反省室と同じときのように沙羅が休むことは朝のホームルームで教師によって伝えられた。今回は本当に体調不良なのだが。
「あいつ、また反省室に行ったのか? バカな奴だな」
しらはまちゃんこと白羽磨子が李亜の机の前に立った。仁王立ちでやたら偉そうにしているのは沙羅にどこか似ていて李亜は思わずくすりと笑った。
沙羅は自分が好かれる理由がわからないと言っていたが李亜にはなんとなくわかる。
偉そうなくせにあまり考えていない……いわゆる類友。
「今日は違うよ。本当に体調が悪いんだって」
「病気なのか……?」
「えぇっと病気と言うかそうじゃないって言うか……」
「すぐ治るのか?」
「それは、うん」
病気ではないのだから治らなくては困る。そもそも本当に病気だったとしても死ぬようなことにはならないはずだ。ここは死ぬ世界じゃないのだから。
「そっか。それならいーんだ」
磨子は安心したのかほっとため息を吐いた。そんな様子に李亜がにこりと微笑むと、磨子はさっと顔色を変えて慌てはじめた。
「べ、別にあいつのことが気になってるわけじゃないんだからな! ほんとーだからな! 今度こそ息の根を止めてやろーと思っただけだ!」
「息の根止めたら反省室行くだけじゃないか……」
「うっ!」
磨子は言葉をつまらせて汗をだらだらと流した。李亜はまだ反省室とやらには行ったことがない。いったいどんな世界が待っているというのだろうか。
「い、いやだ……これ以上小さくなりたくない……小さくなってわんこやにゃんこに追い掛け回されるのはもう嫌なんだあああああああああっっ!!」
「あ」
どうやらよほどトラウマだったらしい。授業が始まるというのに磨子は叫びながら教室を出て行った。いつものことなのかクラスメイト達は微笑んで見守っていた。
「……しまったな」
磨子がいきなり反省室のことを話題に出すから返事をしてしまったが、本来ならとぼけるべきだった。反省室の存在を知っているのは異世界から来た存在だと決まっている。
「ま、いいか」
次の日には忘れてくれるだろう。
そして担任とは違う教師が教室に入り、授業が始まった。
■□■
授業は意外と面白い。
よその世界のどうでもいい知識を学ぶのだから退屈だろうと思っていたが、何も知らなくても興味がわくように雑談から授業が始まる。
いつの間にか教師の指示でノートまでとっていた。
誰かが意図して造った世界とはいえあまりにも平和すぎる。
「今頃みんなどうしているのかな……」
ぽーっと窓の外の景色を見ながら李亜は元の世界にいるはずの仲間達のことを思い出していた。
仲間達はおそらく無事だろう。なぜなら魔王アシュメデは勇者トビアと共に異世界に消えたからだ。世界は平和になったはずだ。とりあえず。
まさか黒髪少女の姿になって女性特有の体調不良に苦しんでる最中とは考えないだろうが。
「…………」
李亜はペンを握りながら横へと視線を走らせた。
沙羅の机は当然だが空席だ。
みかどに全面的に世話を任せてきてしまったが、今頃どうしているだろうか。無事だろうか。うっかりミスで殺されてないだろうか。
「……死んでも意味ない世界だから大丈夫だよ、うん」
きっと予想したことは全部起きているだろうと思いながら、李亜は沙羅の冥福を遠い空の向こうに祈った。
まだ死んでいない! と幻聴が聞こえた気がした。
■□■
沙羅はクラスメイトに話しかけられるのを嫌がる。
授業中も眠っているが休み時間にも眠っている。いや、おそらく眠っているふりだ。たまに教室の外に出て数時間も帰ってこない。
昼休みになれば李亜の腕を引っ張って食堂へと向かうため、昼休みの間は李亜も沙羅と一緒に行動している。
つまりいまだに友達がいない。
「松風さんってばちょっと人見知り激しすぎー。何度食事に誘おうとしても、一番先に教室出てるんだもん。でも仕方ないか。松風さんってお嬢様って噂があるけど本当?」
ボブカットの少女が李亜の隣でため息を吐いた。
苅野つぐみ《かりのつぐみ》、クラスメイトだ。
