まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第92話 長門と加賀

しばらくの間、冷泉は加賀にかける言葉が浮かばず、黙っていることしかできなかった。

人間の艦娘に対する仕打ちに冷泉は怒り、苛立ち、けれど何もできない自分に対し歯がゆい想いを抱えて悶々とするしかなかった。

 

こんな事は間違っていると思っても、それに対する解決策は浮かぶこともなく、そして、どうすることもできないことは分かっていた。解っているから腹が立った。

「すまない……」

呻くように呟くだけだった。

 

そんな想いを抱えていても、それでも時間だけは刻々と進むしかない。やがて、目的地が近づいて来たアナウンスが流れて来た。

 

車窓から見える横須賀鎮守府近辺の町並みは、舞鶴と比べるまでもなく、遙かに賑わっている。これは冷泉のいた世界との比較においても違和感は無い。

舞鶴市と横須賀市だからね。

 

列車は、鎮守府へのゲート手前に設置された駅に一端停車する。

大勢の兵士がやってきて、列車の外周り及び車内、積荷等のチェックを慌ただしく始める。冷泉の列車に同行していた警備担当の陸軍兵士ともいろいろと引き継ぎを行っているようだ。それが終了すると、やっと鎮守府内部へと列車が進んでいく。

 

横須賀鎮守府敷地内に設置された駅へ到着する頃には、すでに陽が傾いていた。

 

冷泉は加賀に車椅子を押されながら車両から降りた。すぐに駅に来た迎えの兵士達に誘導され、鎮守府内の施設へと進んでいくこととなる。そこで今回の式典が行われる予定だ。

旅行に持ってきた荷物は、兵士達が宿泊施設へと運んでくれるらしい。当然と言えば当然なのだけど、日本海軍少将の役職であり、鎮守府司令官だけに待遇も悪くない。少し照れくさいけれども。

 

横須賀鎮守府の施設は、あらゆる点で舞鶴鎮守府より大きく、港内にも照明が煌々とともされている。整備員たちがこの時間でも大勢外に出て、弾薬等の積み込み等いろいろとこの時間でも作業をしているようだ。まさに活気ある軍港って感じだ。

数多くの軍艦が係留されているのが見える。

 

かつては、自衛隊の横須賀基地や在日米海軍司令部、極東海軍施設部隊があったが、深海棲艦への米軍の敵対行動に対する報復攻撃を受け、基地は壊滅的打撃を受けた。その際には、民間人も含め多数の死者が出ている。その後、日本国による、というより艦娘勢力の援助による復興作業により、現在は日本海軍横須賀鎮守府の施設敷地として使用されている。このような事情もあり、当初から横須賀は舞鶴と比して規模も大きくなっているわけだ。もちろん、その後の戦いで横須賀の重要性が高まった事、戦果が圧倒的だったことから兵力も集中されるようになった等の原因もあるのであるが。

 

すでに式典会場らしき場所周辺は、電飾等で華やかに飾られ、式典準備は整っているようだ。ちなみに明日が進水式で、今日はその前夜ということで晩餐会が開催される。招待客らしい多くの人々が会場付近に集まっている。そこには軍関係者だけでなく、テレビ等で見たことのある与党議員や野党議員や政府高官の姿も散見される。よく見ると、芸能人らしい者もいるようだ。芸能人については、冷泉がいた世界と変わらないらしく、テレビで観た人たちが確認できた。

当然ながら、艦娘達も集まって来ている。横須賀鎮守府所属の艦娘だけでなく、加賀のように今回の進水式に招待された各鎮守府の秘書艦もいる。

 

そして、人並みの中央に立っている軍服姿の男が、横須賀鎮守府の提督だ。

横須賀鎮守府司令官、生田寛二朗。

人好きのする笑顔で来賓に対応している。皆、彼の話の虜になっているのか、真剣に彼の話を聞いているようだ。側に控える髪の長い秘書艦らしい艦娘を見ているだけでよく分かる。明らかに彼を尊敬している眼差しでその姿を見ているのが端からも解る。

 

何気なく自分の背後に目をやると、憮然とした表情で「なんでしょうか? 」と何故か睨んでくる加賀の姿があり、思わずに苦笑いをしてしまう。彼女の冷泉に対する態度には、お世辞にも司令官に対する尊敬といった感情が含まれていないように思われ、冷泉は少し寂しい気分になる。横須賀鎮守府の提督に対する秘書艦のような尊敬の眼差しを彼女から貰える日なんて来るんだろうか? と絶望する。

どうやら現在、ここにいることが加賀にとっては、かなりの不満らしい。悪気があって連れてきたわけでなく、冷泉なりに気を遣っての同行だったのだけれど、彼の意思はうまく伝わっていないらしい。

 

「しかし、横須賀鎮守府は規模が大きいよな。おまけにその施設の充実度は羨ましく感じてしまう。……うちとくらべたら広さなら倍の大きさかな。施設においては数段上だな」

 

