まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

98 / 255
第98話 プライド

「長門……あなた、それで、これからどうするというの? 」

 

「ふ……お前の言うとおりにしかならないだろうな。旗艦を勤めていた私を、そのまま横須賀に置いておけるわけがないだろう。そうなると当然、新しい赴任先を探し求める事になるわけなんだが、ヤレヤレ、出世しすぎるっていうのも考えものだ……さすがに今更、他の鎮守府に私を持って行くことなどできるはずもないからな。たとえ、そこの鎮守府の旗艦の座を準備したとしても、誰が見たって降格にしか見えないからな。さらに、それまでいた旗艦の艦娘の立場も無くなってしまう。私に押しのけられて、その座を明け渡した形になってしまい、その艦娘のプライドも傷つけてしまう。私が行くことで、艦娘間の関係がギクシャクするようでは、話にならない。つまり、どちらにしても、現実的な案ではないということだ。そういうわけで、あるとすれば、退役艦として、博物館にでも入るしかないんだろうな……。しかし、今の戦況ではそんなことは許されないし、政府や国民に説明がつかないだろうな。そして、私はどちらも選択したくない」

達観したような、他人事のような口調で淡々と話す。

 

「だったら、何か考えがあるというの」

当たり前のことを当たり前のように話す長門に対し、少しだけいらつきを抑えられずに加賀が問いかける。

 

「お前がそんなに心配する必要は無いから安心してくれ。すでに、次に私がどうするかは、決まっているんだよ、加賀」

 

「立場上、異動もままならないあなたがどうするというの? 」

 

「……お前は知っているか? もちろん、知っているだろうな。現在、横須賀鎮守府の攻略目標である南海領域での戦いにおいて、これまでに無いくらい手こずっていることを」

 

「それは知っているわ。深海棲艦側もそこは重要拠点と見ているようで、相当数の戦力を集中させているようね。さすがの生田提督の知略とあなたたちの戦力をもってしても、落とすことができないでいることくらいわね」

 戦艦長門以下、日本国の艦隊の中で、最強最精鋭を誇る艦娘を揃える横須賀鎮守府ですら、今回の南方域攻略の糸口が見つけられない状態となっている事は、加賀は冷泉から聞いていた。資料を見ると、敵に有利な地形であることと、敵が量・質ともに強力な布陣で防衛しているようだった。

 けれど、苦戦している本当の原因について、加賀は思い当たる事があった。それは、先の海戦において正規空母赤城を失い、その影響で同じく正規空母であった加賀も戦力にならない状況となってしまい、鎮守府を去っていった状況では、航空戦力が大幅に落ちているのは間違いない。そして、その正規空母の二人がいないことが生田提督はもちろん、横須賀の艦娘たちに相当な負の影響を与えているのは想像に難くない。赤城のリーダーシップがどれだけ横須賀鎮守府艦隊の支えとなっていたかは、一緒にいた加賀が一番知っている。そして、原因の一つには加賀が居なくなったことも関係しているのは間違い無い。それを認識しているがゆえ、加賀

の声は遠慮がちで弱々しくなっていく。

 

「おいおい、加賀、勘違いするなよ。私はお前を責めているわけではないよ。私はもちろん……提督も、他の艦娘たちもお前がここを出て行ったことについて心配はしていても、その事を責めることなど一度たりとも無かった。それだけは間違いない。それに、たとえ赤城とお前の二人が居たところで、今回の戦いは苦戦していることは間違いない。絶対的な火力不足があることは間違いないのだから。だから、大和と武蔵がこの鎮守府に来たんだ。そして、必勝の作戦が立案されたのだ」

長門は告げる、今回の作戦について―――。

 

 横須賀鎮守府南方にある敵拠点。これまで幾度かの奪還作戦が行われ、ことごとく失敗に終わった。かつてないほどの高難度領域であり、敵戦力も強力であった。そして、敵の戦術もこれまでとは異なっていたことに対応し切れなかったという問題点もあった。しかし、それだけでは説明しきれない、納得いかないこともいくつかあった。それは、作戦実行において敵側に先手を打たれることが頻発し、後手後手に回ることになり、不利な戦いが続いていた。奇襲をかけたはずなのに、そこで敵が待ち構えていたり、撤退先に敵が先回りしていたり……など。

 

これについては、日本軍の作戦が事前に敵側に漏れているのではないかという疑念を生田提督は持っていたようだった。

 

