アクシデントはあったがいくつかの服のセットを買えて沙羅は満足した。学生証の使いかたも簡単だった。差し出してチャージされているポイントをひいてもらうだけでよかった。
「またのご来店をぜひに!」
という店員には「二度と来るか!」と怒鳴りつけるのも忘れずに。
荷物を彩人に持たせ、沙羅はぶつぶつと文句を呟き続けた。
「本当にあの店が女に人気なのか? 確かに買いやすかったが店員に問題がありすぎるぞ」
「そんなこと言われても俺にはわかんないよ。女子が話してるのを聞いたことがあるだけだし。やっぱり試着室の中で何かあったのかい? ゴメンね、変な店に連れて来ちゃって」
「いや。何もなかったぞ。まったくだ。それより次の店を案内するがいい」
「次かー。服の次はやっぱり小物か。でも生活必需品は寮にそろってるし、喫茶店とかのほうがいいかな?」
「私にはさっぱりわからん。まかせ……」
街を歩いていた沙羅の足が不意に止まった。視線はある一点に吸いつけられている。面白そうなものを見つけたという顔とはまったく逆だ。見たくもないものを視界に入れてしまったと沙羅の顔は告げていた。
「……おい、あれはなんだ」
「ああ、あれは警備員の詰め所だよ」
「け……!?」
沙羅の視界に入っているもの、それは。
外観はそこまで周囲の建物と変わっているわけではない。一つだけ違うのは『けーさつしょ』と汚い文字で書かれた看板が飾られていること。
そしてその中では見覚えのある形の人形がふよふよと浮いていた。しかも数体。
「どう見ても違うが」
警察なる職業のことは沙羅はよく知らない。だが罪を犯した人間を捕まえる存在があのようなふざけた人形であってたまるかと。全部引きちぎりたい。
「あはははは、普通そう思っちゃうよねー。学校エリアとか商業エリアとか決められてるけど、島全部が一応学校ってことになってるらしいよ。だから悪いことをしたら学内の規則で処罰を受けることになる。あれは警備ロボだって。よくできてるよねー」
「……確かによくできてるな」
人形の中身がではなく、この島のシステム自体がだ。
「処罰とは具体的にどうなるんだ」
「うーん。俺は一応クラス委員長やってるから処罰受けたことないし……ああ、でも問題起こしすぎた後にいなくなった生徒はいるみたいだ。たぶん退学だろうからこの島から追い出されたんじゃないかな」
「退学……」
その問題を起こしすぎた生徒は元の世界に戻れたのだろうか。
そんなことはこの世界の目的を考えればありえないと言い切れる。
更生不可能とみなして抹消。いや抵抗する気が失せるまで反省室に放り込まれるなんてことも考えられる。沙羅が放り込まれたところは精神的な苦痛を与える場所ではあったが、おそらく肉体的な苦痛を与える反省室も存在するだろう。
「少し聞きたいことがある」
「何?」
「……いや、やはりいい。どうでもいいことだ」
聞いて答えてくれることでもなさそうだったから沙羅は聞くことをやめた。
「おおっとそこのお二人さん! 真昼間からの不純異性交遊ですか!? いけませんよ! 逮捕しちゃいますよ!」
「!! なんだいきなり!」
目の前ににゅっと現れた人形を沙羅は反射的に握り締めた。
「らめぇー! 出ちゃうの、さっき食べたカツ丼が上へ出てきちゃうのぉー! う、上の口から大出産!」
「気持ち悪いことを言うな!」
沙羅は慌てて人形を手放した。
目の前で「うげっほげっほ」と咳き込みながらふよふよ浮いている目障りな物体はどう見てもこの世界に来たばかりに見た人形だ。
「さくりんだったか?」
「ぶぶーいっ! あちきはさくりんじゃなくてぷちりんどぅえーす!」
人(?)違いのようだ。
