□月◯日
ムースになってから十二年が経過した。現在、十五歳……つまりもうすぐ原作が始まるということだ。原作ではシャンプーやムースの年齢は公表されなかったが、同年代とされていたので最低でも来年には原作に突入する筈。さしあたり俺がやる事は以下の三つ。
1.女乱馬とシャンプーを戦わせない。
2.男乱馬にシャンプーが負けない様にする。
3.鴨子溺泉に落ちない様にする。
本来なら他にもあるんだろうけど、大きな分岐点はこの辺りだろう。俺としては1と2はどうにか防ぎたい所だ。
何故ならば1と2が成立してしまうとシャンプーは乱馬に惚れてしまう。原作のムースと違って自惚れでなければ俺はシャンプーと仲が良いと思ってる。この感情は元々のムースの物なのか、俺自身の物なのか……確かめる術はないが、このままシャンプーが乱馬に惚れる展開を作りたくないと思うのは間違いなく俺の意思だ。
□月×日
一年後に村の女子だけでの武道大会を開催すると言われた。間違いなく、これだな。乱馬とシャンプーが戦う武道大会は。対策を練らねば。
□月△日
色々と考えたけど、武道大会はシャンプーが優勝するだろうから乱馬とパンダが優勝賞品のご馳走を食べないように監視しよう。つーか、それくらいしか思い付かなかった。
◆◇◆◇
「ま、こんなところか……」
俺は三ヶ月後に迫った武道大会の準備をしながら呟いた。現在は大会の進行状況や誰が参加するか等の確認作業をしている。俺自身は大会に出ないが物語のターニングポイントを逃す気はない。
「ムース、お疲れさまネ。差し入れヨ」
「おお、ありがとうシャンプー」
俺が考え事をしながら仕事をしていると、シャンプーが差し入れを持ってきてくれた。
「武道大会の準備か?大変だナ」
「村のお祭り行事だからな。ちゃんと進行出来る様にしなきゃだし……それにシャンプーが優勝するんだから俺も気合いを入れるさ」
俺の一言にシャンプーは驚いた表情で俺を見ていた。何故に?
「ムース……お前、私が優勝する思うてるカ?」
「え、ああ……勿論だとも!シャンプーの優勝を信じてるよ!」
焦ったぁ……原作だとシャンプーが武道大会に優勝して乱馬がその優勝商品を横取りしてしまう流れだから、思わずシャンプーの優勝を断言しちまった。多少疑いの目を向けられたけど、俺がシャンプーの優勝を信じてるって解釈したみたいなので便乗した。
「そっか……なら、ムースの期待にも応えなきゃならないネ。人気者はツラいネ」
そう言うとシャンプーは笑みを浮かべた。やっぱり可愛いよな……ん、ムースの期待にも?
「俺以外にも言われたのか?」
「リンスにも言われたヨ。『シャンプー姉様の優勝が見たいです』って。私は二人の為にも優勝ネ!」
俺の疑問にシャンプーはビシッと構える。なるほど、リンスにも言われてたか。一時期、リンスに嫉妬してた時期もあったけど今は姉妹仲も良好だし、この調子でいて欲しい。
「な、なあ……ムース?」
「ん、どうしたシャンプー?」
なんて考えていたらシャンプーが俺の服の裾を引っ張っていた。
「その……私が優勝したら……ご褒美に、お願い聞いて欲しいネ」
シャンプーはモジモジしながら俺を上目使いで見上げる。おっふ、可愛すぎんぞ!?じゃなかった……えーっと、お願い?なんなんだろう……でも武道大会の優勝を掛けてお願いする位だからシャンプーにとっては重要な事なんだろう。
「わかった、シャンプーが優勝したらご褒美に、その『お願い』を聞き届けよう」
「本当ネ!?約束ヨ!!」
俺が『お願い』の事を了承するとシャンプーは俺の手を取ってブンブンと揺さぶる。なんかテンションが超上がってんですけど!?
「よーし、優勝を確実にする為にも特訓ヨ!曾バアちゃん、修行に行くネ!」
シャンプーは気合いを入れると、婆さんを探しに走って行ってしまう。俺の手にはシャンプーの柔らかい手の感触が残っていて……じゃなくて。
「シャンプーが優勝したら俺に『お願い』か……何をお願いされるんだろうな……」
俺はこの時、浮かれていて気付いていなかった。軽々しくしたこの約束が、後に俺自身を大いに苦しめる事に。