むりがく   作:kzm

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校則その6『具合が悪い人には優しくしましょう』・3●

 

 李亜が一人で寮に戻ると、ロビーのソファにあまり会いたくない人物が座っているのが見えてしまった。避けて通りたいが位置から考えてかなり難しい。

 その人物は一人じゃなかった。

 

「おねーさまぁ~私、彩音お姉さまのためにクッキー焼いてきたんですぅー。どうかどうか、一つだけでもいいからお召し上がりになってくださいましー」

「ダメぇー! 彩音おねーさまはあたしが焼いたマドレーヌを食べるの! あんたが焼いたクッキーなんてどうせガチガチのボロボロで、まずいに決まってるんだから!」

「何よ! あんたのマドレーヌだって何が入れられてるかわかったもんじゃないわ! はーい、お姉さま、あーん」

「ダメダメぇ! あたしのほうが先なの! はい、お姉さま、あーん」

 

 元黒樹彩人である弥栄彩音が二人の女子にはさまれながら苦笑いを浮かべていた。

 あれはどちらか片方を絶対に選ばなければいけない。

 まさか両方一度に口に入れるというみっともないことはできないだろうし。

 それよりも早くここから立ち去りたい……などと李亜が考えていると、彩音の顔が不意に李亜のほうに向いた。

 

「あら三塚さん、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」

 

 嫌なタイミングで声をかけられてしまった。二人の少女達が「誰、この女」と言いたげな目つきでにらんでくる。僕はけしてあなたがたの敵ではありません、と両手をあげて降伏したくなる。

 

「あなたも混ざります?」

「やだよ!?」

「大丈夫ですよ、この人達は普通の生徒さんですから。ひどい目になんて会わせませんし、怖いこともありませんよ」

「そういうことを心配してるんじゃないから」

 

 彩音が寮に入ったのはつい最近のはずなのに、いつの間にこんな関係を築いていたのか。目の前で乱れる風紀に李亜の頭は痛くなっていった。

 風紀の乱れってもしかしなくともこういうことだったりするのか。もっとしらはまちゃんのように盛大に暴れているのかと思っていた。

 人は殺せない。大きな傷を負わせることもできない。力はすでに奪われている。が、様子を見るためにある程度の悪事は許されている。

 ならば行き着く先はここ、と。

 

「松風さんは?」

「ま、松風さんは……体調不良、だよ」

 

 彩音相手だから反省室と嘘をついたほうがよかったのかもしれない。が、この場に一般生徒らしい女子が二人いるのだから反省室という言葉を使うのはためらわれた。

 逆にそういう事情があるのだから反省室に行ったと勘違いしてくれるほうが助かるが。

 

「なるほど」

 

 彩音は指を折り曲げながらいち、にぃ、さんと何かを数えだした。

 

「ああ、もうそろそろそんな時期ですね。三塚さんももうすぐだと思いますから準備しておいたほうがいいですよ?」

「…………」

 

 気付かれてしまった。しかも恒例行事らしい。

 ものすごく微妙な気持ちになりながらも李亜はその場から立ち去った。

 

 

■□■

 

 

 部屋の扉を開けるとカーテンが締め切られていて薄暗かった。明かりはついていない。沙羅のベッドは布団がこんもりと盛り上がっていたがみかどの姿はどこにもなかった。

 

「寝てるのかな」

 

 李亜は沙羅が寝ているベッドをのぞきこんだ。頭の上まで布団の中に潜り込んでいて、長い髪の毛だけがにょろんと出ていた。

 突然、李亜は腕をつかまれた。

 

「うわっ」

「お、お前、どこに行ってたんだ、なんで勝手に消えるんだっ」

 

 眠っていたおかげか、朝よりは顔色がいい沙羅が布団の中から顔を出した。

 

「なんでと言われても学校があるし……」

「そんなの休めばいいだろうが。何を律儀に行く必要がある」

 

 かと言って学校を休んで看病する義理もない。世話はみかどに任せてきたのだから。一応。

 

「みかどさんは?」

「あいつは今頃反省室だ」

「あははは……」

 

 どうやら予想どおりのことが起きていたらしい。

 沙羅は布団の中からもぞもぞと起き上がり、居心地が悪そうに座り込んだ。

 

「腹が減ったとあいつに言ったらナイフを持ってリンゴの皮を剥き始めて! 何もない場所でつまずいてこっちにナイフを向けてきたぞ! その前にも湯たんぽを作ると言って熱湯をぶちまけたりな!」

「……わぁー」

 

 そんな凄惨な事件があったわりには部屋はいつもどおり片付いている。この世界なら布団に潜っている間に元に戻っているなんてことがあってもおかしくない。

 何と言えばいいのかわからなくなっていると、沙羅はキッと目を吊り上げた。

 

「聞いてるのか、お前! 聞いてるのか!?」

「うんうん、聞いてる聞いてる。大変だったねー」

「嘘だ! お前、すぐ適当なこというから! ちゃ、ちゃんと私の話を聞けっ! ……ひぅっ……うー、うぅぅ~~っ、うぅぅっ!」

「…………っ!?」

 

 李亜は思わず息を飲み込み、瞬きを数回パチパチとくり返した。

 沙羅の目からボタボタと涙が流れていた。

 泣いているはずなのに声はうなり声のようだし、歯を硬く食い締めて肉食獣が必死に威嚇しているようだ。

 

「もう勝手にいなくなるな! いなくなるときは私の許しを得てからにしろ! 絶対に許さないがな!!」

 

 いつまでたってもぬぐわれない大粒の涙は顔をベタベタに濡らしていく。

 少女ならもっと上品な泣きかたもあるはずなのに。

 まるで泣きかたを知らない子供が初めて泣いたかのようだ。

 ……本当に初めてなのかもしれない。

 だけど李亜は、このみっともない泣きかたがとてもきれいだと思った。

 目の前にいるのは魔王のはずなのに、とても愛おしいとも。

 

