まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第90話

続いて、加賀の病室へと向かうことになる。

 

ところが、彼女はまだ病室にはおらず、地下の治療施設で治療中とのことだった。

 

「ということは、まだ治療中と言うことなのかな」

 

「ですが、今日の午前中には一般病棟に移送される事になっています。もしかしたら、手続きの遅れが出ているだけかもしれません。どうされます? 次回にしますか? 」

 

「いや、せっかく来たんだ。空振りでも構わない。加賀に会っておきたい」

ということで、地下へとエレベータで下りていく。

 

治療室の扉が開く

「冷泉提督を確認しました。ドアを開けますが、申し訳ありませんが、少し外でお待ち下さい……」

と、インターホンから声がしているが、後ろから車椅子をぐいぐい押され、否応なく部屋の中へと入っていく。

 

前に来たときは薄暗かった部屋が今は照度が上げられ、わりと明るくなっている。中の様子もよく分かる。培養槽も液体が抜き取られていて、空っぽになっていた。

「あれ、加賀はどこに……」

と、言いながら部屋を見回すと、壁際に白い物体を確認した。

そして、すぐにそれが何かに気づき、刹那、思考が停止した。見ちゃいけないと思うのに、瞳を逸らすことができず、固定されてしまう。

 

そこにいたのは、加賀だった。

培養槽から出されたすぐだったようで、何一つ身に纏っていない彼女が無防備な状態で立っていた。

 

サイドテールを解いてしっとり濡れた髪、青白い光に照らされ妖艶な裸体に、冷泉は思わず見とれてしまった。

 

それは、神秘的なものを見てしまったようで……。瞳を奪われてしまった。

 

加賀は加賀で、一瞬、この場で何事が起こったのか理解できないでいたようで、硬直したまま無表情のまま冷泉を見つめていた。冷泉がそこにいることが認識できていないかのようにも見えた。そして、少しの間をおき、前に立つ存在が冷泉提督ある事を認識した加賀は、ほんの一瞬だけ動揺したような顔をしたが、ゆっくりと後ろを向き、医師よりタオルを受け取り、それを身体に巻き付ける。その作業が完了すると、振り返る。その時にはいつもの気の強そうな瞳を取り戻していて、キっと冷泉を睨む。

 

冷泉は、動揺した。動揺するしかなかった。

どう贔屓目に見たとしても、加賀は怒っているようにしか見えなかったからだ。いきなり部屋に入ってきて、裸の姿を見られたのだから当然なんだけれども。

 

けれど、正直なところ、あれ? という思いもあった。彼女は、恥ずかしがる素振りを見せないどころか、冷泉を責めるような目をしていた。赤城は、確か加賀は冷泉にベタぼれとか言ってたはずなのだが、彼女の態度からは、その可能性は見いだせなかった。どう見ても、あの視線は、変質者に向けたものであり、好意を寄せる人を見る目では無い。

 

「ふん。提督、あなた、私の裸なんかをわざわざ覗きに来たのかしら? 全く、分かってはいましたが相変わらずの変態っぷりですね」

最初の言葉がそれかよ。冷泉の死に嘆き悲しんでいたんじゃないのか。冷泉は言いそうになるが、ぐっと言葉を飲み込む。

「わわわわ、わざとじゃ無いんだ、信じてくれ」

情けないけど、そう言って弁解するしかない。

 

「私の裸なんて見なく来なくても、鎮守府には、たくさん可愛い艦娘がいるでしょう? おまけに物好きなことにあなたに好意を持っている子たちが。そんな子たちを見に行けばいいでしょうに」

どういう訳か、拗ねたような喋り方。まるで嫉妬してるみたいな感じ。

 

「あのなあ……。まあいいや。理由はどうあれ、この件については、謝る。ごめん、わざとじゃないけど、見てしまった。えっと、恥ずかしい思いをさせてすまない」

 

「その件については特に何も思うところはないわ。上官が裸を見たいといえば、それくらい耐える忍耐は持っていますから」

そう言いながらも、言葉は刺々しい。

 

