まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第68話

絡み合った蔦は、思った以上にあっさりと千切れていく。ぶちぶちと音を立てて簡単に。これならそんなに時間がかからない。加賀をここから救出するのは予想以上に簡単かもしれない。

瞬間ではあるものの楽観的な考えが浮かんだが、それが甘すぎる考えであることを見せつけられてしまう。

 

なんと、蔦は自らが意志を持つ一つの生命体のように、冷泉の行動を攻撃と判断し、防御態勢を取り始めたのだ。目に見える速度で茎が変形を始める。茎の全体が突起を始め、棘の形状となっていく。

蔦は茎針を装備し、冷泉の行動を阻止しようとするのだ。さらに先ほど引き千切った茎の断面からは樹液があふれ出しており、その樹液に触れた上着の袖部分には小さな穴が開いていた。幸い皮膚に触れることはなかったから被害は無かったが、もし直接触れるようなことがあったら、強酸を素手で触ったときのように火傷を負っていただろう。

棘と酸。

なかなかやっかいだ。

 

「……」

冷泉は僅かな時間、躊躇する。

樹液については、それほどの量が出るわけでは無さそうなので、それほど問題視しなくてもよさそうだ。けれども刺は平均して長さ5ミリ程度。薔薇の茎のようにびっしりと生えている。おまけにかなり堅そうだ。厚手の手袋でもあればいいのだが、そんなものは持っていない。

 

「……もう諦めて逃げたらどうですか。私のことは放っておけばいいでしょう? 」

囚われの加賀が、冷泉の躊躇を看過したような冷めた声で話す。

「もともと、私と提督は無関係な者同士なのですから。所詮、ただの他人。気にすることは何も無いわ」

 

「ふざけんなよ。今更そんなこと言えるかよ」

加賀の言葉に思わず苛ついてしまう冷泉。

それでも、それ以上は文句は言わず、上着を脱ぐと両手で掴み、くるくると手に巻き付ける。

この程度では厚さに問題があるかもしれないが、それでも少しは使えるだろう。

上着を簡易の手袋とした冷泉は、再び加賀に絡みついた蔦を掴むと引きちぎる。

ぶちぶちと千切れる音がする。

 

「……お前を見捨てるわけがないだろう。今すぐここから助けてやるからな」

加賀に対する文句を言いながら、冷泉は作業を続けた。

動くたびに負傷している箇所が痛み、そのせいで踏ん張りが効かなくなるが、必死に耐えて作業を続ける。切断面からしみ出してくる酸にも注意を忘れない。

 

それでも予想以上に作業は効率よく進み、蔦に囚われていた加賀の全身が見えて来た。

 

これなら救い出せる……。こんな俺でもできる。できるんだ。きっとやりきれる。自分に言い聞かせるように作業を続ける。完遂できる目処が立ち、ホッとする。

 

そう思った時に両手にズキリとした、かなりの痛みが走る。作業をしているときからその感覚はあったのだけれど、なんとか我慢してきていたそれが、無視できないものになっていた。

恐る恐る見ると、両手に巻き付けた上着が穴だらけでボロボロになっていた。棘は刺すだけでなく、鋭利な刃物のように上着を切り刻んでいたのだった。もはや棘から手を護るのはかなり難しい。それでも何も無いよりはマシという状況だった。

冷泉は再び上着で両手を覆いなおすと、作業を再開する。あと少し頑張れば、彼女を救い出すことができるのだ。その想いだけで作業を続ける。

 

掴むたびに両手に痛みが走る。手を握るだけでもう大変な痛みだ。棘は手を護るために巻いた上着の生地をあっさりと貫き、手を指を切り刻み始めているのだろうか。その痛みは繰り返すたびに酷くなり、我慢できないほどの痛みになっていく。流石に限界に来て動きを止めて手を見ると、手に巻き付けた白かった上着が血で赤く染まっていた。

恐る恐る上着を取り除いてみる。その作業をするだけでも痛い。

そして後悔する。見なければ良かったと。

手のひらの皮膚が棘で切り刻まれ、まるでザクロのようになっていた。

見なければ良かった……。それを見ただけで痛みが三倍は増してしまったようだ。

 

