まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第79話

自分がなすべき事……。

もちろん、いろいろある……。いや、あったというべきだ。

なにもかも、今はもう、過去の事でしかない。

 

舞鶴鎮守府のみんなを護る事。自分を信じてついてきてくれる彼女たちの期待に応えたい。

そして、絶望に囚われたままの彼女を……加賀を立ち直らせたい。ほんの少しだけでも良いから希望を与えてあげたい。

 

それらすべては、志半ばで絶えてしまった想いではあるけれど、その願いだけは本気だった。

けれども、想いの強さだけでは何も変えることなんてできない。何かを成し遂げるには様々な環境を揃えなければできやしない。……もっとわかりやすく言えば成し遂げるだけの能力が、そして資格が無ければ、本当は願うことすら許されないんだ。

 

そして、残念ながら自分はそのすべてを持っていなかった。だから、この結果があるんだ。

 

だから、仮に時間を巻き戻し、すべてをやり直すことができたとしても、結局、同じ過ちを繰り返すのだろう。未来を知っていたとしても運命に抗うことができず、同じ結末を迎えてしまう。そんな未来しか無い。

過去は変えられない。けれど、未来は変えられるんだ! そんな事を真顔で言う映画があったと思う。昔はそれを凄い! って感動してた。けれど、本当は違った。どんなにがんばったところで変えられない現実は存在するんだ。能力が、資格がなければそもそも不可能な事があるんだと。死んで生き返るという絶対的奇跡を叶えられたとしても、それをひっくり返すことはできない。

 

だから、こう答えてしまう。

「ははは……特に無いよ。いや、無いことはないけど、死んじゃったんだからもう無理だし……ね」

 

「本気でそう思われているんですか? 」

そう言ってじっと見つめてくる。その瞳を見つめ返すことは、今の冷泉にはできない。彼女の瞳は眩しくそしてまっすぐで、とても痛いんだ。だから、無意識のうちに彼女から眼を逸らしてしまう。そして、はぐらかすように答える。

「それはそうと、君もここに来たんだ。……よかった。ここの雰囲気はすごくいいと思うんだけど、正直、一人だと寂しいって思っていたんだよな。誰か話し相手がいたら……それも君のような子だったら、すごく嬉しい」

 

「あなたは、このままでいいのですか? 本当にそれでいいのですか? 」

問いかける声。それは、意図せず冷泉を責め立てる言葉。

「このまま現実から目をそらし、逃げるだけで満足なんですか? 」

 

「何を言っているのかよく分からないんだけど……。さっきから言ってるんだけど、そもそも俺は死んだみたいだし、死んだものが生き返るなんてことを夢見るなんて事はあり得ないよ。願ったところで叶う話じゃない。それに、はじめてあった人に説教されて、はいあなたの言うとおりですって納得するような道理なんてないよ」

気持ちが少しいらだったせいか、言うことが否定的断定的になってしまう。流石に言い過ぎたと感じた冷泉は、へらへらと笑いながら、少し冗談めかした話へと逸らそうとするのだ。

「……それはそれとして。ここに来て気づいたんだけどね。死ってやつは孤独なもので、死んだら一人だと思っていたけど、実際は違ったんだな。赤城、君がここにいるもんな。君が居てくれたらこの世界も寂しくなんてないよね。だから、叶いもしない訳の分からない事を考えたりするよりも、もっと君と楽しい話をしている方が俺は嬉しいな」

そして、照れたように笑った。冷泉としては、彼女の質問に対する回答をはぐらかすつもりで言ったつもりだったが、真意は伝わったかわからない。

赤城は真剣そうな顔でこちらを見たまま無言だ。ゲームの中のごくごく僅かなセリフの中での想像でしかないが、彼女はこんな感じだっただろうか? 質問にきちんと答えなかったから怒ってしまったのだろうか?

