まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第88話

港では、ちょっとした騒動が起こっていた。帰投した第一艦隊の艦娘達が桟橋付近に集まり、落ち着き無く話し込んでいる。

彼女たちが会話している原因は、帰投して着岸したというのに、軽巡洋艦・夕張から提督が、それどころか夕張さえも降りて来ないからだった。恐らく30分以上は経過している。流石に遅い、いくら何でも遅すぎるんじゃないか。もしかすると……艦内で何かアクシデントでもあったのかもしれない。

 

けれども、中にいる司令官である冷泉からの指示が無いから、彼女たちは動くに動けないでいる。しかし、それでも心配だ。気が焦るだけで時間のみが経過していってしまう。

彼女たちの心を占めているのは、半分は軽巡洋艦・夕張の艦内に戦闘による被害が発生したのではないかという心配、そして、もう半分はそれ以外の何か良からぬ事が起こったのではないかという言いようのない不安だった。ただし、夕張には被弾したような形跡もないし、そもそも戦場から一番遠い場所にあったことから、一つ目の心配について、それは考えにくかった。そうすると、もう一つの心配のほう……艦以外のものに何か異変が発生した?

 

まさか!?

 

「あ! ……そういえば」

思わず高雄が声を上げる。急に思い当たったことがあったのだ。

それは、今更といえば今更な話だった。それにしても、あまりにも迂闊だった。……冷泉提督は、大怪我の後遺障害か分からないが、現在、右腕と首から上しか動かせない状態であるのだ。夕張一人では、どう考えたってそんな状態の彼を運んで来られるはずがない。こんな大事な事に誰も思い至らないなんて……。本当にどうかしてた。

 

「確かにそうですね。あまりにも当たり前の事過ぎて、思いもよらなかったです」

高雄が両手で頭をポカポカしながら、反省する。そして、心配そうに彼女を見る艦娘達に対し、今思い出した事を告げる。他の誰もこの事に思い至らなかったらしく、一様に驚きの表情を浮かべ、そして、同時に安堵のため息をついた。

 

ふと高雄は疑問を感じた。……けれど、何でこんな事を忘れてしまっていたのでしょうか? それも、誰もそのことに気づかないなんて。まるで、何かに操られているかのよう。記憶をコントロールされているような……。まさかね。まあ、そんなことはありえないけれど。

「早速、人を呼んで、提督をお迎えに参りましょうかね」

携帯電話で連絡を入れ、電話に出た人に状況を説明していると、遅れて鎮守府に帰投した第二艦隊のうち、駆逐艦娘達だけがやって来た。

 

「高雄さん、どうかしたのですか? 」

と、不知火。かなり厳しい戦いを終えたばかりなのに、彼女からは、ほとんど疲労が感じられない。不知火だけでなく、他の駆逐艦娘みんながそうだ。しかも彼女たちは遠征の帰りという、さらに条件の悪い中で、いきなり最前線に飛び込んで行き、深海棲艦と戦ったのだ。どれほどの勇気、根性、そしてスタミナがあるんだろう。さすが、神通の下、常軌を逸した厳しさと苛烈さを極めた地獄の特訓を遠征の合間、しかも毎日休み無く繰り返す事で練度を限界まで高め、データ比較においては、現日本海軍最強最精鋭の評価を得ているだけの事はあるわね……といそんなことに感心しながら、彼女たちに状況を話す高雄。

 

「私達でも提督を運び出す事はできるけれど、まずは、医師の判断を仰いだほうが良いと言うことですか」

あまり感情の起伏を見せない不知火。

 

「そうなのよ。提督は、ほんの少し前まで意識不明の重体だったのに、もう、無理して戦場に出られたから、まだ、お体は全然万全じゃないと思うの。そんな提督を医学的知識の無い私達が無理矢理運び出して、万一の事があったら大変ですからね」

高雄の説明に皆納得したのか、大きく頷く。

「あれ? あなたたち。ところで神通と大井はどうしたの? 」

 

「大井さんは、神通さんに先ほどの戦闘の件で色々と絡んでましたけど、あまり相手にされなかったようで、最終的には、もう知らない! とか言いながら怒って宿舎に帰られました。神通さんは、なんで大井さんが怒ってるのか理解できてないのか、とても不思議そうな顔をしてましたけど、そんなことよりも提督との面会の前には、こんな汚い姿ではいられない。着替えてくるということで、同じく宿舎に戻られました」

 

