劇場版クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ、黄金の聖杯戦争 作:ホットカーペット
気がつけば前回の投稿してからもう半年以上が経過したでござる。
待たせたな!
……ハイ、すいませんリアルでお待たせしました。
就職関係とか引っ越し関係とか、手持ちのパソコンが全部XPなので買い替えとかで時間が取られてしまい、たいへん遅れてしまいました。申し訳ない。
一応プロットとかはある程度は考えてあるんですが、肉付け作業で時間がとられてしまって……。
これからは更新速度を上げていきたいですね。
あと、感想のほうで色々とありますが、途中からの返答できなかった分はここで回答します。
返答できませんでしたが、皆様の感想は大変ありがたく読ませてもらっていますので、これからもよろしくおねがいします。
・キャスタールートについて。
大変申し訳ありませんが、メディアさんと士郎とのカップリングはありません。
キャスターさん、当分はまつざか先生枠となりますので……。
いえ、ちゃんと彼女にも救いはありますよw
・原作キャラの立ち位置
冬木の火災から切嗣によって救われた、と知られていますので士郎はそれなりに注目はされてます。
でも魔術は一見習ってなさそうなので原作ほど注目されてるということではありません。
言峰は切嗣つながりでそれなりには気にしていると思います。ただ同居人の扱いでかなり苦労してそうですが。
・好きなキャラ
昔はセイバーが好きでしたが、今ではプリズマ☆イリヤにハマっております!
やっぱり子供が活躍するのは好きですね。
・冬木の立地
あまり遠いと野原家から通う意味がなくなってしまい、あんまり春日部と関わりがなくなってしまうので春日部と隣り合わせということにしました。
立地条件とかは……まあSSということで、勘弁して下さい。
――それは、士郎と一成が電車に乗り、春日部の駅前に到着する時刻から若干前のことである。
春日部の閑静な住宅地を、流行から真正面に挑みそうな全身を覆うくらいの、紫のローブをその身に羽織った女性が歩いていた。
雪がちらつく、というわけではないが十分に気温の低い春日部において、薄布を纏うというはなはだ不釣り合いな格好の女性。
そのせいかはどうかはわからないが、その足取りはまるで両足に鉛でもついているかのように重く、一歩前に進むたびに吐く息も荒い。
顔まですっぽりと覆うローブを被っている故に表情をうかがい知ることはできないものの、時折ちらちらとのぞく顔色はひどく悪く。
加えて、ふらふらと壊れたメトロノームの如く上半身を不規則に揺らしながら歩くさまは、まるであてもなく彷徨うゾンビのようであった。
(や――やばい‥…)
そう、女性――この第五次聖杯戦争におけるサーヴァントの一人として召喚された英霊キャスターは、ゾンビと表現するよりも、本当にゾンビ化一歩手前の状態にあった。
本来ならば今頃は英霊として、聖杯戦争に参加しているはずの彼女が、なぜこのようなゾンビ状態に置かれているのか。
腐っててもサーヴァント、そんな彼女をここまで追い詰めたその原因はというと――。
――ゴグォォォォォォ……
彼女の腹から響き渡る、絶対に女性が出しちゃあいけないような強烈な音。
グゴゴゴ……という地響きにも似た音を出す腹を、彼女は力なく左手で抑える。
(……お腹、減った……わ……)
そう、キャスターがこんなゾンビみたいになった原因。
それは、先ほどからひっきりなしに音を立て続け、彼女に空腹を訴えている胃袋にあった。
要するに『空腹』である。
実は彼女、この数日間ほど食事どころか水分すらほとんど口にしていないのである。
それゆえに、こうして歩いている状態においても常に耐え難い空腹と水分不足に悩まされていた。
と、なると某ゾンビの如く足りないエネルギーのせいでふらふらと歩くのも当然。
何故彼女がこんな、お坊さんの苦行じみた行為を行っているのか……というよりも、そんな羽目になったのか?
