むりがく   作:kzm

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プロローグその1

 

 広く大きな城の中で戦いの音が聞こえる。

 重なる剣戟。爆音。戦いの激しさは震動を持って城全体に響き渡った。

 

「ふははははははは! よくぞこの私、アシュメデに本気を出させた勇者よ!!」

「くっ! なんてすごい力だ……! だけど僕もみんなのために負けるわけにはいかないんだ! 時の精霊達よ、僕に力を貸してくれ! この邪悪な魔王を次元の狭間、魂の浄化される場所へと送り届けてみせる!」

 

 少年が両手を掲げると不思議な光がその場に集中し始めた。

 彼こそが人々から勇者と呼ばれた存在で相対するのは人々を苦しめた魔族の王、アシュメデであった。

 魔族と人間。ふたつの種族の運命を決する戦いは

 

 

 ……この話の中ではそこそこにしか関係しません。

 

 

 

 

 

 

 ――そこはどこにでもありそうな学校の教室だ。

 

 そうだ、この世界ならどこにでもある。

 カーテンは全部閉められているせいか薄暗い。朝か昼かまではわからない。動く人影はない。だけど机が並べられた後方に、あお向けに倒れるブレザー制服姿の美少女二人がいた。

 二人とも髪は長く、一人は薄茶色でもう一人は黒髪だ。

 茶髪の少女の胸はそこそこに大きかったが、黒髪の少女は茶髪の少女に比べれば……簡単に言うなら平たかった。

 

「……あ?」

 

 先に目を覚ましたのは黒髪の少女のほうだ。

 黒髪の少女は上半身を起こしながら実に自然な動きであぐらをかいた。正面から見ればかなり危ない光景だが、ここにはいまだに眠っている茶髪の少女以外には誰もいない。

 

「なんだ、ここは?」

 

 周囲をきょろきょろと見渡しながら、黒髪の少女は眉間にしわを寄せた。黒髪の少女の視線はすぐ目の前で射止められた。

 

「……ん……」

 

 茶髪の少女のピンク色の唇から声が漏れた。黒髪の少女の視線が茶髪の少女の大きな胸から細い腰、そして短いスカートから伸びる張りのある太ももへと移動していく。

 

「…………っ」

 

 黒髪の少女はツバを飲み込んだ。そして鮫のようにニタリと笑い、茶髪の少女の形のいい胸へと手を伸ばした。が、本当に触れてしまう前に黒髪の少女は周りを確認した。

 誰もいない。

 それはつまり、何かを知っていそうな存在は茶髪の少女以外にはいないということだ。

 黒髪の少女は何も知らない。

 この世界には来たばかりだ。ただそれを彼女はまだ自覚していない。

 黒髪の少女は茶髪の少女の肩をつかんで揺さぶった。

 

「おい、起きろ」

「……ん……君は、誰……?」

 

 茶髪の少女はまぶたをゆっくりと開けながら呟いた。黒髪の少女は不満な顔を見せた。しかし何か納得したのか、黒髪の少女は満足そうに鼻を鳴らした。

 

「よかったな、女。私は機嫌がいいから無礼を許そう。姿を見るにどこの田舎から来たものかわからないしな。本当の姿を知らなくても無理はない。我が名はアシュメデ! 天と地を恐怖に震わせた強欲の魔王とは私のことだ!」

「ぷっ」

 

 黒髪の少女の堂々とした挨拶に茶髪の少女は小さく噴き出した。黒髪の少女が一瞬のうちに顔をしかめて機嫌を損ねたという顔を見せると、茶髪の少女は慌てて謝った。

 

「ゴメンゴメン。だって君みたいなかわいい子がそんなこと言い出すなんて」

「か、かわいい……?」

 

 言われた言葉があまりにも意外すぎたのか、黒髪の少女はパチパチとまばたきをくりかえした。茶髪の少女は黒髪の少女を気にすることなく真剣な眼差しで遠くを見つめていた。その視線はここではないどこか遠くに向けられていた。

 

「僕はアシュメデの姿をこの目で見たことある。だから悪いけど君が魔王じゃないってことははっきりと言える」

「いや、ないな。有象無象ならともかく、お前の美しさは私が認めるだけの価値はある。一度でも目にしたことがあるのに見忘れるとは考えがたい。……なるほど、お前は私の偽者に騙されただけのようだな」

