まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第66話

肉眼で見える世界。

モニター越しに映し出される世界。

 

二つの世界がゆっくりと重なり合っていく。複雑な図形、文字、数字が統合されていく。

 

冷泉が意識すればそれらは拡大縮小を繰り返し、様々なデータ、単体では意味をなさないその断片が画面のあちこちに表示されていく。

多重ポップアップ画面。複数の光景が次々と重なりあい、表示がリアルタイムでめまぐるしく変化していく……。

それぞれ瞬間瞬間で映像が変化していくため、どうがんばっても目で追うことは不可能。

意味を理解するどころか、文字を読むのさえ困難。……なのに全て認識できてしまっている。

 

それでも完全に武器管制システムが冷泉の支配下にあることだけはわかる。

 

駆逐艦島風に搭載された、現在使用可能の武器が表示されている。

遠距離攻撃用の武器は何があるかと調べると、正確には思うだけで、すぐさま表示が現れる。

3門の電磁投射砲と18基の対艦ミサイル発射口があるようだ。

そして、現在の敵艦隊との位置関係から、攻撃可能でかつ射程に入っているのは2門の電磁投射砲だ。

 

加賀の位置を把握。接近する艦は全部で7隻。そのうち3隻が先行している。

艦種はすべて駆逐艦。

艦砲射撃を繰り返しながら接近をしている。距離があるために命中弾はそれほど無いとはいえ、数を撃てばやがては致命的な一撃が命中する。

速やかに排除しなければならない。

意識を集中するだけで視界に映し出された敵艦3隻を表示する点に、いくつものデータや軌道計算式が表示されながら照準が合わされていく。

 

lock on

 

3つの敵艦の頭上に文字が表示される。

 

「まずは二隻。砲撃開始」

冷泉は命令した。

 

空気が炸裂するような音とともに、砲弾が射出される。

肉眼で捉えることのできない速度で打ち出された砲弾は、二つの軌跡を描いて消えていく。

そして冷泉の視界なのか、映し出された映像なのか判別のつかない視界を動線となり、ロックオンされた深海棲艦へ向かって突き進んでいく。

 

「続けて第二射用意。……発射! 」

発射と同時に次弾が装填されている事を確認し、残された一隻に向かって砲撃をする。

そして、その間に、すでに射出された第一射が敵艦に到達した。命中表示とともに、敵ダメージが表示される。

 

「提督すごーい! 全部命中だよ!! 」

島風が歓声を上げる。

二回目の砲撃した砲弾も敵に命中したようだ。そしてダメージ表示は大破と出ている。二門の電磁投射砲から射出した砲弾がどちらも命中したようだ。最初に砲撃した艦の方に意識を向けると、どちらの艦にも中破の文字が表示されている。

命中率100%。実戦においては、あり得ないレベルの命中率だ。

自分でやったことながら驚いてしまう。どういう仕組みで照準されて、それがどういう理屈で命中したかをまるで理解していないのだから。ただ、なんとなく勘だけで遣ったという実感しかないのだから。……すべて機械がめんどくさい作業を行い、冷泉は発射ボタンを押しただけといっても間違いではない。

 

「すごーい、すごーい」

驚きと感激で艦娘がはしゃいで飛び跳ねている。

「どうやったらできるの? 提督、凄すぎ」

 

「たまたま当たっただけだよ。まぐれだよ。……けれど、これで敵も近づきにくくなったはずだ。急ぐぞ」

冷泉の言うとおり、遥か彼方からの射撃でいきなり三隻が戦闘不能に追いやられた敵深海棲艦隊は空母加賀への接近を止め、わずかではあるが後退を始めている。大ダメージをうけた艦はその艦達の後方へと撤退を始めている。いいカモが来たと思って攻撃のため出撃したら、思わぬ所からの攻撃で大損害を受けたといったところか。

「敵は怯んだ。島風、この間に一気に加賀に接近する。敵艦隊と加賀の間に割り込む」

 

「わかったー」

島風の応答に呼応するかのように、速度が増す。130メートル弱の船体が突き進む。

 

第1から第3砲塔に装填指示を出し、次の照準を行おうとしたとき、一瞬眩暈がしたかと思うと頭の真ん中に刺すような激痛を感じ、冷泉は動きを止めてしまう。呻き声を出しそうになるのを必死に堪える。

「提督、どうかしたの? 」

わずかな異変を察知したのか、島風がこちらを見る。

 

