むりがく   作:kzm

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校則その2『お風呂は毎日入りましょう』・4●

 

 浴そうの中で眠りかけていた沙羅は叩き起こされて風呂場から追い出された。

 

「体を乾いたタオルでふいて、服を着るんだ」

 

 李亜にそう言われたからでもないが沙羅は濡れた体をタオルで拭いて新しい水色のパジャマに袖を通した。だが濡れた髪からは水滴がポタポタと落ちて肩や床を濡らしていた。

 脱衣所兼洗面所から出た沙羅はキッチンで白くて小さな箱を見つけた。

 パンフレットによると『冷蔵庫』なる道具らしい。食料を冷やしておく道具なら沙羅も知っている。沙羅が知っているものはもっと大きいが。

 冷蔵庫を開けると中には缶ジュースが入っていた。

 

「これはなんだ? ああ、ここをつまんで引っ張れと……うわっ!?」

 

 プシュッ、と音を立てた缶ジュースに沙羅は軽く驚いた。甘い匂いのおかげで飲み物だということはすぐに理解できた。

 

「これはなかなか面白い味……けぷっ」

 

 洗面所がある扉の向こうからガラガラと風呂場が開く音がした。その直後に「ぎゃー!」という李亜の悲鳴が聞こえた。体を拭く時に何か見てしまったのだろう。沙羅はニヤリと笑った。

 その後ガチャガチャという物音と、何かがブォォとうなるような音が聞こえたが沙羅には何が起こっているのかまったく想像できなかった。

 やがて洗面所の扉が開いて沙羅とは色違いのパジャマを着た李亜が姿を見せた。

 

「……うう、僕は見るつもりなんてなかったよ不可抗力に決まってるじゃないか、そんなのちょっと油断してただけなんだ、僕は悪くないんだ……」

 

 ブツブツと呟き続ける李亜の顔が赤いのは湯上りのせいだけじゃないようだ。長い髪は沙羅と違って乾いていて、ふんわりとシャンプーの匂いを漂わせながら広がっていた。

 腰に手を当てジュースを飲みながら沙羅は不満げに李亜に言った。

 

「なぜさっき起こした。けぷっ」

「あのまま寝てたら溺れ死んでた」

「…………。人間はもろい生き物なんだな。だがこの世界は死んでも意味がないはずだ。助けてやったなどと思うなよ」

「別に助けたつもりはないけどさ……たぶん、お風呂で溺れるなんて間抜けな死にかたしたら自殺扱いになると思うよ」

「……ぬ」

 

 人を殺したり自殺すると送られる反省室なるものはどんなものなのか。反省をうながすためのものだから、楽な空間であるわけがない。

 考え込んだ沙羅の髪の毛からは水滴が垂れ続け、床に小さな水たまりを作っていた。

 

「髪の毛も拭いてってば。ボタボタさせないでよ」

「うー、面倒くさいぞ。もういいだろ、体は洗ったんだからこのまま眠っても。水分なんて寝てるうちに乾く。けぷっ」

「乾くけど頭がすごいことになるよ」

「何がすごい?」

「んーと、……爆発する」

「!!」

 

 沙羅の脳裏に浮かんだのは眠っている間にコッパみじんにちみゃっと砕け散る自分の頭。一瞬のうちなら痛くないだろうし、この世界だとすぐに生き返るらしい。だが想像しただけでもそれは恐ろしい光景だった。

 

「も、もろいとは知っていたがそこまでもろかったとは……」

 

 震える腕の袖で頭を拭こうとするが、もちろんパジャマの袖なんかではうまく拭き取ることができない。タオルを取り出して拭きなおすということも考えられないようだ。

 

「乾かしてあげようか?」

「た、頼む……」

「洗面所のほうにドライヤーって道具があったからそれ使うよ」

 

 二人はまだ暖かい洗面所まで戻り、沙羅が洗面所の前にあった背もたれのない小さな椅子に座った。まず李亜は乾いたタオルで拭き取れるぶんの水分を拭き取った。そして洗面所の横にある謎の道具のスイッチを入れた。

 ブォオ。

 道具からさっきも聞こえた、うなる音が聞こえた。

 好奇心で沙羅は指を伸ばした。

 