そもそも、聖杯戦争により現界する“サーヴァント”が空腹に悩まされることじたい、まずありえない事態なのだ。
元々その身体を聖杯からの魔力によって現界させている彼女は、身体のつくりこそ人とあまり変わりはないものの、人間が必要にするであろう睡眠や食事などを行う必要はない。
一応食事や睡眠ができないというわけではないのだが、しかし、マスターから魔力供給を受けたほうがはるかに効率が良いだけなのである。
――が。
サーヴァントが食事を必要しないのが“通常”であるならば、サーヴァントには本来ならばマスターがいることもまた“通常”のこと。
召喚された彼女――サーヴァント全員には本来ならば主となるマスターが必要であり、こうして現界している間はマスターより魔力供給を受けて活動するのが普通なのである。
しかし、どういう訳か今の彼女にマスターと呼べる存在はいない。
訳あって以前のマスターを失って(自ら縁を切って)から、はや2日。
後先考えずに家を飛び出してしまったキャスターは、文字通り着の身着のまま無一文で行くあてもなく、ここの数日、春日部の街をひたすら彷徨っていたのだ。
魔力さえあれば不眠不休で何でもできるサーヴァントであるが、逆にマスターからの魔力供給がなければ活動することすら危うい。
とりわけ“魔術師”のクラスであるキャスターは戦闘を行うにも莫大な魔力を消費するので、何か一つ行動を起こそうにも魔力消費が半端ではないのである。
さて、マスターから魔力供給が行えない以上、ほかの手段で魔力を供給するほかない。
考えられる手段としては一般人から魔力を奪い取る“魂喰い”が挙げられるが、それもキャスター自慢の魔術を行使する魔力がなければお話にならない。
(というよりもこの春日部でそんなことをすること自体、守護者に喧嘩を売るに等しい行為なのかもしれないが)
となるともう一つ、前述したとおりに食事や睡眠でもある程度魔力の回復はできるが――今のキャスターは、文字通り一文無しだ。
身体を維持するための魔力なんてとっくの昔に枯渇しているし、それ以前に空腹と疲労で人間として危険な領域に達しているのである。
一応、空腹や疲労などは一度霊体化さえできればリセットが可能なのだが、そもそもそんな魔力すら不足している状態ではなんら役に立ちもしない。
――魔術を使えないキャスターなど、雑魚同前。
映画の際に毎度のように行われる某未来から来た猫型ロボットから四○元ポケットを取り上げたようなもの。
幸い、元マスターが冬木ではなく春日部在住であったのが原因なのか、彷徨う彼女が他のサーヴァントに出会うようなことはなかった。
もしここで他のサーヴァントに相対などしたら、結果は火を見るよりも明らかだ。
聖杯史上類を見ない三日足らずでの敗北を喫することになるだろう。
しかしこうして激しい苦しみを味わっていることを考えると、いっそのこと一思いにやってくれたほうが幸せにも思えてくる。
「あぅぅ……もう歩けない~……」
一歩一歩歩くたびに、刻々と身体から体力が砂時計の砂のように消耗されていく。
半ば無意識のうちに歩いていたキャスターであったが、多魔力不足に空腹、そして疲労という三連コンボに、ついに歩く気力すら失せ、道路の脇で立ち止まり、膝をつく。
ひもじさと虚しさと悲しさに包まれ、道路わきに座り込むそんな彼女の傍らを、何の偶然か一組の男女が通りかかった。
おそらくは互いに通じ合った関係なのだろう、赤子を抱えているところから見ても、二人は夫婦である事に違いはない。
道端で座り込んでいたキャスターは何の考えもなしに、通り過ぎてゆく二人に視線を合わせた。
そして、彼女はなぜこの時に顔を上げてしまったのか、と猛烈に後悔する羽目となる。
「ねぇ~、純一さん。
今日の晩御飯、何にしようかしら?」
男の方に腕を絡まつつ、髪の毛を後ろで束ねた女性は『純一さん』と呼ばれた男に問いかける。
女性のスキンシップに対し男の方は苦笑しつつも、それを拒むような様子は全くない。
「うーん、そうだね……今日はせっかくキミも幼稚園から早めに帰ってこれたんだから……。
そうだ!
今日は君の大好きなものでも注文しちゃおうか、み・ど・り♪」
「え、いいの?
