まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第94話 冷泉、またもや

「葛生中将、それくらいにしたらどうかね。今日は、そんな文句をわざわざ言う日では無かろうに」

と、佐世保鎮守府司令が葛生をいさめるように注意する。またか、といった感じ呆れているようだ。

 

「その通りだ。君が冷泉くんに対してどういった思いを抱えているかは、私にはよく解らないけれども、今日はめでたい席でもあり、そんな事を言う場でもないだろう。そもそも、それ以前に、ここには軍の中の人間ばかりではない事を弁えたほうがいい」

呉の提督も同意するような発言をするが、後半は他の人間に聞き取れないように小声となる。今夜の晩さん会には、陸海軍の関係者だけではなく、政治家、地元有力者、そしてマスコミまでが招待されている事を指しての発言だろう。

 

「お二人までが冷泉提督の味方をするというのですか? ……フッ、やっぱりですか? あなた方、残念ですが、失望しました。はっきり言えば、がっかりですよ」

何か思い当たる事があったのか、葛生提督の表情に白々しい笑みが浮かぶ。二人の年上の提督を冷めた目で見つめている。

 

「やはりとは、どういうことだね」

佐世保の提督が怪訝な顔で彼女を見る。

 

「あなた方も男だったと言うことです。軍務においてどれほどに素晴らしい武勲を立てておられるといえど、所詮、古い固定観念に凝り固まり、新しい視点に立つことのできない偏狭な視野しか持たない差別主義者でしか無かったという事です。男、男、男、男、男。ハン、そうですよ、軍隊というものは男世界。男でなければ、政治も軍隊も回していけない。女など出る幕ではない。それが根底にあるのですよね。そんな考えをお持ちだから、つまり、私の存在が目障りなのでしょう! 」

世界の真実を解明したかのように高らかに、そして、差別主義者という究極悪を攻めるように彼女は宣告し、断罪した。

 

「はあ……。それはいくらなんでも言い過ぎだろうし、あまりにも極論でしかないようにしか聞こえないのだがね。我々が差別主義者のような言い方は、全く承服できんな。そもそも、このような祝いの席という場所で、どうして君は関係のない事で感情的に興奮して怒鳴り散らすのかね? 君の人事に文句があるなら、その担当する海軍の部署へ言うべきであり、冷泉くんに対して言うべき事ではないであろう? 彼は彼の意志で舞鶴鎮守府の提督になっていない事など、君でさえ知っている事実だろう? ……場をわきまえず、感情だけに走る。それは、男女といった性差以前に、上に立つ者ととして、いかがなものだろう。言葉は悪いが、そういったところが君が自分が思い描く能力に相応しい地位へ登用されていない事の遠因となっているのではないのかね」

口調は窘めるようにしているが、言葉はわりときつい事を最年長の佐世保鎮守府提督が言う。そして、性別によって差別されているのではなく、お前のその性格が原因じゃないのかと遠回しに指摘している。

 

「本来ならば、戦場に女が向いていないのは真理だと思う。特に司令官である立場に女は無理だろう」

と、呉の提督が小声で指摘する。

 

「な! それは、明らかに女性に対する差別ではありませんか!! その者の能力ではなく、性別によって決定するなど、この現代社会においてありえません。これは、看過できないお言葉ですよ」

葛生が喚く。

 

「まあまあ、落ち着きなさい。誤解されたのなら、訂正しよう。今言った事は、差別するつもりで言った訳では無いよ。私だって、もちろん、女性の能力は認めているんだよ。しかし、適材適所という言葉もある。通常時なら、確かにコツコツと物事を進める仕事は、女性のほうが男より優れているし、向いていて良い事だと思う。ただし、戦時下においては、話が違う。戦場では、何が起こるか分からない。そんな時に、君のように理屈より感情を優先するのは危険ではないかな。あ、もちろん、女性全てが感情を優先するというわけでは無いのだが」

 

「何を仰るのですか。少なくとも、私にはそんなことは当てはまりません。私は、自分の能力には、明確に絶対的な自信がありますし、きちんと実績も上げてきたつもりです。けれど、女だからと言うことで差別され、能力や成果に応じた地位を得られていない事を言っているのです」

激しい口調で反論を展開する葛生。

 

「差別差別!差別は止めろと、どこぞの頭のおかしい市民団体みたいな事を言うね、君は。確かに、全世界における差別は無くすべきだし、その心がけは素晴らしいと思う。だが、それを言うならば、その差別は、ある程度解消されているはずなのではないか? 政府の方針のおかげで、女性士官は士官全体の3割に達そうとしている現状を知らないわけではあるまい。軍における男女比からすると、歪なくらい……否、民間と比べても相当に女性は優遇されているはずだぞ。その恩恵を君も受けているんじゃないのか? 君は現政権のトップに感謝すべきだろうね。そして、認識して欲しい事もある。優遇される者がいれば、冷遇される者もいるということを。本来なら君よりも優秀な人材……それは言い過ぎかな。同じくらいの能力を持つ男に訂正するけれども、そういった人材がいるのに、女性だと言うことで女性の人材が先に士官に登用され、何故だと思いながらも、じっと我慢している男性もいるのだということをね。これは、男性差別と言ってもいいだろう? 男女同権なのだからな」

