むりがく   作:kzm

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校則その5『同室の人とは仲良く』●

 

 かつて人々を恐怖に陥れた魔王アシュメデと呼ばれる存在がいた。

 支配欲が強く、残虐な性格だと思われていたがそれは少しだけ正しくない。

 単に自分の思いどおりにならないものが気に食わなく、生まれ持った強大な力で無理矢理従わせていただけだ。

 力の差も考えずに勇気と無謀を思い違いしているような奴には徹底的に屈辱というものを教えてきた。

 ……誰も知らないが実は女の扱いが苦手だ。

 女はすぐ泣く。すぐ怒る。すぐ壊れる。

 力だけでは心まで手に入れることができない。

 そんなものを弱さとして知られるのはたまらなく嫌だった。

 だから供物として捧げられる女に魔王らしい振る舞いをし続けた。結局、対等に付き合う方法を学ぶ機会は与えられなかった。

 

 

 

 

 

 そして今現在、魔王アシュメデと呼ばれていたはずの存在は。

 

「うふぃーう……けぷっ」

 

 風呂とドライヤー直後でほっこりしながらコーラをぐびぐびと飲んでいた。

 

「この一杯のために生きているー」

「なんだろう、この親父くさい生き物は……」

 

 使ったドライヤーを片付けながら李亜は呟いた。毎日風呂に入る習慣を覚えてくれたのはいいが、風呂に入った後は李亜が沙羅の髪を乾かしていた。

 

「たまには自分でやるとかね、考えないものなの?」

「嫌ならやめればいい」

「やめたら頭が爆発するのは君じゃないか」

「い、嫌ならやめればいいと言っているだろう!」

 

 どうやら沙羅は二週間以上この世界で暮らしているというのにまだ勘違いしたままらしい。面白いからしばらく誤解は解かないでおこうと李亜は考えている。

 それに嫌ならやめればいいことくらい李亜はわかっている。

 

「この中の飲み物は誰が補充しているのだろうな」

 

 冷蔵庫の扉を無意味に開け閉めしながら沙羅は呟いた。

 毎日毎日飲んでいるが、学校から帰ってくると中身が補充されている。

 

「さぁ。それを言うなら僕達は一度もこの部屋を掃除してないよ」

「そうじとは何だ?」

「…………。部屋の中を清潔に保つことだよ」

「言われてみればいろいろと元に戻ってるな」

 

 沙羅は自分が使っているベッドに腰かけた。李亜も沙羅と向かい合うように自分のベッドに座った。

 寝相の悪さでくちゃくちゃになったはずのシーツは、枕や布団までも正しい位置に置かれた状態で整えられていた。それどころか脱いで脱衣所に置いたままだった下着は新品とも言える状態で元にあった場所に戻されていた。

 沙羅がまったく気にしていなかったことを知り、李亜は小さくため息を吐いて呆れた。

 

「みかどさんの仕事じゃないのは確実だよ」

「奴にそんな仕事を与えたら間違いなくこの建物が崩壊する」

「……それは想像しやすいことだね」

「まぁ、誰がやったかなんてことは考えても仕方ない。掃除とやらを行ったかどうかもわからないぞ。元の状態に戻されただけとも考えられる。そんなことをするのは……いや、この世界を創ったのは誰だと思う?」

「誰って……」

 

 不意な沙羅の問いかけに李亜はほんの少し考え込んだ。

 

「……神様?」

「違う。もっと考えろ、間抜け。まず神などと呼ばれる存在はどこにもいない」

 

 李亜は思い切り目の前の沙羅をにらみつけた。本気で怒っていた。ここに来て初めて見せた表情だ。沙羅はそんな李亜の姿を見て、鼻で軽く笑った。

 

「僕に魔王アシュメデを倒すように命令したのは神だ」

「私を不愉快に思う誰かが神を偽ったのかもしれないぞ。――そもそもだ、全知全能の神と呼ばれる存在がいるのなら、私という存在を世界に生み出した時点で私の存在を許したと言えるだろう。すばらしい神じゃないか、くくくっ」

「……許さなかったからここに送られたとも考えられるよ」

「許さなかったのはお前自身だろう? それにもし私が神に許されないからここに送られたのなら、お前もそうだということになる。お前も罪深い存在なのだな、勇者よ」

 

 バフッ!!

