ムース1/2   作:残月

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二話くらいで終わらせるつもりだったのに長くなりました。偽装道場破り編の完結です。


偽装道場破りの依頼④

 

 

 

「行くぜ、だららららららっ!!」

「ふっ、はっ、とっ!」

 

 

乱馬から繰り出される素早い拳をなんとか捌くが、速いし、一撃が重い。あかねと違って乱馬は喧嘩慣れしているのもあるのか、緩急を付けた拳が多い。

右ストレートを避けて、懐に飛び込もうとするが左手の追撃が既に迫ってきており、俺は距離を離す為にバックステップで下がる。すると乱馬は即座に前に出て、俺の足を払うようにローキックを放つ。完璧に避けるのを無理だと判断した俺は、払われた足に寧ろ、勢いを乗せて半回転しつつ回し蹴りを乱馬の延髄に叩き込もうとしたが、ガードされてしまう。だが、俺はガードされた足を支点に体を捻り、顔面に膝を叩き込んだ。怯んだ乱馬を前蹴りを当てて無理矢理距離を離す。

 

 

「痛ててて……クルクルと回りやがって……」

「今ので沈まないとはお見事です」

 

 

乱馬は顔を擦りながら立ち上がり俺を睨む。男の状態の俺だったら今ので完全に沈める事が出来たのだろうが、やはり女の体だとパワーが落ちるな。

しかし、今の立ち合いで感じたのは、乱馬はとてつもなく勘が鋭い上に咄嗟の判断力が高いって事だ。

今の俺は変則カウンターを主体に戦っている。変則カウンターは相手の攻撃を受け止める。または自身が攻撃した際にガードされた箇所を支えにそこからカウンターを叩き込む戦法だ。あかねにはカウンターが通じたが、乱馬には最後の一撃以外はカウンターを避けられ、対応されていたのだから。

 

その中で感じたのは無差別格闘流の流派の違いだ。

あかねの天道流は基本に忠実。しいて言うなら作法に則った道場で戦う事を主体に置いた流派。

乱馬の早乙女流は臨機応変。型に捕らわれず相手の技を見切り、その上で自分のペースに相手を巻き込む戦い方。どちらかと言えば野良試合に向いている流派。

 

天道流と早乙女流で静と動がハッキリと分かれているな。と言うか設立した人の影響かな。真面目な早雲さんとすちゃらかな玄馬さんの性格が良く出てるわ。

 

 

「では、今度は此方から行きましょう!」

「来い!」

 

 

分析を終えた俺は戦法を変える事なく戦う事にした。乱馬やあかねだけならまだしもシャンプーやリンスも観戦しているのだ。今、下手に戦い方を変えると正体がバレそうだから変える訳にはいかない。

俺は手刀を乱馬の肩を目掛けて振り下ろす。乱馬はそれを避けて膝を叩き込もうとするが、俺は左手で膝を受け止め、半回転しながら乱馬の脇腹に爪先で蹴りを放つ。決まったと思ったのだが、乱馬には大したダメージにはならなかったみたいで既に体勢を整えていた。タフだねぇ。

 

 

「どうした道場破り!もう終わりか!?」

「なんの、まだまだこれから……と言いたいですが、二対一では敵いそうもないので、今日の所は退きましょうか」

 

 

乱馬の挑発に俺は鉄扇をパッと広げ口元を隠しながら笑う。その事に眉を潜めた乱馬だが、俺の言葉の意味を直ぐに察した。乱馬が後ろを振り返れば、先程のダメージから復帰したあかねが立ち上がってきていた。その目には闘志が燃えている。

 

 

「あかね、無茶すんな!それに俺が戦ってるんだから引っ込んでろ!」

「元々は私が戦ってたんだから乱馬が引っ込んでなさいよ!」

 

 

乱馬はあかねが無理にでも戦おうとしているのを察したのか声を張り上げるが、その言葉のチョイスは駄目だろう。あかねは案の定、反発して戦おうとして前に出てきた。仕方ない……本来の予定とは違うけど、そろそろ終わりにするか。

 

 

「二対一でも結構ですよ。もっとも……乱馬さんはあかねさんが心配で集中力を切らしてますし、あかねさんは乱馬さんばかりに天道道場の事を押し付けたくない故の無茶……互いを思っている様ですが、それではいけませんね」

 

 

俺はいがみ合う二人に詰め寄り、手刀をあかねの首筋に、鉄扇を乱馬に突き付けた。言い争っていた二人は油断からかアッサリと詰みの状態へと追いやられ、目を丸くしていた。

 

 

「うむ、そこまで。勝者はスフレじゃ」

「ま、待ってよお婆さん!」

「そうだぜ、今のは……」

「この、たわけ者!」

 

 

あかねと乱馬が今の結果に不満と異議を申し立てようとするが、婆さんが喝破した。その声はビリビリと道場に響く。

 

 

「スフレはお主等を相手にした際に交代もせずに間髪いれずに戦っておったのじゃぞ。言い争って隙だらけのお主等を待っていたにも関わらずお主等は喧嘩を止めなかった。果たし合いの最中に、やることじゃないじゃろう」

