まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第80話

「そう、なのか……」

冷泉は、次の言葉が出てこず、黙り込んでしまった。

どうせ別れがあるというのなら、最初から出会わなければいい。関わりを絶てば、別れが訪れても辛くない。愛さなければ、そして愛されなければ、やがて訪れる別れを乗り切れる。……それが加賀の気持ちだったというのか。

どれだけ悲しい目に遭えば、そんな考えになってしまうのだろう。

 

「そして、加賀さんが恐れた事が、結局、現実になってしまったのです。彼女が……あれほど拒絶し避けようとしたのに、冷泉提督は彼女の心の中に入り込み、さらに彼女の中で封印されていた気持ちを目覚めさせてしまいました。それなのに、あなたは身勝手に行動し、彼女の目の前で倒れ、彼女の前から姿を消してしまっているのです。それがどういうことかわかりますか? 」

 

「しかし、……俺は」

 

「言い訳は無用です。今、あなたは加賀さんを泣かせたままの状態でここに来てしまっているんですよ。その事をどうお考えなのですか。理由はどうあれ、あなたの事を好きにさせておいて、勝手に死んでしまうなんて。しかも、加賀さんを護るために命を投げ出して。こんなことをされたら、加賀さんの心がもつわけ無いでしょう? なのに、あなたは自分勝手に為すべき事は成し遂げたみたいに満足しているかのような言動するばかりじゃないですか。……本当に腹が立ちます」

喋りながら勝手に興奮してきたのか、赤城の口調は厳しくなり、さらに声が大きくなっていく。迫力も増してきた。

「加賀さんが、今どういう気持ちでいるか考えたことがあるのですか? 」

 

「いや、考えるも何も、もうどうしようもないことだし」

と、おどおど答えるしかできない冷泉。

 

「自分のせいであなたを死なせてしまったということで、彼女はずっと泣き続けています。自分のことをずっと責め続け、なのにどうすることもできずにただ泣いているだけなんです。このままではあまりに可哀相すぎます。どうにかしてあげたいのに、私にはどうすることもできない……」

 

それは俺も同じだ。冷泉は思うが口に出すことができない。

 

「加賀さんだけではありません。他の艦娘たちもどれだけ悲しんでいるか想像すら出来ないのですか? まったく、冷泉提督、あなたはどれだけ自分勝手な人なんでしょうか。私も加賀さんの言葉で伝わってくる事でしか状況は把握できていませんが、ほとんどの子は、あなたの死の衝撃で精神的に相当のダメージを受けているようです。金剛さんは完全に自我崩壊の危機的状況ですし、扶桑さんは提督の訃報を聞いた瞬間に失神したみたいです。それだけではありません。あなたの死は艦娘同士の結びつきにも悪影響を与え、加賀さんと他の子の間での関係亀裂がかなり深刻な状況になっています。確かに、加賀さんのせいであなたが死んでしまったようなものですからね。そりゃあ加賀さんは責められるでしょう。けれども、これはかなり深刻で致命的かもしれません。このままでは舞鶴鎮守府そのものがあなたという光を失い、艦娘達の絆にも亀裂が入ったままで、遠からず機能不全に陥りますよ。こんな時に深海棲艦に攻め込まれたらどうなるのでしょうか」

 

「こ、こわいことをいうな」

深海棲艦が鎮守府を組織的に攻めてきた事が全くなかったかというとそういうわけではない。過去には大規模な艦隊編成で鎮守府を攻めてきた事があったという記録を見たことがある。

「確かに現在は指揮官がいない状態であるけど、すぐに誰か代わりがつくはずだ。だから、作戦指揮にはそれほど問題がないはずだ……と思う」

指揮ができたとしても、艦娘たちの連携がうまくいかなければ、苦戦は必至なのは考えるまでもない。そして、自分の代理となる候補を思考した途端、吐き気がするような現実を思い出してしまった。

 

鎮守府司令官の役職に就ける人材など限られている。当然ながらそれにふさわしい階級であることが必須条件だ。そして、今回は深海棲艦が侵攻してくるという条件が付加されるとするならば、いきなり着任して鎮守府を運営するなどほぼ不可能であるのは誰の目にも明らか。そんな火中の栗を拾うような奇特な人材など、皆無に等しい。