 

「ぐぬぬぬう。……そういった事は、これまで虐げられてきた女性の社会進出の為には必要なこと。男性が少し我慢するのは仕方がないのではありませんか。そして、それは論理のすり替えです。私が言っているのは冷泉提督の事のみを言っているのです。……私が冷泉提督より、能力においても実績においても上だというのは明らかな事。なのに、処遇において、彼より下に見られていることが差別だと言っているのです」

指摘されたことを全く無視して、わめき散らす。声も少し大きくなってきたせいか、他のテーブルの人々も何事かとこちらを見ている。

 

「はあ。……アホくさい」

冷泉は、誰にも聞き取れないくらいの小声でぼやいた。こんな極端なフェミニストの相手は邪魔くさいので、冷泉は無視を決め込む事にした。前にいた世界でもこんなやりとりを見たり聞いたりしたことがあったが、相手にするだけ無駄だし、その先にはろくな事が無いのは分かり切っていた。ヒステリーを起こした女に何を言っても通用しないのは、何度も経験済み。余計な事を言って話を長引かせるより、ここはぐっと堪えて、嵐が去るのを待つのがベストな選択である。少々、偉そうな事を言われたり不愉快な思いをさせられるくらい耐えなければ。

 

「あの、すみません、提督。少し落ち着いて下さい。ま、周りの人たちも見ています」

上司の暴走を誰も止められないから自分が何とかしないと、と思ったのだろうか、葛生の秘書艦である陸奥が興奮気味の上司をなだめようとする。

 

刹那、

「艦娘風情が、上官に指図するというの! 」

そう言うなり、葛生提督が立ち上がると、陸奥の頬を殴り、叫んだ。

「偉そうに人間様に意見するなんて、百年早いわ! 陸奥、黙りなさい」

一瞬、辺りが静まりかえる。

 

「す、すみません」

陸奥は慌てて頭を下げて謝罪する。

「余計な事を言いました。申し訳ありません」

彼女は何度も何度も頭を下げる。上官に睨まれて怯えたような表情をし、陸奥は今にも泣きそうだ。

 

「……おい、お前」

考えるよりも早く、口に出ていた。身体が反応してしまった。冷泉の中で何かが切れたような音がした。ずっと抑えていたものが、突然解放されたような感覚がしている。こんな事に関わっていたら、良くないという理性の声が聞こえるが、ふざけるな、と無視する。

 

「はあ? 今、お前って呼んだのはどなたかしら? ……もしかして、一人では動くこともできないけれど、障がい者枠で鎮守府司令官となられた冷泉さんかしらあ」

穢い物でも見るような瞳で冷泉を見下ろしてくる。

「年長者にお前だなんて、そして、女性に対してそんな口の利き方をするなんて、なんて常識知らずなんでしょうかね。運動機能だけでなく、オツムの資質にも問題ありですね、これは。もしかして、頭にも障がいが及んでるのかしらね、うふふふ」

 

「うるさい、黙れ腐れ雌豚。男女同権だとか、差別だとか、場所を弁えずに持論をわめき散らすのは、良くは無いけれど、まあ、それは構わない。ヒステリー女が頭おかしくなっただけだって事で認めてやるよ。俺のことを馬鹿にするのも、非難するのも腹が立つけれど、勘弁してやるよ。けれど、何で艦娘に当たる必要があるんだ? 」

 

「め、雌豚あ? 誰がヒステリー女なのよ! 失礼な」

 

「何かあればすぐに差別差別とわめき、自分の権利だけは偉そうに主張するのに、自分が他人にしたことについては、何も見えないのか、お前は」

顔を真っ赤にして鼻息を荒立てている女の事を全く無視して冷泉は話し続ける。

「陸奥はお前の事を心配してくれているのに、何でお前が彼女に切れる必要がある? 」

 

「五月蠅いわね。私が自分の部下に対して、どういう対応をしようと、あなたには関係ないことよ。それに、差別ですって? そもそも、人と艦娘は根本的に違う。ただの兵器じゃない。人と兵器の間にそういった物があるわけない。差別では無いでしょう? 」

 

「ふん……一つ教えてくれ。お前は戦場にいるのか? 」

 

「はあ? 言っていることが解らないんだけど」

 

「自ら軍艦に乗り込み、領域で対深海棲艦の戦闘の指揮を執っているのか、と聞いているんだよ」

 

