むりがく   作:kzm

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最初のシーンが飛んでました(;´・ω・)


校則その7『外出時の事故には注意』・3

 

 クラスメイト二人にはさまれた状態で沙羅は寮へと戻った。学生証を使うまでもなく部屋の鍵は開いていた。

 中ではテレビを見ながらベッドにゴロ寝しているジャージ姿の李亜がいた。李亜は二人を見て慌てて起き上がった。

 

「お、おかえりなさい、松風さん。か、苅野さんと宮飼さん、どーしたの、かしら?」

「あーあー、だいじょぶだいじょぶ。部屋の中だとあたしもそんなものよ。三塚さんがそんな姿してるなんて知ったらショック受けそうな男子は結構いるんだけどね」

「苅野さん、それってどういう意味……」

「ふふふ、知りたいですか、三塚さん?」

「つぐみん。そんな話してる場合じゃないでしょうが。あのね三塚さん、実は松風さんがさっき海に落ちちゃって。風邪ひきかけてるからお風呂に入れてあげる? 大浴場のほうはまだ開いてないから」

 

 ベリーショートの少女、小織は、ぶかぶかのトレーナーを着て気まずそうに無言で立っている沙羅を李亜のほうへと押し出した。

 

「海? 落ちたの?」

「…………」

 

 沙羅は無言だったが、まだ乾いていない髪や磯の香りが事実であると李亜に教えてくれた。

 

「あっあっ、それともあたしと一緒に入る!? ……いやー、やめてやめてやめてこーりん! 引っ張らないでー!」

「松風さん、お大事にねー。三塚さん、あとはよろしくね」

 

 この場に残ろうとしているつぐみの襟首を引っ張りながら小織は沙羅と李亜に手を振った。

 ずるずると音を立てながら小さくなっていくつぐみと小織を見送りながら李亜は小さく苦笑した。

 

「……ふぇ……くしゅっ!」

 

 そばにはまだ湿気ている沙羅が立っている。本当に風邪をひきかけているようなので李亜はため息を吐きながら浴室に向かった。

 

 

■□■

 

 

「むぅ。冷えた体に熱い風呂というのは悪くなかったぞ」

「だからと言ってわざと冷えるようなことしたら、きっと反省室行くと思うよ」

「…………」

 

 風呂に入る前はずっと無言だったが、風呂から出た後の沙羅はかなりの上機嫌になっていた。

 いつものように李亜に髪を乾かさせた後、冷蔵庫のドアを開けた。

 

「だぁーめ」

 

 が、そのドアは李亜の手によって閉じられた。小さな冷蔵庫を開けるためにしゃがみこんでいた沙羅はとても不満そうに李亜をにらみつけた。

 

「なぜだ」

「風邪ひきかけてるんだろ? まずこれ飲んで」

 

 李亜は手に持っているコップと錠剤を沙羅に手渡した。おそらく以前に沙羅がもらったものだ。

 

「風邪って甘く見ていたらひどくなって死ぬこともあるんだからね」

「う、嘘ばかり言うなっ」

「これは本当に本当。死ななくても高熱や咳で苦しんだりするんだから。ひどくなる前に飲んでおきなよって。薬があるってことはこの世界にも病気はあるんだよ、きっと。……生理もあったんだし」

「……仕方ない。飲んでやろうじゃないか」

「だからなんで君が偉そうにすんのさ」

「なぜかと?」

 

 沙羅は手に持っている錠剤を口に含み、コップの水を飲み干してからニヤリと笑った。

 

「貴様が不安げな顔で私を見るからな。どうだ、安心しただろう?」

「んなっ! べ、別に心配なんか!」

「ほう、心配していたのか勇者トビアよ。この魔王たる私を心配したのか」

「ち、違う! 君が風邪をひいたら僕にうつるかもしれないじゃないかっ! だから……っ!」

「ふふふ、そういうことにしておこう」

 

 沙羅は含み笑いながら空になったコップを李亜の胸元へと押し付けた。

 

「ちぇっ」

 

 すっかり調子を崩された李亜はコップを受け取り、ミニキッチンの流し台にコップを置いた。放置しておけばいつの間にか元の場所に戻っているはずだ。

 李亜が振り向くと、沙羅はすでにベッドに腰かけていた。

 

「ところでどうして君は海に落ちたんだい」

「よそ見をしていて人にぶつかった」

「ほんとー? またフェリーに忍び込もうとしたんじゃないの?」

「二回も同じ過ちはくり返さん。嘘だと思うならあいつらに聞けばいい。……それよりもだ」

 

 ベッドに座ったままの沙羅は李亜へと軽く手を伸ばした。

 

「私に抱きつけ」

「ぶっ。な、何を企んでるんだよ」

「何も企んでなどおらん。いいから早く私に抱きつけ」

 

 李亜は沙羅の顔をじっと見た。

 何を考えているかはわからない。相変わらず腕は伸ばされたままだ。

 顔が少しだけ赤いのは、やはり湯上りのせいだけだろうか。

 なぜかその姿に子供のように泣く沙羅の姿が重なった。思い出したと言えば本気で殴られてしまうだろうが。

 

「…………」

 

 あれ以来、李亜は沙羅に対する意識を改めた、ような気がしている。

 変わったことには変わったと思うが具体的にどんな方向に定まったかは、まだ李亜は理解していない。自分自身のことなのに。

 ただこの世界に来た直前に比べれば敵意と呼べるものはほぼ消え去ったと言ってもいい。

 代わりに意地のようなものは存在するが。

 

「し、仕方ないな」

 

 李亜は沙羅に近づき、細い肩に腕を絡めるように抱きついた。

 

「こ、これくらい?」

「うむ。……いや、もう少し強く抱きつけ」

「……注文多すぎー」

 

 李亜は肩に絡みつかせてる腕に少しだけ力をこめた。

 さっきよりも深く、風呂上りの石鹸の匂いや熱が染みこんできた。耳元に小さな呼吸の音を感じ、密着する体を通してトクントクンという鼓動のリズムまでもが伝わってくる。

 これ以上力を入れることを要求されたら何かおかしくなってしまうかもしれない。

 だけど沙羅は黙って李亜に抱きしめられるままだった。

 

「本当に何があったの?」

「……私は……」

 

 李亜に抱かれながら沙羅は港でのことを思い出していた。

 青年の腕に抱きとめられたことや、濡れた体を見られてしまったこと。

 透き通った服を見られた瞬間、怒りのような恥ずかしさのような感情が頭を支配した。

 それは彩人に乱暴されかけたときにも持った感情だ。

 男が性的な目で見ることは当たり前のはずなのに、自分だって散々女を弄んできたのに、見惚れられるのは誇るべきことなのに。

 どうして、嫌悪感なんて持ったのかわからない。

 こうして李亜に抱きついてもらえると落ち着くことさえもどうしてか。

 

「大したことではない」

「そう」

 

 何かあったことはわかるはずなのに、李亜はこれ以上追求しないことにした。

 不意に沙羅は自分から李亜の首に腕を絡みつかせ、ニヤリと笑った。

 

「そうだ、いいことを思いついたんだ。協力してくれるな?」

「……どんなこと?」

 

 顔は見えなくとも明らかな企みの気配に李亜は不審げにしながらも一応聞き返した。

 

 

「この世界から出るための第一歩だ」

 

 


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