舞鶴鎮守府の内情を知り、ある程度の実戦経験も持った人材で、かつ、この状況下でも司令官の役職を努める気概のある人物であること。

 

そんな人材は、冷泉の知る限りでは小野寺しか浮かばなかった。

 

土地勘もあり、内情も知り、階級も相応だし、やる気もある。彼なら確かに適任だ。

 

―――書類上は。

 

海軍省なら間違いなく彼を指名するだろう。

データから見れば彼が適任であることは間違いない。

 

故に冷泉は困惑する。小野寺の作戦指揮能力の事は未知数だが、会話をした範囲での冷泉の評価は、能力云々はともかく、人間性に明らかな問題があること。また一部の艦娘に対してある種の感情を持っている事等から不適当であると考えている。結論からすると、彼には務まらないだろうし、そもそも個人的には絶対にやらせたくない。

 

「あなたが護ると約束した子たちが、戦いで沈んでいってしまいますよ。どうするのですか? 」

挑発するような瞳で赤城がこちらを見る。

「あなたにとって可愛い子たちが、血まみれになって倒れていってしまいますよ。それどころか鎮守府の兵士達も皆殺しになるかもしれませんね」

 

「そ、そんなことは……命に代えても許さない」

 

「けれど、提督。あなたはもう死んでしまった存在で、どうすることもできないんじゃ無かったんですか? 」

 

「いや、それはもちろんそうだけど、状況が変わった。そもそも、赤城もさっき言ったじゃないか。ここは死後の世界ではなく、時空の狭間だと。そして、俺は死んではいないと。ならば、下の世界に戻ることもできるんじゃないのか? 君なら知っているんじゃないのか? 」

先ほどまでの諦めの中の平穏に安住しようとしていた気持ちが、どこかに吹き飛んでいることに冷泉は気づいていない。藁にも縋るような気持ちで目の前の少女に問いかけている。

 

「楽になりたいのではなかったのですか? 」

 

「……その気持ちは嘘じゃない。けど、俺のせいであいつらが不幸になることは許せない。俺だけが逃げるわけにはいかないじゃないか。できるのであれば、今すぐ戻ってみんなの力になりたい。どうすればいいんだ? 何をすればいい? 帰られるのなら、代償は問わない」

 

「ふふふ」

突然、赤城が笑い出す。

 

「どうしたんだ? 」

怪訝そうに冷泉は彼女を見る。

 

「……すみません。本当にあなたは艦娘たちの事が心配なんですね。死んでなお、彼女たちの事を案ずるのですから」

 

「そりゃそうだろ? 俺の部下だったんだから。あいつらが不幸になるなんて絶対に認められないんだ。……俺はお前達の前世の、太平洋戦争での戦いやお前達の最後がどうだったを詳しくは知らない。けれど、みんな日本って国を護るために散っていったんだろう? そして、今、お前達は再び蘇らされ、また、人間のために戦い、死ぬことを運命づけられている。人間達の身勝手な目的のために利用されている。それが軍艦として生まれたお前達の運命だと受け入れているのかもしれないけれど、俺はその運命をねじ曲げてでも、お前達を不幸にさせたくないんだ。それがどんなに困難で、過酷な事だろうとしても、やらずにはいられない。お前達を戦いに駆り立てる人間の中に、そんな奴が一人くらいいてもいいだろう? 」

 

「そんなややこしい言い方をしなくても、好きな女の子を護りたいって言えばいいだけなのに……」

 

「え? 」

赤城の呟きを聞き取れなかった冷泉は問い返す。

 

「いえ、提督はやはり鈍感な人なのですねってことです」

そういって赤城は微笑む。

「こりゃあ加賀さんもこれから大変だって心配しちゃいます」

 

「それどういうこと? 」

 

「金剛さん、高雄、羽黒、祥鳳、夕張、神通、島風、叢雲、不知火……把握できるだけでもライバルがこんなにいて、おまけにその相手がありえないほど鈍感で優柔不断なんですから。呆れてしまいますよ」

冷泉の問いにため息をつきながら赤城が答える。

「女の子の気持ちをもう少しくらい考えてあげて下さいよ。さすがに可哀相すぎます」

 

