道場破り当日。俺は朝早くからスフレに変装をしていた。
「ムースいや、スフレよ。もう慣れた様じゃの」
「慣れたく無かったよ」
婆さんが俺の変装状況を確認しに来るが、俺としては慣れたくなかった。正体がバレてはならないからと三日間、毎日変装させられた。今では婆さんに手伝ってもらわなくても化粧やら声帯を変えられる様になった。オマケに中国三千年の化粧品とやらで、一瞬で毛染めが出来る薬品で時間を掛けなくても即座にスフレの金髪となれる。更にウィッグを付けて服装を変えればスフレの完成である。因みに下着だが女物を着たくなかったのでボクサーパンツにサラシである。
「今日は天道道場の道場破りを頼まれた日じゃったの。しっかりとお役目を果たすんじゃぞ」
「乱馬とあかねを最初に圧倒して、協力体制になった二人と戦って負ける……まあ、ある程度は考えてるよ」
結構むちゃくちゃな依頼だけどやれるだけやるしかない。最悪、適当な理由を付けて看板を貰わずに帰ればいいんだし。
「それとスフレよ。お主にコレを授けよう」
「なんだコレ?」
婆さんが俺に紙袋に包まれた薬剤が入った袋を渡す。これってもしかして……
「これは即席男溺泉じゃ。男溺泉とは言っても一度しか効かんインチキ商品じゃがの」
普通なら俺が即席男溺泉に反応する所だが、インチキ商品と説明を聞いたので飛び付きはしなかった。
「あかねも乱馬の体質を気にしておる。二人が協力する切っ掛けになるじゃろう」
「なるほど、二人を一度倒してから即席男溺泉を見せて、やる気にさせるのか」
本来ならシャンプーが持っていて乱馬を釣るけど、ここで婆さんから渡されるとは思わなかった。
「即席男溺泉の袋は胸の間にでも挟んでおくが良い」
「これって、あかねに喧嘩を売ってないか?」
なんか別の意味で心配になるんだが。
「さて、そろそろ時間じゃな。ワシも後から行くから先に行くがよい」
「ああ、そうするよ」
婆さんとの話を終えた俺は、鉄扇を手にしてシャンプーやリンスにバレないようにコッソリと家を出る。
婆さんからの指摘で天道道場に向かう最中、ムースとしてではなく、スフレとして歩く。なんかチラチラ見られて落ち着かないんだけど。
「おお、スウィート!お嬢さん、ワシと燃える様な恋を……どわぁっ!?」
「くたばれ日本妖怪!」
なんて周囲の視線が気になりながら天道道場に向かっていると、八宝斎が迫ってきた。襲ってきたので鉄扇を構えて、飛び掛かってきた勢いを利用して、そのまま投げ飛ばした。危なかった……前回の事があったので全力で投げ飛ばした。
「ったく……最悪のスケベ妖怪が……」
俺はパンっと鉄扇を閉じて自身の身の安全が保たれた事に安堵した。つーか、今のも周囲の視線が気になって周りに注意が行ってたから気付けたんだよな……まさか、婆さんはこれを考えて……?
俺の修行の為になるって言ってたけど、この為になんだろうか?
◆◇◆◇
そんな訳で天道道場に到着した俺は、早雲さんと玄馬さんの案内で道場へと通される。中では道着姿の乱馬とあかねが待っていた。
「お前が道場破りか!」
「看板は渡さないわよ!」
乱馬とあかねのやる気は充分な様だ。それに正体が俺だとバレてはいない様だ。第一段階はクリアかな。ここでバレたらおしまいだし。
「ホッホッホッ、中々の手練れの様じゃな」
「やっぱり、お綺麗です」
「アイツがスフレ……強いネ」
立会人の婆さん。観戦組のリンスとシャンプー。婆さんは兎も角、リンスとシャンプーにも正体がバレてはいないな。さて、後は上手く、戦わないと……
「私が相手になるわ!」
「待てよ、思ったよりも強そうだ。俺が相手をする」
「何よ、私じゃ勝てないって言うの!?」
「俺に任せろって言ってんだ!」
「引っ込んでてよ!」
「んだと、可愛くねぇな!」
普通、敵を前にして痴話喧嘩するかね、まったく……
「痴話喧嘩なら後でしてくださいな。どっちが来ても同じなのだからどちらからでもどうぞ。なんなら二人同時に来ますか?」
「なんですって……天道道場を甘く見ないで!」
「あ、おい!あかね!」
鉄扇で口元を隠しながら笑い挑発すると、あかねはアッサリと乗ってきた。乱馬の制止を無視して、あかねは俺に襲い掛かってきた。俺は鉄扇を畳むと腰の帯に挟む。
「武器は使わないの?とことんバカにして!」
「無手が相手なら流儀に合わせるまでです。それに武器は必要なさそうなので」
あかねが繰り出す拳や蹴りを捌きながら俺は観察する。あかねの攻撃は素直な拳だった。その動きは力強く、真っ直ぐに相手に向かっていくようで、まさに本人の性格がよく出ていた。
「くっ……当たらない!」
「あかねさん、貴女の型は基本に忠実でスピードもまずまずといった所……キレもあり悪くない。ですが、逆に言えば動きが硬い。もう少し、緩急を付けて拳を繰り出さないと……こうなりますよ」
がむしゃらに攻撃してくるあかねの拳を受け止め、その受け止めた拳を支えに体を浮かせてサマーソルトキックを浴びせる。勿論、直撃はさせずに顎を掠める程度に手加減をして。
「あうっ!?」
「一定のリズムを予測されてしまえばカウンターの餌食ですよ。今みたいに……ね」
尻餅をついたあかねに、俺は説明をする。俺も未熟だが指摘ぐらいは出来る。あかねは悔しそうにしているが、俺の言ってる事に自覚はあるのか言い返せずにいた。
「ま、まだよ!」
「止めとけ、顎に当てられて立てなくなってるじゃないか。今度は俺が相手だ!」
「さて、次はどうなるでしょうね」
無理に立ち上がろうとするあかねの肩を押さえ立ち上がらせない乱馬は、俺と向かい合う。俺は平静を装ったが、正直油断できない。以前の乱馬ならまだしも婆さんの特訓を経て火中天津甘栗拳を会得した乱馬は強さの次元が違っている筈。女の状態、しかも暗器無しとなると厳しいな……ふと、婆さんと目が合う。
――お主の修行になると言ったじゃろう?――
婆さんの目はそんな風に語っていた。やるしか、ないよな。俺は拳を握り、乱馬と対峙した。