「……ええと、赤城? 」

と心配になって言葉をかけてしまう。

 

彼女は冷泉を見ると、どうも彼女は目を見て話す癖があるようだが、思い詰めたような感じで答え始める。

「冷泉提督……もし、間違っていたらすみません。今、あなたが仰った事なんですが、それって、もしかして。私を口説いているつもりだったのでしょうか? もしそうだとしたら、それは、……はい、とても嬉しいことですが、提督もみんなから聞いてご存じかもしれませんが、私は生田提督の事を今でもお慕いしているのです。……ですから、、申し訳ありません。あなたのお気持ちにお答えすることができません。それから、少し失礼かもしれませんが、そもそも死んでまで手近な女を口説こうなんて言う神経をしている人って私には理解できないですし、信用できません。正直言って、とても気持ち悪いですし、まかり間違っても私があなたの想いに応える事なんてありえないと思います。こんなことを言うのは提督という階級の方に言うのは失礼だとは認識しているんですが、あえて、はっきり言いますね。どう考えても無理です……ごめんなさい」

そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

割と厳しい事をズバリと言われ、その気が無かったとはいえ、その言葉でかなり傷ついてしまった冷泉は、肩を落としてため息をついてしまう。

「ひ、酷いなあ」

そうやって乾いた笑いをするのが精一杯だ。ちなみに赤城が言った生田提督という人物は、今の横須賀鎮守府の司令官、つまり加賀に深海棲艦化しかかった赤城を沈めるよう命令した奴の事だ。

 

「傷つきましたか? 」

と赤城は真顔で聞いてくる。

 

「……ああ、わりとね」

 

「提督が本気で私を口説こうなんてそんなことを考えているとは思っていませんが、加賀さんのあなたへの気持ちを知っているので少しカチンと来てしまい、ちょっと言い方が不味くなってしまいました」

 

「え? 加賀の気持ちって……。君は俺が加賀と会う前に沈んだはずだろう? なのに何故? そういえば俺のことも名前くらいは知っているかもしれないけれど、他のこともどうして知っているんだろう」

 

「それは私にとっても不思議なことなんですけれど、沈んでこの世界を彷徨いだしてから加賀さんの声が聞こえるようになったんです。彼女はいつも私に話しかけてきてくれます。日々、何を思い何を考えているか、何を見て何を感じているかを知ることができるんです」

赤城の言うことをまるまる理解できる訳では無いけれど、それが事実であるならば何となく納得できる。

 

「だったら、君が彼女に話しかけて励ましてやってくれたら良かったのに。そうすればあいつもあんなに悲しむことなんて無かったはずだよ」

 

「そうですね。それが出来ればどんなに良かったか」

 

「それはどういう事なんだい? 」

 

「当然、私も彼女に何度も話しかけました。それは何度も、何度も。けれど私の声が彼女に伝わることはありませんでした。どんなに必死に叫んでも、彼女には私の声は聞こえないのです。加賀さんは私を自分の手で殺めたことでずっと自分を責め続けていました。悲しんで悲しんで、苦しんで苦しんで、命令とはいえ私を殺さなければならなかったこと、そしてそれに逆らうことができなかったことで自分を責め、ずっとずっと私に謝り続けてきていたんです。朝から晩まで泣きながらそんなことをずっと繰り返す彼女に、私は何も出来ない、慰めの言葉さえかけられない事がとても辛く悲しかったです……。加賀さん、あなたは何も悪くない。だからそんなに泣かないで、苦しまないで。生きることを諦めるような事をしないで。その言葉が届けばどれほど良かったか。けれど、それは叶いませんでした」

この世とあの世では言葉が届くはずもない。赤城にとっても、加賀にとっても、なんという惨い事だろう。親友を殺したという罪の意識で苦しみ続ける事。過ちを嘆き続ける親友の姿を見せ続けられる事。冷泉では耐えられない苦しみなのだろう。

 

「そうか……。それは辛いな」

 

「けれど、永遠に続くようなその悲しみにもいつしか変化が起こってきたのです。それは、冷泉提督……あなたに会ったときからです」

 

「え? 俺と会ったとき? 確かに俺は加賀が君を死なせたことで生きることを諦めた事を知ったから、なんとか立ち直って欲しいって思っていろいろやったけど。……結局、何もできなかったけどな」

 