なんでも好きなものだなんて……私、お寿司とか中華とか高いものとか頼んじゃうわよ?」
「もちろん。
キミが好きなものは、僕も大好きだからね。
別に構わないよっ♪」
「やだぁ、純一さんったらっ♪
もぅっ!」
夫婦で共働きするくらいの、安月給もなんのその。
お金なんぞ問題外だといわんばかりに、二人は周りの人間が砂糖を吐きそうな会話を繰り返し、キャッキャウフフ、キャッキャウフフフフフ――とピンク色のラブリーハートをあたりにばら撒いていく。
「いちゃいちゃ♪」
「いちゃいちゃいちゃ♪」
もう見るからに「私達とっても幸せでーす♪」というオーラ前回で、仲睦まじく会話を交わす二人。
余程幸せなのだろうか、会話の節々からハートマークが溢れ出るように飛び出る始末。
それどころか二人は完全に己の世界に入り込んでおり、傍らで座り込んでいるキャスターを視界に収める事すらない。
幼児を導く立場でありながら、道端で困っている人に気が付かないというのはともかくとして。
周囲にそのラブラブっぷりを無駄にばら撒きながら、その夫婦は道端で座り込む女性に声をかけるどころか気がつくことすら無く、立ち去っていった。
さて、立ち去っていく夫婦のそのリア充っぷりを唖然とした顔で眺めていたキャスターは、しばらくしてようやく自分が完全にスルーされていたことに気が付いた。
確かに誰にも見つかりたくはない、と思っていたところはあるものの、別にあんな一般人にまでスルーされたいとまでは思っていない。
完全な背景扱いされ、一般人の視界にすら収まらないという酷い扱いに、キャスターのプライドは悉くズタボロにされた。
――そして当然、キャスターは激怒した。
「――畜生ッッ!
畜生ォォォォォッッ!」
叫んだ。
心のままに、腹の底から、力の限り叫んだ。
「何なんだあのバカップル、いやバカ夫婦!
真っ昼間の天下の往来でこれ見よがしにいちゃつきやがって!
なンでこんなところで夕方前で腕組んでラブリー会話なんかする必要があるのよ!
と、とことん人に見せびらかして行きやがったわ!
クッソー、そんなに自分が幸せだってアピールしたいのかコンチクショー!?
お前らなんか成田離婚でもしてしまえ!」
キャスターは怒りのままに思ったことをそのまま喚き散らす。
なんで私がこんなに苦しんでいるというのに、あんな奴らがあんなに幸せそうにしているのか?
生前は結婚をしたにも関わらずとんでもない結果に終わるわ、マスターには恵まれずこうして醜態を晒している……挙句先ほどのように一般人の視界にすら映らないという扱い。
嘗ては女王にまで上り詰めた神代の魔女が、今では空腹に恋愛に男に飢えるただの喪女。そしてまさかの背景化。
我ながら情けないにも程がある。
そこに通りかかった、平凡ながらもそれはそれは幸せそうな夫婦。
子供も儲けるほどに幸せそうな夫婦が、なにげに自分の理想とそれなりに被っていたことと相まってか、逆にあまりに自分がみすぼらしく見えてしょうがなかった。
――そんなキャスターの脳内に、不意に某ライダーの姉二人にくりそつな、紫色のツインテールのそっくりの顔をした幼い姉妹がうつりこんだ。
※○の中には数字が入ります。
『みてー!
あのおばさん、バツ○ですって!』
『えー、マジ!? バツ○!?
○○歳にもなってバツ○ー?』
『キモーイ!』
『バツ○が許されるのはー、○×歳くらいまでだよねー!?』
『キャッハハハー!』
「ムッキイイイイイイイイーーッッッ!」
馬鹿にされた!
あんな青二才(?)どもにすら馬鹿にされた!