圧倒されるが何とか堪え、一呼吸置くと、冷泉は言葉を続ける。

「今日は、お前のお見舞いに来たんだよ。ずっと気になっていたんだ。体調はどうだ? ……怪我は大丈夫か? 」

 

「私はご覧のように大丈夫です。けれど、大丈夫どうかは、むしろ、こちらの台詞です。私の事を気にかけてくれるのはありがたいですが、もう二度とあんな馬鹿な真似はしないでください。鎮守府司令官という立場を弁えてください。たかが艦娘一人のために、あなたはあまりにも軽率でした。あなたに、もしもの事があったら、この鎮守府はどうするというのですか」

 

「俺のことは、まあ、無事だから良かったじゃん」

加賀個人の事を聞いたのに、鎮守府の為にとか組織の一員としての意見を言ってこられ、なんだか不満な冷泉。

 

「全然、無事に見えません。見たところ、体はまともに動かせない状態じゃありませんか。そんな状態で、どうやって指揮を執るというのです? こんな所に来ている時間があるのなら、今すぐに治療に専念するべきです。……それと、おまけに顔が何て酷い有様ですか。前から決して美形とは言えませんでしたけど、今はもっと不細工になっているじゃありませんか」

 

「う……。顔はちょっとした事故なんだよなあ。もっとも、どうしてこうなったのかは記憶にないんだけど。それと、お前の言うように体の方は今は動かない部分が多いけど、リハビリをやれば、たぶん、大丈夫だよ」

 

「そんな簡単に言って……。もし、動かないままだったら、どうするというのですか」

その時、なんだか辛そうな顔を加賀は見せる。

 

「大丈夫さ。さっき、深海棲艦と交戦してきたけど、別に作戦指揮には影響なかったからな。まあ、いろいろと不自由はあるかもしれないけど、どうにかなるでしょどうにか」

他人事のように簡単に答える。軽く言うのは加賀が今回の事で責任を感じているのなら、それをできるだけ取り除いてやりたいという思いもあったからだ。

 

「どうにかなるわけないわ。右手しか動かないなんて、まともに日常生活が送れないでしょう。一人で生活できない人が、艦隊司令官という重大な職責を果たせるとは思えません。そもそも、誰があなたの面倒を見てくれるというのですか? みんなそれぞれが自分の事で精一杯なくらい忙しいのですよ」

 

「安心しろよ。まあ、俺は鎮守府司令官だからね。とにもかくにも結構な権限はあるから、命令すればどうにかなるんじゃないかなあ。業務命令を出せば、誰かが世話してくれるかもしれないし、一応、公務災害だから費用も出るから、人を雇うって手もあるしね」

 

「はいはーい! 提督、提督のお世話でしたら、秘書艦である私、高雄がしますよ」

黙って話しを聞いていた高雄が、キリっと宣言する。

 

「それは認めません。私の責任で提督は怪我をし、体が不自由になってしまったのです。わたしが提督のお世話をするのが、原因者である私の責任の取り方だと思います」

 

「なにー! 」

突然の宣言に、高雄がぷりぷりしだす。

「ダメダメ駄目なのでーす。加賀さん、駄目です。提督のお世話は、秘書艦の私がするのです。これは、絶対なのです。これは譲れません。だいたい、今までいつもいつも、誰かに先を越されてばかりで、私は貧乏くじばかり引かされてるんです。ここでがんばらないと駄目なの。負けちゃ駄目よ。ここで踏ん張らないとジリ貧になるわ。勇気を出して。がんばれがんばれ! た・か・お」とぶつぶつ独り言を念仏のように唱える高雄。

 

「あ、そういや、秘書艦も交替だったよな。たまたま深海棲艦が攻めて来たから、交替のタイミングを逸してしまっていたけど」

思い出したように冷泉が話す。

 

「はっ! ぐぬぬ。そうでした……私としたことが迂闊でした。こんな事があるなんて、なんて運命の悪戯なんでしょうか」

高雄がそのまま燃え尽きたように床に跪いていく。

冷泉は彼女が本気で悔しがっているのが分かるので、彼女にかける言葉が出てこなかった。とりあえずは、加賀との話に集中した方が良さそうだと判断する。

 

