ムース1/2   作:残月

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偽装道場破りの依頼②

 

 

 

正直ツラい……なんで俺がこんな目に遭っているのだろうか。

 

 

「おお、凄い!」

「まるで別人ですな!」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 

 

早雲さん、玄馬さん、婆さんの順にコメントを出すが俺の心は晴れない。晴れてたまるか。

 

 

「ワシの若い頃のように美しいぞムース」

「勘弁してくれ」

 

 

婆さんの若い頃の姿はアニメで見たから知ってるけど、可愛かった……だからなんだと言いたい気分だ。

 

今の俺は袖の無いノースリーブのチャイナドレスを着ている。裾は長いがスリットが入り、足が丸見え状態。恥ずかしいのでスパッツを履いてます、はい。

髪型はウィッグを付けてお団子ツインテールで髪を下ろす……セー◯ームーン的な髪型となった。しかも特殊な薬品で地の髪も金髪に染めて。オマケとばかりにコンタクトレンズを着用し、手には武器として鉄扇を装備。

これで俺だとバレない下地が出来た。しかも婆さんに声帯のツボを押されたので声も別人となっている。

 

 

「惜しいのう……スパッツが無ければ百点なんじゃが」

「九十点台なら十分だろ……ったく」

 

 

落ち着かないよ……この格好。女の体になってるからって、こんな服装は初めてだし。

 

 

「何はともあれ、これで道場破りとして天道道場に来ても正体はバレないだろう!」

「うむ、後は乱馬とあかね君にキミだとバレない様に戦ってくれ。道場破りが来ると二人に告げた日は三日後だ」

 

 

そっかぁー三日後かぁ……三日後?

 

 

「ちょっと待った。俺が断ったらどうするつもりだったんですか?」

「あ、いや……その時は私達で変装しようかと思ってね」

「そうそう、決して何も考えてなかった訳じゃないんだよ!」

 

 

つまりは俺の逃げ場を無くしてから頼むつもりだったと……

 

 

「ただいま帰りました!」

「おお、お帰りリンス」

「っ!」

 

 

なんて思っていたら店の入り口が勢い良く開く。元気良く帰ってきたのはリンスだった。学校帰りでランドセルを背負ったままだ。

婆さんは暢気にリンスに返事を返しているが俺は冷や汗がツゥと背中に流れている気がする。ヤバい……リンスに知られたら兄の尊厳が……

 

 

「早雲さん、玄馬さん、こんにちは。いらしてたんですね……あれ、此方の方は?」

「あ……は、初めまして」

 

 

早雲さんと玄馬さんに気付いて挨拶をする中、リンスが俺に気付く。俺は顔がひきつってる感覚を覚えながらリンスに『初めまして』と言ってみるが……どうだ?

 

 

「は、初めまして……綺麗な方です」

「……ありがとう」

 

 

リンスに正体がバレなかった事に心の中でガッツポーズをした俺だが気分としては微妙な所だ。

 

 

「リンスよ、この者は道場破りじゃ。腕試しの為に天道道場に看板を掛けた戦いを挑んできてな。ワシはその戦いの立会人として頼まれたのじゃよ」

「そ、そうそう!」

「公平な審判を頼みたくてね!」

 

 

婆さんが事情と嘘を混ぜた説明をする。あまりにもサラッと話すので嘘が入ってるとは微塵も思わせない会話だ。早雲さんと玄馬さんは激しく同意して首を縦に振る。これで俺の逃げ場は無くなった。やるしかない。

 

 

「そうなんですね。道場破りなんて、余程腕に自信があるんですね、お姉さん」

「そ、そうですね。町の道場なんかには負けない程度には……ですけど。兎に角、三日後に天道道場の看板は頂きますので、そのおつもりでいてください」

「心得た。無差別格闘流は退かぬ」

「三日後に道場で。その際には若い二人が戦うので簡単にいくとは思わぬ事ですな」

 

 

リンスが俺を見上げながら聞いてくる。俺は咄嗟に鉄扇を広げて口元を隠しながらいつもとは違う口調で喋る。

玄馬さんと早雲さんも俺の演技に乗ってくれたらしく、如何にも道場破りと対峙して緊張している様に演出していた。なんて演技をリンスの前でしている訳だが互いに冷や汗が出ている状態だ。なんせアドリブで即興の演技をしているのだから、いつバレるか冷々している。

 

 

「では、三日後を楽しみにしていますね」

「あ、待ってください!」

 

 

俺は用件が済んだとばかりに足早に店の外へ出ようとした。ボロが出る前に退散しなければ。店の外に出て、裏口から入り、自分の部屋で着替えれば……と考えていたらリンスに呼び止められた。バレたか!?