果たしてそれは現実に起こったものなのか、はたまたキャスターの空腹から来た幻覚であったのかはなのかは定かではない。
だが、何処かの誰かがその時、キャスターのことを激しく馬鹿にしたことだけは事実であった。
怒りのままにキャスターは手近にあった小石を姉妹(の幻影?)めがけて分投げるも、小石は当たることなく姉妹はキャスターをゲラゲラと笑いながら、すぅっとその姿を消してしまう。
哀れキャスター、罵られ損。
幻覚(?)を見た影響か、すっからかんのはずのキャスターの内部から、一体何処から生み出しているのか怒りという名のエネルギーがこみ上げる。
人間、空腹になると怒りやすくなるというが、キャスターの場合それは完全に理不尽な怒りであった。
「キィィーーッ!
なんだって私が!
コルキスの女王が!
こんな目にあわなきゃならないのよ!?
……そうよ!
せ、せめて……この私の恨みつらみを、道路に書いてやる!
最後に思いっきり人様に迷惑かけてから消えてやるわー!
苦しみなさい春日部ェ!」
ふつふつと湧き上がる怒りは、収まる所を知らない。
爆発寸前の燃焼エネルギーをガンガンと道路を足蹴にすることで発散していたキャスターは――唐突に道路に落書きするという謎の行動を思いつく。
大の女性が、道路に落書き。
何故道路に落書きするのかは分からないが、。思い立ったがなんとやら、彼女は何処で調達したのか赤マジックを手に持ったかと思うと、道路にマジックを塗りたくり始めた。
キャスターは、自らの魔力残量が本気で0になりかけているのも構わず、ものっ凄い勢いで道路に自らの恨みつらみを記す。
――恵まれた環境からクソのようなマスターに出会った恨み。
――いい男と出会えなかった恨み
――せっかく21世紀に呼び出されたというのに、ろくに遊べなかった恨み。
――最近狐やら青髭やらの人気に押されてリアルで自分の出番が無くなりつつある恨み。
――きのこ月姫新作はよー!
その他もろもろを、春日部市の所有する公共物に対し怨念をコレでもかと書き連ねる。
直前に会ったあの夫婦の影響かは定かではないが、恨みつらみの内容は主に恋愛に若干偏っていた。
それからしばらくして、“幼稚園の夫婦なんて死すべし! 慈悲はない!”とキャスターが書こうとしたところで……。
「ぐふっ!」
ハイテンションになっていたキャスターはさらなる消耗に陥っていたことすら気が付かず、ついに生命維持活動に支障をきたすほどの危険領域に到達。
それでも赤マジックをがっしりと握りしめたまま、その場でばったりと倒れた。
幸か不幸か、キャスターが落書きをする場面が人に見つかることはなかったが、逆に彼女が倒れてからも通りがかった人は一人もいなかった。
どういう訳か通ったのはキャスターが倒れる前に通ったふたば幼稚園の先生である夫婦二人のみ。
警察にも救急車にも通報してくれる人はおらず、このままでは魔力を完全に失い、誰にも気が付かれることもなく、彼女はそのまま消滅するかと思われた。
――――……………………
「……にーちゃ……人が……れてる……」
「……ぶねっ……ルーしそうに……たぜ」
だが――天は彼女を見捨てなかった。
というよりも、この場合“彼ら”が悪魔にでも引っかかったのかもしれない。
そこに通りかかったのは――幸か不幸(?)か、とある歳の離れた兄弟。
二人がキャスターを発見すると同時に、朦朧とした意識の中で、キャスターは何かを感じ取った。
彼女の耳から、何かしらの話し声が入る。
それに気がつけたのは、彼女がキャスターという魔術師のクラスだからこそ感じ取れたのかもしれない。
あるいは魔力が本気で枯渇している今だからこそ、身体が一番に欲しているものを本能的に察知できたのだろうか。
何れにせよ、キャスターにとって見ればそれは一本の光明であった。
視界を僅かに上げてみれば、こちらを見下ろすおにぎり頭。
そして、その背後にいるのは、赤毛の学生服を纏った男。
どこにでもいるような男子学生の姿が、そこにあった。
……が、その条件は、キャスターにとっては、心底求めていたものだった。
――ぴっちぴちの男子学生?
ちょうどよく魔力回路もち。
男子高生。
若い。
しかもけっこうイケメン。
男。
オトコ……?
♂…………ッ!?
――――オトコォォォォォォッッッ!