「はあ……まったくあの子たちは」

呆れたような顔で秘書艦が嘆く。

「大井は大井で相変わらず協調性が無いし、神通は神通でどこでどう間違ったかしら……。普段は大人しくて本当に聞き分けの良い子なのに、提督が絡むと途端に常識が通じなくなって、人の言うことを聞かなくなるわ、まるで人が変わったように融通が利かなくなるし、言動もおかしくなるし……。おまけに恐ろしいほど頑固になるものね。全く、頭が痛いわ」

 

「大丈夫です。私が思うに、二人とも、とても優秀で素晴らしいし、戦闘においてもとんでもなく強い艦娘です。私達駆逐艦が尊敬でき、信頼できる軽巡洋艦ですよ」

 

「不知火は、そう言うけれどもねえ……」

と、高雄は不審がる。

 

「私も不知火と同じ考えです」

 

「まあ、アタシも同意見だけれども……ね」

村雨や叢雲がまじめな顔で言うものだから、高雄もそれ以上は言えなくなってしまう。彼女たちの中では神通という軽巡洋艦は、とても恐ろしくて厳しい上官であり、それ以上に信頼できる上官であることは分かっているのだけど、やはり、彼女たちも神通を盲信しすぎている感があるので、少し……いえ、かなり不安。

 

そうこうしている内に、数人兵士を率いて女性士官と医師がやってきた。男性兵士達は担架を持っている。

「あ、お疲れさまです」

そう彼らに声をかけると、

「では、艦内に行きましょうか」

高雄を先頭に、夕張艦内へと入っていくこととなる。最後尾には、第二艦隊の駆逐艦娘も続いている。

 

そして、艦橋へ―――。

高雄以下艦娘に鎮守府の女性士官、医師、兵士達が艦橋に上がると、視界に入ってきた光景を見て、彼らは一瞬ではあるが、思考が停止してしまった。特に艦娘の内の何人かは口をあんぐりと開けたまま、完全に制止してしまう。目の前の光景が現実であることを拒否してしまっていたのかもしれない。

 

艦橋内では、スカートが完全にまくれ上がり、下着が丸出し状態となった夕張と、鎮守府司令官である冷泉提督が抱き合うような形になって眠っていたのだった。冷泉は夕張の腰に手を回していたし、夕張は彼の胸に顔をうずめていた。二人は抱き合うようにしか見えない形で、あろうことか眠っていたのだ。

 

空気が一瞬にして凍り付くような感覚を何人かの人々が感じ取った。ゴゴゴゴゴゴ……そんな異様な音さえ聞こえたかもしれない。遥か深淵より何か得体の知れない、想像を絶するものが這い上がってくるかのような重圧感そして恐怖感。

 

「て、提督……。な、何を、してるネ」

金剛の悲鳴にも似た叫びが艦橋内に響く。

 

その声と、殺気にも似た異様な雰囲気を本能的に感じ取ったのか、とっさに意識を取り戻す夕張。けれどその顔は、何故か目を潤ませ頬が赤らんでいる。それは、まるで事後の女のような虚ろな表情でみんなを見る夕張に、皆の心が明らかに苛立つのが感じられた。無意識の行動なのだろうけれど、どう考えても火に油を注ぐような態度でしかない。

彼女は現在の状況を飲み込めていないのだろうか。どうしたの? といった感じでキョロキョロ見回し、やがて自分の状況に気づくと、慌てて捲れ上がったスカートを元に戻すと、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしまう。

 

「最悪だわ。こ、これは、神通さんには見せられない! 」

呻くように呟いた不知火。その声は、何故か震えている。

「神通さんは、まだこっちに来てないわよね。みんな、とにかく、見つけ次第、近づいてきたらすぐにここから引き離して。理由はどうでもいい。いかなる手段を用いても、ここには近づけちゃ駄目。こんなところ見られたら、神通さんがどうなるか分からない。恐ろしいことが起こるわ……だいたいにして私達にね」

第二艦隊駆逐艦娘達が口々に叫び、警戒態勢に入る。冷泉と夕張の事は興味が無くなったかのように大慌てで飛び出していく。

 

しかし、残された艦内では、緊張がピークに達していた。しかし、それでも冷泉は眠ったままだ。みんなに見られていることに気づいた夕張が離れようとすると、無意識のうちに動く右手で抱き寄せる。

「きゃっ」

夕張が何故か嬉しそうに冷泉に抱き寄せられる。そして、抱きしめられる。彼女は、なされるがままにしている。

 

「こぉうんのぅう、提督の浮気者ー! 浮気者」

 

「やっぱりやっぱり、司令官さんは変態だったんですね!! お願い、セクハラやめてください。提督、怖いです、どっか行ってください」

 