「大丈夫だよ。もう勝手にいなくなったりしない。ずっとそばにいる」

「嘘だ! お前はすぐ嘘をつくから信用できない!」

「嘘じゃないよ。ほら、顔拭かないと」

「いやだ! やだやだやだやだ、いやだっ!」

 

 李亜はハンカチを取り出して沙羅の顔を拭こうとするが、その手は沙羅によって弾かれてしまった。

 泣きながら手足をジタバタと動かす仕草は本当に子供のようだ。

 どうすればいいのか、なぜか李亜はそれを知っていた。心の底から湧き上がる衝動のままに行動にうつせばいいと体が教えてくれた。

 

「……よしよし」

 

 李亜は沙羅を軽く抱きしめ、頭から背中を優しく撫でた。

 沙羅の泣き声が一瞬だけ止まった。

 

「……ふぇ……っ」

 

 そして李亜の背中にわしっとしがみつき、わぁわぁと泣き出した。涙や鼻水で制服が汚れたが李亜に気にするところはなかった。落ち着くまで、背中を撫でるだけだった。

 

 

■□■

 

 

 泣き声と鼻を鳴らす音が聞こえなくなった頃、沙羅は李亜を思い切り突き飛ばした。

 

「わっ」

 

 まさかの行動に李亜は派手に尻餅をついた。

 

「何するんだよ!」

「うるさい、いつまでもひっつくな。暑苦しい」

 

 鼻をずずっとすすりあげながら沙羅は言った。視線はそらして合わせようとしないが、横顔は悔しさと恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。「ちっ!」と舌打ちをしながら親指の爪を噛んでいる。本気でイライラしているらしい。

 

「さっきの私は何かおかしかった。おそらくここを創った存在が私の体を操ったのだろう。くそっ、忌々しい」

「あー、みかどさんから聞いたけど、アレの最中は感情的になったり、普段しないことをやっちゃったりするらしいよ。僕の知り合いも同じだった」

「そ、そうか。……うむ、わかっているのならいい」

 

 沙羅は瞬きを何度かくりかえし、噛んでいた指で顔をぽりぽりとかいた。李亜の言葉のおかげで怒りが消えたらしい。残るのは恥ずかしさだけだ。

 

「まぁなんだ。……お前の番になったら何があっても見なかったことにしてやる」

「……それはありがたいな」

 

 沙羅が晒してしまった泣き顔をいつものようにからかうわけにはいかない。

 なぜなら次は自分の番だろうから。

 ただなぜだろうか、どんなに恥ずかしい姿を見せてしまっても平気なような気がした。

 

 

■□■

 

 

 数日後、食堂に行くと満面の笑顔を浮かべた彩音が近づいてきた。そばに女子生徒はいないが手元には大きな重箱があった。

 沙羅も李亜も嫌そうな顔を隠そうともしなかったが、彩音は構わず二人の前に重箱を置きフタを持ち上げた。

 中には薄紫色に染められた飯が詰まっていた。飯の中に散らばってる赤紫色の豆が原因だ。

 

「なんだこれは」

「お赤飯っていう食べ物ですよ」

「なぜ私によこす」

「実は初めてアレを迎えた女の子にはお赤飯を炊いてあげるという文化がですね」

「言ってもないのに察するな、気色悪い!」

 

 沙羅は重箱を彩音の顔面へと思い切り投げつけた。冷め切っているもち米が彩音の顔面へとベタベタに張り付き、重箱は床へと落ちてしまった。

 

「……食べ物を粗末にするなんて反省室行きですよ」

 

 顔についているご飯粒を取って口に放り込みながら彩音は呟いた。

 

「お前も同罪だ」

「あ、僕関係ないよね? やったー」

「お前もだ!」

「えー」

 

 

 

 ――後日。

 李亜も沙羅と同じようにアレを迎えたが、感情の波も腰の痛みもなく、普段どおりにすごすことができていた。

 

「こういうのって個人差があるらしいね?」

「納得いかん!!」

 

 普段どおりに弱音も吐かずにすごせている李亜を見て、沙羅は悔しそうに拳を握り締めていた。

 

 

■□■

 

 

 来野みかどはガタガタと揺れる座席の上で目を覚ました。

 

「う、うぅ~ん……おはようございますー……」

「あ、す、すいませんすいません! 私の運転が乱暴で起こしてしまいましたか!?」

「そ、そんな! いつの間にか眠ってしまってこちらこそすいません! ……ってあら? どうして私が目の前に? きゃっ!?」

 

 目を覚ましたみかどの隣で乱暴な運転をしていたのはみかどだった。アクセルは突然踏まれた。謝った拍子に思わず踏んでしまったと表現するほうが正しい。

 車体をガードレールがゴリゴリと削っていく。遠心力に体を無理矢理傾けられながらみかどが見たのは、外をものすごい速さで進む車。その運転席に座っているのもまたみかどであった。

 

「ど、どうして私は私の隣にいて、私も外にいるのでしょうか~?」

 

 わけがわからないままどこかから流れだすBGM。(ユーロビート)

 ここは地獄のい○は坂。

 今ここで、関東最凶のみかどさんを決める戦いが始まる。

 

 熱い夜は終わらない……! 一週間ぶん。

 

 

 

 

 

 

 ブティックの店員【たいへんなへんたい】(性別:女)

 名前は誰も知らないし、知ろうともしないからわからない。

 どうやら異世界から来た存在のようだが正体は誰も知ら(以下略)

 異世界から来たばかりの女子生徒を罠にはめ、乳をもみまくる変態。

 この世界を満喫している一人。

 

 


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