扶桑と金剛が病室を出て行った後、冷泉は、どうすればいいのか思考していた。
頭に浮かんだ疑念は、なんとかして解決しないといけないとは思うけれども、先にやるべきことがある。
現状把握と打開策の模索である。
まずは、この世界がどういうものか、自分が居た世界とどう異なるのかを知る必要がある。そのためにはまずこの部屋を出る必要があるのだ。艦これの世界がどんなものなのかを知っておかないと、何もできないからね。
幸い、扶桑、金剛からはこの部屋から出てはいけないとは言われていない。つまり部屋を出たところで決して責められることはないんだ。
なぜか足音を忍ばせて扉の前に立ち、向こう側の気配をうかがう。
……病室の外には見張りは立たせていないようだ。
別に冷泉が囚われの身というわけではないから、当たり前なんだけれど。
ゆっくりと扉を少しだけ開き、確認をする。
病室の外は廊下であり、窓からは海が見える。そっと廊下に出るが辺りに人の気配は無い。
妙に静まり返っている。
朝まだ早いから人の気配が無いのだろうか?
しかし……だ。病院なんだから、入院患者や看護師とかが一人や二人いたっておかしくない。入院施設があるのだから当然、入院患者の家族だって宿泊していたりしそうなもんだし……。
それにしても、不思議な雰囲気だな。
扶桑たちはどこにいるんだろう? そんな事を考えながら歩いていく。もちろん警戒を怠らずに歩いていく。
それにしても、ただっ広い建物だ。
病院という公共施設なのに案内図がどこにもないから、今どこにいるとか、どのくらいの規模の施設かさえよくわからない。
ただ、今居る場所が二階であり、上への階段もあるようなので少なくとも三階建てではあるようだ。
窓からの景色でわかる範囲では、この建物を中心にコの字型に4階建の建物が配置されている。だから、冷泉がいる建物も4階建なんだろうと想像できる。他にもごちゃごちゃと建物があるようだが、それらがどのような役目を持っているかわからない。増床増床で建てまして行った結果なのかもしれないけれど。
そんなことを考えながらも歩みを進める。
病院の敷地はここから見ても結構広い。駐車場らしき舗装され線引きされた枠が結構な数見えるが、車は、オリ-ブドラブ色に塗装された物資輸送車両のような幌をかけた六輪のトラックが数台停車しているだけだ。形も自衛隊のトラックみたい。
ん?
艦これの世界なのに自衛隊のトラックがある? するとこの世界は時代設定的には冷泉がいた時代に近いということなのか?
そうだったら、少しは嬉しいな。コンビニとかあった方が便利だし、ネット環境も必須だ。テレビも観たいし、漫画も読みたい。戦前の時代だったらそんなもん存在しないから対応できない。
マジ、個人的願望なんだけれど。
しかし、自分がいた時代には舞鶴鎮守府は存在しないし、日本海軍もない。
自衛隊と日本軍が共存していること自体ありえない、もう、カオス状態って解釈をしろということかな。
それはそれで艦これの世界みたいなもんかもしれない。良いか悪いかは別として。
敷地の向こうにはビルらしきものが点々と建っているようだが、ほとんどが空き地のようだ。そして遠くの方に海が見える。
方角は良くわからない。
これだけでここが何処かなんて想像もつかないな。
あーだこーだ考えていると階段が見えた。さて上に昇るか下へ降りるか……などと考えていた時、廊下の影から人影が見えたような気がした途端
「きゃっ!! 」
なんか悲鳴のような声を聞いたとゴチンという音と同時に衝撃が走った。
人と衝突したのだけはわかった。
女の子?
水色の長い髪の女の子。
真っ白なワンピースのセーラー服を着ている。
二人はお互いまったく存在を認識せずに出合い頭に衝突したため、受身も取れずそのままもつれるようにして転倒していく。
やべっ、階段に落ちる。。
必死で踏ん張ろうとしても無理だった。
自分だけなら持ちこたえられそうだが、女の子はまともに階段を転げ落ちる。
このまま転落すると、彼女は無事じゃ済まない。
そう思った途端、体が勝手に動いた。
どうにでもなれ!
冷泉は女の子の体を引き寄せ、きつく抱きしめると彼女を庇う様にし自由落下運動に身を任せた。
ふわりとした浮遊感。
宙を待ったのは数秒か?
それはすごく長く感じられた。
次の刹那、激しい衝撃が背中を襲う。
激痛!
また激痛。また頭を打ったかも。
「ぐはっ! 」
背中をまともに打った衝撃で呼吸が止まり息ができない。
少し意識が飛んだように思えた。
―――。
ごくごく近い場所に人の気配を感じた。
「う、ううん……」
なんか凄くいい香りがする。
冷泉が目を開けると至近距離に女の子の顔があった。
眉の上で切りそろえたぱっつん前髪。水色のロングヘアが彼の顔に少しかかってくすぐったい。
陶器のように白い肌。
あまりに近い距離なので、はっきりとその顔を認識できない。
彼女も気がついたようにこちらを見たと思うと、唐突にその大きな赤みがかった瞳が驚きと困惑のためか、さらに大きく見開かれた。
何で驚いているような顔をしているの?
不思議に思ったけど、その原因がすぐに判明する。
彼女と冷泉の唇がまともに触れ合っていることに。。
そして、どういう訳か右手がなにやら小さな柔らかいものをわしづかみにしていることに。
まあ、その柔らかいものは彼女の胸の位置にあるんだけれども。
艦これの世界と思っていたら、これってなんだかラノベっぽい展開なんじゃない?
現在読んでいる、ぼっちの癖にやたらと美少女にモテまくり、なのに一人を選べないヘタレ主人公のお話がなぜか思い出された。
ああ、これは現実逃避なのかな。
そして冷泉は、ラノベ展開において近々に訪れるであろうカタストロフィを予感し、それを避けることができないという設定から目を背けようとした。
運命の歯車は廻り出す。
これ即ち、人は好むと好まざるとに関わらず運命の渦に巻き込まれ、翻弄されるのだ。
ならば、あえて踊ろう。運命の渦というものの中で。
冷泉は、やけくそ気味に宣言した。