 

 李亜は怒りにまかせてベッドのマットを殴りつけた。沙羅が少女の姿をしていなかったら殴られていたのは間違いなく沙羅のほうだ。

 

「僕は! 巻き込まれただけだ! お前なんかとは絶対に違う!」

「もう少し自分の頭で考えろ、勇者トビア。だからお前はいつまでも騙されている間抜けなんだ」

「……そういう君こそ僕に何度も騙されてるくせに」

 

 沙羅は李亜を思い切りにらみつけた。こちらはここに来て何度も同じ表情を見せている。衝動のままに李亜につかみかかるかと思ったが、沙羅は深くため息を吐いただけだった。

 

「もう騙されん」

「本当のこと教えてあげるよ。毎晩寝る前に耳を引っ張ったら胸が大きくなるって言ったけど、あれ嘘」

「なん……だと……?」

「他にもいろいろあるかもしれないねー?」

「…………!!」

 

 沙羅は今まで李亜に教えてもらったことを思い返した。

 

 一日一回ネコ耳カチューシャをつけて身長を伸ばすという話は嘘だったのだろうか。体を洗えば洗うほど脱皮が早くなって腰のくびれがついてくるという話も? 食事をする前に「いただきます」と威嚇しておかないと食った物に逆に食われてしまうという話も?

 

「は、話を戻すならっ」

「えー、戻さなくてもいいよ。どの話が嘘か気になるでしょ?」

「話を戻すならば!」

「はいはい」

 

 ほんの数秒前まで本気で怒っていたはずの李亜は小さく笑った。

 沙羅は手に持ったままのコーラの残りをぐびぐびと飲み干し、ぷはーっと息を吐いた。魔王には見えないが少女という雰囲気でもない。

 

「この世界を創ったのは神ではないが、かなりの力を持った存在だと言える。この世界に強制転送する術を数々の異世界に残したということは世界を渡る方法を持っているということだ。おそらく時間さえもな」

 

 いきなり沙羅はテレビのリモコンを手に取りスイッチを入れた。何も映し出されてなかった画面に金髪の男と女が現れ愛を囁きあっていた。沙羅が再びリモコンを操作すると、今度はおいしそうなハンバーグの作りかたが映し出された。

 

「今まで私はほとんど意識していなかったが、異世界の中にはこんなに文明が発達した世界もあるようだな。ならば私が想像できない技術を持った世界があってもおかしくない。つまり」

「つまり?」

「いくら考えても誰が創ったかなんてことはわからないと言うことだ」

「なんだよ、それ」

 

 答えを言ってくれると思ったのにうやむやにごまかされただけのような気がして李亜は唇をとがらせた。

 

「この世界がどういうものなのかは少し推測できるぞ。お前はこの世界に来て夢を見たことがあるか? 眠っている間に見る夢だ」

「……そういえば、ないね」

 

 夢を見ない晩があってもおかしくはないが、二週間以上も続けて夢を見なかったというのは偶然と考えてもいいものだろうか。

 それに反省室に行く際の視界の歪みや行動の制限、それはまるで雑貨店で遊んだゲームのようだ。彩人が反省室に行くときのあっけなさはまるでゲームで敵が倒されたときのようではないだろうか。

 

「おそらく私達は夢のようなものを見せられているのだろう」

「夢……。あれ?」

 

 夢を見ないと言われ、李亜は心に引っかかるものを感じた。この世界に関わることじゃなく、もっと個人的なことに。そう、いつか本心をぽろっとこぼしてしまい、聞かなかったことにされたことがあったような……。

 モヤモヤしてる李亜のことは放置し、沙羅は言葉を続けた。

 

「本物の体は私達の意識の外で誰かが管理……ああ、すでに捨てられている可能性もあるか」

 

 夢ではないが夢のようなものを見せられている。

 だがこれが現実でないとして、現実の体が無事である保障がどこにある?

 思考する部分だけを残して処分されている可能性だってある。

 

「だ、だってこの世界から本当に出て行った人はいるみたいだよ? みかどさんも言ってた」

「本当に出て行ったとどうして証明できる? 言いなりになりすぎて飽きられたから存在を消されたのかもしれないぞ」

「…………」

 

 李亜は血の気の失せた顔で押し黙ってしまった。

 そんな反応を見るためにこんな話をしたわけではない。

 沙羅は無性にイライラしてきた。隣にいる勇者がどんな顔をしようとも、どんなに利用されて捨てられようともどうでもいいはずだったのに。

 

「しかしクラス委員長はとてもいいことを教えてくれたな」

 

