まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第82話

冷泉が気がつくと、そこは……またしてもベッドの上だった―――。

 

あの時とまるで変わらない風景がそこにある。

冷泉がこの世界に来たあの時と同じで、見慣れた二年以上住んでいた自分の部屋とはまるで異なる趣きの部屋だ。

 

白い飾り気のない天井。壁も白一色。

 

安っぽいカーテンがわずかに開かれた窓より吹き込むそよ風に揺らいでいる。

天井には、むき出しで固定されていた飾り気の無い蛍光灯。

相変わらずの殺風景な部屋に寝かされている。

 

けれど、この前と異なるのは、前回は一般病棟ぽかったのが今回はよく分からない機械が病室のあちこちに配置されているということだ。口には酸素マスクが付けられている。身体が起こせない状態なので全容は把握できないが、腕や身体から伸びた管のような物いろいろな機械へと繋がれている。点滴装置も見える。

モニターの明滅と時折聞こえる電子音が不安感をあおる。

 

どうやら、今回の状況は相当に酷いらしい事だけは認識できた。

 

人の気配を感じ、そちらに顔を向けようとするが、まるで動かすことができない。それどころか、体が全く言うことをきかない。まるで、自分の体でないように。……体が麻痺しているのだろうか。一瞬、嫌な予感がするが、その不安を追い払い、目だけを動かして気配のする方を見た。

 

すぐ右側に女の子の顔があって、彼女はうつぶせの状態で微かな寝息を立てていた。

彼女の吐息がかかりそうな位の、それほど近い位置関係だ。

 

巫女装束をした少女がそこにいた……。

そう、前回と同じく、金剛がそこにいたんだ。今度も彼女が俺の目覚める時に居合わせた訳か。

 

「こ、こんごう」

上手く口を動かすことができない。息を吐き出すことが思うようにできない。思ったように言葉を発することができない。それでも、何度も繰り返し、感覚を取り戻そうとする。

「こ、金剛……聞こえるか? 」

 

その声に反応したのか、もぞもぞと金剛の頭が動く。

 

「おい、金剛? 」

再び声をかける。

 

刹那、急にスイッチが入ったか人形のように、風を切るような音するほど素早く、金剛が起きあがった。

 

そして、冷泉を見る。

 

彼女のその頬には、涙が伝った後がはっきりと残っていて、虚ろな瞳には精気がまるで感じられない状態だった。顔色は、いつもよりかなり悪く見えるし、頬がだいぶこけているようにも感じられる。

 

「やあ、金剛。……おはよう」

そう言うと、彼女に向けて笑顔を見せる。全身が痺れたような状態だから、きちんと笑顔を作れたかは疑問だが。

 

「な! て……ていとく? 」

血の気を失った疲れ切った顔の少女の顔に、みるみる精気が満たされていくのが分かる。

瞳を大きく見開き、冷泉を認識している。その劇的な変化にこちらが驚くくらいだ。

 

まずい……。

 

冷泉は、前に入院していた時の事を思い出した。

冷泉が意識を取り戻したことを喜んだ金剛に飛びつかれ、その勢いで後頭部を痛打したことを。今度は身体が動かない状態だ。まともに来られたら回避すらできない。

 

「て……てーとくうー」

次に起こる事態を予想し、思わず目を閉じてしまう冷泉。

 

しかし、数瞬の間、何も起きなかった。その代わり何かむせぶような声が聞こえた。

冷泉は、恐る恐る目を開ける。

 

そこには、綺麗な顔をくちゃくちゃにして、ボロボロと涙をこぼしながら嗚咽している金剛の姿があった。

「よがった……ていとく、やっと気がついたんデスネ。良かった、ホントに良かった……。ぐ、う、うん、うええええん」

そして、大声で泣き出した。

 

どうしていいか分からず、冷泉はただ彼女を見つめるしかできなかった。

自分が倒れ、意識を失った後にどういうことがあったのだろうか。

向こうの世界で赤城の話を聞いていたために、ある程度は想像できたいた。鎮守府の艦娘達の中で金剛だけが冷泉重体のショックから立ち直ることができず、一人、何をどうして良いか話から無くなり失意の内に自分の世界に逃避するしかなかったのだ。

それを艦娘として金剛の弱さと責める者もいるかもしれない。戦艦である彼女はトップが欠けた場合にはその補填を行わなければならない立場にあるからだ。けれど、冷泉はそんな気持ちになんて全くならなかった。そんな強さを持つ子もいれば、そうじゃない子もいる。艦娘だって人間と何ら変わらず、悩んだり泣いたりするんだ。

 

冷泉は、身体を必死に動かそうとする。

起きあがることができなくてもどこか動くだろう? 動くはずだ。そして、右腕が動くことに気づき、

その手を彼女へと伸ばす。

 

「し、……心配かけたな、金剛。えっと、何て言うか、ごめん」

そう言って、彼女の瞳からこぼれ落ちていく涙を拭う。

 

「提督……」

彼女は、冷泉の右手を愛おしそうに、その小さな両手で包み込むと頬を寄せて目を閉じた。

「提督、ずっとずっと……心配してたんだヨ。提督が私達を置いてどこかに行っちゃうんじゃないかって、凄く凄く不安だったヨ。提督がいなくなったら、私」

そう言ってまた泣きそうになる。

 