「ああ、そのことか」

冷泉は赤城の意図を知り、納得する。

「さすがに、俺もそこまで鈍感じゃないよ。みんなが俺に好意を寄せてくれているっていうのは知っている。けれど……そんな簡単なことじゃない」

 

「優柔不断は良くないですよ。彼女たちみんなが可哀相じゃないですか。そして、提督の態度は、結果的に彼女たちの心をもてあそぶことにもなるんですから」

言葉は丁寧だけれど、そこには批判めいたものが含まれているのに気づかない冷泉ではない。

 

「だが、しかし、どうにもならない事があるんだ」

 

「それは、どういうことですか? 事によっては、私は提督を軽蔑することになるかもしれませんが」

 

「……」

冷泉は、思考する。ここでこれ以上の話を打ち切ってもいいが、男として、人としてこのまま黙っているわけにはいかなかった。冷泉の心の中に、誰かに自分の苦悩を知って貰いたいという気持ちがあったからだ。一人、心に閉じこめたままの感情をもてあましていた。

「……そうだね。赤城になら話しても問題ないかもしれない」

そう言うと、冷泉は語り始めた。

赤城は、現世に存在する者では無い。だからこそ、話すことができるのかもしれない。本当のこと、すべてを話すことができる。

 

冷泉が違う世界から来た事を。

 

舞鶴鎮守府には、そもそも別の提督がいて、彼がいなくなった代わりに自分がその座に就いた事を。

 

そして、艦娘達の記憶操作がなされ、前任の提督の記憶は抹消され、その代わりに冷泉朝陽という提督との記憶として置き換えられた事を。

 

「金剛や、他のみんなが俺に対して好意を持ってくれているのは、さすがの俺でも分かるよ。分かっているんだ……けど、それは俺に対するものじゃないんだよ。俺じゃない、前任の提督に対する好意……いや、それは愛というものだろうね。彼女たちは、記憶を改ざんされた結果として、俺が彼女たちの前任の提督への愛情を引き継いだだけのものなんだ。だから、彼女たちの好意は、俺に対する物じゃない。だから、応えることなんてできない。けれども、彼女たちの気持ちを間違いだと否定することもできないんだ」

吐き出すように想いを言葉にする。赤城は黙ったまま、冷泉を見つめている。

「前任の提督の事については、彼女たちに明かすことは絶対にできない。もっとも、本当の事を話したところで、彼女たちは信じないだろうからね。彼女たちの記憶の中では、前任の提督との記憶も俺との記憶になってしまっているんだから。だけど、それは真実じゃない。俺はみんなのことが大好きだ。その気持ちは愛に近いものと言ってもいい。この気持ちは本物だ。だけど、彼女たちの俺に対する気持ちは、俺へのものじゃないんだ。そんなのに応えられるわけがない。応えちゃいけないだろう? 俺はあいつらを騙したくない。だから、中途半端な対応しか取れないんだ……よ。卑怯かもしれないけれど、俺にはこれ以上のことはできない」

 

「お優しいんですね、冷泉提督は」

しばらくの沈黙の後、赤城はそう言った。

 

「優しいんじゃない。……卑怯なだけだよ。あいつらに本当の事を言わなければならないけど、それを言ってしまえば、俺はこの国の政府との約束を破ることになる。そうなれば、軍からは放逐されるだろう。そうなったら、この世界と何の繋がりも持たない俺は、野垂れ死ぬかもしれない。身分証明すら持っていないからね。仕事に就くこともできないだろうし、住むところも確保させてくれないだろう。お金も持っていない。盗みでも働かないと生活ができないだろうな。そもそも、この世界のイレギュラーな存在を生かしておいてくれるとも思えない。だから、怖いだけなんだよ。ただの自己保身さ」

今までずっと心の中に抱え込み、悶々としていた感情を吐き出す事ができ、少しだけではあるが冷泉は気持ちが晴れやかになるような気がしていた。扶桑にもそれなりには話しているが、あれは彼女を納得させるためだけに話した事だから、全てではなかったのだ。

 

「そんな事があったのですか……。提督、お辛かったでしょうね。本当の事を言えない苦しみ、よく分かります。……けれど、安心しましたよ、私は」

何故だか満足げな顔をする赤城。

 