「そんなことはありません。確かに、加賀さんは、いつ終わるともしれない苦しみから逃れるため、常に彼女は死に場所を求めていたようです。けれど、艦娘は自分の意志では死ぬことはできない存在。……戦いの中で沈むことでしか、それは叶うことはありません。そのためには出撃するしかない。けれど、加賀さんほどの戦力の正規空母がわざと沈むような事があったら、艦隊にとってはとてつもない大きな戦力ダウン、大きなダメージとなります。当然ながら、戦いは不利になるでしょう。そうなれば巻き添えで沈没する子が出てしまうかもしれない。いえ、間違いなくそうなるのでしょう。だから、彼女にはそれができない。それはできない子なのです。ご存じのように加賀さんは、無口で無愛想ですし、人前でほとんど笑うような子ではありませんが、誰よりも優しく、そして誰よりも脆い子なのです。自分のせいで誰かが死ぬことなんて絶対に許せない子なのです。そして、鎮守府の仲間が沈んだらみんなが悲しみます。当然、みんな仲間ですからね。だからこそ、加賀さんは他の艦娘の子達との交流を極力避けようとするんです。心を通わせてしまえば、当たり前ですが情が移ります。仮に加賀さんが死んだとき、誰かが悲しんでしまいます。彼女はそれが許せない。認められない。だから、たとえ仲間であろうとも必要以上の会話や交流をしようとはしません。それでも彼女に接しようとする人には、あえて冷たく接し、突き放します。全ては、自分のことで誰も悲しませたくないから。悲しんで欲しくないからです。本当はみんなと仲良くしたい。笑いあいたいはずなんですけれど。……だからこそ、彼女の心の中に無遠慮に踏み込んできた提督を激しく拒否したのでしょう」

 

「無遠慮……か。確かにそうかもしれないな。俺は自分の考えをあいつに押しつけ過ぎたのかもしれない」

たとえ、良かれと思ってしたことでも、相手にとっては迷惑なこともある。それは仕方の無いことだけれど、やはり加賀にとっては迷惑この上なかったのだろう。

 

「あ、すみません。ちょっと言い過ぎました」

と、落ち込んだ冷泉を見た赤城は慌てて否定する。

 

「え? 」

 

「確かに、最初は無遠慮この上なく、そして自分勝手に彼女の心の中に踏み込んで来たあなたを彼女は鬱陶しく思っていたのは事実です。加賀さんにああしろこうしろ、俺が護ってやる、助けてやる……。確かに、加賀さんのことを気遣っての言葉、行動でしょうけど、彼女への気遣いがまるでありませんし、あまりにくさい台詞でしたし。聞いた私も少し恥ずかしかったですもの。だから、冷たく拒絶したんです。これ以上、自分に構わないで、と」

 

「俺は自分なりに彼女を励まそうとしたんだけど」

どうして良いか分からなかった。けれど、悲しみの中に閉じこもり自分を責め続けるだけの加賀をどうにかして救いたかった。その思いだけで動いた。経験が無いから、気の利いた言葉なんて浮かばなかった。それでもなんとかしたかった。それだけは本当だ。

 

「否定しているわけではありません。たとえ、不器用な言葉でも心がこもっていれば必ず伝わります。提督の気持ちは加賀さんにも通じていましたよ。最初は迷惑がっていた彼女も、いつしかあなたの気持ちを受け入れていましたからね」

 

「けれど、ずっと俺を避け続けたし、反抗的だったし。だから俺もムキになってしまって、厳しい言葉も言ってしまった」

なんで判ってくれないんだ! そう思って何度も怒鳴ってしまった記憶が蘇る。

 

「あなた以上に加賀さんは不器用ですからね。素直でないのです。もともと感情表現ってのが苦手な子でしたし。そして、それ以上に怖かったのでしょうね」

 

「何が怖いんだよ。全くわからないんだけど」

 

「あなたや舞鶴の艦娘たちと仲良くなったら、また別れる時が来るでしょう。深海棲艦との戦いは避けることのできない現実ですからね。戦えば必ず犠牲者が出る。そうなった時の事を思うと、怖かったんでしょう。大切なものをまた失ってしまうのが」

 

「そんなことは絶対に無い! 俺は誰も死なせない。たとえ俺の命に代えても、艦娘は護るんだ」

とっさにその言葉が出た。冷泉が何よりも優先した事。護れなかった言葉が。

 

「けれど、加賀さんの心の中で冷泉提督の存在が日に日に大きくなっていっていました。反抗的な態度を取りながらも、拒絶しながらも、それでも彼女が意識しないうちに提督の事を目で追っていたのです。それは、司令官に対する信頼も含まれていますが、それ以外の気持ちが含まれていました。それは加賀さんが一番恐れていた感情でもあります」

冷泉の動揺を気づきながらも、それについては何も言わず、赤城は話を続ける。

「舞鶴鎮守府にこれ以上長くいれば、冷泉提督の側にいればいるほど、その気持ちは大きくなっていき、やがてその感情を抑えることが出来なくなる。それは、絶対に許せないことだった。なぜなら、それは加賀さんが二度と持たないと誓った気持ちだったからです。……だからこそ、彼女は一人で出撃したのです。自らの命を絶つために……」

 


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