先ほどまで死にかけていた状態からの再起動。
それはまるで海底で得物を待ち構え、自分の足で一瞬にして絡め捕らえるタコの如く、キャスターの手は男子高生の足首に絡みついた。
◆
――ああ、何故こんなことになったのか
士郎はただひたすら心の中で自問自答を繰り返していた。
今日も、何事もなく一日が終わるはずだった。
学校でも別にフラグになるような行動は何もしていなかったはずだ。
早めに帰って、『艦C○RE』とか、慎二たちと巨大ロボに乗って戦うFPSの約束を取り付けていたはずなのだ。
――ところがどっこい、自分の意思とは関係なく勝手にイベントが始まってしまったのだ!
(なんだっていうんだ。
俺は普通に人助けしようとしただけじゃないか……何したっていうんだよぅ)
『道端で倒れていた女性がいたので、助けようとしたら襲われた』
士郎の立場からすれば村人とエンカウントしたところに村人がボスに化けたような心境である。
『だまして悪いが』というわけではないが、これはきっとアレか――正義の味方になんかなるな、という神からの提示なのか。
そんなものになると将来こんな風に女性関係に苦労することになるという警告なのだろうか?
士郎の脳裏には、赤いコートをまとった男が『理想を抱いて溺死しろ』――という情景が浮かんだが、正体不明の女性に足を掴まれているこの状況、溺死じゃなくて捕食されて死にそうである。
いったいどこで選択肢を間違えたのかと激しく後悔する士郎の目の前で――その考えの元凶である女性は、ゆっくりと立ち上がり。
「――けっして、逃がしてなるものくわぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
女性だというのに、それはまるで地の底から轟くかのような、大きく、よく響く叫び声。
それは、目の前にいる人間に威圧感を与えるには十分であった。
「「うわああああああ!
しゃ、喋ったあああああああっ!!」」
まるで先ほどまで行き倒れていたとは思えぬほどの凄まじい咆哮と、その気迫。
とは言ってももとはといえば英霊たる彼女は、一般人たる士郎たちとは根本的にステータスが異なるわけであり、そんな彼女のオーラが(一応)一般人である二人を軽く超えるのも当然。
だが、そんなことを士郎たちが知る由もなく、倒れていたかと思いきや突然としてボス化した女性に、士郎としんのすけは揃って絶叫。
普通の日常生活の中で突如出現した怪物に全く同時のタイミングで叫び声を上げた。
特にしんのすけは女性に関して何かしら思うところがあったのか、そのショックは士郎よりもはるかに大きかった。
「わああああああ! で、出たぁーーっ!
妖怪若者キラーおばばだゾ!」
「よ……妖怪ぃ! こんな真昼間からかよ!?」
「ああー、こんなところで出会っちゃうなんてー!
オラの人生オワター!」
女性の姿を見たしんのすけは『妖怪若者キラーオババ』という何とも不吉な言葉を叫びながら、頭を抱えた。
絶望のあまり頭を抱え、五歳にして人生の終わりを嘆く幼稚園児。
何が彼を――しんのすけをここまで絶望させる要素が目の前の女性にあるというのだろうか。
「しんのすけ、どうしたんだ!?」
「士郎にーちゃん!
この……よ、妖怪若者キラーオババは、若い男に飢えた独身女性なんだゾ!
婚活にハブられ男に捨てられ歳を重ねた女性が、男気を求めて夜な夜な若い男を逆レ(ピー)するんだ!
特に妖怪若者キラーオババは、男子学生が大の好みなんだゾぉぉぉ!」
「っ!!!!!」
妖怪キラーオババ――それは現代のすさんだ社会が生み出した悲しい妖怪。
男女比ほぼ半分の地球において、運命の悪戯により男との出会いに恵まれず、仕事にばかりかまけて、無駄に歳を重ねてしまった悲しき女……。
我々にも決して遠い世界の存在ではなく、過去にはしんのすけの幼稚園にも似たような妖怪が出没していたという経緯がある。
(ちなみに徳郎さんはまだ存命しているため現在は妖怪ではない)
「っていうかさ、それってモロ俺じゃん!?」
ふと――士郎は気が付いた。
しんのすけの説明の中であった、妖怪若者キラーオババの好みの男性。
『若い男』『男子高生』。
しんのすけも男であるが、そのどちらもが……若くて男子学生という条件が、不幸(?)にも士郎に当てはまっていた。
――ま、まさかこいつ、男を狙うためにこうやって被害者に擬態していたというのか?
