いつの間にやら小さく光る人形が浮いていた。
全長十センチにも満たない大きさだ。透明がかったヒラヒラのワンピースを着てちんちくりんなステッキを持っている。そして三頭身。人形には虫のような透明な羽がついていた。理屈はわからないが、どうやらそれで飛んでいるらしい。
「あたしはこの世界に訪れたかたの案内を任せられてる、もぎゅるっ」
「……おい」
人形は黒髪の少女によってわしづかみにされた。
「お前が私達をここに呼び出してこんな姿にしたのか?」
「ちっ、違います! 違いますから離してくださいっ中身出ちゃうっ、さっき食べたカレー定食が上と下から出ちゃうぅぐるじぃいおえっ!」
「っ!?」
黒髪の少女は慌てて人形を離した。そして自分の手に何もついていないことを確かめ、ほっと小さくため息を吐いた。
「げほげほげほ。……あたしはこの世界に訪れたかたの案内を任せられてるさくりんと言いやすっ。案内役だからあなたがたがここに来てしまったこととは何の関係もありません。あたしのせいではありません!!」
「わかったわかった、しつこい虫だな」
自分達を気付かないうちにこんな姿に変えてしまう相手だ、姿を消して見守ることくらい簡単だろう。まして少し脅せばいらないものまでゲロってしまいそうな人形が犯人とも思えない。
「ここはいったいどこなんだ? なんで僕達は……こんな姿になってるんだ」
茶髪の少女は自分の体と隣にいる黒髪の少女を交互に見ながらさくりんに聞いた。
「はい、この世界はあるおかたがあらゆる異世界、あらゆる場所の中で最も幸せな場所を参考にして創られたのです。いろんな世界から追放されてしまった乱暴なかたがたに平和な生活を学んでもらうためにっ! えへんぷい」
「あるおかたというのは誰だ。どこにいる? 殺しに行ってやる。それくらいは知ってるだろう」
「いーえ知りませぬぎゃー! やめてー! 上と下をつかんでひっぱらないでー! ちぎれるーぶちっといっちゃうー!」
「言えと言っている。他の答えはいらない」
黒髪の少女の手により頭と足をつかまれ、さくりんは引っ張られた。中身に骨が入ってないのか絞られた雑巾のような形になっていた。
「知りませっ、ほんとーに知らないんですー! うぐぐぐぐぐぐ」
「やめときなよ。たぶん本当に知らないだろうから。君がこの子を部下にしたら大切なことを教えるかい?」
「……教えんな」
黒髪の少女はあっけなくさくりんを手放した。もしこんな間抜けを部下にすることになったら嘘の情報を渡して敵側に引き渡すだろう。つまりさくりんが本当のことを言っている証拠は何もない。
「それにあるおかたについてはまったくわからないけど、こうなった原因は心当たりがある」
魔王アシュメデにとって聞き捨てならないことを勇者トビアは口走った。
「さっきも言ってたな。どういうことだ、答えろ」
「僕は魔王を時空の彼方、魂の浄化される場所に封印する技を使ったんだ。まさかこんな世界だとは知らなかったけどさ。……そうか、僕は巻き込まれてしまったのか」
「お前のせいか! 貴様よくも……!」
黒髪の少女は片手を真上へと伸ばした。
暗雲が教室を包み込み、時空が歪み、この場にいる愚かな存在達が自らの愚行を悔やみ魔王たる存在に謝罪の言葉を述べるが時遅く、体を無理矢理ねじ切られながらも生きるという恐ろしい地獄の空間が支配する
……などということにはならなかった。
勇者トビアは最初からわかっていたのかアシュメデの動きに構えることはなかった。そして呆然としている黒髪の少女を見て軽く肩をすくめた。
「ぶふーっ! 言ったはずですよぉ? この世界は平和な生活を学ぶために創られたとー。ですから今はごく普通の女子高生なんですぅー。危ない力は使えませんよーぷっぷっぷ~むぎょわっ」
「お前を踏み潰すくらいならできるよなぁ、なぁ?」
げしっ! ぐりぐりぐりぐり。宙を浮いていたはずのさくりんを見事なかかと落としで踏み潰し、脚に全体重をかけながら黒髪の少女はにたりと冷酷に笑った。
「やめときなよ。茶色い染みが靴の裏にできるだけだよ。それにこれにはまだ聞くことがたくさんある」
「……ちっ」
黒髪の少女は足を動かしてさくりんを解放した。さくりんは糸の切れた凧のようによろよろと浮かび上がりながらも茶髪の少女の前で停止した。どういう原理で動いているかは、やはりまったくわからない。
「……ハァハァ……危ないとこを二度も助けてくださってありがとうございましゅ……」
「僕は勇者だからね。誰かを助けるのは当然だよ」
「なんと! やはりそうでしたか! いやー、ここに送られてくる性根が腐りきったみかん共とは一味も二味も違うおかただなとは思ってたんでげすよ! さすが勇者様はすばらしいおかたでげすなぁ、ぎょへへへへへ」
「……なんで語尾が変わってるんだ。どこか壊れたか……?」
黒髪の少女が呟くが誰も聞かない。
「そうそう、お二人に渡す物があるんでしたー」
「話を聞け……って?」
ぽた、と少女二人の前に何かが落ちてきた。
学園案内と書かれた薄い冊子と光沢のある一枚のカードだ。
黒髪の少女がカードをつまみあげると、そこには黒髪の少女の顔が貼り付けてあった。隣の茶髪の少女のもとに落ちてきたカードを盗み見ると、そこには茶髪の少女の写真が貼り付けてあった。
二人はこれが今の自分の顔であることを理解した。
黒髪の少女はカードに書かれている名前を読み上げた。なぜか不思議と言葉は理解できていた。
「まつかぜさら……?」
どうやらそれが自分の名前らしい。
松風沙羅【まつかぜさら】(性別:女) 元魔王アシュメデ(性別:男)
魔王として人々を恐怖に陥れていた。
元の世界では強い魔族は全て魔王と呼ばれていたから一番偉いわけではない。
残虐非道で支配欲が強く、人間の世界まで手を出し始めたから討伐の対象になった。
学園世界に飛ばされた正確な理由は不明。
三塚李亜【みつかりあ】(性別:女) 元勇者トビア(性別:男)
魔王アシュメデを倒すように天使から命令された少年。
仲間は複数いたが魔王と対峙する前に死んだりはぐれたり、雑魚敵を食い止めてもらったりしたため、決戦のときは一人だった。
時の精霊から教えてもらった魔術を使ったところなぜか暴発。
魔王と一緒に学園世界に来てしまった。