「やめて……提督、もう止めて下さい。それ以上は無理でしょう? そんなになってまで私を助ける必要何て無いでしょう」

加賀も冷泉の傷を見てしまったようだ。思わず顔を背けてしまっている。

 

「あと少しなんだよ。これくらいの怪我、治療すればきっと治る。だから、あと少しだけ辛抱しろ。ここから出してやるからな」

大きく息を吐くと、覚悟を決め、再度、ボロボロになった上着を手に巻き付け保護する。役に立つかどうかは分からないが、これしか手がない。否、たとえ両手が駄目になったって構わないんだ。ここで止めるわけには、このまま終わらすわけにはいかない。

 

幸いなことに、あまりに酷い痛みが続いたせいか、両手が痺れてしまい、痛みの感覚が無くなっていた。たとえ染み出してきた樹液が傷口に染みたとしても、ほとんど認識できなかった。

 

だから、痛みで情けなく悲鳴を上げることもなかった。

指先の感覚など、もう無い。分厚い手袋でもしているように指の感覚は無い。

「少しだけ辛抱しろ、もうすぐお前を助け出せるからな」

冷泉の言葉に加賀はもう何も言葉を返さなかった。

 

パン!

 

刹那、背後で何かが破裂するような音がした。そして風を切って何かが飛んでくる音。

咄嗟にその方向を振り返る冷泉。

視野を何かがこちらに向かって飛んでくるのが微かに見えた。反射的に左腕で防御する。次の瞬間、腕に衝撃が走り、その衝撃で左腕を持って行かれそうになる。同時に何かが刺さったような感触。それは驚くほどの激痛を伴った。

慌てて痛みのする箇所を見ると、太さ2センチ程度、長さ30センチ程度の先端が尖った棒状のものが左の二の腕を貫通し、その先端を5センチほど突きだしていたのだった。

「な……に」

痛みのせいなのか、それが何か咄嗟に理解できなかった。

どう考えても矢のようなものがどこかから打ち出され、冷泉を襲ったとしか思えない。腕を貫いた矢状のものを引き抜こうと考え、手がボロボロになっていて掴んで引き抜くなんてことができないことを思い出し、諦めた。

今は矢状のものが飛んできた場所の特定が先だ。冷泉は背後を振り返る。

 

飛んできた方向は背後。そして、そこは冷泉が無理矢理入ってきたドアがあった場所。

確か、壁には天井から床にかけて太い蔦のようなものがびっしりと覆いつくされていたはず。

 

やはり、蔦が這い回った壁があった。

……しかし、先ほどとは異なる箇所があった。

いつの間にか、蔦から突き出すように生えだした突起が十数本、蔦に対して直角、つまり冷泉や加賀の方へ向けて屹立していたのだ。

それは鋭利な先端を持った矢を冷泉達に向けているかのようだった。まるで弓兵が敵を狙うかのように。

 

この植物のようなもの、それは、まずは入り口を茨の柵で侵入を阻止しようとし、続いては加賀を取り込んだ蔦を棘で阻止しようとした。それらが破られ、ついには侵入者を直接取り除こうとしているというのだろうか。

先ほどの破裂音は茎か何かが爆発し、その勢いで矢のような棘を射出したものだと考えられる。確かに、一本の蔦が破裂したように裂けているのが見えた。茎の内部のガスのようなものを破裂させ、その勢いで矢状の物を射出して射殺すというのか。どうやって狙っている? そんな疑問もあるが、それどころじゃない。

 

棘は十数本もある。とても防げそうにない……。避けるにも加賀がいる。そんなことをしたら加賀に当たってしまう。

「ならば……」

冷泉は覚悟を決め、加賀にまとわりつく蔦の残りを引きはがし始めた。裂けた両手の痛みも、左腕を貫いた矢状のものの痛みも、それ以前に体のあちこちにめり込んだ棘の痛みも構っている暇などなかった。

 

「提督、何をしているの! 速くここから逃げて」

 

パパン、パン!