「左様……乱馬よ。父は悲しいぞ」

「あかね……乱馬君とのいがみ合いは知っていたが道場の看板を掛けた戦いにそれを持ち込むとは……お父さんも思わなかったよ……」

 

 

婆さん、玄馬さん、早雲さんに責められ言葉も出ない乱馬とあかね。シャンプーとリンスは何を言っていいのか分からずに口を閉ざしていた。

乱馬は心底悔しそうに、あかねに至っては涙を流していた。罪悪感ハンパないんだけど。

 

 

「スフレよ、天道道場の看板は……」

「その件ですが……今回は辞退させて貰いましょう」

 

 

婆さんの発言に俺は鉄扇をパシッと閉じる。俺の言葉に婆さんを除いた全員の視線が俺に集まった。

 

 

「本来ならアッサリと勝って看板を頂く予定でしたが……しかしながら本日の戦いで私も未熟であると思い知らされました。ですので修行を積み、再度、道場破りを挑ませていただきます。その時こそ、看板を頂きに参ります。ですので、それまで看板は守ってくださいね」

「お前……」

「スフレさん……」

 

 

俺の言葉に乱馬とあかねは何か言いたそうにしているが何を言っていいのか分からない。そんな顔をしていた。

 

 

「本日は双方引き分け。これで良いでしょうか?」

「うむ、仕方ないの。じゃがスフレよ、これではお主が持っておる物は無駄になったのう」

 

 

俺の提案に婆さんは何処か意地の悪い笑みを浮かべた。そういや、これの存在を忘れてた。

 

 

「即席男溺泉の事ですね。コロンお婆さんから乱馬さんの体質を聞いていましてね。本来なら乱馬さんをやる気にさせる物でしたがすっかり忘れてました」

 

 

俺は胸の間に挟んでいた即席男溺泉の袋を取り出す。この仕草をした時に、あかねの視線がキツくなった気がするがここはスルーしよう。

 

 

「即席男溺泉!?おい、見せてくれ!」

「あ、ちょっと乱馬!」

「わ、ワシにも見せてくれ!」

 

 

即席男溺泉に食い付いた乱馬が手を伸ばし、あかねが無遠慮にそれを要求した乱馬を止めようとして、玄馬さんも即席男溺泉に食い付いて飛び掛かってきた。おいおい、落ち着きなさいっての。

俺は乱馬に即席男溺泉の袋を差し出したが……それが不味かった。

乱馬と玄馬さんが同時に袋を引っ張った為に袋は破けて即席男溺泉の素となる粉が道場に散らばる。更に窓を開けていた為に粉は風に乗って飛んでいってしまった。

 

 

「…………本来は乱馬さんのやる気を上げさせる為に私に勝ったら差し上げるつもりだったんですが……残念でしたね」

 

 

ホホホっと鉄扇を広げて誤魔化しながら笑う俺だが、乱馬も玄馬さんも微動だにしなかった。乱馬と玄馬さんは立ったまま気絶していたのだ。彼等からしてみれば千載一遇のチャンスを棒に振ったんだから無理もないか。

 

 

気絶した乱馬と玄馬さんは取り敢えず放置して、俺は天道道場の入口であかねと別れを告げていた。

 

 

「今回は引き分けにしてもらったけど……次は負けません」

「それで結構ですよ。乱馬さんとも仲良くすればもっと問題ないんですけどね」

 

 

あかねが今回の件をどう感じたのかは謎だが、乱馬とは仲良くしてほしい。と言うか先程も言った通り、二人が協力すれば今回の件だって何程も問題じゃなかった気がする。

 

 

「その……スフレさん、看板を賭けての勝負じゃなくて……また、いつか私と戦って貰えませんか?」

「ええ、喜んで」

 

 

あかねの頼み事に俺は出来る限り優しく微笑むと看板を賭けた戦い以外での再戦を受け入れた。こうして、俺はあかねや早雲さんに見送られながら天道道場を後にした。

 

 

やれやれ……これで二人の仲も進展してくれれば良いんだけど。俺としては正体もバレずに乗り切った満足感でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の話なのだが……

 

 

「ムース、明日から修行に付き合うヨロシ」

「シャンプー、どうしたんだ急に?」

 

 

変装を解いてスフレの姿からムースに戻った俺は、予め買っておいた物を背負って猫飯店に帰った。俺は本日、婆さんの代わりに買い出しに行っていた設定だから。

しかし、猫飯店に帰るなり何故か気合いMAXのシャンプーから修行のお誘いを貰った。

 

 

「あの女……スフレとか言ったけど、あかねや乱馬よりも強かったネ。あの強さを見せられて私のプライドも傷付いたネ。あかねがスフレと再戦する時は私も戦うアル」

「そ、そっか……そんなに強かったのかスフレって人は……」

 

 

シャンプーの発言に俺は顔がひきつっていたに違いない。乱馬とあかねの関係に発破を掛ける筈が違う所に火が付いたみたい……

 

しかも、婆さんから「あかねと再戦の約束をして、またスフレになる機会が確実に出来たのぅ」と言われて、いつか再びスフレにならなきゃならないフラグが立っていたのに気付いたのは後になってからだった。

 

 

 


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