 沙羅はベッドから立ち上がり、向かい側の李亜に近づいた。自分の顔に沙羅が触れるまで、李亜は近づかれたことに気付かなかった。

 李亜は顔を上げた。

 そこには薄く笑みを浮かべている沙羅がいた。

 

「体を重ねたくらいでは重い罪にならないらしいな」

 

 沙羅は李亜の肩に体重をかけた。驚くほど簡単に李亜の体は押し倒され、その上に沙羅の体が覆いかぶさった。いきなり増えた重みに、シングルベッドがぎしりと悲鳴をあげた。

 

「ま、ま、待って待って待って! なんで今の話の流れで?」

「言いなりになったら存在を消されるだけかもしれないと言ったばかりだろうが。少しはお前も罪を犯せ」

「どっちかと言うと僕が犯されてる側だよね?」

「細かいことは気にするな。どうせどっちでもよくなる」

「何が! ……んんっ」

 

 黒髪の頭が李亜の肩口に埋もれ、李亜のほうからは見えない沙羅の唇が李亜の首筋に軽く噛みついた。首から背中にかけて寒気に似た感触がぞくぞくと走り、李亜の体から力を奪っていった。

 

「だ、ダメだって……ダメだっ」

 

 李亜は沙羅の細い体を押し返そうとした。だが李亜が触れたのは沙羅の胸でもあった。ふにゅん、とわずかな弾力が指の腹を刺激した。

 

「わっ!? ご、ごめ……!」

「気にするな。もっと触れてもいいんだぞ?」

 

 慌てて戻そうとしていた手首をつかみ、沙羅はより強く自分のほうへと引き寄せた。風呂に入ったばかりで体全体がまだ熱い。手と体の間にあるものはたった一枚の布で、そんなものは何の壁にもならない。

 

「いいか、これはお前のためでもあるんだぞ。言いなりになって元の世界に戻れる保障なんてない。それならいっそ楽しんでしまったほうがいいと思わないか……?」

 

 沙羅は李亜の耳たぶを噛みながら囁いた。まるで、と言うよりも悪魔そのものだ。

 

「い、やっ……だぁ……」

 

 沙羅の腕が優しく首に絡みつき、うなじを撫で上げていく。風呂上りの熱い体が布越しに密着してくる。脚を動かせば同じように動いた脚が絡みつき、太ももと太ももが重なり合って動きを封じ込んできた。

 沙羅の指が李亜のパジャマのボタンを一つ外したところで、李亜はぎゅっと目を閉じた。

 

 

「……冗談に決まっているだろう、バカか」

 

 

 ボタンを外したその指で沙羅は李亜の額を軽く弾いた。

 おそるおそる李亜が目を開けると、沙羅は眠そうに大きなあくびをした。

 

「いくら外見がよくても中身は勇者トビアだと知っているからな。やる気になどなれん」

 

 そう言いながら沙羅は再び李亜の体に抱きついた。今度はさっきと違い何も手出しはしてこない。ただ捕まっているだけだ。

 

「冗談ならいい加減離れてくれないか?」

「いや思ったより抱き心地がいいと言うか、暖かくて眠くなってくると言うか……あふ」

 

 沙羅はもぞもぞと動いて寝心地のいい場所を探し、自分の体を李亜の右腕と胴体の間に収めた。しっかりと肩に抱きついたまま。

 

「……もう寝る」

「ここで!? せめて自分のとこに移動してよ!」

「嫌だ、めんどくさい。移動するならお前がしろぉー……んー」

「君が絡み付いてるから移動できるわけないだろ、って早! ……本当に寝ちゃった?」

 

 返事はない。ただの睡眠中のようだ。

 本当に眠ってしまったかどうかはわからないが、引き剥がすことは難しそうだ。

 

「……しょうがないか」

 

 せめて二人そろって風邪をひくことがないように、李亜は沙羅と一緒に布団を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷちりん【ぷちりん】(性別:ない)

 

 けーさつしょにいる羽虫達の一匹。ぷちっと殺される。

 ぷちりん含め自称妖精共の前で反省室行きレベルの罪を犯すと問答無用で反省室に送られる。見られた時点でフラグが立つため逃げても無駄である。

 反省室に送られると、元の体は与えられた寮部屋で深い眠りにつく。垢バンされて新規キャラ作成になったときは最初の教室から。

 

 風紀が乱れがちなのはこいつらが怠けているせいでもある。本来なら街中のどこでも見られなければいけない存在。

 ねちねちごろごろしながらキムチパティーするくらいの糞運営。

 

 

 


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