猫飯店の買い出しを終えた俺は買い物袋を下げながら歩いていた。普段から使う調味料の一つが在庫がなかったのだ。まだ予備があると思っていたら、既に予備を使い終えた後で急遽買い出しに出た俺は、空き地から聞こえた声に足を止める。
「おじ様!早乙女のおじ様、しっかりして!」
あかねの声……そんで、このシチュエーションって、もしかして。空き地の塀からこっそりと中を覗くと倒れている玄馬さんと呼び掛ける、あかね。更に慌てた様子で乱馬が走ってきた。
「おい親父、しっかりしろよ、誰にやられたんだよ!」
「ちょっと乱馬、おじ様は怪我をしてるのよ!」
乱馬は玄馬さんに駆け寄ると無理矢理起き上がらせ、体を揺さぶる。その行動にあかねは慌てて乱馬を止めようとしていた。
「そ、そっか……おいこら、起きろ親父!」
「怪我をしとると言ってるだろうが、たわけ者!」
あかねの制止はなんだったんだろうかと思うほどに乱馬は玄馬さんを揺さぶる。その痛みに目が覚めたのか玄馬さんは乱馬の頭に拳骨を落とした。
その瞬間、乱馬を目掛けて大きなヘラが飛んできた。
「あかね、危ない!」
「きゃあ!?」
玄馬さんは即座に避けて、乱馬はあかねを庇って抱き飛んだ。真っ先にあかねを庇うとはポイント高いぞ乱馬。
まあ、庇った拍子に胸を揉んでしまったのは不可抗力だろう。あかねは顔を真っ赤にして乱馬にビンタした。
「どさくさ紛れに何してるのよ!」
「助けてもらって、最初にそれか!」
夫婦漫才みたいな乱馬とあかねは放っておいて……俺はヘラが飛んできた方にバレない様に移動を開始。移動した先には空き地の塀の部分に立っている人物を発見。やっぱり右京だった。
「早乙女乱馬!次はお前の番や……たっぷり焼き入れたるからな!」
「ま、待ちやがれ!」
「よせ、乱馬。奴に関わるな」
宣戦布告をした右京は空き地の塀から乱馬達とは反対方向に飛び降り、後を追おうとした乱馬を玄馬さんが止めた。あっちは大丈夫だろうから俺は右京を見るか。
「宣戦布告はバッチリや……後は……乱ちゃ……乱馬やな焼きを入れれば……」
ある程度離れた場所まで移動をした右京はブツブツと呟いていた。あれはどちらかと言うと自分に言い聞かせてる感じだな。
「そんなに上手く行ったなら重畳だな」
「うひゃあ!?」
俺が後ろから声を掛けたら、右京は驚いて転んで尻餅を突いた。
「そんなに驚かせたか?すまない」
「な、なんや……この間の兄さんやんか。驚いたわ……」
ここまで驚かせる気はなかったんだが、右京は考え事をしてたから俺が突然現れた様に見えたんだろうな。
「ほら、大丈夫か?」
「あ、うん……やっぱ兄さん優しいわ」
俺が手を差し出すと右京は俺の手を掴み立ち上がる。うん、怪我はなさそうだ。
「さっき、空き地の決闘を途中から見てたから気になってたんだ」
「そ、そっか……だったら見ての通りやで。ウチは乱馬に宣戦布告をしてきたわ」
ドヤ顔をして不敵な笑みを浮かべる右京だけど……内心は穏やかじゃないんだろうな。本当なら初恋兼幼馴染みの乱馬と仲良くなりたいんだろうが、過去の因縁から素直になれないって感じかな。まあ、許嫁に捨てられた過去は簡単には赦せないだろうが。
「そっか……だがこの間話を聞いた時も思ったけど、乱馬は事情を知らない可能性が高いんじゃないか?」
「乱馬が事情を……知らない?」
俺の発言に右京は首を傾げた。
「幼い頃の話だし、玄馬さんが乱馬に事情を話してなかった可能性が高い気がする。で、乱馬はあの時の事を美しい友情だと思ってる……って所じゃないかな?」
「う……あのおっちゃんならあり得る気がしてきたわ……」
俺の指摘に右京は悩み始める。まあ、原作でそうだったからほぼ当たりだとは思うが。俺の発言にうんうんと唸る右京に俺はポンと頭に手を乗せた。
「まあ、俺の考えも単なる予想でしかないし……本当の事は本人たちから聞かないと分からないだろう。でも、ほんの少しだけでも信じてやったらどうだ?幼馴染みで初恋の相手なんだろ?」
俺はそのまま右京の頭を撫でる。右京はキョトンとした顔で俺を見上げていた。一頻り頭を撫でた俺は右京と別れて猫飯店へと帰る。このフォローで少しは状況が良くなってくれればと思いつつ……
「今日が玄馬さんと果たし合いなら明日は転校初日だったよな、確か……明日は風林館高校に様子を見に行くか」
原作を知って対策を取り続けてきた俺だが想ってた以上に上手くいかない事が多い。多分、今回もろくな結果に成らないと思いつつも話の行く末は見届けなきゃならないと思い、俺は明日、恐らく乱馬と決闘をするであろう右京の事を考えながら猫飯店へと帰るのだった。