「ってことで、予定通り、秘書艦は、加賀にお願いするよ」

だいぶ前から決まっていた事をここに宣言する。ゴタゴタで直接は伝えられていないが、そのことについては、加賀も知っている事実である。

 

「……ご命令でしたら、仕方ありません。よって、ただ今より、私は冷泉提督の秘書艦となりました。高雄さん、これで提督のお世話を私がする件について、異論はありませんね? 」

 

「仕方ありませんです。ありませーん。うえーんうえーん。加賀さん……提督を、提督よろしくお願いします。んんんんー、また取られちゃった。どうしてこんなにうまくいかないのかしら。もう! 」

後半はほとんど愚痴になっていたものの、高雄も同意するしかなかったようだ。さっきまで秘書艦が提督の世話をするのだと騒いでいたから、今更否定もできず、仕方なく引き下がるしかない。

 

「よし。すまないけど、よろしく頼むね。それからなんだけど、じゃあ……早速、秘書艦である加賀、お前に命じることがあるんだ。聞いてくれるかな」

 

「はい。ご命令とあれば、仕方ありません」

淡々と答える加賀。その表情からは何の感情も読み取れない。けれど、仕方ないっていうのはどうかなと思うが、今から言う事を思うと、指摘するわけにもいかない。高雄もこの件については、知らないので何を言うのか注視してくる。

 

「秘書艦であるお前は、俺と共に横須賀鎮守府へ赴くことになっている。高雄からの業務引継および、出立の準備を急いでくれ」

 

「横須賀? 鎮守府? ええと、本当ですか、提督? 加賀さんは、前まであそこにいて……あっ」

しまったといった感じで、慌てて高雄が口を押さえる。

 

「提督、その件、お断りします。私と横須賀鎮守府の事は、提督もご存じでしょう。そんな状態なのに、私が行けるわけ無いです」

速攻で返事を返す加賀。それは明確で断固たる態度だった。

 

「それは認めない。お前は、体の不自由な俺の面倒を見るのが責任の取り方だって言っただろ? だったら、どっちにしても俺は横須賀に行かなきゃならないんだから、一緒について来ないと駄目だろう。行きたくないのは勝手だけど、俺はどうやって生活したらいいんだろうね。ほとんど動けないのに、出張で泊まりなんて困ったなあ。……それから、まさかとは思うけど、一度宣言した事を私的な理由で撤回するなんて事、正規空母の加賀がするとは思えないんだけど、どうだろう? それに、お前には俺に対する責任を取ってもらわないといけない。逃げるなんて事をするような艦娘はいないだろうし、それがあの一航戦の空母がするとは思えないもんな。お前の恥は一航戦の恥にもなるからなあ。それでも、あらゆる非難を覚悟で拒否するというのなら、そこまで言うなら俺もお前の意見を尊重せざるを得ないけれども、どうする? 」

答えは見えていた。

 

「ぐぬぬぬ、なんと卑怯な。わ、わかりました。赤城さんが護ってきた一航戦の誇りを汚す訳にはいかないわ。あなたの命令に従いましょう。ですが、教えて下さい……一体、何の為に横須賀に行かなければならないのですか? 」

 

「実は、招待状が届いているんだ。招待といっても、業務命令だから、余程の理由がなければ拒否はできないんだけどね」

そういって、一通の封筒を取り出す。

 

「それは何でしょう? 」

 

「私も興味あります。提督が横須賀に行く理由は何ですか? まーた艦娘を物色に行くなんてことないですよね。それだったら断固阻止です」

高雄までが前のめりで聞いてくる。

 

「横須賀鎮守府での戦艦大和と武蔵の進水式があるんだよ。軍幹部や政府のお偉い方なんかが集まって、艦娘の大和と武蔵のお披露目式もあるわけだ。どうも、今回は特別らしいな。相当に上の方も出席されるらしい。その関係で、全鎮守府の司令官までも招集されたって訳なんだ」

 

 


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