「俺の話から何が安心なのか、よく分からないけれど」

 

「提督が本当にお優しい人で、艦娘のことを本気で心配し考えて下さっている人であること、そして、人格もすこぶる優れた人であることが分かったからです」

 

「ただの卑怯者だと思わないのか? 」

 

「いえいえ。誰でも提督のお立場ならそうせざるを得ないでしょう。気に病むことはないですわ」

随分と軽く応える赤城。……心持ち何故だか嬉しそうに見える。

 

「そうなのかな……」

 

「ええ。提督は素晴らしい方です。恐縮ですが、私の御眼鏡に適う男性です。……これなら安心して加賀さんをお任せできますわ」

 

「はあ? どうして、そんな結論が導き出されるんだよ」

冷泉としてはかなり真剣に話したのに、肩すかしを食わされた気分になる。

 

「いえ、舞鶴鎮守府の提督LOVE勢は結構強力な布陣ですから、加賀さんでも苦戦すると思って心配していたんです。恋愛経験も無いですから、男性に対しては積極的で無い上に、ご存じのように感情表現が苦手な彼女です。提督に対しても本当の気持ちを伝えるのに随分と時間がかかるんじゃないかなって思ってました。そんな彼女が鎮守府の提督に好意を持っている艦娘達と互角にやりあうのは、正直なところ難しいかなって思っていました。けれど、提督のお話を聞いて安心しました。提督は彼女たちに対しては、前任の提督とのかねあいで絶対に手は出せないことを確認できましたからね。これは勝機は加賀さんにありですわ」

探偵のような仕草で赤城が語る。話はどんどんとずれて行っている。

「ああ、提督のお気持ち、苦しまれている事はよく分かります。とてもお辛いでしょうね。けれど、提督のお気持ちについて配慮するより以前、私は加賀さんの親友なのです。常に加賀さんの立場に立ったものの見方しかできません。提督の葛藤はお辛いことだと思いますけれど、それはそれです。この状況は加賀さんにとって有利。だから嬉しいのです。自分勝手な考えなのは重々承知の上なのです。」

 

「だから……俺は、どの子の気持ちにも応えられない」

 

「それは、提督が舞鶴鎮守府に着任される前の事ですよ。加賀さんは提督が着任された後に来ました。だから、加賀さんが提督の事を好きになったのは、提督ご自身に対する愛情であることは間違いありませんよね。だから、提督は、安心して彼女の好意に答えてあげることができますよ。そして、彼女なら、あなたの苦しみを癒してくれるはずです。仏頂面で無愛想かもしれませんけど、根は可愛い子なんですよ。親しくなれば、そんな一面も見せてくれますから」

自分の事のように嬉しそうな顔で彼女は笑う。

赤城の言うこともある面から見れば正しいのだろう。けれど、はいそうですかと言えるような問題ではない。そもそも、加賀が冷泉の事が好きかどうかなど、本人に確認したわけでもないのだから。

そして、今はそんなことよりやらなければならないことがある。それは赤城が言い出した話だ。

 

「そのことについては、向こうに戻れたらの話だよ。今はそこまで気が回らない。……今はそんな場合じゃ無いんだ。それは君だってわかるだろう? 向こうに戻ることができるって君は言ったね。それを教えて欲しいんだ。今すぐ」

 

「……戻ることができたら、きちんと考えてくれますか? 」

先ほどまでの冗談めいた話し方を突然やめ、赤城が真面目な顔で問いかけてくる。

 

「考える事は考えるが、結論が出るかは分からない」

 

「じゃあ無理です」

突き放すような言葉。先ほどは悔いはないのかと責めてきたのに、今度はどういうことなのか。

 

「ふざけるのはやめてくれ。俺は元の世界に戻らなきゃならないんだ。君だってそうするように言ったじゃないか。一体、どういうつもりなんだよ」

話しながら少し苛立つ。

 

「ふざけているつもりはありません。私は本気なのです」

 

「だから、何がだよ」

 

