まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第87話

第一艦隊旗艦 夕張艦内。

 

敵の背後、領域と通常世界を遮る雲海より飛び出してきた艦隊があった。

 

敵の増援?! 

これ以上敵が増えたら持ちこたえられない。夕張を含め、第一艦隊の皆が、衝撃を受ける。

 

「提督! 敵の増援ですぅ」

怯え、泣きそうな顔をしながら、夕張が冷泉を見る。

領域から飛び出して来た新手の艦隊……。領域は深海棲艦の支配領域。そこから出てくるものは、深海棲艦以外ありえない。

これまでの戦いから、そう考えてしまうのは当然のことだ。けれど、冷泉は現れた艦隊が何者か知っていた。

 

「大丈夫だよ、夕張」

そう言って、冷泉は彼女の頭を軽く撫でる。

「領域より出てきた艦隊は、神通達だ。至急、一斉砲撃により、敵の注意をこちらに向けさせる。彼女たちの出現に対応させてはならない」

同時に、ありったけの砲弾、ミサイルを一斉に発射する。

敵艦隊全面には砲撃、側面及び背後へは対艦ミサイルによる、全方位飽和攻撃だ。

少しでもいい、神通達に行動の時間を与えなければならない。

 

うまくやってくれよ、頼むぞ神通。それから……絶対に、死ぬな。

冷泉は、心の中で念じた。

 

 

再び、第二艦隊。

 

神通を旗艦とした第二艦隊は、全速力で領域を駆け抜けた。

 

あらかじめ冷泉司令官より与えられた進路を忠実に守り、途中、敵との遭遇も完全無視で駆け抜けた。

 

そして、……再び、領域の壁を抜けることとなる。

 

赤黒く分厚い領域、あたかも壁のように天高く立ちはだかる雲の中を抜けると、視界が開ける。

そして、いきなり彼女たちの眼前に、敵艦隊の姿が現す!

 

戦艦……そして空母まで含んだ艦隊。そいつらが神通たち第二艦隊に背を向け、司令官の指揮する第一艦隊と対峙しているのだ。

これまで第一艦隊に編成された時にしか見たことがない強力な敵の陣容に、神通は一瞬ではあるが圧倒されてしまう。

あんな強力な艦隊に、私達第二艦隊で立ち向かえるのだろうか? 勝算はあるのだろうか? しかも、こちらは領域用の武器と動力のままで。また、負けてしまうのだろうか? 負け戦になってしまうのだろうか。かつてのあの時のように……そんな不安が過ぎる。

けれど、すぐに神通は頭を横に振り、その不安をかき消すことができた。

今の私は、あの時とは全く違う。私には、冷泉提督がいて下さる。私の事を、いえ、私達の事を信じ、そして私達の帰りを待って下さる方が!

 

「全艦、魚雷戦用意。最大戦速を維持し、輪形陣の敵艦隊の中央を突破します! 」

 

「な! 今の私達は、領域専用の動力のままなのよ。そんな状態で突っ切るつもりなの? いくら何でも危険すぎるわ。防御シールドも無しで、敵の攻撃を浴びたら、ひとたまりもないわよ。ここは領域じゃないのよ! 分かっているの? あなた、死ぬつもりなの」

大井が大声で叫んで来るが、あえて無視する。

そんなことはもちろん分かっているから……。通常海域で使用される兵器は、あらゆる点で使用武器が限定される領域内とは桁違いに威力が高い。だからこそ、みんな迎撃システムを用いて迎撃したり、防御シールドを展開して防ごうとする。けれど、今の神通達はそういったものが使用不可能な状態。個艦防御システムも、防御シールドも使用不能だ。まともに攻撃を受ければ、ひとたまりもなく轟沈するしかない。

けれど、どんな強力な攻撃も、当たらなければ問題ない。第二艦隊の艦娘たちは、そのために激しい訓練に耐えてきたのだから。……だから、大丈夫。

冷泉提督はこの海戦、神通達第二艦隊の行動に賭けてくれている。第二艦隊の行動が勝利のための切り札と考えてくれているのだ。そのために敵を引きつけ、第二艦隊の接近を隠蔽してくれたのだ。

その期待に、絶対に応えたい。応えてみせる。

 