沙羅が反省室に行っている間に何度か一緒に食堂に行った仲であり、街の案内をしてくれた一人でもある。
「えっ!? ど、どうかしらー、そういう詳しい設定は聞いてないけど……」
「設定?」
「あ、えーと、個人情報? ……うん、まぁでもお城みたいなところには住んでいたっぽいよ? ベッド小さいって文句言ってたし」
「寮のベッド、セミダブルなのに……やっぱりお嬢様だったのね。これはネタ帳にメモしておかないといけないわ」
つぐみはぶつぶつと呟きながらメモをとっていた。いったい何のネタのメモなんだろうか。
「それじゃあ三塚さん。今日は私達と一緒に食べる? 三塚さんのこともよく知りたいのよね。例えばそのおっぱいどれくらいの大きさなのか、とか。うひひひひ」
「え、えぇっと、どれくらいかな……ちゃんと測ったことないんだけど……」
「あらそうなの? それならあたしが測ってあげる! 親友として!」
「ちょっとやめなさい。いくらなんでも友達だからってそこまで聞かないでしょ。そもそも親友って言えるの、あんたが」
髪の短いスポーティな少女がつぐみの頭に軽いチョップをくらわせた。
宮飼小織《みやがいこおり》、こちらもクラスメイトだ。
二人とも異世界から来た存在ではないと今のところ李亜は考えている。
「そうね、同じ屋根の下に住んでるんだから親友じゃ甘いわよね。恋人同士って言っても過言ではないわ」
「そんなこと言ったら寮に住んでる人全員が恋人になっちゃうでしょうが……」
「一夫多妻制!? あたしってばいつの間にアラブの石油王に!?」
「違う」
「あはははは……」
目の前で繰り広げられる会話を見ながら李亜は苦笑いをした。
友達同士なら当たり前なのかと、うっかり測らせてしまうところだった。
三人は連れ立って食堂に向かい同じテーブルを囲んだ。
「じゃーん! 三塚さんに質問のコーナー! どんどんどんぱふぱふぱふっ」
「えー、またぁー……?」
カレーのスプーンをマイクに見立て、いきなり始まったつぐみからのインタビューに李亜はうんざりとした表情を浮かべた。
「三塚さんはとても美人だから今までとてもモテたと思いますがー。転校前の学校では彼氏はいたのでしょうか!? 転校が決まったときは別れ話でもめましたか? どうですか? 今でも連絡を続けて遠距離恋愛中だったりしますか? きゃーっ!」
「か、彼氏なんていたことないから! 本当!」
「嘘ぉー! でも好きな人くらいはいたでしょー?」
「いたけど……」
「いたの? どんな人?」
突然食いついてきたのはつぐみじゃなくて小織だった。胸の大きさの話題は止めてくれたのに、どうして恋愛話になると目の輝きが違うのだろう。
「しっ、知らない!」
二人からの好奇心の視線に耐えられなくなり、李亜はその場で頭を抱えて突っ伏した。
好きな人はいたけれど、時の精霊の神殿の女神官長だなんて言えるわけがない。
今思い返してみれば見た目や身分や仕草にあこがれていただけで、そこまで好きじゃなかったような気もする。
「かーわーいーいー!」
つぐみは李亜に抱きつきながら頭をかいぐりかいぐりと撫でていた。小織のほうもからかうようににやにやと笑っている。
「ゴ、ゴメン、ちょっとお手洗い行ってくるね! お手洗い!」
「わっ」
李亜はつぐみを振り払うように立ち上がり、慌ててトイレがある方向へと駆け出した。つぐみと小織は笑いながら手を振って見送っていた。本当にトイレに行くわけじゃないのはおそらく気付いている。
食堂の壁際まで来たとき李亜は大きくため息を吐いた。
「……疲れる」
普通の女子の演技なんてニコニコ笑って大人しくいていればいいだけだと思っていた。
まさか見えないところではあんなにテンションが高くて、聞いてほしくないところまでぐいぐい踏み込んでくるなんて。
けれども演技を続ける必要はある。
黒樹のような存在がどこにいるかわかったものじゃないからだ。
それに今更態度を変えればつぐみや小織にいらない心配をさせるかもしれない。
「人間不信になりそうだよ」
李亜はもう一度ため息を吐いた。