「ふん、当然です。艦娘の数がそもそも違うのよ。戦艦や空母の数に至っては、あり得ないくらいの差があるのよ。それらを収容する施設が必要なのだから、大きくなるし施設も充実してくるのは必然の事でしょう」

 

「うちもここに負けないようにしないといけないよなあ。俺もがんばらないとな」

 

「はい? ここと張り合おうとするなんて、あなた、10年早いのではないかしら。一度真剣に聞きたかったのだけれど、あなたは、本当に自分の業績を冷静に分析しているの? 」

 

「も、……もちろんさ」

少しどもりながら返事をする冷泉。自慢できるほどの成果は上げられていないことなど、当然ながら承知している。

 

「ふ。それなりに理解はしているようね。もっともっとがんばらないとダメでしょうね。私達は本当に一生懸命がんばって戦果を重ねて上に私達力を認めさせ、横須賀の必要性を訴え続けたおかげで、様々な要求を認めさせてここまでの戦力を整えるようになったのだから。今の舞鶴程度の戦果では、このレベルに達するにはまだまだ時間がかかるでしょうね。あの頃は必死だったわ……とても大変だったけど、充実していた」

少しだけ誇らしげに加賀が語る。その瞳はどこか遠くを見ているかのようだ。

 

「へえ。加賀も一生懸命がんばってたんだな」

 

「ええ、もちろんです! あの頃は、みんなが一つの目標の為に一緒になって……」

冷泉に見られているのに気づいた加賀は、少しだけ慌てたような表情をし、急に言葉を止める。

 

「どうしたんだ、加賀。もっと聞かせてくれよ」

 

「なんでもありません。すべて済んだ事ですから、今更話す必要はありません」

少しっだけ頬を赤らめながら、答える。

「そんな昔の事なんて、あなたには全く関係の無いこと。どうでもいいでしょう」

どうやら、熱く語ってしまった事を恥ずかしがっているようだ。プイと横を向く。その姿が普段の彼女からは想像できない姿だったので、少しいじらしく感じ、思わず笑ってしまう。

 

「何がおかしいのですか」

と、真顔で聞いてくる。

 

「いやいや、お前が話したくないなら、別に構わないよ。……それは置いておいて、俺はここに来るのが初めてなんだ。だから、横須賀鎮守府の事を教えてくれないかな」

冷泉は話題をあえて変更する。少し怪訝な顔をした加賀だけれど、

「分かりました。……そうですね」

と、冷泉の車椅子を押しながら、加賀がいろいろと横須賀鎮守府についての説明をしてくれた。

 

鎮守府近辺の観光名所や鎮守府の中にあるおいしいお店の事、彼女たちが住んでいた寮の事。舞鶴鎮守府との施設の整備具合の違いや、艦娘に対する態度のそれぞれの鎮守府の兵士の態度の違いなど。どうやら、うちの兵士たちの方が遠慮がちらしい。加賀の話に相づちを打ったり、時折茶々を入れて彼女をむっとさせたり……。端から見たら結構楽しそうに見えたんだろう。

加賀に気づいた艦娘達が、驚いたような表情でこちらを注目し、それに気づいた加賀が彼女たちの方を見ると、慌てたように目を逸らして、そそくさとどこかに歩き去ってしまう。彼女たちにとって、元気そうにしている加賀が不思議であり、本来なら声をかけるべき所なのにそれ以上の踏み込んだ行動をしていいものかわるいものか判断つかない宙ぶらりんな状態でいるのがよく分かる。

それを見ただけで、かつて加賀がどういう状況に置かれていたかが推察できた。

 

「ふふふ……見ての通りです。ここでの私がどういう状況だったか、あなたにも分かるかしら? 浮いた存在だったって事が。……なのに、無理矢理こんな所にに連れて来られた今の私の気持ちも分かって欲しいものだわ」

 

「まあ、何となく……な」

そう、腫れ物のような存在だったということだけは理解できた。

それは、戦いにおいて親友である赤城を意思に反して斃してしまったことによる絶望のために、加賀が心を閉ざしてしまったことが原因なんだろうなと思う。そんな状態の彼女に、かける言葉を持たず、何もしてやれなかった彼女たちの後悔が、そういった対応を取らざるを得ない状況に追い込んでいたからだ。

けれど、そんな状況で別れたままなんて寂しいだろう? そう口にしかけたが、声にならなかった。ただ無言のまま、彼女を見つめるしかできなかった。適切なアドバイスを彼女に与えられない自分が悔しかった。

 

「加賀!! 」

と、突然、背後から呼び止める声がした。

振り返ると、いつの間にやって来ていたのか、長門が立っていた。先ほどまで生田提督の側にいた艦娘だ。

横須賀鎮守府秘書艦、戦艦長門。

 

ゲームと変わらない、角みたいなヘッドギアや長手袋、ミニスカートを装着している。やはりずいぶんと肌の露出度が高く、意識せずともついついそちらに目が行ってしまう。

 

