まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第六章 戦艦 長門編
第91話 舞鶴から横須賀へ


舞鶴鎮守府司令官・冷泉朝陽とその秘書艦である正規空母加賀の横須賀鎮守府への旅は、鉄道により移動することとなっていた。

舞鶴から横須賀までは相当な距離があることから、冷泉のかつて世界での感覚から空路で行くものだと思い込んでいた。しかし、その考えはあっさりと否定されてしまう。理由を聞いてそれなりに納得はした。

現在の日本国の空は、深海棲艦勢力が完全に制圧しており、不用意に航空機を飛ばすような事があれば、即、敵の防空網に引っかかり、対空ミサイルによる攻撃を受けることになるらしい。もちろんそれだけでなく、敵による電子的な妨害も常時行われていて、その影響で電子機器に異常が発生し普通に飛行機を飛ばすことさえ困難になっているとの事だった。このような事情のため、現在は航空機を飛ばすことは無くなり、移動については、すべて陸路によることとなっている。

空域においては、領域と同じような何らかの電子的ジャミングがなされているということなのだと理解している。ゆえに飛べるのは、戦前に存在していたような航空機のみという事だ。そんな航空機など、最新の防空システムにかかれば、どういうことになるか考えるまでもなかった。

 

また、移動手段である鉄道といっても電車では無く、ディーゼル機関車となっている。

 

日本は、電力不足も深刻だ。深海棲艦勢力の当初の侵攻時において、一部の発電所と送電関係が破壊され、日本国は総じて慢性的な電力不足状態が続いている。最低限の復旧は行われているものの、その進捗は必要最低限電力すら確保できていない状態であり、軍事基地等の高順位施設以外は頻繁に計画停電を行っている。

 

移動経路についても問題がある。かつての東海道本線は、人類側の内紛による近畿三都市(大阪、京都、神戸)壊滅により完全に寸断されて使用不可能となっている。こちらについては復旧は完全に放棄された状態である。このため、移動は、舞鶴からは日本海ルートを使うこととなる。

小浜線を使用して敦賀駅で切りかえ、北陸本線により米原駅まで行き、やっと東海道本線へと乗り換えることとなる。そして、大船駅で横須賀線に乗り換え、横須賀鎮守府へとたどり着くという旅程であった。

 

悪条件はさらに続き、冷泉達が乗る列車は貨客輸送専用の車両ではなく、普段は貨物列車として使用されているものに貨客用車両を接続しただけのものとなっている。当然ながら、移動は大量の貨物も一緒だ。いや、メインは貨物となる。つまり、この世界においては、長距離の貨客専用列車は無くなっており、物資輸送手段の主役となっている鉄道輸送のおまけで乗せてもらう状態なのだ。

 

提督用の車両及び警備車両を入れて3両。外観はコンテナのようなデザインに偽装され貧相な外観となっているが、もちろん警備の関係もあり、通常の車両とは異なり防御力は戦車以上となっている。さらに内装は鎮守府司令官車両ということで割と広々としており、豪華といえば豪華な車両となっている。だから見た目とは異なって貧相なわけではないのだ。むしろ立派なくらいである。

けれども、その車両の中を見た加賀は、不満が相当にあったようだ。部屋を見てすぐに不平を言い出した。

 

「ねえ提督、これは陸軍の私達に対する何の嫌がらせでしょうか? どうしてベッドが一つしかないのでしょう? 」

3両の内、2両は警備担当の兵士達が乗り込んでおり、その2両の車両に挟まれた形で残りの1両が提督専用車両となっていた。車両はリビングスペースと寝室があり、独立したシャワー室とトイレがあったが、スペースの関係からどういうわけかベッドは一つしかなくダブルベッドとなっていた。他の車両は兵士達の待機室及び宿泊設備があるため、そこは男ばかりとなる。当然、加賀が寝る場所はない。つまり、冷泉と同じ車両でかつ、同じベッドで旅をすることとなる現実に不満があると言うわけだ。