「そう言う君はたぶん、誰かに洗脳されてるだけだよ。僕が戦った奴こそ本物だと言ってもいい。そうだ、僕が君の洗脳を解く方法を探してあげるよ!」

「ああ?」

 

 黒髪の少女はとてもとても不機嫌そうな顔をした。洗脳されている、つまり茶髪の少女は自分の記憶を疑っているわけだ。だから二、三発くらい殴ってやろうかと思った。

 しかしやめた。

 自分の姿を見てかわいいなどという妄言が飛び出してくるところを見ると、おそらく茶髪の少女のほうこそ頭がおかしいのだろう、と黒髪の少女は考えた。

 それにおかしいと言えばもっと気になることがある。

 

「……さっきから耳がおかしい」

「それは僕もだよ。自分の声が自分の声じゃないみたいなんだ。君もってことは体に異常があるんじゃなくて、この空間がおかしいせいじゃないのかな」

「なるほど。女にしては頭がいいな」

 

 茶髪の少女は一瞬だけとても嫌そうな顔をした。だがすぐに大きなため息を吐き、ひきつりながらも笑みを浮かべた。

 

「……うん、いいよ別に。だって初めてじゃないから。あのね、僕はこれでも一応……ひやあっ!?」

 

 何気なく自分の胸に手を当てようとしていた茶髪の少女は不意に悲鳴をあげた。

 まるでそこに存在してはいけないものに触れてしまったかのように。

 茶髪の少女は目を覚ましてから初めて、自分の胸に視線を延ばした。そして手やスカートから伸びる白い太ももに目をやり、自分の顔をぺたぺたと触り始めた。その顔は青白いを通りこして土気色になっていた。

 

「ひわっ、あぁああああっうそうそうそ、何これぇ……」

 

 愕然とした茶髪の少女はリノリウムの床に手をつき、カタカタと震えた。事情はわからないがとても面倒なことが起きているようだ。

 

 

「……魔王、と言ったか?」

 

 

 突然首をぐるんと回し、茶髪の少女は黒髪の少女を思い切りにらみつけた。その目には殺気プラス様々な憎しみ恨みつらみがこもっていた。自称魔王の黒髪の少女は魔王らしくなく「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。

 

「い、言ったな」

「お前は! 僕をこんな姿にして何を企んでるんだ! 自分だって……ふざけてるのか!?」

「何のことかまったく理解できん。説明を求める、女」

「説明?」

 

 ふ、と笑った茶髪の少女は黒髪の少女の胸に触れた。

 

 むにゅん。もみもみもみ。

 

「ひわっ! …………!?」

 

 黒髪の少女は初めて少女らしい悲鳴をあげた。次に茶髪の少女の顔と自分の顔を交互に見た。黒髪の少女も先程の茶髪の少女と同じように自分の脚や胸、顔に触れ、顔色を悪くさせはじめた。

 

「うわああああっ!? なんだこれはあああっ」

「……その反応を見るにお前の仕業じゃないってことか。いったいどういうことなんだ? 僕達はさっきまでお前の……君の城で戦っていたはずなのに」

 

 茶髪の少女はわざわざ呼びかたを言い直した。だがそんなことは今はどうでもいい。

 

「と、いうとまさか……」

 

 黒髪の少女は震える指で茶髪の少女を指差した。

 

 

「君は魔王アシュメデ。そして僕はさっきまで君と戦っていた勇者トビアだ」

 

 

 茶髪の少女、かつての勇者トビアは淡々と事実だけを告げた。今は黒髪の少女になっている魔王アシュメデは艶のある黒髪をぐしゃぐしゃとかきむしり「くそっ」と呟いた。

 

「……こうなった理由はお前にもわからないと言うことか」

「まったくないと言うわけじゃないんだけどね」

「なんだとっ!?」

 

「ようこそいらっしゃいませ、かわいいピチピチの転入生さん達っ!」

 

「!?」

 

 にらみ合う二人以外に誰もいなかったはずなのに、むかつくくらいに甲高い声が教室内に響いた。

 

 


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