「大丈夫だよ……金剛。俺は、帰ってきたんだから」

回復してから間が無いため、結構言葉を発するのも正直しんどい。けれど、今、目の前で怯えたようにしている金剛を放っておく訳にはいかない。少々の無理はしないと。

「もう、何処にも行かないから、安心していいよ」

 

「テートク、本当に……大丈夫なんデスカ? 信じて良いんデスカ? 」

 

「ああ、もちろんだよ。俺は、今ここにいる。そして、これからもお前達と共にいるんだ。それとも……金剛は、俺の言うことが信じられないか? 」

金剛は、すぐさま激しく首を横に振る。

「提督は、いつでも私達を導いてくれたネ。今まで何一つ嘘は言わなかったネ。……だから、今度も信じる」

ニッコリと微笑むとこちらを見る。そして、ゆっくりと近づくと冷泉の胸に顔を寄せた。

「でもでも、ずっと心配してたんダヨ……。もしかしたらもう提督に会えなくなるなんて思っただけで、怖くて辛くて……どうしたらいいか分かんなかった」

囁くように呟く。

 

「ああ、心配させたね、ごめん」

そう言うと、冷泉は彼女の手を強く握りしめた。

 

「あー! それ狡いですよ!! 」

ドアが開く音がすると同時に、叫び声。驚いて視線をそちらに向けると、そこには、我が秘書艦高雄が立っていた。

「金剛さん、それ、狡いです。提督が意識を取り戻したら、すぐに知らせるって約束だったじゃないですかー! 」

口調は責めるような感じがするが、どうやら怒ってはいないようだ。

 

「もう、私達の時間をもう少し欲しかったネー。でも、あんまりびっくりしちゃったから、そこまで気が回らなかっただけダヨ、ごめんね、高雄」

金剛は起きあがると高雄に向かって謝る。高雄も仕方ないですねぇとか言いながらそれで許したようだ。

そして、冷泉と目が合うと一瞬だけ動きが停止し、少し感極まったような表情を見せるがすぐに後ろを向き、少しだけ間を置く。両肩が少し震えたように見えた。

けれど、再び振り返った時には、いつも通りの笑顔の高雄がいた。

「提督、私も本当に心配しましたよ。けれど、良かったです。本当に」

 

「ああ、高雄、お前にも心配かけたみたいだね。本当に、ごめん。けど、とりあえず、帰ってこられた。死なずにすんだみたいだよ」

少しだけ冗談めかして答える。

秘書艦は少しだけ呆れたような顔をしたが、すぐに真面目な顔に戻る。

 

「すぐに先生を呼んできますね。それから、今いる艦娘達にも提督の無事を知らせますから」

そう言って、高雄は駈けていった。

 

すぐに、まるで待っていたかのように、医師と看護師達が病室に走り込んできた。医師の指示を受けながら看護師達がめまぐるしく動き出す。

冷泉に接続されたケーブル類を外したり、新たなケーブルを取り付けたり、管を取り替えたりする。それらの作業が何を行っているかはまるで見当もつかなけれど、冷泉はなされるがままにしていた。

 

抵抗しようにも身体が動かないから仕方ない。負傷の影響とか無理矢理な回復の影響かどうかは不明だけれど、動かせるのは右手だけで、他の部位についてはまるで自分の身体じゃないように動かせなかった。

その辺の運動機能障害についても調査がなされるだろう。結構不安な気持ちになるところだけれど、冷泉は案外、気にはしていなかった。仮にこのまま身体が動かないことがあっても、大した問題ではない。生きて自分がこの場にいること、艦娘たちのために動くことができる事、あれほど望んだ事が叶ったのだから、この程度のことは何のこともないと思えるようになっていたからだ。

 

「なあ先生、酸素マスクは外して貰って構わないかな? これではみんなと会話がしづらいんだよね」

冷泉が伝えると、医師は頷く。

 

「まさか……この奇跡、本当に驚きです。冷泉提督の運の強さと生きようという意志の強さには感服しました」

作業が一段落したときに、医師が言ってきた。

彼の話では、経験上冷泉の状況は絶望的な状況であり、奇跡でも起きない限り死という選択肢しか残されていなかったらしい。その常識を打ち破った冷泉の体力に驚嘆したとのことだ。

 

「俺が助からないというのは、先生の経験を含んだ医学界の常識の中でほぼ起こりえないという事だったんだろう? つまり、それは確率がゼロというわけじゃない。だから、俺が生きているということは必然だったということさ。奇跡とは起きるものじゃない。起こすものだ。もちろん、俺の力だけで起こせるはずもない……」

複数の人が駈けてくる音とともに騒々しさがこちらに向かってくるのを認識する。

「あいつらが俺を冥界の淵から俺を呼び戻してくれたんだよ。まだ俺がやらなければならないことがある。そして、俺と共に戦ってくれる連中がいる。つまりは、そういうことだよ」

そう言って、医師に微笑みかける。

 

「はい、そうですね。今回の事は、私の今後の仕事についてもかなり励みになると思いますよ。良い方向に予想が裏切られることもあることを知ることができましたから。」

 

二人が話している間に、艦娘達が入ってきた。皆、走ってきたのだろうか。息を切らせている。

そして、冷泉の姿を見て立ち止まる者、感情を堪えきれずに泣き出す者、大きく胸をなで下ろす者、様々な態度を示す。

 

冷泉は、出せる限りの力を振り絞り、声を出した。

「みんな、ただいま」

 

 


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