真昼間からけが人を装い善良な人間を狙う凄まじく悪質な手口に、士郎は戦慄した。
その上、妖怪が好む男の条件は、今の士郎そのもの。
つまり今……士郎は捕食される側にいるのだ!
「だッッ――――誰が私を妖怪だとおゥウウああぁぁぁアアァァァッッ!?」
「「ひぃぃぃぃぃぃ!!」」
そしてしんのすけの言葉は当然、その場にいた本人の耳にもしかと入った。
そりゃあ自分を裏ボスやら妖怪やら食虫植物のような扱いされ、しかもそれを至近距離で大声で言われれば、聞こえるのは当然であるし怒り狂うのは当然であろう。
しかし、怒りに加えて激しく狂乱し、ぶぉんぶぉんと髪を振り乱す姿ははっきり言ってしんのすけの言うように、妖怪と言われても大差なかった。
「まぁだ私はッ……ぴっちぴちの『ピー』歳よッ!
『ピー』歳よッッ!
『ピー』歳なのよッッッ!?
オババなんて言うなァァァァ!!」
「うわあああああ!
で、出たーっ、自分の年齢発言!」
女性は発狂しながらしきりに自らの年齢を連呼し、まだ自分は若いと主張する。
女性にとって年齢関係の事を聞かれるのはタブーだ。
特にだんだんと年齢に関して厳しくなると、その傾向が顕著になるという――らしい(ひろし談)。
そして普段みさえが激怒するように、その女性も全くそっくりに激怒した。
年齢を指摘されて激怒する時点で既に片足を突っ込んでいるようなものだが、さらに女性が語った年齢も決してぴっちぴちなんて言える歳ではなかったと記録しておこう。
「士郎にーちゃん謝って!
にーちゃんが余計なこと言うからこんなことになっちゃったんだゾ!」
「す、すすすすいませんでした、“おばさん”!
……って、元はといえばお前が最初に言い出したことだろうが!?」
しんのすけに促され、士郎はついつい頭を下げるが――そもそも“妖怪”だの“ババア”だの言い出したのはしんのすけである。
そのことに気が付いたものの、この時士郎も本心が出たのか(?)ついうっかりNGワードを口走ってしまっていた。
「ば――――ババアですってェェェェェェっっっ!?」
「はっ、しまった!?」
本人は極めて謝罪のつもりだったのだが、ついうっかり行ってしまった一つの失言。
自らの失態に気がついた士郎はすぐさま再度謝罪するものの、時すでに遅し、火を消し止めるどころかガソリンを注ぎ込む勢いで女性の怒りを激しく燃え上がらせる。
「ち、違うんです、これは!
決してババアといってもその、おばさんがババアというわけじゃなくて……。
あ、その、今のババァ発言もその決して年齢の事を含んでいるわけでは!
違うんです、決してそんなこと思ってなんかないから!」
「はぁ!?
ババァ!? 年齢ッ!? おばさんンンン!?」
何とか女性の怒りを鎮めようと、士郎は必死で弁解するも、全てが悪い方向へと捉えられていく。
必死の説得も焼け石に水、女性の心の中はもはや炎の渦。
士郎の言葉によって可燃物を次々とつぎ込まれ、轟々と燃えさかる炎は、一向に鎮火する気配が見えない。
まさしく文字通り、ドツボにはまりこんでいく。
(――――あ、ダメだなこりゃ)
そこまで悪化させたのは自分であるとはいえ、女性の目を一目見た士郎は、本能的にその怒りを鎮めることが不可能であることを悟った。
RPGでたとえるならば、既に第三形態まで進化しつつある女性の姿を見れば、言葉ではどう言いつくろうことも不可能であろう。
それを本能で感じ取った士郎は、故に――
「――逃げるぞしんのすけぇぇぇ!」
三十六計逃げるに如かず、士郎はしんのすけの首根っこをつかみ、全速力でその場から逃走を決断。
凄まじいスピードで脱兎の如き勢いで背中を見せ、その場から遁走を試みる。
「あっ、テメー逃げんじゃねーっ!?
