何故……こうなったんだろう……
「お前、私にそっくりアルな」
「本当ネ、そっくりアル」
「おらがもう一人居て、シャンプーも二人いるだ!?」
「はわわ……シャンプー姉様とムース兄様が二人います!?」
二人居るシャンプーに挟まれ、瓶底眼鏡のムースに驚かれ、リンスがパニクってる。事の起こりはほんの数分前に遡る。
店の厨房で下拵えをしながら婆さんに南蛮ミラーを渡そうと思っていた俺は、今までの事を考えていた。原作やアニメのストーリーを消化してはいるものの俺や乱馬にとっての最大級の壁がある。それはハーブとの戦いや最終決戦のサフランとの戦いだ。
出来る事なら戦いたくないが……まあ、上手くはいかないだろう。ならば、彼等との戦いの前に出来る限りの事はしておくべきだ。そんな事を思っていたら手元が疎かになり、包丁で指を少し切ってしまった。
「痛っつぅ……」
「ムース、大丈夫カ?」
「兄様、絆創膏です」
その事を心配してくれたシャンプーとリンスの優しさにジーンと心が震える。思えば俺は原作のムースと違ってシャンプーと許嫁なんだよな。今更ながら幸せなものだ。原作のムースは不憫だし……そんな事を思いながら指先の痛みと幸せに涙が溢れた。
その時だった。近くに置いていた南蛮ミラーに俺の涙と俺の指先から滴る血が落ちてしまったのだ。涙と血を受け止めた南蛮ミラーは先日、過去に飛んだ時以上の光を発して俺達を飲み込んだ。
「収まった……か?痛っ!?」
「ムース、出前サボって何してるアルか!」
眩しい光に目を瞑った俺だったが光が収まったと同時に頭に衝撃が走る。振り返るとシャンプーがお盆で俺を殴っていた。
「シャンプー!?無事だったのか!?」
「何が無事アルか。さっさっと出前に行くヨロシ」
俺の疑問にシャンプーは何処か様子が可笑しい。それにいつもと違ってツンツンとした態度だ。
「あー、ビックリしたアル」
「前にお婆様の時代に行った時と同じでしたね」
「え……アイヤー!?」
その時だった。店の片隅から誰かが立ち上がる。其処に居たのはもう一人のシャンプーとリンス。二人は立ち上がるとキョロキョロと辺りを見回す。
「猫飯店の中アルな」
「何処にも移動しなかったんでしょうか?」
「えっと……シャンプー、リンス?」
キョロキョロと辺りを見回しながら『移動しなかった』と言う単語が出てきた辺り、こっちのシャンプーとリンスは俺が知る人物なのだろう。と言うかこの段階で俺は非常に嫌な予感がしていた。
「な、な、な……私が其処に……」
そう。俺の隣で先程、俺を殴ったシャンプーがもう一人の自分とリンスを見てメチャクチャ動揺しているのだ。シャンプーが二人居て、片方のシャンプーが俺に対してツンツンな態度を取る。それはつまり……南蛮ミラーが原因で過去ではなく、原作の世界に入り込んでしまったのだろう。
「シャンプー、出前から帰っただが、何を騒いで……」
「ムースも二人になってるアル!?」
「アイヤー!?」
「ムース兄様とシャンプー姉様が二人に!?」
そして瓶底眼鏡のムースが帰って来て更に騒ぎとなり……冒頭に至る。先ほどから何度も同じやり取りをしていてまったく話が進んでないな。
「まったく……なんの騒ぎじゃ。おや?」
どう話をしたものかと悩んでいると店の奥から婆さんが顔を出して……俺達を見て固まった。いきなり孫が二人になればそりゃそうだよな。
「ふむ……そっちのムースよ。それは南蛮ミラーじゃな?シャンプーが二人居る事も含めて説明せい」
「話が早くて助かるよ婆さん」
伊達に年食ってねーな。理解が早いわ。婆さん(原)を交えて状況説明をする事に。まずは南蛮ミラーの影響で此処に来た事から始まり、俺とシャンプーの関係からリンスの存在までを話した。
シャンプー(原)とムース(原)のリアクションから、此処はやはり原作の世界だと確信を持てた。何故ならばお互いの歴史を話した際に出だしから違うんだもの。俺は三歳の頃のシャンプーとの戦いに勝っていたが此方ではムース(原)は負けていたし、シャンプー(原)も乱馬に惚れていた。更に極めつけはリンスの存在だろう。此方ではリンスはそもそも存在していない様で話を聞いたリンスはしょんぼりとしていたが、俺とシャンプーが頭を撫でると笑みを見せてくれた。うん、優しく強い子になってお兄さんは嬉しいよ。
因みに南蛮ミラーで此処に来てしまった理由は『もしも三歳の頃にシャンプーに負けていたら、この関係も違ったのかな?』と考えていた事にしてある。だって『原作とは違う』と考えていた事を話す訳にはいかないから。
「私のムースは格好良くて頼りになるアル。それに……とっても優しいネ」
「乱馬の方が格好良いネ。そっちの乱馬が弱いのかも知れないけどこっちの乱馬は私を倒した強い人アル」
互いに惚れた男の自慢をしてるシャンプーとシャンプー(原)。本人を目の前にして惚気ないで欲しい。嬉しいが恥ずかしいから。
「何故、おらはあの時、勝てなかったんじゃ!勝てていれば、そっちのおらの様にシャンプーを憚ること無く嫁に出来たと言うに!」
「そ、その……こっちのムース兄様も頑張って下さい!」
俺の現状を聞いたムース(原)はマジ泣きしてリンスに慰められていた。
「ふぅむ……南蛮ミラーは過去と未来を行き来する魔性の鏡と伝えられていたが条件次第では違った歴史……平行世界をも越えられるか……」
婆さん(原)は俺の血が付着した南蛮ミラーの解析をしていた。
南蛮ミラーの誤作動で原作の世界に来てしまったが、元の世界に帰れるんだろうか?俺は一抹の不安を胸に抱きながらカオスなこの状況を嘆いていた。