再度、複数の破裂音。

また矢が放たれたのだ。

冷泉はそんなもの構わず、さらには防御の姿勢などを取ることもなく、蔦を剥がし続ける作業を続ける。

自分の命がつきるリスクを覚悟で、加賀の拘束を解く。……それが最優先事項だった。蔦を手で掴むことは最早できないため、手を鍵状に曲げ、蔦を引っかけ強引に引きちぎる。その作業は激痛、さらに激痛を伴うものだ。けれども、あと少しで加賀を解き放つことができることができるのだ。

とにかく、射出された棘が飛んでくる間に次々と作業を完了させる。2,3発当たったところで直ちに死に結びつくことはないだろう。そんな根拠のない自信があった。

 

しかし、意に反して脳内に警報が鳴り響く。

 

それは、冷泉に対する危険の警報ではなかった。

彼の脳内で表示される射出された矢状の物体の軌道が、冷泉ではなく加賀へと向かっていることに対する警告だった。

軌道は加賀の頭部及び胸部、しかも心臓を正確に射抜くようになっていた。

敵は冷泉を排除するのではなく、加賀を射殺すことで目的を達成できるということなのか。

殺すことで取り込むことでもできるというのか?

 

―――どうする?

 

考えるより速く、体は反応していた。

加賀を抱きしめると、庇うように覆い被さる。

続けて冷泉の体のあちこちに衝撃が走る。

 

「かはっ! 」

声にならない声を吐き出す。そして、何度か咳き込んでしまう。口の中に生暖かいものが逆流してくる感覚。それを必死に飲み込む。さらに腕や背中に耐えられないほどの痛みを感じる。

冷泉は痛みを堪え、腕の中の加賀を見た。

彼の腕の中の加賀は俯いた状態のため、その表情は分からない。けれど、どうやら彼女は無傷のようだ。

 

「かが、……だ、だいじょ、う、ぶ……か」

きちんと言葉にならない。もどかしい。

彼女はゆっくりとこちらを見上げ、驚いたような怯えたような表情を見せる。

「な! 提督、あなた……」

 

「おまえ、だいじょ、うぶ、なのか」

ゆっくりと一言一言正確に発音する。言葉がきちんと発しにくい。

 

「私は大丈夫よ。でも、あなた」

加賀は冷泉の体に触れてくる。すこしだけくすぐったさを感じる。

何か自分の体がおかしいのだろうか? すぐには理解できなかった。けれども継続する痛みを感じていることからだいたいは推測できる。

そして、冷泉は恐る恐る自分の体を見回す。

背中に3カ所、肩に2カ所、腹部に1カ所、左太ももに1カ所。……計7カ所。

蔦から射出された矢状のものが突き刺さっていた。体を貫通するまでのものではなかったものの、自分がかなり深刻な重傷であることは即座に判断できた。

意識していないのに、口から顎へと何かが垂れていき、落ちていく。右手で口元を拭くと真っ赤だ。

 

警告! 警告!!

バイタルサイン著しく低下。

速やかな処置が必要。

緊急!!

 

ありがたいことにそんな警告もしてくれている。

そんなの見なくても分かってるし。

 

再び加賀を見ると、冷泉の努力の結果、彼女を拘束した蔦はほぼ全てが除去できている状態だ。もう彼女だけでも動くことは可能なはず。

 

「俺は、大丈夫。今すぐここから離れろ」

そう言ったつもりだけど、きちんとは喋られない。時々咽せてしまう。

 

加賀は首を横に振る。そして、絶望的な表情で自分の足下を見た。冷泉はその視線の方向を見る。そして絶望する。

彼女の両足には冷泉が除去した蔦とは比べものにならないくらい頑強そうな蔦が複雑に絡みあい、さらに蔦から分かれ出た巻きひげが彼女の足に突き刺さっていた。

どう見ても、短時間での除去は不可能だ。足を切り落としでもしないかぎり彼女はここから動くことはできない……。

 

なんでだよ……。

こんなにがんばったってのに。どうしてうまくいかないんだ。この世界でも俺は駄目なのか? すべて無駄なのか……。

 

冷泉は現実に絶望するしかなかった。

 