「私は既に戦いで沈んだ存在です。軍艦ですから、戦いの中で沈むのは本望。その運命を恨むことはこれまでに沈めた敵に対して失礼だと思っています。運命は運命として受け入れるのはやむをえないと思っています。生田提督の事が心配ですが、あの人は強い人です。今は消沈していますが、すぐに立ち直る筈です。そうでなければ私が好きになった人ではありませんからね。けれど、加賀さんのことだけは気がかりなのです。彼女は命令とは言え私を攻撃したという罪の意識に苛まれ、ずっと苦しんでいると思います。そして自分を追い込んで追い込んで後悔し続ける。そんな子なのです。私は彼女には幸せになって欲しい。たとえ、そのために誰かが悲しもうともそれはそれで仕方ないと思っているのです。……勝手なエゴかもしれませんが、これが偽りのない私の本音なのです。彼女はあなたに好意を持っています。そして、それが唯一の拠り所となっているのです。だから絶対に叶えてあげたいのです。そのためになら、どんな卑怯な手を使っても構わないと思っています。提督が約束するまで、帰る方法を教えないといった手段を使ってもね」

冷泉からすると、どう見ても自分勝手な考えを冷泉に押しつけようとしているのは分かっているが、赤城の気持ちが理解できない訳でもなかった。

「さあ、どうします? 約束するなら、加賀さんの気持ちを受け入れるのなら帰る方法をお教えしますよ。嫌なら何も教えません。このままここに留まることになります。……提督、加賀さんのことがお嫌いですか? 彼女は見た目はかなり綺麗だと思っていますし、胸も大きいしスタイルも抜群ですよ。内向的な部分もありますけれど、心を許した人には結構話もしますし、面白いこともいいます。優しいし結構気がつくんですよ。絶対に提督も気に入ると思います。他の子の事は提督も仰っていたように、前任の提督の事を好きだっただけで、あなたに対してはどう思っているかは不明なのでしょう? 仮に提督が他の子を好きになったとしても、その事が心に引っかかっている限り、あなたにはどうすることもできないのでしょう? だったら、加賀さんを好きになることに何の障害があるというのですか」

 

「……ごめん。それでも俺は君の提示する条件をのむことはできない。約束をすることはできない。たとえ、帰れないとしても、できない」

 

「加賀さんの事が嫌いなのですか! 」

 

「いや、そうじゃない。加賀の事は好きだよ、もちろん。けれど、他の子達もたとえ前任の提督への好意が俺に向けられているだけだとしても、俺は彼女たちも好きだ。大切な存在だし、護らなきゃならないと思っている。……いや、そうじゃないな。みんな大好きだけど、それを決して彼女たちには伝えちゃいけないと思っている」

 

「それはどういうことでしょうか」

 

「俺は鎮守府司令官であり、彼女たちの上司だからだ。俺は彼女たちを死地に追いやる立場にある。人間のために死ねと命令しなければならない立場にあるんだよ。みんなを護るって言っているのも、その組織の中で死なさないように努力するというだけで、彼女たちを軍艦という立場から解放するなんてことはできないんだ。そして、できる状況でもない。そんな人間が彼女たちに愛しているなんて言っちゃいけないし、いわんや彼女たちに愛されるなんて望んじゃいけないんだ。俺は結局のところ、すべてが偽善なんだよ。俺は、彼女たちを利用する立場の存在でしかないんだから……。俺は彼女たちに愛されるような存在なんかじゃない。……だから、約束はできない。けれど、俺は帰らなければならない。彼女たちをより不幸にはできないんだから。卑怯者でもなんとでも言われてもいい。どんな汚名でも着よう。だから、帰る方法を教えてくれ、頼む」

冷泉は深々と頭を下げた。

 

「あーあ」

何か諦めたような声が聞こえた。

「流石に加賀さんが好きになるだけの事はありますねえ。さっき、艦娘達があなたの死にショックを受け、落ち込み、疑心暗鬼になり、いがみ合っているっていいましたけど……あれ、全部嘘です。あなたの旗下の艦娘たちは、あなたが戻ってくることを信じて、いつ戻ってきても大丈夫なようにそれぞれが準備をしています。もちろん、加賀さんもです。みんな強い子たちですね」

少し呆れたような口調で赤城が伝える。

冷泉は瞬間的に動きが止まってしまったかもしれない。呆然とした顔でいたのかもしれない。


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