 そういった状況の中、今回の作戦は、装甲空母大鳳を旗艦とした機動部隊を先行させ、これを囮として敵主力部隊をおびき寄せる。その後、戦艦長門を中心とした主力艦隊ががら空きとなった敵本拠急襲するという作戦が立案された。しかし、あくまでそれはダミーの作戦であり、この作戦が敵への漏洩を前提として立案されていたのだった。敵は作戦情報を把握し、囮の機動部隊を無視し、油断しているであろう長門旗艦の主力部隊を攻撃する。しかし、実際には長門の艦隊が囮であり、長門の艦隊を攻撃している間に実際の主力艦隊である大和、武蔵を編入した艦隊が敵本拠に突入、機動部隊も反転突入して主力艦隊と合流し、本拠地を殲滅する作戦になっていた。

 通常であれば新造艦は弾薬の搭載や戦闘システム等の調整を進水式後に行う必要性があるため、すぐには作戦には参加できないという一般的な常識ある。その常識を逆手にとっての作戦だった。実際には、進水式以前に大和と武蔵は、極秘裏に弾薬の搭載および戦闘および運行システムの調整と試運転を完了させていた。それを隠匿しての進水式への登場となったのだった。進水式などはマスコミを含めた外部への欺瞞行動に過ぎなかったのだ。

 さらに、横須賀鎮守府の旗艦長門がまさか囮艦隊の旗艦として出撃するなどありえないという常識を覆す二段構えの作戦となっていたわけである。

 

「あなた、この作戦の意味がわかって言っているの? 」

作戦の全貌を聞いた加賀は、明らかな怒りをもって問いかける。

 

「ああ、勿論だとも」

 

「……本気で言っているの? 」

 

「私はいつでも本気だよ。少し会わない間に、そんなことまで忘れたのか」

とぼけたように答える長門に、加賀は苛立ちを隠せなかった。

 

「囮ということは、敵艦隊の全兵力があなたの部隊に向けられるということよ。そして、領域に侵入できる船舶の数は限られている。この作戦は一つの領域に三つの艦隊を派遣することになるのよ。一つの艦隊に最大数である六隻を編成することは不可能。必ずどこかの艦隊が割を食うことになるわ。そして、当然、それはあなたの艦隊になるでしょう」

 深海棲艦襲来後、領域に侵入できる艦船の数は、しばらくは一艦隊の最大6隻となっていた。しかし、さまざまな研究や試行錯誤の結果、連合艦隊を編成することにより、6隻という上限を越えて進入することができる領域というものが存在するということが解明された。それにより戦略に幅ができ、高難度であった領域でも攻略できる確立が上がった画期的な事態だった。

 連合艦隊とは2つの艦隊を組み合わせたもので、最大12隻の艦娘で敵艦隊に挑むことになる。そして、特定の領域では、この連合艦隊を活用して攻略していくことになった。ただし、その領域数は限定されるうえに、敵深海棲艦の戦力も通常領域よりはるかに強大となっている。

 

「もちろん、それも承知の上だ。今回、領域開放には私を含め12隻の艦が出撃することとなる。先行する機動部隊が5隻、後続部隊が6隻になるな」

 

「ば、馬鹿なの! それじゃあ、あなたは一人の護衛もつけずに敵主力と交戦するというの? 」

 思わず加賀が叫んでしまう。

 

「当然のことだろう? 敵を倒すためには私の護衛にさけるような余剰戦力などないからな。私もデコイではあるが5隻の随伴艦を伴うこととなる。……デコイといって侮るなよ。最新のデコイは見た目もデータ上でもほとんど見分けがつかないくらいに精巧に作られているのだからな。よほど接近しないかぎりは、わからないほどだぞ」

 平然と長門が答える。

 

「ありえない……。そんな作戦なんてありえない。提督は乱心でもしたというの? 横須賀鎮守府艦隊の旗艦を、いえ、ずっと共に戦ってきた仲間を、捨て駒にするような作戦を提督が立てるはずがないわ、絶対に」

 加賀の知る生田提督は、戦いにおいては常に冷静沈着で、少しとっつきにくい性格ではあったけれども、いつでも艦娘のことを考えていてくれた人だった。人と異なる意思を持つ兵器である加賀たちを、彼は、同じ人間として扱ってくれた。そんな提督が勝利のためとはいえ、見捨てるようなことを考えるなど信じられなかった。しかも、先の戦闘において、赤城を目の前で失っている彼のことだ。どんな事情があったとしても、艦娘を死なすような事態に耐えられるはずが無い。

 

「……ああ。作戦を立案したのは提督では無い。これは軍令部によるものだ。だがしかし、この作戦については、私も同意している。この作戦は理にかなったものだと私は思っているからな。もちろん、この作戦については提督も承知していることだ。」

 

「嘘、嘘だわ。私情に囚われることなく、常に勝利を最優先する提督であっても、艦娘を犠牲にして勝利しようなんてことは絶対に考えない。そんな勝利をもっとも嫌う人だから。何か、何かあるのでしょう? そんな作戦、受け入れるはずが無い、納得できるはずが無いわ」