待ちやがれコラァァァァッ!」
言うだけ言って逃げ出した(キャスター視線)少年の背中に、先ほどからまるで893まがいの暴言しか出てこない女性。
とても先ほどまでの、行き倒れた女性を助けようとした少年たちの風景とは思えぬ変わり様である。
「バイバイ、おばさーん!
まーたーねー!」
「あ、バイバーイ……じゃないっつーの!
だからおばさん言うなってさっきから言ってんだろがこんちくしょー!」
士郎の腕の中で視界の中で遠ざかる女性に、しんのすけはのん気にも無邪気に手を振り、女性もその様子につい手を振り返し……。
言葉の端にあったババア発言にまた激怒。
背後で騒ぐ女性をしり目に、しんのすけを後ろ向きでその手に抱えて逃げる士郎は、市街地を高速で駆け抜ける。
「おおー、士郎にーちゃんはやいはやーい!」
「ハッハッハ、どうだ!?
これでも俺は高校で弓道部所属で走り高跳び何度も練習してたんだぞ!」
「それぜんぜん関係ないと思うゾ」
「細かいことは気にするな!」
弓道部所属とか高跳びが関係するのかはわからないが、しんのすけを担いでいるとはいえ、現役高校生である士郎の脚力と体力は相当なものである。
特に、弓道部とはいえ曲がりなりにも運動部に所属している身としては、通常の学生よりも身体能力が高いのは当然である。
そのうえ彼が背負っている幼稚園児である弟の体重は彼の体力の前にはほぼ無いに等しく、何ら障害にはならない。
よって今、士郎は全速に近いスピードで走っていた。
「サラマンダ」
「それ以上は絶対言わせねーぞ!」
多くのプレイヤーにトラウマを植え付けたしんのすけの言葉を遮り、士郎は春日部の街並みを駆ける。
そうして、走り始めてから数分ほどが経過した。
走り始めてからすでに五分以上、もうそろそろあの女振り切ったかなー、と考えつつ、士郎は背後を振り返り――。
「待てェェェェ!!!」
そこにいたのは全く距離が縮まることもなく、鬼気迫る表情で迫りくる妖怪若者キラーオババであった。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉ、嘘だろ!?
速過ぎるだろーー!?」
士郎の予想を大幅に裏切り、その女性は士郎とほぼ等速の凄まじいスピードで走っていた。
紫のローブを風にはためかせ、まるでゴール手前で全力疾走するマラソン選手の如く女性は走る走る。
どことなくポージングも様になっているような気がしてならない。
実際、女性も本当は人間ではなくある意味で妖怪みたいな存在であるため、身体能力も実はオリンピック選手くらいはあるのだが――それを士郎たちが知る由もない。
加えて、女性にとって士郎たちは死中に活を見出したものであり、文字通り死に物狂いで追いかけているのだが――当然、それもまた士郎たちが知る由もない。
背後から迫り来る魔の手。
それから必死に逃げる士郎。
追われる士郎もそうであるが、その士郎にひっついてる状態のしんのすけはさらに修羅場だ。
背後から迫りくる女性の姿が丸見えの状態である。
必死の形相でこちらに迫りくる女性の姿は、しんのすけにとってみさえのように――いや、それ以上に恐ろしい存在であった。
「わぁぁぁ、士郎兄ちゃんーー!
妖怪若者キラージェットおばさんが追っかけてくるゾー!」
「お、おばさんンンンンン!?
だからお・ね・え・さ・ん・と!
呼びなさいィィィィッ!!」
「きゃーーーーっ!?」
しんのすけの“おばさん”発言にさらにヒートアップしたジェットが追加されたおばさん改めジェットおねえさんは、更にスピードを加速させる。
眼前に迫る凄まじい形相ですさまじい速度で迫る女性に、しんのすけは思わず悲鳴を上げた。
「この!
