一触即発。婆さんと爺さんの戦いは凄まじいものとなり、膠着状態に陥った。しかし、その雰囲気を破ったのは意外な人物だった。
「……ぐすっ」
「へ?」
誰かの泣き声に八宝斎の爺さんの闘気が消える。いや、ぶっちゃければ、その場に居た全員が呆気に取られた。全員の視線は涙を流すリンスに注がれている。
「ぐす……ひっく……なんで……ムース兄様達を苛めるんですか?……うっ……」
「あ、いや……そ、それは……」
おおぅ……爺さんがたじろいでる。そういや八宝斎の爺さんって邪悪の権化だけど子供には甘かったな。原作やアニメじゃ子供には優しく接する話もあったっけ。リンスの涙に爺さんは一歩、二歩と後退る。
「ひ、くっ……ムース兄様も乱馬さんも元の姿に戻りたいのに……なんで意地悪するんですか?」
「わ、わしは……あ……」
「「「あ」」」
リンスの涙ながらの説得に後退りをしていた爺さんは、崖から足を滑らしてそのまま落ちていった。その光景に俺達の言葉も重なる。
「この高さだし……死んだかなぁ早乙女君?」
「うむ……これで世も平和になる」
「「これで我等の老後は安泰だ!」」
崖から落下した爺さんの安否……というか生死を確認している早雲さんと玄馬さん。そして目の上のたんこぶが消えた事に喜んでいたが、そんな二人を見て乱馬がドロップキックで早雲さんと玄馬さんを崖から蹴り落とした。
「親父達も同罪だ!」
「高さはあるが……下は川だし大丈夫だろう。見た感じ上手く川に落ちたみたいだし」
「乱馬は兎も角、ムースも冷静よね」
怒ってる乱馬に俺は早雲さんと玄馬さんの落下先を眺めていた。確かに高さはあるが、下は川だし上手く川に落ちていったから一応は無事の筈。遠かったけど水飛沫が見えたし。アニメでも爺さんと一緒に川に落ちていたし無事だろう。そんな事を思っていたら、あかねからツッコミが入る。あかねが落ち着いてるのも俺が状況を見てたからなんだと思う。じゃなきゃ、親が崖から落とされたのにこんな冷静にはならんだろう。
そんな中、シャンプーはリンスを慰めていた。やれやれ、原作とは違う流れになったけど穏便に済んだ方かな?
この後、俺達はまだ日が暮れるには早かったので俺が作った弁当に舌鼓を打ち、少し休憩。俺の料理の腕前を知った、あかねから料理を教えて欲しいと頼まれた。うん、あかねの料理は恐らく、原作・アニメ同様に壊滅的だろうから、しっかりと指導してやろう。話の流れでリンスにも教える事となり、シャンプーも一緒になる事となった。華やかだねぇ。
小休憩も終わった所で三つ子岩を目指して歩く俺達。軽いハイキング位のノリだったのだが段々、道が険しくなっていき最終的にはロッククライミングみたいになっていた。あかねは小学校の遠足で三つ子岩の近くに行ったと言っていたが、小学校の遠足の範疇を明らかに越えた道のりを俺達は行く。
因にだが、俺と乱馬と良牙で壺を持ち、あかねは空になった弁当箱を背負い、シャンプーがリンスを背負って山登りをしていた。婆さんは杖に乗りながらヒョイヒョイと山を登っていく。さっき玄馬さんが『中国三千年妖怪』と比喩していたが、あながち間違ってない気がする。
苦労の末、遂に三つ子岩に辿り着いた俺達。やっと男に戻れると乱馬と良牙は涙目になっていた。俺は一先ず壺を下ろすと湯を沸かし始める。和風男溺泉は原作やアニメだと成分が枯れて効果がないとされていたが、万が一を考えると乱馬を女のまま入らせる訳にはいかない。沸かした湯で乱馬を男に戻した後、俺達は一番星を待った。
暫くすると一番星が夕焼けの空に輝き、それに反応して青こけ壺、赤こけ壺、黄こけ壺から水が溢れ出て来た。本当に和風男溺泉が沸き出た事に俺を除いた全員が驚き……そして絶望した。
「なんで……なんで女になってんだ!?」
「ど、どうなってるんだ!?」
乱馬が良牙を押し退けて和風男溺泉に一番に入ったが……男の状態だった乱馬は女乱馬に変身してしまう。これは乱馬の体質が元に戻らなかったという事だ。
「やっぱこうなったか……」
「ムース、こうなるって分かってたのカ?」
俺が溜め息混じりに一言呟けばシャンプーが俺の顔を覗き込みに来ていた。
「出来れば当たって欲しくない予想だったけどな。もしも和風男溺泉が本当に存在するならもっと話題に上がっても良い筈だ。それが無いって事は和風男溺泉が存在しないか伝説だけか……まあ、期待はしてたんだけどな」
「予想は当たってるぜムース……」
俺はあたかも予想していたかのような発言をする。原作やアニメを知ってからなんて言えないので考えていたカバーストーリーだ。そんな俺に乱馬が一枚の板を渡す。其処にはこう書かれていた。
「えーっと『長らくご愛顧頂いた和風男溺泉は成分が枯渇した為に閉店します。男溺泉をご所望の方は中国呪泉郷をご利用下さい』……か」
「そ、そんな……風呂屋じゃあるまいし……」
俺が板に書いてあった文章を読み上げると良牙が膝から崩れ落ちた。こらこら、乱馬。そのまま水の中に沈もうとするんじゃありません。
「さて、帰るかの」
「とんだ無駄足だったネ」
「小学校の遠足でここまで来るんですよね?」
「うん、でも私が来たのは此処よりも低い場所で景色の良い場所だったわよ」
「俺はコイツ等が立ち直ったら帰るよ」
婆さんの言葉を皮切りにシャンプー、リンス、あかねは先に帰ってしまう。乱馬と良牙を此処に放置するわけにもいかんので俺は乱馬と良牙が和風男溺泉ショックから立ち直るまで待つことにした。
その結果、復帰するまで一時間ほど待つ事となり、俺はその間に壺の回収や小太刀とのお茶会をどうするか悩む事となる。会った感じの印象で言えば、小太刀は少しマトモな方向性に頭をシフトさせれば普通に良い子になるのではと考えていた。
まあ、色々考えるけど……とりあえずは……
「はぁ……やっと……やっと男に戻れると思ったのに……」
「こんな苦労をして……無駄骨とは……」
この凹んだ馬鹿二人をどうにか元気付けなきゃだな。猫飯店でラーメンでも奢ってやるか。俺は未だにブツブツと和風男溺泉ショックから抜け出せていない乱馬と良牙を見てそう思った。