「みんな、私に続いて」

 

「何考えてるのよ、自殺行為だわ」

まだ大井が反論してくる。

 

「大丈夫。提督が私達を援護して下さいます」

そう言うと、進路を敵艦隊の中央へと向ける。

 

「もう! 」

と、反論を続けていた大井も諦めて後に続く。さらに他の艦娘も続く。第二艦隊は、単縦陣となり、輪陣形の敵艦隊の中央に向けて突撃していく。

 

それに呼応するように、遥か彼方の第一艦隊から猛烈な砲撃と対艦ミサイルが発射される。まるで神通達の突撃がどの段階で始まるか知っていたかのようなタイミングで……。ほぼ全門斉撃に近い攻撃は、計算されたように第二艦隊の軌道を避け、正確に敵艦隊全てに向けて飛んでくる。あり得ないほどの超精密攻撃だ。

敵は第一艦隊の攻撃に対応すべく、行動せざるを得ない。防御スクリーンが海面半球状の全方位に展開されるのが肉眼でも確認できた。この混乱のためか、敵はまだ第二艦隊の接近に気づいていない? のかもしれない。

同時に敵艦隊全域に着弾。もの凄い轟音と閃光、そして黒煙が撒き上がる。砲弾の中に煙幕弾も含まれていたのか。視界が急激に悪くなる。

 

これなら、目視では神通達を見つけることはできない。

神通達はその混乱の中、敵艦隊の中央を突破して行く。そして、左右に魚雷を全弾発射! 敵艦隊は、ほとんど停止状態であり、魚雷発射のタイミングも、未来予測をせずとも問題が無い。 

 

敵艦の防御シールドは、全天球型に配することは滅多に無く、現在も海面より上に半球状態で展開されている。

そもそもが砲撃及びミサイル攻撃に備えていたため、敵艦隊も水面下までは展開する必要がないと判断していたのだろう。今回の戦いに潜水艦は存在していないから当然だ。

展開するとその分、全体の防御力及び耐久力が落ちるという事が最大の理由なのだろうけれど。

 

もし、舞鶴鎮守府第一艦隊に潜水艦がいたらどうするつもりなのか? ということは考慮には入れていないのだろう。

 

それはともかく、水面下への想定外の魚雷攻撃。

敵は、第一艦隊への攻撃に気を取られたため、回避運動も取ることなく雷撃の直撃を食らうこととなる。何本もの水柱が敵艦隊から立ち上る。

 

敵艦隊のど真ん中を突っ切りながら、神通は同時に煙幕を使用する。

第一艦隊の援護により敵の反撃を受けることなく、雷撃によるダメージを与えることに成功した神通率いる第二艦隊。敵艦隊を抜けながら、神通は魚雷再装填を全艦に指示し、急がせる。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。まさか、あなた」

 

「もちろんです。全艦、逐次回頭し、追撃をかけます」

大井の問いかけに、当然の事のように答える神通。

第二波攻撃をかけるため、全速力で再度、敵艦隊の中へと切り込んでいくつもりだった。第一艦隊は一斉砲撃を行ったため、再装填のために攻撃に空白ができる。自分が敵艦隊司令官なら、この反撃の機会を逃すはずがない。今、追撃をかけ、敵の反撃を封じ込めなければならないのだ。

 

「ええ!! 」

思わず他の艦娘も声を上げる。

「さすがに、再突入は危険すぎます。初撃は第一艦隊の援護があって成功しましたが、2度目は敵も私達の存在に気づいています。馬鹿正直に突っ込んでいったら、敵の格好の餌食になります」

 

「今、ここで追撃をかけないと、敵は体勢を立て直してしまいます。そうなれば第一艦隊も危険ですし、当然私達も無事では済みません。……大丈夫、私が敵の注意を惹きつけますから」

そう言うと、神通は僚艦の同意を待つまでもなく、進撃を始めた。

 

「駄目、神通さん。待って下さい」

慌てて駆逐艦娘たちも後を追い始める。

 

「また置いてけぼり? 待ちなさいよ。今度こそ、アンタたち本当に死ぬわよ」

いつの間にか第二艦隊のブレーキ役になってしまった大井が慎重論を持ち出さざるをえなくなる。

 