 

 

「お、お名前を聞いても良いでしょうか?」

「な、名前?……名前は……」

 

 

一瞬、バレたのかと焦ったけどリンスは名前が聞きたかった様子。しかし、名前か……えーっと……

 

 

「スフレと申します。よろしくね、お嬢さん」

「は、はい。私はリンスと申します!」

 

 

俺は出来るだけ、にこやかに笑みを浮かべリンスに告げると、そのまま店を出た。そしてバレない様にこっそりと裏口から入り、自分の部屋へ。焦った……そして緊張したぁ……

 

 

「良くバレずに場を流したの。上出来じゃ」

「婆さん……気が気じゃ無かったぞ……つーか、店に居た三人は?」

 

 

俺が力無く座り込むと婆さんが部屋に入ってきた。

 

 

「早雲と玄馬は帰らせ、リンスは宿題をしておるから心配は無用じゃ。特にリンスはお主とスフレが同一人物とは気付かなかった様じゃ」

「上手くいってるのに嬉しくないんだけど」

 

 

それって要は女を演じてるのに違和感無く演じて騙せたって事だけど、男としてはどうなんだろう……っといった心境だ。

 

 

「その調子で道場破りを果たすんじゃな。ただし、お主とバレない様に暗器を封じ、肉弾戦のみとなるがの。その上で乱馬とあかねに正体がバレぬ様に戦うんじゃぞ」

「つまり、それが俺の修行になる……って事か」

 

 

確かに最近、暗器ばかりに頼っていて肉弾戦はしてなかった。俺は暗器使いだけど、それだけじゃ手詰まりになるのは原作のムースで分かってる事だ。気が進まないけど……道場破りを頑張るしかないか

 

 

「さて、乱馬を釣る為にも奴にも何か、賞品を考えねばな」

 

 

悪どい顔をしている婆さんに俺は一抹の不安を抱えた。嫌な予感しかしねーよ。取り敢えず、スフレの変装はさっさと止めよ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。夕食での一時だった。

 

 

「天道道場に道場破り?しかも店に来てたアルか?」

「はい、早雲さんと玄馬さんと一緒に来店して、お婆様に試合の立会人を頼んでいました。スフレさんと仰るそうです」

「へ、へぇ……そうなんだ」

 

 

リンスが今日の出来事を俺とシャンプーに話してくれたのだが……正直、バレていないのだろうかと邪推してしまう。

 

 

「どんな奴だったアルか?」

「金髪でスラッとした方でした。クールビューティって感じですね」

 

 

シャンプーの問いに答えたリンスだが俺は心の中でのたうち回っていた。ある種の拷問だよ、これ。婆さんは厨房でニヤニヤと笑ってるし。

 

 

「私、出前に行っていて、ソイツを見られなかったネ」

「三日後に天道道場で試合なので、一緒に行きましょうシャンプー姉様、ムース兄様!」

「あー……すまないが、その日は婆さんに頼まれて遠くまで買い出しにいかなきゃならないんだ。ほら、婆さんが試合の立会人になったから俺が行かないと……」

 

 

スフレを見れなかったシャンプーにリンスが試合観戦を提案するが俺は行けない。俺が試合を見に行ったらスフレが現れないからね。予め婆さんと打合せしていた話をしてやんわりと断った。

 

 

「そっか、それは残念ネ」

「じゃあ、私達でムース兄様の分も応援してきます」

「ああ、頼んだよ」

 

 

残念そうにしているシャンプーとリンス。うん、俺も残念だよ。出来れば観客の一人で居たい気分だよ……マジで。

そんな事を思いながら俺は三日後にどうやって、乱馬とあかねの二人と戦おうか考えるのだった。

 


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