加賀が陸軍の嫌がらせか! と言った理由は、鎮守府の外周警備もそうであるが、要人警護を含めた警備業務については、どういうわけか海軍の兵士ではなく陸軍兵士が行っているためだ。もともと海軍と陸軍はそれほど仲が良くない。さらに陸軍の中には艦娘に対する批判勢力も多いと聞いている。それら負の感情が嫌がらせをするのではないかと疑っている訳である。

 

「それは俺に聞かれても、分からないよな」

と、答えるしかない。多分、陸軍兵士達には悪気は無いと思う。車椅子で動くしかない冷泉のために、通路スペースを確保するためにはどうしてもそうなってしまったのだろうと想像はできる。けれど、何か配慮できなかったものだろうかと思うが、こればかりはどうしようもない。

「まあ、加賀は俺の世話をすることになっているから、仕方ないよね」

そう言うと、加賀は黙ったままで恨めしそうな顔で冷泉を睨んだ。だいぶ頭に来ているのに、その怒りをぶつける先が無く、悶々としている彼女の姿がなんだかいじらしい。

 

横須賀鎮守府までは、移動だけでも20時間程度必要らしい。ただし、途中貨物を積んだり下ろしたりするので、時間はもっと必要で、結局のところ丸々二日かかるとのことだった。

警備の関係もあるため、食事は途中の荷物の積み卸しを行う駅にある食堂を利用することとなる。ソースカツ丼、鱒寿し、鰻丼などを食べることができた。

 

久しぶりの鎮守府以外の戦地ではない土地なのでいろいろ興味が沸くが、車椅子では移動もままならない。冷泉の負傷は自らの責任ということで、加賀は冷泉の世話をしてくれているし、頼めば文句を言いながらも車椅子を押して連れて行ってはくれた。もちろん、警備の関係もあり、途中停車の駅での自由行動はかなり制限されていたものの、駅構内の移動ま認められていたため、あちこちを散策した。停車駅の知識はまるでなかったけれども、おそらくは深海棲艦が来る前は賑わっていたであろう雰囲気だけは感じることができた。

 

後の楽しみと言えば、せいぜい、車窓からの風景……とは言ってもコンテナに偽装した車両にきちんとした窓などなく、申し訳程度に作られた隙間のような窓から景色を眺めるしかなかった。それでも、こちらに来るまでの世界でも訪れたことのない風景を少しだけ楽しむことができて、冷泉は満足だった。

 

横須賀までの移動は特にトラブルも無く、至って平穏なものであったが、ちょっとした出来事があった。

 

それは移動途中の山の中。

視界の中で光るものを冷泉は、感じたのだ。すでに夜であるため、そこがどのあたりなのかはよく分からない。ただ、その光点に意識を集中すると文字がポップアップする感覚。これは戦場では発現した冷泉の謎の特殊能力であろうことだけは想像できたが、戦闘中でもないこんなときにも確認できるとは、嬉しいような迷惑な感じだ。

加賀に命じて地図を取り出させ、現在位置のおおよその場所を確認する。山間の盆地の特に何も無さそうなところで「夕立改二」「如月改二」「初春改二」の存在を確認する。

 

「なあ、加賀? 」

 

「何でしょうか」

机を挟んで反対側に座る加賀は、少しだけ鬱陶しそうな表情を浮かべる。ちょっと疲れているのだろうか。

 

「このあたりに、艦娘用のドッグとかってあるのか? 」

 

「は? こんな山の中にドッグなんてあるわけないででしょう。そもそも運河なんてないですから、どうやってこんな所まで艦を運ぶというの」

と、少し馬鹿にしたような視線を送ってくる。

 

「けどさ、夕立、如月、初春がこのあたりにいるみたいなんだけど」

 

