「……と言う訳なんだ」
「中々ハードな事件アルな」
「ビックリです!」
「よもや呪いの鏡が存在するとはのぅ」
「……ずずっ」
乱馬からもう一人の乱馬(女)が居る事情を一頻り聞いて、シャンプー、リンス、婆さん、俺の順番でコメントを零す。まあ、俺は冷静さを取り繕うと茶を啜っていたのだが頭の中では大混乱だった。
今現在、乱馬寄り添う様に座っている乱馬(女)は鏡屋敷と呼ばれる洋館の呪いの鏡から出てきたもう一人の乱馬らしい。
この話は原作のかなり後半の『二人の乱馬』である。
鏡屋敷と呼ばれる洋館の中にある巨大な鏡があり、その呪いの鏡に姿を写すと、鏡の中からもう一人の自分がナンパな性格となって出てくる話で出て来たもう一人の自分が周囲に迷惑を掛け続けるって話だ。鏡の中にもう一人の自分を押し込める為に封印のカーテンを作り直すのに一週間必要で、その一週間の間に様々なトラブルが巻き起こるって話だ。
だが、現れたもう一人の乱馬はナンパな性格ではなく、以前現れた心優しい女乱馬だったのだ。乱馬は出て来たもう一人の自分があの時の女乱馬だと知った時には涙を流して抱き締めたと玄馬さんが笑いながら説明して乱馬は玄馬さんを殴って乱馬(女)は顔を真っ赤にしていた。
ちゅーか……早すぎるだろ、この話。原作でもほぼラスト辺りだったじゃん。前倒しにも程があるぞ。
「事情は分かったけど……どうするんだ?その封印のカーテンが直ったら鏡の中に押し戻すのか?」
「その事を相談したかったんだ……なあ、婆さん。その呪いの鏡から出て来た俺は邪悪な存在じゃなさそうだし、このままで大丈夫なんじゃないか?一緒に……生きていけないのか?」
「うぅむ……呪いの鏡の存在は知ってあったが実在したとはのぅ……現物を見んことには判断がつかぬ。それに今まで肉体分離香や呪いの鏡から出てきた分身が生き続けた事例は無いんじゃよ」
俺の発言に乱馬は必死に婆さんに詰め寄る。ああ、あの時に女乱馬を抱き締める事が出来なかったのを悔いていたんだな。そして、その時の喪失感から今度は見捨てずに必死にしがみつこうとしている。婆さんも自分の知識から答えを出そうとしているが分からないみたいだ。中国三千年妖怪の婆さんでも知らないってなると本当に前例が無いのだろう。
「となると……その件の鏡の調査と女乱馬の経過観察が主な所になるか?」
「うむ……その呪いとして生み出されたもう一人の乱馬(女)がどの様な状態か調べる必要もあるのぅ。差し当たり封印のカーテンが直ったらワシ等も同行し呪いの鏡を調べるとしよう」
「ムース……婆さんも協力してくれるのか?」
「ムースさん、お婆ちゃん……」
俺の発言と婆さんが乗り気な事に乱馬は驚いた様子だった。おいおい、見損なうなよ乱馬。女乱馬も感動して涙ぐんでいる。
「俺も婆さんも肉体分離香の時に何も出来なかったのを悔やんでいてな……今回の事で上手く女乱馬が生きていけるなら……いや、他にも問題があるか」
「も、問題!?俺の分身として出て来たの以外で問題があるのか?」
己の分身が出てる段階で問題しか無いとは思うけどな。だが、もう一つ大きな問題があるだろう。
「戸籍の問題があるだろう。仮にこれから女乱馬が生きて行くとして戸籍はどうするんだ?生き別れだったと周囲に説明するにしても、それまでは何処で生きていたとか、カバーストーリーを創るにしても戸籍や出自と届けは必要だろうが」
「あ、あー……」
「うむ、流石にそれは誤魔化しが効かぬ部分じゃな。その辺りもどうするかは考えるとしよう」
俺の指摘に乱馬は言葉に詰まる。うん、その辺りも考慮しなければならない。まあ、最終的な裏技は幾つか考えてはいるけど奴に借りを作るのは避けたい所だ。
「それも大切だけど、先に決めなければならない事があるわね」
「え、決める事って?」
話し合っている俺達に、かすみさんが和かに告げる。あかねも首を傾げている。
「名前よ。いつまでも女乱馬なんて呼ぶのも可哀想でしょ」
「そりゃそうね。見た目も紛らわしいのに、名前も一緒なんて混乱しかないわ」
かすみさんの発言になびきが同意する。確かに服装から髪型まで全部一緒なんだ、ややこしい事この上ない。違いがあるとしたら性格くらいだ。
「そうアルね。これから生き行くにしても名前は別に必要ネ」
「どんな名前が良いですか、乱馬さん?」
「あ、えっと……その……」
「どんな名前が良いかしら?可愛いのが良いわよね」
シャンプーとリンスがノリノリになっている。戸惑う女乱馬に、あかねも後ろから女乱馬の両肩に手を置いて優しく話しかけている。女の子はこう言うのが好きだねぇ。
「あ、そ、その……ムースさんに決めて欲しいです」
「え、俺に?」
女乱馬は恥ずかしそうに俺をチラチラと見ながら呟く。突然の指名に驚かされた。
「なんでまた、俺に命名を望んだんだ?」
「その……ムースさんは最初に私を認めて下さったから……名前を決めるならムースさんが良いです」
俺の疑問に女乱馬はモジモジと俺を見る。可愛い……と思ったと同時に腕をシャンプーにつねられた。地味に痛い。しかし名前か……うーん。
「そうだな……女乱馬だから……娘……いや、うーん……」
いきなり名前を決めろと言われてもな……俺は腕を組みながら悩む。迂闊な名前は付けられないからなぁ。あ、そうだ!
「乱華……早乙女乱華でどうだ?」
「早乙女……乱華……」
「なんで乱華って名前にしたのよ、ムース」
俺の名付けに女乱馬は俺が考えた名前を嬉しそうに呟き、あかねはその名前を考えるに至った理由が気になるみたいだ。
「見た目からして乱馬と女乱馬なら双子に見えるだろ?だから似た様な名前が良いだろうと思ってな。それで乱馬の『乱』に可憐な見た目と性格から『華』この二つを合わせて『乱華』でどうかなって思ってな」
「嬉しいです!ありがとうございます!」
「早乙女乱華か……良い名前だね早乙女君」
「そ、そうだね天道君」
俺の説明に女の子乱馬……いや、乱華は嬉しそうにしている。早雲さんもにこやかに玄馬さんに話し掛けているが玄馬さんの目は泳いでいる。そりゃそうか。
乱華の名前の意味は実はもう一つある。それは乱馬の母親である『早乙女のどか』から一文字取ったのだ。「乱馬」の『乱』と「のどか」の『か』で『らんか』これを漢字変換して『乱華』としたのだ。
玄馬さんからしてみれば、意図せぬ所で奥さんの名前に掠ったので冷や汗ものだったのだろう。
これから色々と調べる事や手続きで大変だろうけど……今は、あの時の女乱馬と再会出来た事を喜んでおこう。