むりがく   作:kzm

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校則その4『不純異性交遊禁止』・7●

 

 二度目に目が覚めたときには誰かに背負われていた。沙羅の目の前には薄い茶色の髪が見えた。心地よかったからこのまま眠ったふりをしようと思ったが。

 

「起きた?」

 

 声をかけられたからやめた。寝たふりをすれば地面に落とされるような気がした。

 それに一言くらい文句を言ってやらないと気がすまない。

 

「……お前、私を囮にしただろう」

「うん、そうだよー。でも君なら途中で気付いてくれるとわかっていたよ。だからイヤーマフやマフラーを落として場所を教えてくれたんだろう?」

 

 耳当ては逃げようとした拍子に落としたものだ。マフラーなんて落としたことにさえ気付いていなかったのに。

 もしも耳当てもマフラーも落とすことがなかったら……

 沙羅は頭を軽く振って想像することをやめた。考えても仕方ない。

 

「ふん。お前の企みなど最初から見抜いていた。お前が尾行してきているのもな。だからあえて奴に捕まってみせたのだ。私の優しさに感謝するがいい」

「最初からー? 本当にー?」

「本当だとも! 貴様、自分がバカだからと他人までバカ扱いするんじゃない!」

「うわ、あんまり動かないで落ちるから」

 

 李亜はずり落ちそうになる沙羅を背負いなおすために立ち止まった。目が覚めたからと地面に落とす気はないらしい。

 

「あ、荷物は宅配サービスで運んでもらうようにしてるから。明日には寮に届くんだって」

「そうか」

 

 背負われてるだけでは安定しないことに気付いたから、沙羅は李亜の肩に軽く抱きついた。やわらかい薄茶色の髪が顔に触れるのは気持ちがよかった。

 

「なんで囮にしたんだ」

 

 やろうとしていることには気づいたが、理由についてはまだ沙羅は聞いていなかった。

 

「彼が異世界から来た存在だってのはボクも気づいてた。でも、彼が本性を隠しているのか、それとも僕みたいに間違って飛ばされてきた人かわからなかった。だから、様子を見るために。……正直に言うと、ここまでひどいことされるとは思ってなかったんだ。ごめん」

「ふん。本性を隠してるに決まってるだろ。この私を口説こうとしていたのだからな。本気であってたまるか」

「別にいいじゃない? それはそれで」

「よくない!」

 

 沙羅は抗議のために脚をぶらぶら揺らしまくった。振り落とされないためにしっかりと抱きつきながら。

 

「…………」

「どうした? 急に黙り込んで」

「な、なんでもないよっ? 話すことがなくなっただけだってば」

「そうか」

 

 話すことがないのなら黙ってしまっても仕方ないか。

 沙羅は納得して、しばらく李亜の背中に揺られるままになっていた。

 周りを改めて見渡すと寮のブロック塀らしいものが見えた。改めて周りの景色を眺めるとすでに夕方になっていた。生徒の姿は見えないが、塀の向こうから声が聞こえた。

 理由はわからないが安心してくる。

 

「あいつは反省室行った後、戻ってくるのだろうか」

「……戻ってくるのが怖い?」

「そんなわけあるか!」

「耳元で大きな声出さないで、うるさい」

「……ただ戻ってきただけでは同じことがくり返されるだけだろ」

「さすがに君はもう襲われないと思うよ。警戒されるだろうから」

「バカかお前は。私でなくとも他の誰かが襲われるかもしれんだろうが」

「うん。そうだね」

 

 君も他の誰かの心配をすることができるんだ。

 と沙羅は言わないでおいた。言ってしまえば逆ギレされてしまう可能性のほうが高い。

 

「でもただ戻ってくるんじゃなければ同じことはくり返されないよね」

 

 その代わりに別の言葉を李亜は口にした。

 反省室どころかこの世界を創った誰かにとっては姿かたちを変えることくらい簡単にできる。男の姿だと問題があるのなら別の姿に変えてしまえばいい。

 

「…………」

 

 根拠なんて何もないが、同じ結果を想像して二人は黙り込んだ。

 

「「……ぷっ」」

 

 二人は同時に吹き出した。

 

「戻ってきたら笑い飛ばしてやる」

 

 沙羅は李亜の背中で「くくっ」と含み笑っていた。

 

 

■□■

 

 

 それから三日後。

 黒樹彩人は教育研究に協力するためにクラス移動したと教師から連絡があった。クラスメイトの移動に慣れているらしい生徒達は新しいクラス委員長をどうするか相談した。結局決まらなかったが。

 

「今日の日替わりはハンバーグ定食だったな。悪くはないがカキフライ定食はいつ出てくるんだ」

「食堂への意見は入り口にあるポストに入れてって書いてあったよ。……あ、みかどさんだ。みかどさんお疲れ様ですー。今日は落し物ありませんよね」

 

 学校から寮に戻り、玄関ロビーがある場所で沙羅と李亜はみかどに出会った。みかどの隣にはゆるいパーマをかけた女子生徒が立っていた。背が高く胸はかなり大きい。

 

「今日は大丈夫です。いつもいつも探してくださって本当にすいません、すいません」

「いえいえ、好きでやってますから」

「毎日探してやってるのか……」

 