「ながもん……」

冷泉は思わず声に出してしまう。

ゲームの中の、いや、二次創作の中の戦艦長門を知っている冷泉としては、今、目の前に存在するその超然とした凛々しい武人のような姿の長門ではなく、ちょっと残念系の美人であり、その外見の超然としたイメージとはギャップのある可愛い物好き甘い物好きの彼女のほうがインパクトが強かったので思わず「ながもん」と呼んでしまった。そんなメタな発言をしてしまったら、自分がこの世界の住人でないことがばれてしまう……と、少し焦ってしまった。

しかし、長門も加賀も聞こえなかったのか特に反応はない。

 

「あなたが冷泉提督ですか。初めまして、横須賀鎮守府所属の戦艦長門です」

と、長門は会釈をする。

 

「車椅子のままですまないね。舞鶴鎮守府で……一応、司令官をやってる冷泉朝陽だ」

そう言って、微笑む冷泉。幸いなことに、この頃には顔の腫れが引いていたので、怪我でもしたのか? と心配されたり、驚かれることは無くなっていた。司令官が誰かにぶん殴られたような顔をしていたら、格好がつかないからな。

 

「お噂は、この横須賀まで伝わってきていますよ。最近のあなたの深海棲艦との戦いにおけるご活躍は、本当に目覚ましいですね。自ら最前線に立たれ、艦娘達を鼓舞し、鬼神のような強さと聞いております。艦娘とともに前線に立たれる提督は、うちの生田だけだと思っていましたので、本当に驚くとともに、尊敬してしまいます」

と、いきなりお世辞のような言葉を連射してくる長門に思わず照れてしまう冷泉。後ろでフンと鼻で笑うような気配を感じたが無視する。けれど、どうやらお世辞では無く、本気で褒めてくれているようだ。長門の瞳は冗談を言っているような目でなかったし。

 

「それから……この度、うちの加賀を舞鶴に迎えて頂き、本当にありがとうございました。けれども加賀が提督にご迷惑をおかけしていませんでしょうか? それが本当に心配です。……こいつは見た目はぶっきらぼうに見えるかもしれませんし、生意気で偉そうに思うこともあるかもしれません。けれど、こんな風に見えて、案外、可愛いところがあるので、決して見捨てること無く、是非とも長い目で見て可愛がってやってくれませんでしょうか。私からもよろしくお願いします」

 

「なっ……何を訳の分からない事を言ってるの、あなた! 」

むっとした表情で返す加賀。突然、自分の事が話題になったため、動揺している。

 

「わはははは。加賀、お前はすぐに顔に出るタイプだからな。ホントにわかりやすいよなあ。見ててすぐに分かってしまうぞ」

 

「あー。俺の事を嫌っているって事だよな。そうだよなあ。俺は横須賀の提督と比べると頼りないからね。さっきちらっと見たけど、横須賀の提督と比べたら、俺ってしょぼくれて情けないからなあ。加賀も、ちょっと……いや相当に惨めになってしまうだろうね。何でこんな奴の部下になったんだろうって」

少し落胆したような表情をしているかもしれない。

 

「いえ、何を仰ってるんですか? 誤解するような事を言ってしまいましたね、提督。こいつは、昔から本当に好き嫌いが激しいんですよ。もう少し大人になれよと言っても、ご覧のとおり頑固な奴ですからねえ、全然ダメでした。どうしても嫌いな人に対しては、態度に表れてしまうんですよね。最悪は、完全無視を決め込んだりします。それがたとえ命令違反に問われようともです。頑固で馬鹿で融通の利かない、本当にどうしようもない奴なんです。けれど、私は本気で驚いたんですよ! そんなこいつがわざわざ、来たくも無いはずの横須賀まで提督に着いてきて、おまけに甲斐甲斐しくあなたのお世話を自ら進んでしてる加賀の姿をさっき見つけて、本当に私は腰を抜かさんばかりに驚いてしまってるんです」

 

「ちょ、長門、あなた何を分け分からない事を言ってるの」

 

「おいおい、照れるなよ、加賀。……つまりです、提督。嫌いな人間なんて顔も見たくないって露骨に態度に出すような奴がですよ、甲斐甲斐しくもあなたのお世話をしてるんですよ。わざわざそんなことをするって事はですねー」

見ているこちらからも長門が心から面白そうに話しているのが伝わってくる。それは悪意など微塵も無く、心からの驚きと彼女自身の喜びからの言葉であることも、冷泉には感じ取れた。

 

「さ、晩餐会がまもなく始まる時間です。提督、早く席に着きましょう。来賓が遅刻では格好がつきませんからね。そういうわけで、ごめんなさいね……長門、話はまた後でね」

急に横Gがかかったかと思うと、冷泉を乗せた車椅子は方向転換を行った。そして、逃げるように加賀は車いすを押していく。ゆっくりというには明らかに早すぎる速度で。

 

「あ、でもさ、晩餐会までまだだいぶあるぞ。それに、まだ長門の話が……。」

冷泉が反論する。

 

「彼女のくだらない与太話は、提督が聞く必要ありません! 」

ぴしゃりと否定される。

 

振り返ると、長門は名残惜しそうにこちらを見ていたが、どういうわけか嬉しそうに笑っていた。

 

そして、二人は会場に入る。

 


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