「私のことは、もう諦めて下さい。提督は十分すぎるくらいのことをしてくれました。そんな怪我までして、私を助けようとしてくれました。……提督の気持ちが本物であることは分かりました。それだけで充分です。だから、もう逃げて下さい」

 

背後では再び矢状の棘が屹立を始め、狙いを定めるかのような動きを始めている。

 

「いやだ……」

冷泉は首を横に振る。

「お前を助けるまで、絶対にここからは出て行かない。俺はここを動かないぞ。ここまで来て、こんなに頑張って、諦められるわけないだろう。そんなの、嫌だ」

きちんとその言葉を話せたかどうかは分からないが、彼女には冷泉の想いは伝わったようだ。

悲しそうな瞳で冷泉を見つめる。

「また、あの矢が飛んできます。あんなので撃たれたら……」

 

「違う。あれはお前を狙っているんだ。お前は避けることなんてできないだろう? だから、俺はここから離れるわけにはいかない」

 

「……だったら、私から離れれば、提督は安全じゃないですか。今すぐに離れて下さい。いえ、今すぐ離れなさい」

 

冷泉は頭を振る。

「断る。目の前で誰かを死なすなんてことを見過ごす事なんてできるわけがない。俺はお前を護るって約束しただろう。だから、護ってみせるさ」

 

「詮方無いこと、無駄なことです。人間が、……あなたがあの攻撃を何度も持ちこたえるわけないでしょう。きっと提督は死んでしまうわ。そして、もちろん私も死ぬこととなるでしょう。……けれど、ここを離れれば、提督は助かる可能性があります」

 

「俺だけ助かったって意味がない。お前と一緒に帰らなきゃ、意味がない」

 

「何を馬鹿なことを言っているの。私は最初から死ぬつもりでした。だから、結果は変わりません。何も変わることは無いのです。だから、提督が気に病むことなどまるでないのです」

 

「お前がここで死ぬというのなら、安心しろ。俺も一緒に行ってやるさ。誰しも一人は寂しい……そして、一人で死ぬのは辛く寂しい。だから、こんな俺でも一人よりはマシだろうからな」

 

「愚かな……。なんで、私なんかのためにそんなことをするのですか。理解できないわ」

 

「お前は、俺の部下だからだ。俺の大切な仲間だからだ」

 

「そんなのたまたまのことじゃない! たまたま、あなたの部下になっただけです。しかも私は何の役にも立たない存在でしかなかった。今後もお役に立てる事なんてないはずです。そんな私を護ってどうするのですか。あなたにはこれから為すべき事があるはずです。そして護るべきものも。そちらを優先するのが正しいこと、それがわからないあなたではないでしょう? 」

 

「それでも、お前を見捨てることはできない」

自分がきちんと喋れているかどうかさえすでに分からなくなっている事を冷泉は冷静に認識できていた。冷泉の脳内では自らの生命の危険を知らせるアラームが鳴り続けていた。

加賀との会話が成立しているのは彼女の力に負うところが大きいようだ。

 

「なにを馬鹿なことを言うの」

 

「誰一人見捨てない。だからお前を助ける」

 

「すべてを救うことなんて、人間ごときが出来るはずがありません。実現不可能な夢を追いかけること。あなたのそんな歪な願望はただの妄想、手前勝手な妄想に取り憑かれた、ただの狂気でしかないわ。何かを得るためには、必ず何かを犠牲にしなければならない。何の代償も支払うことなく、全てを手にすることなど、この世界の誰にも叶わぬ夢。そんな甘い世界な訳がない。しっかりと認識して下さい、あなたの為すべき事を。常に最良の選択をするのが司令官の役目です。今は自分の命を優先するのが上に立つ者の使命でしょう」

諭すように加賀が伝えてくる。

 

そんなこと分かってる。分かりすぎて嫌気がさしてるよ。

 

3度目の破裂音。

風を切って矢が飛んでくる。冷泉は両手を広げ、それを受け止める。

悲鳴のようなものが聞こえたのは加賀の声だったのだろうか。視界が赤く染まっていくのを感じる。

 

明滅する視界の中で確認する。

加賀には怪我はない。

 