「……その子達は、改二になっている子たちね。確か、彼女たちは深海棲艦との戦闘で大破し、艦は沈没したと聞いているわ。幸いな事に艦娘本体は救助され、現在はその艦の修復……いえ、新しく建造するからちょっと意味合いが異なるかしらね。ということで、我々の主たちのいる第二帝都東京へ移送されているはずなのだけれど」

冷泉が艦娘の場所を把握できるのかという事については、何の疑問も挟むことなく加賀が答える。

 

「艦本体が沈んでも、艦娘は助かる事もあるんだ」

ゲームでは轟沈すれば、艦娘は最後の言葉を提督に残し深い海の底へと沈んでいった。それは完全な消失であり、死と同義だった。何度か不注意で艦娘を轟沈させ、ショックを受けたものだ。けれど現実世界においては、この世界では艦と艦娘は別々の存在だから、艦が沈んでも艦娘を救助できれば助かるということなのか。

ゲームと現実の違いは、ここにもあるというわけなのか。

 

「当然よ。どちらかが破壊されても、その影響がもう一方に行くというわけでは無いわ。ただ、艦の方が被弾した際に、衣服が破れるような事がどういう理屈でかは分からないけれど、発生したりするけれどね。それはともかく、艦娘が生きていれば、艦を新規に建造してリンクさせることができれば、再び戦場に戻ることができる。艦娘が艦の心臓部ですからね。逆に艦娘が死亡してしまえば、いくら艦が無事であってももう使い物にならないのだけれど」

 

「そうか……。だったらいかなる手段を用いても、お前達艦娘だけは救助しなければならないな。そうすれば、命だけは助ける事ができるんだから」

冷泉は少しだけ安心する。なぜなら、たとえ海戦において艦娘が轟沈しようとも、彼女たちだけでも救出できれば、復活させることができるということを知ったからだ。それが事実であるならば、絶体絶命という事態に陥ったとしても、艦娘だけを救助すれば最悪の事態だけは避けられるということだからだ。今までは艦本体も守らなければならないと思っていたのだから、それはすごい進展だといえる。

 

「ふふ……。あなたらしい考え方ね。けれど、あなたが考えるような事にはならないの」

少しだけ笑って見せた加賀が、まじめな顔になる。

 

「それはどういうことなんだ?? 」

 

「沈んでしまった軍艦を建造するのに、どれだけの資材が必要になるか考えた事があるかしら? 」

 

「けれど、それで復活させられるのなら、安い物だろう? 」

 

「新造するのと、艦娘に合わせて建造しなおすのとではコストが大幅に異なるの。もちろん、艦娘がいないと艦を作っても意味はないのだけれど、レベルに応じてその費用が高くなるのは想像できるかしら。そして、改、改二となった艦を復活させるには更に膨大な資材が必要となるのよ。それは、新造することを遙かに超える資材が必要となるわ。場合によっては数隻分の資材がね……。轟沈した艦にそんな費用を持ち出す価値がなければ、いっそのこと放棄して、もちろん配備されるかは別として、新造艦娘を要求したほうが良い場合もあるわけ。たとえば今あなたが見つけたらしい駆逐艦娘達はみんな改二よね。彼女たちの軍艦部分を建造するためには、おそらく、戦艦なみの資材が必要だと思うわ。そんな資材を使うのなら、新たに戦艦や空母の建造に使ったほうがいいって考えるのが普通の提督じゃないかしら」

 

「そんな……。せっかく助かるのに見捨てるというのか。お前達の存在は、効率だけで計るものじゃない。資材の大小で決められるわけ無い」

思わず声を荒げてしまう。

 

「落ち着いて。勿論、見捨てるわけじゃないわ。そうなった艦娘は、解放された艦娘は元いた世界に戻るだけだと私は聞いているわ。人間の為に戦う必要の無い世界に戻れるの。それはそれで、艦娘達にとっては幸せなんじゃないかしら。少なくとも、私はそう思う」

やっと戦いから解放された艦娘を無理矢理、それも相当な資材を使用して再び戦場へと追い立てるのがいいのか、それとも、せっかく生き残った彼女たちを戦いの無い世界に戻してあげるのがいいのか。確かにそれは考えるまでもない事といえる。

