むりがく   作:kzm

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校則その4『不純異性交遊禁止』・1

 

 反省室から帰って次の日の朝。

 いろんなショックからやっと立ち直った沙羅はデートのことについて改めて李亜に問いただした。

 

「だって君、街を案内してもらうって行ったのに、僕を殺して、一週間も眠ってたじゃないか。僕を殺して」

「しつこいな。お前には何の損もなかったのだから別にいいじゃないか」

 

 休んでいる間、沙羅は風邪で休んでいたことになっていた。李亜が気を利かせて嘘をついたわけじゃない。教師が朝、沙羅は風邪で休んでいるとクラスメイト達に伝えた。教師に聞くと寮長のみかどから教えられたと聞く。

 教師にも言わない李亜がみかどに報告するとも思えない。

 おそらく『上』から来た命令でみかどが教師に連絡したのだろう。

 

「君が眠ってる間に、君が黒樹君に街を案内してもらう約束だった休日がすぎてしまったんだ。僕が同室の人間として断っておいたけど、代わりに約束もしておいた」

「勝手なことを……」

 

 断るのはまだいいとして、約束までするのは勝手すぎる。復讐のつもりなのだろうか。だが街の案内は本当に必要だ。

 二人は学校に向かい、教室に入った。

 何人かの生徒達が「転入したばかりなのに大変だったね」「無理しないでねー」と声をかけてくる。しかし沙羅は名前も顔もほとんどわからない。隣の李亜は親しげに軽い挨拶を返している。

 

 ――もしかしてこれは出遅れたということではないのか……?

 

「おうぅぅ……!」

 

 沙羅は自分の席に突っ伏してうめいた。

 

「なんだ、なんで負けた気分になってるんだ私は。別にここの奴らと馴れ合うつもりはないんだろう? こんな世界で上下関係決めるつもりなんてないんだろう? なのになんだこの胸の奥から湧き上がる悔しさは……! くそ、もしかしてこれはかなりまずい状況ではないのか? そんなことあるわけが」

「松風さん、おはよう。どうしたの? まだ気分悪い?」

 

 沙羅は顔を上げた。クラス委員長である黒樹彩人が心配そうな顔で立っていた。

 

「い、いや。気分が悪いわけではない」

 

 そう言えばなぜかこいつとデートしなければいけなくなっている。ただの街案内の延期だから言いかただけが気に食わない。

 

「ならよかった。今度の休日ならいいって三塚さんから聞いてるけど、風邪は治りかけが肝心って言うし。無理なら別にいいんだよ」

「ふっ。それほど言うならば受け入れてやらんでもないな。ありがたく思え」

「あははは。ありがたく思わせてもらうよ」

 

 無意味に偉そうな沙羅の態度は彩人に冗談として笑いながら軽く流されてしまった。

 彩人が机の前から去ると、今度は白羽磨子が目の前に立った。相変わらず腕を組んで偉そうにしている。だが眉の間にシワを寄せて、どこか困ったような感じだ。

 磨子は机の上に十数冊の本を置いた。少女漫画だ。

 

「貸す。これがデートのやりかただそーだ」

「は? いきなりどうした。どうしてそのことを知っている」

「貸すったら貸す! 貸すんだからな!」

 

 理由なんてまったく話さず、磨子は沙羅の前からしゅたっと跳び去った。

 

「あげたんじゃないんだからなあああああああ!」

 

 もうすぐ授業が始まると言うのに磨子は叫びながら教室から出て行ってしまった。

 沙羅が軽く視線を動かして李亜のほうを見ると優しげに、しかしにやにやと笑いながら沙羅のほうを見ていた。

 デートの情報源はあいつか。

 いつかころ……さないでおく。

 机に置き去りにされた本のうち一冊を沙羅は手に取った。自由な枠組みの中に絵やら言葉やらが記されている、漫画と言うものだ。

 

「なるほど」

 

 最初は戸惑ったが、数ページめくるうちに読みかたは理解できた。普通に文字だけの本を読むよりずっと簡単に情報を得ることができる。元が竜と言うか動物のしらはまちゃんが読んでいる理由もわかる気がする。

 そしてこれは二人の男女がイチャイチャしまくるだけの物語だ。

 しかも開始数ページで出会ったばかりの男が女を物陰に連れ込み、無理矢理に女の純潔を奪っていた。

 

「わ、私もここまではしないぞ……? 供物に捧げられた女を調教したことならあるが……こ、ここまで無理矢理は……ええっ、どうしてそんなことをやられておいてお前はコイツに屈するんだ? え、もう二度目!? う、うわああああ……」

 

 青ざめたり赤くなったりしながら沙羅はマンガを読み進めた。

 最近の少女漫画にビビりまくる元魔王アシュメデ。

 そしてかなりの割り合いで記されている砂糖を吐きたくなる口説き文句は反省室でのことを思い出させてくれた。

 

「この……!」

 

 ビリビリに破き捨てようかと思った。……が、やめておいた。今はどんな悪行もする気が起きない。一秒たりともあの反省室に行くことは避けたかった。だから大人しく学校にも来た。

 その後沙羅は抜け出したりはしなかったが眠りながらずっと教室にいた。

 

 

 その日一日は大人しくすごし、李亜と一緒に寮に戻ると部屋の前にダンボール箱が置かれていた。李亜のほうを見ると知らないというふうに首を横に振った。

 

「あ、それはですねー。寮に住んでる生徒さん達が松風さんに、だそうです」

 

 ちょうど通りがかったみかどが教えてくれた。中を開けるともこもことふわふわのレッグウォーマーやらイヤーマフやらマフラーやらが入っていた。風邪薬に栄養ドリンクと書かれた小瓶までもがそろっている。

 

「なんだこれは。どうして私に渡す必要がある」

「結構多いんですよ、転入初日から一週間休んでしまう生徒が。体の弱い転入生さん達のための歓迎プレゼントのようなものですね」

「だが私は風邪をひいていたわけではない」

「でも多くの生徒さん達はそう思っているんですよ。優しい生徒さんばかりで私感動、あ、涙で前が見えな、……わぶっ」

 

 期待どおりみかどは壁にぶつかってくれた。

 

「…………」

 

 ダンボール箱を両手に持ち、沙羅は眉間にシワを寄せた。

 

「受け取っておけば? 簡単に腐るものじゃなさそうだし、本当に風邪ひいたときのために持っておきなよ」

「……まぁせっかくの供物なのだからな。機会があれば使ってやろう」

 

 ダンボール箱は部屋の端っこに置かれることになった。

 意外に早く中身が使われる機会は訪れた。

 

 


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