「この世界でコロンバンガラの再現なんてさせられません。今度こそ、誰一人欠けることなく、みんな生きて帰らないと……。それに、提督だって悲しむから」

と、不知火。

 

「あいつが、いえ、提督がどうなろうとどうでも良いけど、神通さんを死なせるわけにはいかないし、もう、仕方ないでしょう」

と叢雲。

 

「またか。ホント、第二艦隊は馬鹿な連中ばかり。もう絶対この艦隊からは外して貰わないと、いくら命があっても足りないわよ。ちっ……今回だけよ! 」

神通を先頭に、距離を置いて残りの艦が続く第二艦隊は、再度敵艦隊の中央突破をかける。

 

被害を受け黒煙を巻き上げている敵深海棲艦達ではあったが、接近してくる敵艦に対し無策でいるはずがなかった。

旧式動力・旧式装備で突っ込んでくる、防御シールドさえ持たぬ紙装甲の敵艦隊を薙ぎ払うため、砲塔を向けてくる。

まずは、先頭を進みまともに照準もせずに連続で砲撃をしてくる旗艦である軽巡洋艦神通をその生け贄として選択する。まるで自分の存在をアピールするような攻撃に吸い寄せられるように深海棲艦の砲塔が向いていく。

 

「あー、こりゃだめだ。死んじゃう」

思わず大井が悲鳴に似た叫びを上げてしまう。

 

刹那―――。

まるで神通の動きを予想していたかのように、再び、第一艦隊の砲撃が始まった。先ほどの飽和攻撃から再装填しての砲撃にしては時間があまりに短い。一体、どのような手段で?

いまこそ神通を火だるまにせんと狙い砲撃をしようとした敵艦隊に、雨霰のように着弾していく。

爆発の閃光と轟音。

防御シールドが間に合わなかった艦が被弾し炎上する。

 

「今よ、全艦隊攻撃開始」

神通の指示に合わせ、再びの魚雷攻撃を行い、そのまま敵艦隊の中を突き抜けていく。背後で魚雷の直撃受けて爆発を起こす敵艦隊。

 

「やったー! 」

「やりましたぁ」

第二艦隊の艦娘達が歓声を上げる。

 

この段階で、戦いは決した。

 

舞鶴鎮守府艦隊は無傷の11隻。

それに比べ、敵深海棲艦側は、戦闘により数を減らされたため、12隻となっていた。しかも、ほとんどが何らかの損傷を受けており、まともに戦闘できる艦は、それ以下になっている。

想定もしていないような多大の損害を出した敵深海棲艦隊は、大あわてで反転し、撤退を始める。

 

「逃がしません! 」

神通は更なる戦果を求め、追撃態勢に入ろうとする。第二艦隊の他の艦娘達も圧倒的な勝利で興奮状態にあるのか、彼女に続こうとする。

 

「神通、それ以上の追撃はするな。帰投せよ」

冷泉提督からの通信が入る。

 

「でも、提督。ここで追撃をかけて勝利を確実なものにしておいたほうが……」

 

「深追いは禁物だよ、神通。敵を退けた事により、俺たちの目的は達成された。俺たちの勝利だ。みんなよく頑張ったね」

と冷泉は声をかける。

その間に、ボロボロになった敵深海棲艦は領域の中へと急ぎ撤退していく。

 

「神通、それから第二艦隊のみんな、よく頑張ったな。お前達の活躍のおかげで敵を退けることができた。俺の無茶な作戦によく応えてくれた。ありがとう。それから、第一艦隊のみんなもよく持ちこたえた。お疲れ様。ありがとう。……これより全艦、鎮守府に帰投するよ」

 

「了解」

みんなが嬉しそうに応える。

 

「じゃあ夕張、俺たちも帰投するぞ」

 

「わかりました。艦の操作引き受けます。提督、お疲れ様でした」

ほっとしたような笑顔で少女が答える。

 

全艦が反転し、鎮守府へと帰って行く。

冷泉は大きくため息をつき、何気なく直ぐ側のモニタをみる。冷泉の左側に置いてある小さなモニタ。ここには水面下の様子を映像化するように設定したものだ。今回の戦闘ではまず使うことが無いはずだったが、念のため見られるようにしていたのだ。海底の地形が旗艦夕張を中心に3D映像で表示されている。