「……潰したい……」
「潰したいですか? どうぞどうぞ、反省室行きですけどねっ! うっぷっぷっぷ~」
「くそっ、罠か! 本当にむかつく世界だな!」
「悪いこと見つけたらあちきがすぐ逮捕しちゃいますよ反省室行きですよ、うぇっひっひっひっ! このリア充共め! 残念なことにここにはラブホテルなどという邪悪な施設は存在しないんですよ~」
あーっはっはっはっは、爆発しちまえ! と笑いながらさくりんならぬぷちりんは『けーさつしょ』へとふよふよ浮きながら戻った。
沙羅はげんなりとした顔で大きくため息を吐いた。
「……一気に疲れた。どこかで休みたい」
「じゃあやっぱり食べるとこか。あっちにおススメのがあるから行こうか」
■□■
その店は狭い店内を活用するためにテーブルのほとんどを外に出していた。注文は中で行い、支払いと同時に商品を受け取るシステムだ。
休みを満喫している生徒達が木製のテーブルを占拠していた。
そしてその中の一つで。
ぢゅぅぅぅ~~~~っ。じゅぼぼぼぼぼっ。
周りの視線なんてカケラも気にしない沙羅はコップの中の炭酸飲料を一気にストローで飲み干した。彩人はその様子をニコニコとながめていた。彩人の前に置いてあるのはホットコーヒーだ。
コーヒーを飲みながら彩人は口を開いた。
「学校生活は楽しいかい?」
「退屈だ」
「あははは、でも松風さん、風邪で一週間休んでいたからそう感じちゃうのも仕方ないかもしれないな。松風さんと仲がいいのは三塚さんとしらはまちゃんかな」
「向こうが勝手に近づいてくるだけだ」
そしていまだに普通の女のふりしている李亜はともかく、白羽磨子に気に入られる理由はまったく思いつかない。仲良くする気はないからうざくてたまらない。押し付けられた少女漫画は教室のロッカーに入れっぱなしだ。
「学校に慣れたらもっと知り合いもできるさ。俺なんかよりも女の子同士で買い物に来たほうがずっと楽しいと思うよ」
「私は嫌だ」
こんなところには慣れたくない。
不快と言うわけじゃない。むしろ衣食住がこれでもかと保障されたこの場所は時間をつぶすだけなら快適だ。
しかし慣れてしまえば屈したことになる。
だからこそ一刻も早くこんな場所からは抜け出したい。
そんなつもりで言ったはずなのに、彩人はすっと目を細めた。
「それは、友達なんかより俺と一緒にいたいってこと?」
「ああん? バカかお前は。何故そうなる」
眉間にシワを寄せ、ものすごく不機嫌そうな顔で沙羅は答えた。
「だって俺は松風さんと一緒にいたいから」
「はっ」
相手は真面目な顔で語っているというのに沙羅は鼻で笑い飛ばした。
「お前、その言葉を吐いたのは私で何人目だ。ここに来たばかりの娘なら簡単に口説き落とせると思ったか。愚かすぎるぞ。女はバカだが勘が利く生き物だ。虚言などすぐに見破られる」
経験から言わせてもらえばな、という言葉はもちろん言わないでおいた。
彩人は肩を軽くすくめて降参するようなポーズを取ってから小さく笑った。
「あはははは、松風さんは本当に手厳しいなー。松風さんが初めてだよ、ほんとだってば。でも気に障ってしまったのなら謝る。ごめん」
「ふん。許してほしければこれをもう一杯献上するがいい。このクリームソーダというものは気に入った」
「はいはい、わかりましたよお姫様」
沙羅の注文に従うために彩人は店にもう一度入った。そしてしばらくして、沙羅の前に新しいクリームソーダを置いた。泡が出ているメロン色のジュースの上に白いバニラアイスが半分溶けながら浮かんでいる。
「姫様とか言うな。魔王陛下と呼べ」
ストローでアイスをソーダの中に沈ませながら沙羅は言った。