」
「そ、そっか」
李亜は落ち着きなく視線をうろうろとさ迷わせた。口には出さなかったが本当の体が存在していないかもしれなかったことはずっと不安だった。突然与えられた事実にどう反応すべきか迷っているようだが、胸に抱く想いは悪いものではないようだ。
反面、沙羅は苦いものを噛むような顔をしていた。
「私は全て捨てられている可能性のほうが高いと考えたのだが……。真面目に生活していれば元の世界に戻れるという話も少しくらいは信じていいのかもしれないな」
この世界から出る方法が確定しそうなのに沙羅の眉間のシワは深くなるばかりだ。
「だとしても……やはり気に食わない」
この世界を創った存在は、異世界から追放されるような存在を弄び飽きたら捨てることなく、本気で更生させようとしている。
ただそれがとてつもなく気持ちが悪いことに思えた。具体的な理由はわからないが、気持ち悪い。
『ぴんぽんぱんぽーん。もうすぐ夕食の時間です、もうすぐ夕食の時間です。生徒のみなさんは食堂まで集まってくださーい。二十一時までに来ないとなくなっちゃうぞ☆ くりかえしまーす……』
夕食の時間を告げる放送が部屋に響き、沙羅と李亜の二人は顔を上げた。どうやらこの放送は生徒の誰かが行っているものらしい。毎日毎日違う人間が微妙に違う口調でしゃべっていた。
二人は顔を見合わせて軽いため息を吐いた。
「あー、おなかすいたぁー。今日のご飯は何かなぁ?」
「鶏の照り焼き」
「なんで知ってるの?」
「食堂の入り口のメニュー表に書いてあった。知らなかったのか、バカめが」
「へぇ、そんなのあったんだ。後で見ておこうっと」
今日の夕飯についてのんびりと語りながら二人はベッドに背を向けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 松風さん、三塚さん! これ解いてよ! 俺を置いていかないで! 一緒にご飯食べようよ! ねぇったらねぇ!!」
黒樹彩人の口調に戻りながら彩音は叫んだが二人は立ち止まることなく部屋から出て扉を閉めた……。
苅野つぐみ【かりのつぐみ】(性別:女)
沙羅が反省室に行ってる間に李亜と仲良くなったクラスメイト。ボブカット。
異世界から来た存在ではない。
漫画研究部員。持ち歩いているメモ帳は漫画のネタに使うものであり、何かに使えそうな話が聞けたら即メモしている。ネタにすれば嫌がられそうなことはネタにしないくらいの良識はある。
同性愛っぽいコミュニケーションをとりがちだが実は彼氏がいる。
本人曰く「ああ、そんな存在もいたかも」