そこに一つの涙滴型の物体が映し出されていた。大きさは200メートル近い大きさだ。数十メートル下の海底をゆっくりと北へ、つまり冷泉達の艦隊と反対方向に進んでいる。敵味方識別は味方となっている。つまり、日本海軍の艦船ということだ。

「どうしました? 」

不思議そうな顔で夕張がこちらを見てくる。

 

「いや、このモニタにね」

そういって右手で左側のモニタを指さす。

すると「失礼します」と言いながら、身を乗り出しながら彼女が冷泉越しにモニタを覗き込む。

「潜水艦が映ってるだろ? 一応日本海軍のものらしいけど、あれが何か知っているか? 」

すると、夕張は首を左右に振りながら否定する。

「えーと、知らないですね。けれど、この艦って……たしか」

 

「たしか、どうした? 」

 

「あ、そうだ。良く深海棲艦との戦闘の後に見かけますね。領域を開放した時に何度か見かけたことがあります。何のためにいるのかは、たぶん誰も知らないんじゃないんでしょうか? 」

 

「艦娘じゃ無いのか? 」

 

「ええ。あの形状の艦娘はいませんよ。形状が現在の潜水艦の形をしているでしょ? 恐らく、海軍の制作した調査船か何かじゃないですか」

あっさりと答えられ、まあ確かにそうかなと納得する。軍が軍艦を持っているのは当然としても、深海棲艦と戦っても勝ち目は無いことは、過去の件で明らかになっている。なのに海に出てくるとはどういうことなのだろうか。危険を冒してでもやらなければならない事が、得なければならない物があるのか? そもそも何が目的なのか。

 

軍部にもまだまだ冷泉の知らないことが多くあるようだ。

 

いつか解き明かさなければと思いながら、急にどうでも良くなってきた。猛烈な眠気が襲ってきたのだ。

艦隊を一人で動かした反動が来たのだろうか。解除したら急に疲労がやってきた。ベッドに横になりたいとか思うが、もう目を開けているのさえ怠く、どうでも良くなってきた。

お腹が冷えたらいけない……。手近にあった柔らかい物体、抱き枕みたいな大きさ、柔らかさの物を動く右手で引き寄せると、ギュッと抱きしめた。

 

「きゃ、ちょ、ちょっと提督。何をするんですか! 」

すぐ側で何か声が聞こえるが、夕張だろうか? あいつ、なんかしたんだろうか? 

けれど瞼は重たくて、目を開けることができない。まあ、港に帰ってからでいいか。今はもう眠い。何にせよ、全ては目が覚めてからでいいや。……帰ったらみんなのがんばりを褒めてやらなくちゃいけないな。特に、神通には無理させてしまった。何かプレゼントでもしてやろうかな。

そんなことを考えている内に意識が遠のいていった。

 

「あの、……提督。ちょっと、提督。まさか、寝ちゃった? 」

夕張は困惑していた。……今の状況に。

潜水艦がどうこう言ってたと思ったら、いきなり抱き寄せられて抱きしめられてしまった。

現在の彼女の状態は、司令官である冷泉に跨る形で、彼の胸に顔を埋めている状態だった。離れようとしたが、がっしりと彼の腕で抱きしめられていて、離れることができないのだった。

「提督……起きてくれませんか? こんな状態を誰かに見られたら、提督の立場が大変なことになりますよ。金剛さんや神通が見たら気を失いますよー」

けれど、提督はまるで反応がない。それどころか、穏やかな寝息が聞こえてきた。上目遣いで司令官を見ると、何か満足そうな顔で寝ているじゃないか。頭をぐりぐり動かしてみたり、手で叩いてみたりしたけど、まるで反応が無い。完全に熟睡状態です。

「あーあ、私は警告しましたからね。けれど、提督は起きてくれませんでした。それから、離れようとしたけど提督が私を離してくれなかった。……いいですよね? 」

何の反応も無い。

「もう知りません」

そう言うと、夕張は司令官の胸に顔を埋めて目を閉じた。

目的地をセットしているから、問題なく舞鶴鎮守府まで帰れるし、勝手に着岸もするだろう。

 

夕張は、冷泉の心音を聞いているうちに、どうやら眠ってしまった。


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