むりがく   作:kzm

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校則その2『お風呂は毎日入りましょう』・3

 

 寮用のパンフレットに書かれていたとおり、自動湯沸かし器で浴そうにお湯を入れた。ボタン一つで快適生活。異世界の追放者に対する扱いとはとても思えない。

 浴そうの下についている穴からお湯がごぼごぼとあふれてくる様子を興味しんしんにながめながら沙羅は聞いた。

 

「ここに飛び込めばいいのか?」

「脱いでからね。あとこの大きさのに飛び込んだら怪我するから」

「そうか。体をみがくのだから脱がないと邪魔だな」

 

 沙羅はその場で上着を放り投げ、シャツのボタンを外し始めた。

 

「ちょっ、ちょっと待ったぁっ!」

 

 慌てて李亜は沙羅の行動を止めた。

 

「脱ぐ方法も決まっているのか? 風呂というものは思った以上に面倒なんだな」

「そ、そうじゃなくてっ! ……いや、脱がなきゃいけないのはわかってるんだけど」

 

 口ごもる李亜の様子に沙羅は眉を寄せて首を傾げた。こんな反応をするのは二度目だったから理由についてはすぐに思い出すことができた。

 

「ああ、そうだったな。勇者様は女の裸も見たことがないんだったな。仕方ないな、今は教えてもらう立場だからな。どうすればいい?」

「……脱いだらこれ巻いといて。服はこっちじゃなくてこっちの脱衣所で脱ぐこと」

 

 李亜は沙羅へとやや広めのバスタオルを差し出し、脱衣所の扉を閉めた。沙羅は小さく肩をすくめ、脱いだ上着を拾い上げて脱衣所のほうで服を脱ぎだした。

 沙羅は洗面台の前に立ち自分の裸の体を、改めてながめた。

 きれいに切りそろえた黒髪に少しだけつり上がった猫のような気の強い目。体は全体的に細い。美しいとは思うがそれは芸術品としての美しさに近い。ありとあらゆるところにふくらみが足りない。

 

「…………」

 

 魔王アシュメデは女の体なんて見飽きるほど見ている。だから李亜のように間抜けにうろたえることもない。だけど不満はあった。

 

「……せめてこの大きさはどうにか変えられないのか」

 

 ある一部分を軽くもみながら沙羅はため息を吐いた。

 

 一方その頃、脱衣所の扉を閉めて部屋に戻った李亜はというと。

 

「やっぱり僕も脱がなきゃいけないんだよね……」

 

 制服の上着を脱いだだけの李亜はシャツに手をかけたところで動きを止めた。

 このままだと確実に見ることになってしまう。

 

「見るって言っても自分の体なんだしいやらしいことをしようとしてるわけじゃないんだしいつか絶対見なきゃいけないんだしもう大事なとこは見ちゃってるし、でもあれ上からだったからちょっとわかりにくくて思わず触って確かめ……」

 

 はぁぁ~~~~と大きなため息を吐いた後、李亜は自分の顔をパンパンと軽く叩いた。

 

「ダメだよ、こんなことじゃ。弱点ばかり見せていたらこっちの言うことを聞かなくなってしまう。戦って負けを認めさせるわけにもいかないんだ」

 

 共同生活をしているのだからいつどんな手を使われるかわかったものではない。姿かたちは繊細で、それでいて高貴な黒髪の美少女かもしれないが。……初めて見たときはどこかの王女か神殿の巫女かと思ったくらいの。

 

「……今は急いでいるんだから」

 

 李亜は目をしっかりと閉じて服を脱ぎだした。

 

「うっ、この胸の紐はどうやって外せばいいんだ? ……ん、うぉぉっ……あ、背中か!」

 

 李亜は背中に手を伸ばして下着のホックを外した。少しだけトラブルはあったが、李亜は自分の体を見ずに服を脱ぎ、タオルを巻くことに成功した。

 扉の向こうの脱衣所からは服を脱ぐような音は聞こえない。自分よりも先に着替えなんて終わっているのだろう。十分に見慣れているようだったし。

 李亜は脱衣所の前に立ってツバを飲み込み、扉を軽くノックした。

 

「もう準備できた?」

「ああ、できたとも」

 

 中から返ってきた声に安心して扉を開けると全裸の沙羅が背中をこっちに向けて立っていた。前面を鏡に映しだした状態で。細い指が小さな胸をむにむにともんでいた。

 李亜は見なかったことにして扉をバタンと閉めた。

 

 

■□■

 

 

 改めてタオルを巻いた二人の少女は風呂場の中に立った。浴そうの中にお湯が入っているおかげで温かい湯気が風呂場中を包みこんでいる。シャンプーやらリンスやらは新品同様の状態で用意されていた。

 

「二人で入るにはせますぎないか?」

「こ、このお風呂は本当は一人で入るためのものだよ?」

 