「馬鹿馬鹿しい。そんな事をするわけ無いでしょう? 鎮守府指揮官とは、戦闘の大まかな指示をしておき、戦いは現場の艦娘たちがそれに従って臨機に対応し戦うものでしょう? 私達がなすべき事は、大局を見てそれに応じて準備をし、戦略を練る事が主たる仕事であり、現場で戦闘指揮を執ることを求められている訳ではないのよ。分かってる? 功を焦り英雄ぶって戦場に出かけていく愚か者は、横須賀の司令官とあなたの物好き戦闘狂の二人だけでしょう。司令官が万一戦死なんかしたら、その後の作戦指揮や鎮守府運営にどれほど影響が出るかも考えられない馬鹿か自殺志願者しか、そんな事はしませんわ。艦娘はいくらでも替えはいる。けれども、私のような優秀な司令官は、そう簡単に補充などできるものではない事は自明の事実。そんな簡単な事さえ分からない連中が鎮守府司令官とは嘆かわしい事ね。まあ、さっさと死んでくれれば、それはそれでいいのだけれど……ね」

 

―――

 

「すまん、加賀。ちょっと大人げなかった」

冷泉はパーティ会場を出て、外にいた。申し訳なさそうに車椅子を押す秘書艦に謝る。

「大人げなく、カッとなってしまった。何であんな事言っちゃったんだろうなあ」

あの後、冷泉が女性差別用語を含む暴言を吐き、さらにワインを葛生提督にぶっかけたせいで収集がつかなくなった。葛生は卒倒しそうになるほど激高し、ナイフを握りしめて冷泉に襲いかかろうとした。その目は明らかに殺意丸出しで、冷泉はわりと命の危険を感じた。幸い他の提督になんとか取り押さえられた。その間に加賀と一緒に会場を逃げ出して来たのだった。

一連の流れがマスコミに見られていたら、わりと大変なスキャンダルとして報道される可能性があるけれど、冷泉のいた世界と異なり、基本的に反体制よりのマスコミは絶滅寸前であることからそれほど心配することは無いんだろうけど。

 

「……気にしてません」

加賀は平坦な口調で返事をする。

後ろを振り返ることができないので、声だけで彼女がどう思っているかを判断しようにも、普段からあまり感情を見せないから、まるで分からないのだけれど。

 

「本当に? 」

 

「……提督があの時、言わなければ、私が彼女を張り倒していたはずですから」

淡々とした口調で凄いことを言う。確かに、加賀ならやりそうだ。艦娘が人に対して、しかも将官に暴力をふるうなど、ありえないほどの大スキャンダルになるのだけれど。

 

「加賀……」

 

「何でしょうか」

 

「……あのな、人間がみんなあの馬鹿女みたいな考えをしているって思わないでくれないかな」

 

「ふふふ。分かっているわ」

そう言うと加賀は回り込んで、冷泉と向かい合う。

「とんでもなく馬鹿な事をする人ですけれど、私達の事を大切にしてくれる人を、私は知っていますから。それだけで、大丈夫です」

 

見つめられて思わず顔が熱くなるのを感じる冷泉。

「でもなあ、ほとんど料理を食べられなかったなあ。せっかくの高級フレンチだったのに、勿体ないなあ。あんなの滅多に食べられないからなあ。加賀だって、食べたかっただろう? 」

と言って、誤魔化す。

 

「いえ、別に。それに食べると言っても結局、提督の食事の手伝いをしなければならないので、私にとっては手間なだけでしたから、かえって楽になったくらいよ。特にああいった手の込んだ料理だとね」

あっさりと言われて、少しショックな冷泉。食べさせて貰う立場の彼からすると、文句は言えないわけだけれども。

 

「まあ、いいや。とにかく、腹が減ったよ。あるかどうかは分からないけれど、部屋に戻ってルームサービスでも頼むかな」

 

「それがいいわ。さっさと戻りましょう。ルームサービスというか、お願いすれば料理くらいならいくらでも運んでくれるから」

加賀はさっさと宿泊施設に戻りたいようだ。どこで前の鎮守府の艦娘達と顔を会わすか分からないのを嫌がっているのだろうか。帰るというと俄然元気になっている。冷泉が命じるまでもなく、車椅子が彼女に押され、動き始める。

 

鎮守府内は、この時間でも人通りが多い。

明日の式典の準備や、晩さん会関係で来ている人々の随行者達がいるせいで普段よりも多いのだろうけど、それでも舞鶴と比べると圧倒的ににぎやかだ。

夜風が頬を撫でて、気持ちいい。加賀に押され、ゆっくりと進んでいく。

 

「本当は、大和や武蔵と話がしたかったんだけどなあ」

そんなことを呟くが、後ろから何の反応も無い。

ゲームでは大和も武蔵も持っていない。グラフィックやボイスは動画サイトでしか聞いたことがないので、生声を是非聞いてみたかったけれど、あんな騒ぎを起こした状態では無理だ。

 

「大和や武蔵には挨拶をしようと思っているのに、その上司には挨拶も無しか? 」

突然、背後から声がする。

何者かと振り返るが、加賀がいるせいで確認できない。

 

「て、提督」

背後を振り返った加賀は、驚いたように、そして少し怯えたような声で呟く。

提督? いや、俺はここにいるけど。そう思う冷泉であったが、どうやら、彼に向かってではなく、冷泉達の背後から声をかけた存在に言ってるようだった。

 

 

 


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