 長門に詰め寄り、加賀は彼女の両肩を掴む。顔を近づけじっと見つめる。

 あまりに真剣な瞳の加賀に、耐えられずに目をそらしてしまう長門。

 

「……事情があるんだよ、提督にも」

 

「どんな事情というの? あなたを見捨てるような事情なんて、どんな事情なの」

 激しく追及してくる加賀。

 

「これは……横須賀鎮守府の事情でもある」

 苦しそうに長門が答える。

「先の戦いにおいて、赤城が深海棲艦化しただろう……。あの原因はいまだ特定されていない。手がかりすらまるで無い状況だ。だが、それゆえにあの事象が原因で、横須賀鎮守府の他の艦娘にも何か問題が生じていないかという疑念を軍部が持ってしまったんだ」

 

「そんな疑念だけで物事を動かせるはずがないわ」

 

「いや、疑念だけで十分なんだよ。横須賀の突出した戦果、突出した昇進を続ける生田提督に脅威を持つ軍の中の一部の勢力にとってはな。いつの時代も、どんな危機的状況にあっても足を引っ張ろうとする勢力が蔓延っているものなのだ。そして、この疑念を彼らは増幅させたんだ。もともと艦娘という強力な力を持つ得体のしれない存在に、潜在的な恐怖感情を持っている人々にとってはそれは効果てきめんだった。反生田派とも言われる勢力が増強されてしまった。彼らはさまざまな手を使い、政治的に提督の包囲網を作り上げたのだ」

 結果としては、横須賀鎮守府は戦艦大和と武蔵という最強の二隻を得ることになる。何も知らないものから見れば、長門という戦艦を失うことになるが、それでも単純な足し算ではプラスに見えるだろう。ただし、本当は赤城に続き長門というともに戦ってきた信頼できる仲間を失うこととなるのだ。

「そして、大和と武蔵は軍令部が、否、今回の作戦を立案してきた勢力が送り込んできた軍艦であることを考えれば、今後、生田提督の思うように動いてくれるとは限らないのだがな」

 

「こんなときこそあなたが提督を支えるべきでしょう。あなたがこの作戦を拒否すれば、提督も承諾などしない」

 

「提督はすべてを理解した上で、それでも承諾してくれたんだよ、加賀」

 

「言っている意味がわからないわ」

 

「作戦を承諾するしないに関わらず、大和と武蔵は増強のために横須賀に着任することになる。これを拒否する理由はないから、提督も受け入れるしかない。そうなれば、私は、横須賀にはいられない。そうなれば、私は旗艦の座を明け渡すことになるだろうし、無印の状態でこのまま横須賀にいることはできないし、耐えられないだろう。そして、艦隊旗艦の座を与えれても他の鎮守府に移ることもできない。私のプライドを敵対勢力に利用されてしまったことになるのかもしれない。戦闘に参加できない艦はもはや不要な鉄塊でしかない。私は第二帝都東京に戻らされ、ずっと港で待機か解体かのどちらかの運命しか残されていないのだろう」

 

「そ、そんな」

 加賀は呻いてしまう。

 長門のプライドの高さは良く知っている。ゆえに残された道は彼女のいう場所しかないのだろう。旗艦以外で横須賀に残るとか、他の鎮守府の旗艦を努めるなどということは決して認められず許されないのだろう。

 

「日本海軍を代表する戦艦として生まれ、また温存され、今度も私は死に場所を失ってしまうのか? 私は、嫌なんだよ、そんなことは。軍艦として生まれたのなら、戦場で戦って死にたいんだ。日本海軍旗艦という誇りをもったまま。前世のような死に方はしたくない……」

 長門の頬を涙を伝うのを加賀は見てしまった。おそらく、これまで誰にも見せたことのない涙だ。

 そして、加賀は気づいた。生田提督が今回の作戦を承諾した理由を。彼は長門のプライドを認め尊重したために、今回の作戦に同意したのだと。たとえ、敵勢力に利する行為であったとしても、彼女の誇りを優先したのだということを。最強の横須賀鎮守府旗艦として逝く道を、彼女に選択させたのだと。

 生田提督に敵対する勢力にとってはこれは大きな勝利だろう。横須賀鎮守府を支える大きな柱を取り除くことに成功したのだから。赤城、加賀、そして長門までが横須賀鎮守府を去ることになる。さらに、自分たちの息がかかった大和と武蔵を送り込むことにも成功した。これまで突出した立場にあり、軍令部を上回る力を持ってきている横須賀鎮守府という勢力の大幅な弱体化が図れただろう。 

 この状況を挽回するには、生田提督はどれだけの戦い、深海棲艦だけでなく人間との戦いにも勝利しなければならないのだろう。それを考えると、加賀は胸が苦しくなるのを感じた。

 

「なんて汚い連中なの」

 加賀は姿の見えない敵に対して激しい憎悪を感じた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。