むりがく   作:kzm

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校則その4『不純異性交遊禁止』・5

 

 バスを乗り継ぎ、沙羅達は別の店の前についた。

 ほんの少し歩けば寮エリアに入ってしまう位置だ。それでも沙羅が寝泊りしている女子寮まではかなりの距離がある。

 

「ここは生活雑貨を売ってる店だね。寮や学校でもらうものは全部同じデザインだからここで違うものを買う人も多いよ」

 

 そんなことを言いながら彩人は文房具が並んでいるコーナーを案内してくれた。学校で使わせてもらっている道具はシンプルなデザインのものだが、店内に並んでいるものは色や形に工夫がほどこされた面白いデザインの物が多い。が。

 

「玩具だな、こんなものは」

「欲しくないのかい?」

「子供だましだ。いらん」

 

 確かに変わったデザインのものが多いが沙羅の興味をひくようなものはなかった。

 

「じゃあどういうものなら欲しい?」

「欲しいもの、か。――ここには存在しない、な……」

 

 巨大な城も宝石も、一品物の名刀もここには存在しない。

 名誉も地位も賞賛でさえも意味がない。

 誰かの手のひらの上で転がされているような状況では頂点を目指すのも滑稽すぎる。だからと言って本物の女子高生のように雑貨に目を輝かせるのはバカすぎる。

 沙羅は隠すことなく大きなあくびをした。

 

「……少し疲れてきた」

 

 数日の生活の中で、自分に与えられた体がかなり弱いものだということを沙羅は自覚していた。それは魔王アシュメデとして生きていた頃に比べてという話だが、もしかしたら李亜と比べても弱いほうかもしれない。

 

「またどっかで休むかい?」

「そうだな、これ以上得るものもなさそうだしな」

 

 この店からは出るか、と沙羅が思ったその瞬間。今日一日の中で最も好奇心を煽られるものが沙羅の目に留まった。

 

「なんだこれは。いったい何をする道具だ」

 

 そこはゲーム売り場だった。

 携帯ゲームの体験版がプレイできるように、モニターの下に盗難防止用のチェーンがついた携帯ゲーム機がぶらさがっていた。モニターの中ではゲームの遊びかたについて説明しているが、見ているだけではいまいちわからない。

 

「これこそ玩具なんだけどな……」

「ほう、玩具と言うことは使う方法があるわけだな。よい、説明することを許す」

 

 彩人は苦笑を浮かべながらも、すでに携帯ゲーム機を手に取ってわくわくしている沙羅の隣に並んだ。

 

「基本としてはこのボタンを押してだね」

「よくわからん。まずはお前がやってみせろ」

 

 携帯ゲーム機は彩人へと押し付けられた。

 

「だからこれがキャラの移動とか決めるボタンで」

「待て。こっちからじゃよく見えない」

「ワガママだなぁ」

「む。そうだ」

 

 沙羅は携帯ゲーム機を持っている彩人の腕の下をくぐり、彩人の腕の間に収まった。

 自分では携帯ゲームの画面がよく見える場所に移動しただけのつもりだ。しかし何も知らない誰かが見れば彩人が小柄な沙羅の両肩に腕を回して、背中から抱きついているようにしか見えない。

 

「これならよく見える。よし続けろ」

「……松風さん、これじゃ俺が集中できないんだけども」

「知るか。やりかたさえわかれば問題ない。さぁ動かせ」

 

 やりかたを教えられるまで動く気はまったくないらしい。

 彩人は沙羅に説明しながらゲーム機を動かし始めた。

 

「なるほど理解できた。貸せ」

「あっ」

 

 沙羅はいきなり彩人からゲーム機を奪い取った。ワガママな子供のような言動に彩人は肩をすくめ、その場から離れようとした。

 が、その腕を沙羅がつかんだ。

 

「ダメだ、動くな。背もたれが欲しい」

「背もたれって……」

 

 沙羅は大きなあくびをして彩人を背もたれ代わりに使いながらゲームを続けた。座り込んでプレイするには携帯ゲームにつながっているチェーンが短すぎる。

 疲れてはいる。が、せっかく面白さが理解できかけたものを手放すのは惜しい。

 沙羅はぼんやりとかすみはじめた目をごしごしとこすった。

 

「どうしたの?」

「いや……目が……」

「ああ、それずっと同じ画面見るから慣れない人が使うと疲れるみたいだ。どうする? 買っていくかい?」

「いや、いい……また今度にする」

 

 どうやら学生証にチャージされている金額には限りがあるらしい。ろくに働かなくなっている頭で購入を決めたら、クソと呼ばれる類のものをつかまされるかもしれない。

 

 結局、沙羅は雑貨店では何も買わずに外に出た。

 

 

■□■

 

 

 ――人間の、特に女なんて弱い生き物だと思っていた。

 気付くのが遅すぎたのはそんな思い込みがあったせいだ。

 

 

 沙羅は大きく息を吐きながら壁に寄りかかった。

 近道だと言って店と店との間に彩人は案内したが、なぜかいつまで立っても大きな道に出る気配がない。休日のはずなのに周りを歩いている人間は見当たらない。

 

「……疲れた。もう帰る」

「もう? それじゃバス停はあっちだから向こうまで歩こうか」

「……いやだ、めんどくさい。歩きたくない」

 

 ワガママではなく本音だった。脚がやたら重くて前に進めない。頭もさっきからぼんやりとしててうまく考えることができない。

 

「…………。それじゃどこかで休んでいく? あーほらほら、肩貸すからこんなとこで寝ないで」

 

 うとうとしかけている沙羅の体を彩人は自分のほうへと引き寄せた。

 いくらなんでもおかしい。

 これは疲れているんじゃない。

 異常なくらい急激に眠気に襲われているんだ。

 

「……なるほど」

 

 何のつもりだかよくわからないが、そういうことか。

 絶対後であいつ殺す。いや殺さない。半殺しだ。

 沙羅は小さく笑いながら残された力を振り絞って彩人の腕を振りほどいた。

 

 ゴツンッ!

 

「っっ!?」

 

 逃げようと思ったのに沙羅は頭を壁に強くぶつけてしまった。その拍子に頭からイヤーマフがずれて地面に落ちた。

 

「松風さん! ちょっと松風さん、大丈夫?」

 

 頭を強くぶつけてしまった沙羅に彩人は呼びかけた。反応はまったくない。

 彩人は小さくため息を吐いてぐったりとしている沙羅を抱きかかえた。

 その横顔には冷たい笑みが浮かんでいた。

 

 


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