「提督! もう、どうして、私にはしてくれなかったのですか、提督! ずっと秘書艦でいたのに、なんで私にはこんなことしてくれなかったんです? チャンスはいくらでもあったはずなのに、もう、悔しい! キイイイイ」

 

「ちょ、ちょっとみんな落ちついて、落ち着きましょうよ、ね? まあ! 金剛。あなた、そんな馬鹿力で提督の体を揺すったら、提督の首がもげちゃうわ。……あらあら、羽黒。提督の体は鉄でできてないのよ。そんな乱暴に足蹴にしたら、しかも爪先で蹴ったら可哀想だわ。こらこら、高雄も秘書艦なんですから、そんなカッカしちゃだめでしょ。グーで殴っちゃダメよ。あなた達、女の子なんですよ。みんな。落ち着きなさい」

 

などなどの会話というか叫びというか、怒号が艦内に響き渡り、収集がつかない。混乱が生じて、冷泉提督は椅子から引きずり下ろされる。なぜだか、殴打する音、踏まれる様な音も聞こえた。扶桑ののんびりとした声だけが異質だ。

「あ、でもこのままじゃ不味いかしら。……そうだ、少し強めに頭を床にぶつけたら、余計な記憶が消えるかもしれないわね。ふふふ、ごめんなさいね、提督」

その後、ゴンという鈍い音。

 

「わはははは、これは提督、恐ろしいほどモテモテですな。せっかく意識を取り戻したのに、また涅槃に言ってしまうかもですな。しかし、何をしてるんですか、あなたは」

艦娘達の剣幕に圧倒されて暫く呆然としていた医師も我に返り、羨ましそうに脳天気な言葉を吐く。

 

「と、とにかく、艦娘のみなさん、落ち着いてください。そんなに乱暴にしないで! 冗談抜きで、冷泉提督が死んでしまいます」

女性士官、提督の副官であろう女性が必死に間に割って入る。

「あなたたちもまずは司令官をお守りしなさい! 」

てきぱきと部下に命令する。

兵士達も修羅場に飲まれてしまって動けずにいたようだが、上官からの命令が下ると我に返り提督と艦娘たちの間に割ってはいると人間の防壁となり彼らの司令官の身を守った。

 

その後、しばらくの間は第一艦隊の艦娘による説教がしばらく続くこととなったが、やっと我に返った夕張が必死になって冷泉の弁護を行ったため、なんとか騒動は収まった。確かに、首から上と右手だけしか動かすことができない提督が、夕張にエッチなことはできないのは間違いない。確かにそうだねーということで、艦娘達は納得したようだ。

ちなみに、その間、犯人である冷泉提督は、気を失ったままだった。ずっと寝たままだったかもしれないし、意識を取り戻したものの、艦娘達に激しい暴行され再び気を失ったのかもしれない。もしかすると、ずっと狸寝入りをしていたのかもしれない。しかし、それは不可能か。ボロぞうきんのようになった冷泉提督の姿を見る限り、あれほどの暴行にうめき声一つあげることなく耐えきるなど、人間には不可能としか思えないからだ。

 

 

そして、作戦司令室。

 

そこには、顔を腫らしてどんよりとした目をした冷泉がいた。

なお、袖が引き裂かれたりして使い物にならなくなった服は着替え直している。

この場にいるのは、秘書艦の高雄、夕張。そして第二艦隊の艦娘達だけだ。他の第一艦隊の艦娘たちは、席を外している。

「えっと、さて、今回の作戦を総括するよ」

左右をきょろきょろと見回し、少し怯え気味に話し始める。まだうまくしゃべれないようだ。

 

「あの、ところで提督。そのお顔は、どうされたんですか? 」

一人だけ状況を把握していない神通が心配そうに問いかける。

ばつの悪そうな顔をする夕張。駆逐艦娘たちの間には緊張が走る。余計なことを言うなよという目で駆逐艦娘達が冷泉を睨む。

しかし、冷泉のとっては何故不知火達が自分を睨んでいるのか理解していない。

目が覚めたらどういう訳か床に横になっていた。そして、何故か金剛が冷泉に跨り、兵士達に両脇を抱えられて引き離されたし。兵士が冷泉を護るように取り囲んでいて、その外側に何故か怒ったような顔をした艦娘達が立っていたし。

おまけに体中が殴られたかのように痛くてしかたなかった。気のせいか両頬が腫れているような気がするし。さっきからズキズキ痛むし。……確かに、戦闘後、意識が遠のいていったことだけは覚えているが、それ以降の記憶は全くない。誤って椅子から転がり落ちたのかもしれない。後頭部にたんこぶが出来ている感じだし。