 無理したら二人入れないこともないだろうが、あえて李亜はそんなことを言った。大勢で入るためのものもあるなんて言ったらこの場で実行されてしまうかもしれない。

 シャンプー、リンス、ボディソープの使いかたは李亜は知っている。シャワーや蛇口の使いかたも丁寧にパンフレットに書かれていた。

 体の洗いかたについてはまったく書かれていなかったが。

 

「ここに座って。まず体を流さないといけないんだ」

「流す……? 流されるほどの水量はないぞ?」

「いや流すのは体についた汚れとかで……いいや、とりあえず目を閉じて。上からお湯をかけるから」

「めんどくさいな」

 

 文句を言いながらも沙羅は大人しくプラスチックの椅子に座ってくれた。李亜はパンフレットに書かれていたとおりにシャワーヘッドの根元にあるスイッチを押した。やや熱めのお湯が勢いよく噴き出し、タイルの床と足元を濡らした。

 

「髪洗ってる間は目を開けたらダメだよ」

「ん」

 

 黒髪の上からお湯をかけて、ある程度濡らしたところでシャンプーを手にとって黒髪を泡立て始めた。濡れた黒髪はいつもよりもつやつやと輝いていた。

 沙羅は意外なほどに大人しく言うことを聞いていた。

 無防備な背中を半日前に殺しあっていた相手に見せているのは死んでも生き返ると聞かされているせいなのだろうか。

 納得できる理由はあっても、李亜は目の前で大人しく髪を洗われている少女が人々を恐怖に震わせた魔王だと信じることができなくなっていた。

 

「君は本当に魔王アシュメデなのか?」

「何を言ってるんだ、勇者と、うわっ! 目に入った! くのっ! なんだこれは! ……ううっ、貴様、つまらない罠を仕掛けおって!」

「目開けたらダメって言っただろ。もう流すからしゃべらないでね。口に入るよ」

「ん」

 

 李亜はシャワーのお湯で髪の毛の泡を洗い流した。シャワーが終わると沙羅は頭をプルプルと振って顔の水分を弾き飛ばした。

 

「これから体も洗わなければいけないのか」

「そうだね。髪の毛は初めてだと難しいけど、体洗うくらいなら一人でできるよね」

「嫌だ、めんどくさい。お前がやれ」

「いい加減にしろっ」

 

 沙羅の顔に濡れたスポンジがべチンと投げられた。

 

「髪も体も大差ないだろうが。ついでに洗えばよかっただろうに」

「いやいやいや全然違うよ大差あるよ!」

「大差……」

 

 沙羅は自分と李亜の体を交互に見つめた。体に巻いたタオルが濡れているせいでお互いの体のラインがはっきりと見えてしまっている。

 片方は谷間やくびれというものが存在しており、片方は細いだけが特徴の子供のような体。

 

「なっ、何をする気なんだっ!?」

 

 李亜は思わず自分の体を両腕で抱えた。そんなポーズをとれば余計に胸の大きさが強調されてしまう。しかしそれは李亜本人が知るところではない。

 う~~っ、と威嚇する李亜を見て沙羅は大きなため息を吐いた。

 

「…………はぁ」

 

 そして黙り込んだまま背中を向けて、大人しくスポンジで体を洗いはじめた。

 

「……ま、いいか」

 

 李亜も軽く息を吐いて沙羅に背中を向けて髪を洗いはじめた。

 襲われるかもしれないと思ったことを少しだけ恥ずかしく思いながら。

 沙羅は自分で体をスポンジで磨き、お湯で泡を流した。

 

「この中に入ればいいのか?」

「そうだよ」

 

 体を洗いながら李亜は答えた。ちなみに二人ともタオルは巻いたままだ。

 沙羅は浴そうの中にゆっくりと体を横たえた。二人で入るのはきつそうだが一人で入るには十分に余裕がある。

 

「……湯の中に入るのも……なかなかいいもの、だな……」

 

 沙羅は気持ちよさげに目を細めた。

 

「僕は君のことを勘違いしていたのかもしれない」

 

 ぽつりと李亜は呟いた。背中を向けているから表情はわからない。

 

「ん?」

「もっと本能的に争いを求める残忍な性格だと思っていた。人が苦しみ悶えるところを幸福と思うような性根から腐りきった奴だとね。だから僕はどんな状況になっても魔王とだけは会話することができないと考えていたんだよ」

 

 ただ倒すことだけを考えていた。

 半日を共にすごしてわかった。

 こいつはただのワガママな奴だ。強大な力を持って生まれてしまったばかりに他人を苦しめて願いが叶う立場を手に入れてしまった。

 力がない状態ならば戦わずに話すこともできる。

 もしこんな性格だとわかっていたら戦うことを避けて、交渉することも考えただろう。

 

「…………。そうだな、私も」

 

 沙羅はお湯の中に沈みながらうなずいた。

 

「……カキフライはソースをつけてもうまいと思った、ぞ……ごぼぶぶぶ」

「いったい何の夢見てるんだよ! こんなところで寝るなって、溺れるよ!」

 

 


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