 沙羅は初めて知ったが、知ったからと言って何か変わるわけじゃない。

 それより沙羅は隣に立っている長身の女子生徒が気になった。胸が大きいからではない。見たことがない顔のはずなのにどこかで見たことがあるような気がする。

 

「あの……あんまりにらまないでください」

 

 女子生徒は沙羅の視線を手でさえぎり、顔を横にそむけた。

 

「このかたは転入生さんの弥栄彩音【やさかあやね】さんです。あ、でも新しいかたではありませんよ。二年前まではここにいましたから。きっとお二人よりもこの学校には詳しいと思いますよ」

「みかどさん! あ、相変わらずこの人は……!」

「あ! もしかして自分で言うつもりでしたか!? すいませんすいません、私ったら気がきかなくて、本当にすいません」

 

 ペコペコと頭を下げるみかどに彩音は苦いものを噛み潰したような顔をした。

 沙羅は彩音に一歩近づき、ニヤニヤ笑いながら顔をのぞきこんだ。

 

「久しいな、と言うほどでもないか。クラス委員長」

「初めまして、松風さん。初めまして、です」

「そうか初めましてだな。これからよろしくな」

 

 沙羅は片手をひらひらと振りながらあっけなく彩音から離れた。

 李亜は慌てて沙羅に駆け寄り、隣に並んだ。沙羅の横顔には黒い笑みが浮かんでいた。

 

「ふふふ。のこのこと姿を見せて。復讐し放題だな」

「言っておくけど一応未遂だったんだからね? あまりひどいことしすぎると今度は君が反省室送られるよ。しかも人間になれるとも限らないよ」

「……それもそうか」

 

 犬やネコに変えられた自分を想像してしまい、沙羅は復讐はそこそこにしておくことを決めた。

 

「しかしこの世界から出るのは思った以上に厳しそうだな」

「そうかい? 僕は意外と簡単そうだって思ってるんだけど」

「表面だけ真面目なふりをしていたあいつが一度は男になれたからか? あれは罠だ。この世界はあえて道を踏み外すことができるように作られている。警察はあの間抜けな人形かもしれないが、監視自体は常に続いているだろう?」

 

 慣れてしまっているせいで忘れそうになるが、誰かに見られているような視線は常に感じる。あの宿泊施設にいたときもだ。元の世界に戻すかの決定権はその誰かにあるのだから、隠れて罪を犯す人間が元の世界に戻れるわけがない。

 

「なるほどね。それじゃ僕が助けに行かなくても君は助かったかもしれないね」

「それもなかっただろう、おそらくな」

 

 沙羅は李亜の甘い考えをきっぱりと否定した。

 

「ここに来るような奴は女を犯すくらい何とも思わないのが普通だからな」

 

 だから犯されたとしても助けられるわけがない。むしろやられる側の痛みを知るいい機会だとばかりに見捨てられるだろう。あの瞬間に助けられる気配は少しも感じ取れなかった。助けてほしかったわけでもないが。

 しかしそれは一方的な決め付けだ。

 子供で動物のようなしらはまちゃんや隣にいる間抜けな勇者がかつて女を好き放題に扱ったことがあるとは思えない。元が女である、みかどもそうだ。

 李亜が同じ目に会ったとしても、きっと助けてくれなかっただろうと思えてしまう。

 

「…………」

「どうかした? じっとこっち見て」

「いや……お前も男には気を付けろよ。お前は他人のことばかり気にして足元をすくわれそうな性格してるからな」

「うぅううぇええっ!?」

「なっ、なんだっ!? いきなり素っ頓狂な声を出して! 驚くだろうが!」

「……い、いや、その……ごめ……君からそんな言葉が聞ける日が来るとは思わなくて……くくっ、ふふふふふ……」

 

 変な叫びをあげたかと思えば、今度は顔をうつむかせて笑いを耐えている。そんな李亜の姿を見て、沙羅はとても不愉快そうに顔をしかめた。

 

「ああ? 変なことは言っていないだろうが。……さてはお前、自分こそは足元をすくわれないと思い込んでいたな。ふっ、バカめが。よく今まで勇者をやってこれたな」

「うん、そうだね。そういうことにしておくよ、今日は。……気付いてなさそうだし」

「意味がわからん」

 

 沙羅はますます顔をしかめた。

 

 

 

 

 

 

 弥栄彩音【やさかあやね】(性別:女)

 元・黒樹彩人【くろきさいと】(性別:男)

 元・元・錬金術師ヴァイスクレスト(性別:男)

 

 普通の人間。ただし錬金術の才能を利用し、若くしてある大きな王国の大臣の座についた。王国の姫を言葉たくみに操り親である国王を毒殺させ、姫と結婚して国王になることを企てた。

 が、すべてを見ていた家政婦、もといメイドに真実をぶちまけられ、学園世界へ飛ばされた。ヴァイスクレストの世界では使うと必ず死ぬ魔法として伝えられているため、生きているのは本人にとっても想定外。戻る気はないらしい。

 

 黒樹彩人になってから数人の女子生徒を乱暴した。

 一般生徒や間違ってこの世界に来てしまった存在には手を出していない。

 手を出してきたのはあくまで異世界から追放されるようなことをしでかしたと思われる存在だけである。

 相手がどんな存在であれ女子生徒に乱暴した事実は変わらない。

 

 あと、しらはまちゃんにも手を出してない。

(理由:獣姦の趣味はない)

 

 

 


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