「うお」

 

 暖かかった。熱いに近い。

 李亜は座ったままの沙羅の頭にドライヤーの風を当て始めた。すでに冷たくなっていた頭に暖かい風を当てられて頭がぼぉっとしてくる。しかも長い髪を乾かすためにあちこちブラシで刺激されるのは程よく気持ちいい。

 

「おおおうよきにはからえ、よきにはからえ、おふふふふふふ」

「……変な笑いかたしないで」

 

 今までもほぼ抵抗はなかったが、今回はとても気に入ったらしい。背もたれがない椅子の代わりに沙羅は李亜へと寄りかかった。李亜は「しょうがないな」と言いながらも嫌そうな顔はまったく見せなかった。

 髪がある程度乾いたところで李亜はドライヤーのスイッチを切った。

 

「これで終わりか?」

「終わり」

 

 ちゃきちゃきとドライヤーを片付けていく李亜を見て沙羅は不満そうな顔を見せたが、次の瞬間に大きなあくびをした。

 

「……まぁいいだろう。今日は許す」

「だからやってもらったくせにその大きな態度は……こっちも別にいいや。大人しくしてくれただけでも」

 

 二人は自分のベッドと決めたところに横たわり、部屋の明かりを消した。電気を消しても薄い明かりが部屋の中に灯されるようにできているらしい。それに外から漏れてくる街灯の光のおかげでまったくの暗闇ということにはならなかった。

 おかげで隣の人物が何をしているかははっきりとではないが、わかった。

 沙羅は布団をたぐりよせ、李亜のほうに顔を向けてから口を開いた。

 

「もし今までのことが夢で、私達は魔術の衝撃で気絶していただけだったらどうする? ああ、別に私がお前の頭を踏み潰しているところで目が覚めても構わんぞ」

「もし今までのことがただの夢だったら……」

 

 李亜は沙羅のほうを見ないようにして寝ていた。だけど体を少しだけ動かして沙羅のほうへと顔を傾けた。

 

「僕はただの夢とは思わないで君とどうにかして話し合うよ」

 

 ほのかに笑いながら言う李亜に向かって沙羅は鼻をふんと鳴らした。

 

「夢なんてただの幻覚だぞ。私ならお前を殺す。これが夢でなくてもだ。お前が私に殺されていないのは二つ理由がある。一つはここが殺しが成り立たない世界だということ。もう一つはお前に利用価値があるからだ。忘れるな」

 

 沙羅は薄く笑った。もしかしたら本人はニヤリと鮫のように笑ったつもりなのかもしれない。だけど李亜には眠たげにしている少女が優しく微笑んだようにしか見えなかった。

 

「お風呂、そんなに気持ちよかった?」

「風呂はいいものだな。特にドライヤーとやらは気に入ったぞ。またやれ」

 

 数秒後、沙羅はしまったというような顔をし、布団を頭の上まで被ってしまった。

 

「うるさいな! もう寝る!」

「……おやすみ」

 

 李亜は布団の塊に声をかけた。返事はなかった。おそらく沙羅は就寝の挨拶の存在も知らないだろう。だから李亜は不満に思うことなく目を閉じた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ――私のことを勘違いしていただと?

 本当にバカな奴だ。

 私は本能から争いが好きだし、他の存在のことなどどうでもいい。いやむしろ苦しみにもがき苦しみ、憎い相手に命乞いをしなければいけない弱者の顔はとても愉快だ。その顔を踏み潰すときは最高に笑える。

 姿かたちが変わっただけで扱いがこうも変わるのだから、少女の姿になるのも悪くはない。

 忘れているほうが都合がいい。

 

 

 

 

 

 

 来野みかど【くるのみかど】(性別:女) 元魔女ゲネブベルデ(性別:女)

 超ド級のドジっこ魔法少女☆(じゅうななさい)

 起こした被害がひどすぎて一部の人間には魔王のように恐れられていた。

 遠くの場所まで一瞬のうちに移動できる扉を研究中に学園世界に飛ばされてしまった。

 

 現在寮長。

 年齢が変わらないこの世界で二十年間寮長を務めている。

 みかどさんじゅうななさい。

 

 


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