男子高生がァァァァァァ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!! ってか俺かよ!?
な、なんでさぁぁぁぁぁぁ!!!」
その上、どういう理屈か妖怪は士郎に狙いを定めた。
ババァ発言は(半分くらいは)士郎のものではないというのに、どういう訳か連帯責任により標的にされてしまったようだ。
春日部の町並みを、三人が走る。
士郎は相変わらずの全力疾走なのだが、恐ろしいことに妖怪との距離は一向に縮まろうとしない。
二人が(色々な意味で)生命の危機に直面している仲、所は変わって野原家のすぐ隣の庭先。
放棄を片手にのんびりと掃除をしているのは、通称“隣のおばさん”……本名、北本。
野原家とも顔見知りであり、“歩くワイドショーのおばさん”という異名を持つほどの噂好きの彼女であるが、それ以外に関しては普通に常識人であり、その時もまた普段のようにまたぱさぱさと道路の掃除をしていた。
なお彼女の名前は、近所の住人ですら誰も知らないと言われている。
「はーあー……寒いけど今日もいい天気ねえ。
こういう日は軒下で焼き芋でも食べたくなるわぁ」
のほほんとした雰囲気に囲まれ何気なしに空を見上げれば、そこには一面の青空が広がっている。
空の美しさに掃除の手を止め、空気の澄んだ冬空の青々さを仰ぎ見る。
空を見上げつつ、掃除が終わった後のこの平和な午後の予定をどうしようかとしばしの間物思いに浸っていると――ドドドド……と何やら遠くから音が響いてきた。
「ん?」
それは、まるで何かがこちらへ接近するような足音だ。
何事かと音のする方向に目を凝らしてみると、道路の向こう側より見知った兄弟がこちらに近づいてくる。
しんのすけをひっつかみ、地を蹴り背後に煙を巻き上げて、こちらへ向けて接近する士郎。
二人とも騒がしい兄弟で知られているが、隣のおばさんにとっては顔なじみの二人である。
二人の姿を見た隣のおばさんは、にこやかに挨拶を交わし――
「あーら、士郎くんにしんちゃんじゃない、こんにち……」
「「……いやぁぁぁぁああああああぁぁぁぁ……!!!」」
――二人はおばさんに挨拶する間もなく、悲鳴を上げて彼女の隣を全力で駆け抜けていった。
「…………は、ってありゃま、何かしらあんなに慌てて……」
「……待てェェェェえええええェェェェ……!!!」
挨拶もせずすさまじい顔で家を通り過ぎて逃げていく二人を訝しんでいると、今度は背後から謎の女性が突風の如く駆け抜けていく。
紫色のローブをはためかせ、ドップラー効果で変化する叫び声をあげる謎の存在は二人とともに、一瞬にして視界の向こうへと消えたのであった。
「…………えーと?
あれって士郎君にしんちゃんよね。
なにかあったのかしら、あんなのに追いかけられて……?」
何かと騒がしい兄弟であるとはいえ、そう簡単に見ず知らずの女に追いかけられるような事をする人物でないはずである。
それは彼女自身がよく知っていることである……が、げんに今、そこにいたのは追われる男子二人に、追っている女性。
これは――もしや……?
長年“歩くワイドショー”と自称してきた、何かしらの事件の予感を感じ取った隣のおばさんは――
「……今日も野原さんトコ、随分と騒がしいのねぇ。
さ、こっちはお掃除お掃除~♪」
疑惑は“忙しい”の一言で終了し、何事もなかったように普段通りに掃除を再開。
野原家の近所に住む住人にとって、士郎たちが誰かに追いかけられようが、野原家に何かが起こることなど、幸も不幸もいつもと変わらぬ日常なのである。
そして、彼女の中で今回もその騒動の中の一つにカウントされてしまい、追いかけられている二人に救いの手が差し伸べられることはなかった。
――結局士郎(としんのすけ)、そしてジェットおばさんとの死闘はそれから十数分もの間続いたという……。
あとがき
とりあえずここまで。
まだ二人とキャスターの追いかけっこは続きます。