冷泉はふらつきながらもしゃがみ込み、加賀の足下へ手を伸ばす。

どう考えても残された時間は少ない。彼女の足に絡みついた蔦、張り付いた巻きひげを剥がし取ろうする。

まともに動かせない指ではあるが、両手を添えて隙間に爪をつっこみ、引きはがすように動かす。何度も何度もそれを繰り返す。やがて、嫌な音と共に爪が剥がれ、血を吹き出す。それでも諦めずに繰り返す。

 

「もう止めて、止めて下さい」

悲鳴にも似た加賀の声が遠くから聞こえる。

 

「待っていろ、もうすぐだから」

うわごとのように冷泉は答える。

「何か道具のようなものがいる」

蔦と蔦の間に突っ込む棒のようなものが必要だ。そして、すぐに自分に突き刺さった矢を使えばいいと考えた冷泉は、手が届く場所に刺さった矢を探す。

一番手近なのは太ももに突き立ったものだ。言うことを効かない両手を駆使し、なんとか両手で掴むと引き抜こうとする。しかし、矢そのものに返しがあるようで激痛がするだけで抜けそうもない。

「くそ! 」

冷泉は座りこむ。

突き刺さった矢の矢筈に当たる部分を床に固定すると、両手で思い切り上から足を叩きつける。ハンマーの要領で何度も何度も。

当然の激痛。

しかし、思ったより矢が足を突き抜けない。今度は矢ごと足を上にあげ、勢いを付けて再度叩きつける。

何度も何度も。

その度に冷泉のうめき声と加賀の悲鳴が聞こえる。

やがて、鏃部分がズボンを突き破って顔を出す。10センチ程度出たところでそれを掴むと思い切り引き抜く。

もう痛みなんてどうって事無くなっている。冷泉は抜き取った矢を掴むと加賀の足下の蔦と蔦の隙間にそれを突っ込み、蔦を引き裂こうとする。

 

「やめて、やめて、……もう止めて。お願いだから」

呻くような加賀の声が聞こえてくる。そんなこと気にとめている時間は無い。

再び矢が射出されるかもしれない。そして、それ以前に冷泉の命も。

梃子の原理を利用して蔦を引きちぎろうとする。しかし、力を込めた瞬間、あっさりと矢が折れてしまった。あまりにも脆く。

 

「なんでだよ……」

薄れゆく意識の中で加賀を助ける手立てが無いという失望感に浸食されていく。もうどうすることもできない。

それでも冷泉はなんとか立ち上がる。

ちょうど加賀と目が合う。彼女の瞳からは涙があふれ出し頬を伝い落ちている。

 

「加賀、ごめん。お前を助けられそうにないよ」

 

その言葉に加賀は頭を左右に振る。

「あなたは頑張ってくれました。もう充分です。……早くここから」

 

「あと何度耐えられるかは分からないけど、俺が盾になってお前を護るからな。たとえ死んだとしても」

彼女の言葉を遮るように冷泉は宣言する。

 

「止めて下さい。なんでそこまでするの。私なんかのために。何の価値も無いのに」

 

「……最後だから正直に言うよ。俺がお前を好きだからだ。お前が大切な存在だからだ。それだけじゃ、駄目か」

唐突な言葉に加賀の表情が硬直する。

 

「な、なにをいきなり……」

 

「俺の我が儘だ。好きな女を護れずに、それどころか見捨てて自分だけ助かることなんてできるわけないだろう。何の意味も無いことだ。でも、どうやら、俺に力が無かったせいで、お前との約束は守れそうもない。ごめんな。……でも、お前一人行かせたりしない。俺もお前と一緒だ」

全てを伝えるのにどれくらいの時間がかかったかは分からない。たどたどしくしか話せなかったかもしれないが何とか自分の声で喋った。

視界が灰色になっていく。しかも何故か揺れが酷くなっている。

 

「嫌……。何でそんなこと言うの? 何で死んでいくの? また私を置いて死んでいくの? また、私の前で死んでいくの? もう、もう誰一人として死ぬところを見たくないってあんなに願ったっていうのに、なんでそれすら叶えてくれないの!! 」

加賀の叫び。

 

警報がまた鳴る。

 

そして破裂音が背後で複数――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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