 

加賀と話している間に、初春の反応が次第に弱まり、やがて消失した。どうしたことかと思い、他の艦娘に意識を向ける。如月の光も弱々しい。夕立だけが明るい反応を示している。その光が何を意味するのかはよく分からない。考えているうちに列車は移動していき、その光もどんどんと遠のいて行き、やがて見えなくなった

 

何か気になる。……何かの機会にでもあのあたりに行って見る必要があるな、そう冷泉は思った。

 

その後は、これといった変化は無かった。

冷泉は首より上と右腕しか動かない訳で、風呂はどうしたのとか、トイレはどうしたのかという疑問はあるが、こちらについてはなんとかなった。

二泊三日の旅だったが、列車を降りる時には、髪がボサボサだったり、顔が油まみれだったり、軍服がシワだらけなんて事は無く、きちんと身なりを整えていたということだ。

「提督が汚い格好でいたら、舞鶴鎮守府そのものが下に見られてしまいます。提督の恥は鎮守府の恥。そんなことは秘書艦として、絶対に許されませんから」

そういって加賀が自分を必至で説得していた姿が思い浮かび、思わず笑いそうになった。少し前までいた勤務地に帰ってきた時、連れの冷泉が顔はテカテカ、髪はボサボサ、強烈な体臭で、だらしない格好をしていたら、それは加賀にとっても恥ずかしいだろう。知り合いばかりの筈の鎮守府で、そんな醜態は見せられないだろうな。

 

「なんでしょうか? 」

キッとした顔でこちらを見る加賀に、必至にこみ上げる笑いを堪え真顔を作るしかなかった。それでも加賀は睨んだままなので、無理矢理話題を変えようとする。

 

「ところでさ、ずっと気になっていたんだけど」

 

「何でしょうか? 」

 

「汽車に乗った時から思ってたんだけど、お前、ネックレスみたいなものを付けているよね。いつもは付けていないのに、どうしたんだ」

 

「これですか……。提督は知らないのね」

そう言って、加賀は身につけたシルバーのチェーン型のネックレスを触る。

「これは、お守りのような物よ」

 

「お守り? 誰かに貰った大切な物なのかな」

少しだけ心がざわつく冷泉。

 

「そうね、大切なものよ。これは私を護るというより、人間を護る物といっていいかしら。そして私に対する枷のようなものね」

なんだか意味深な言い回しをする。

「提督、もし私が何者かに誘拐されたりしたらどうなると思うかしら? 」

 

「突然、難しい質問をするなあ。……お前が誘拐されたら、か。そうだな、正規空母であるお前が攫われたら、大事だろうな。人類では勝ち目のない敵と戦う貴重な戦力でもあるからな」

 

「そうね。そして、それが他の者に渡った場合、驚異となる。それは、あなたにも分かるわよね」

 

「もちろん分かるけれど。強力な戦力が逆に敵になるってわけだからな」

 

「それを防ぐためにはどうしたらいいかしら? 」

 

「そうか、それは発信器ってことだな。それがあればお前を追尾して拉致者を強襲すれば救出できる」

冷泉の答えに加賀は首を横に振る。

 

「そんなまどろっこしい事をするはずが無いわ。チェーンを切ればおしまいだし、仮に私が望んで敵勢力に寝返るということも考えなければならないでしょう? 」

寂しそうな悲しそうな瞳で冷泉を見る。

「これは、私たちの枷。もし敵に拉致された場合、このチェーンを切っても、それから規定ルートを一定距離離れた場合にも作用するの。……もう分かったでしょう。これは爆弾です。私達を敵に渡さないための、そして私達を逃がさないための。2キロ四方にある敵を含めたすべてを巻き込んで破壊する……ね」

 

「そ……そんな事って」

冷泉は言葉を失い、目の前の艦娘を見つめるしかなかった。

 

 

 

 


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