 

「あ、これ? これはな、戦闘の際の名誉の負傷だよ。わははははは」

誤魔化すしか無い。冷泉は何故か照れくさそうに答える。

 

「そうでしたか。……確かにあれだけ数の敵を相手にした激戦でしたから。それでも、その程度のお怪我で乗り切られるとは流石、提督です」

と納得。

 

「あれで軽い怪我? 敵との戦闘で? はあ? あのね」

叢雲が続けて冷泉に何かを言いかかるが不知火、大井が慌てて彼女の両腕を掴むと、強引に引っ張られて連行されていく。他の艦娘も続く。

 

部屋に残ったのは、神通だけになった。

「他の連中はいなくなってしまったけど、……神通、俺が意識を無くしていた時もお前は他の艦娘とは違い、冷静にいられたんだってな。そして、みんなの動揺を抑えてくれたそうだね。高雄から聞いたよ。……ありがとう」

 

「いえ、褒められる事は何もありません。提督は、どんな時でも常に約束を守られる方。あの時の戦いでもそうでした。提督は、あの状況で私を護って下さり、約束を果たして下さいました。だから、今度も信じていました。ですから、一片の不安もありませんでした。きっと提督は戻って来てくださり、再び指揮を執って下さると」

胸を張って話す彼女の瞳から、何故か涙がこぼれ落ち、それが止まらなくなる。

 

「ど、どうしたんだ、神通」

心配そうな顔で艦娘を見る冷泉。

 

「あ……あれ? な、何でしょう? あ、あれ? どうしたのかしら? 目から涙が出てきて、止まりません」

慌てて涙を拭うが、彼女の瞳から溢れ出す涙は止まることは無かった。おまけに彼女の体がガタガタと震えだし、その震えは膝にまでおよび、まともに立っていられなくなり、そのまましゃがみ込んでしまう。

 

「大丈夫か! 」

身を乗り出そうとするが、体が動かない事に気づく冷泉。

 

「だ、大丈夫です……。提督のお姿を直に見て、提督が戻られたことを知って、私、安心して、体に力が全然入らなくなって急に立っていられなくなって。おかしいですよね、提督なら絶対大丈夫、きっと戻って来る。何も心配いらないって思っていたのに信じていたのに、だけど、こうやって、提督のお姿を見られて、そしたら、安心して……」

彼女の震えは止まらない。

「ど、どうしたんでしょうか、わたし。体が言うことをきかないです」

嗚咽混じりに神通は言う。涙声でもうぐちゃぐちゃだ。

 

冷泉は右手をなんとか操り、車椅子を動かすと彼女側に近づき、何とか彼女の肩に手を置く。本当なら抱きしめてやりたいけれど、右手しか動かないからこれが限界だ。

 

神通は、冷泉の手を両手で包み込むようにそっと握りしめ、頬をよせる。

「絶対に大丈夫だと信じていたはずなのに、私、心のどこかで不安だったんです。もしも、提督が世界からいなくなったら……なんて。そう思ってしまったら、不安で不安で、信じているのに耐えられなくて。どうしようもなくて。すみませんすみません。ごめんなさいごめんなさい」

 

「謝る必要なんてどこにあるんだ? お前は俺のことを本当に心配してくれて、ずっとがましていたんだろう……。よくがんばったね。でも、もう大丈夫だよ。今、俺は、ここにいる。そして、これからもここにいる。ここにいて、お前を、お前達艦娘を護ってみせる」

 

「本当ですか? 信じても構いませんか? 」

潤んだ瞳で彼を見上げる神通。

 

「もちろんだよ……俺を信じろ。俺について来い。俺が護ってやるから」

 

「はい! 」

頷く彼女の髪を優しく撫でてあげると、神通は目を閉じて穏やかな顔になった。

 

神通の状態が落ち着いたのを確認し、ふと顔を上げると、部屋の入口に高雄達が戻って来ていた。

よくは分からないけれど、どうやら、先ほど部屋から出て行った件についての問題は、片づいたらしい。

 

「お前達も今回の戦いはご苦労様だったね」

冷泉は、戻ってきた他の艦娘達にも、それぞれに労いの言葉をかけていった。

 

みんな照れながらも、それなりに嬉しそうにしている。少しだけ批判的な視線を感じたけれど、その原因については冷泉には心当たりが無かったので、多分、彼女たちの疲労から来るもの、気のせいだと納得する。

 

とにかく、みんなお疲れ!

 

 

 

 


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