「大丈夫だよ、島風。ちょっと眩暈がしただけだから」

ここで彼女に気づかれるわけはいかない。

「全然問題無いから、心配しないで。とにかく……今は一時も速く、加賀の所へ行くことに集中してくれ」

そう言って笑顔を見せる。

彼女に悟られなかっただろうか……。少し気になったが、島風の表情を見る限り、どうやら問題なかったようだ。

しかし、これはなんだろうか。島風に笑顔を見せながら、冷泉は別の思考をしていた。この痛みは脳の中央部から発生しているようだ。そして、痛みは今も継続している。激痛と言うほどではないけれど、かつて感じた事の無いレベルで痛い。しかも、今までに感じたことの無い部位での痛みだ。

何事も原因があって結果がある。そうであるならば、今回の頭痛は、島風の射撃管制システムとのリンクによる障害と考えるのが一番理解しやすい。

どうやら、システムとのリンクは脳に相当な負荷をかけるのだろう。機械じゃないけれどもショートでもしたのだろうか。システムとのリンクを解除すれば痛みがひくかもしれない。それを試した方がいいが、今はその余裕がない。敵艦対への次の攻撃をしなければならないからだ。とにかく、敵と加賀を引き離さなければ。

 

すでに対艦ミサイルの射程に敵艦隊が入っているのが伝わってきている。

冷泉は頭の中で司令する。

同時に艦の左右の甲板付近に設置されたミサイル発射管のうち左右3門づつが解放され、一斉に射出される。

ミサイルも砲弾と同様の軌道を描きつつ、敵艦隊へと接近していく。ミサイルは砲撃よりも速度が遅いため、迎撃される恐れもあるし、この前の戦いで深海棲艦が見せたバリアみたいなもので防がれる可能性がある。けれども仮にバリアを張るのであれば加賀への攻撃は出来なくなるし、これ以降、こちらからの攻撃を警戒して攻撃はできなくなるだろう。

ミサイルは着弾。

予想通り1隻を中破状態にしたものの、残りの艦は防御成功したようだ。予定よりは戦果は低い。

「提督、敵が撤退していくよ」

島風に言われるでもなく、敵艦隊が撤退を始めているのは感知できた。

どうやら、この戦いにおいて向こうに分が悪い事を認識したようだ。

こちらが駆逐艦1隻しかいないとはいえ、これまでとは異なる攻撃力を見せつけたこと。また通常海域であること。そして、増援も予想されること。これらを考慮すれば、最早撤退しか選択肢は無いことは当然だろう。

 

「敵は撤退したが警戒は怠るなよ。まだ潜水艦がいるかもしれないからね」

 

「そんなの分かってるよー。潜水艦なら任せて。見つけたら逃がさないんだから」

敵艦隊が加賀から離れていくのを確認しながら島風が真剣な顔で答える。

敵の位置を確認しようと意識を向けると、敵艦隊は戦意を喪失したのだろうか。完全に撤退を始め、領域の深い深い雲の中へと姿を消していた。

 

「もうすぐ加賀さんが見えてくるよ」

島風に言われるでもなく、艦橋からの視野の中に航空母艦の艦影を冷泉も捉えていた。

艦首を向こう側に向け、甲板から黒煙を上げている。敵艦隊が逃走したため、進むことは止めているようだ。

 

空母加賀:小破

 

ステータスを確認した限りでは、航行に支障が出るレベルまでの損害は受けていないようだ。しかし、彼女のステータスが一部文字化けを起こしているのを冷泉は不審を感じた。

 

「とにかく、火災を消さなければいけない。島風、接近して消火活動を始めるぞ」

 

「……」

どういうわけか島風が反応しない。

 

「島風、どうかしたのか? 」

彼女は何か不思議な物をみるような表情になっている。それはやがて不思議というよりは、なにか嫌な物を見るような感じへと変化していく。

 

「提督、……なんか、なんか変だよ。加賀さんから何か嫌な感じがする」

 

「どういうことだい」

 

「わかんない。けど、なんか凄く怖い」

データではなく直感で彼女は違和感を感じているようだ。

 

「加賀とは通信できないか? 」

 

「さっきからずっと呼びかけてるんだけど、無線には全然反応しないよ。直接話しかけてもいるんだけど、こっちにも答えてくれないし。聞こえてる筈なんだけど、わざと無視されている感じ。それどころじゃないのかもしれない。それになんか雑音が凄いし。それに……すごく嫌なものが体の側にあるような感じがして、すごく怖い、寂しくて寒いよ。すごく嫌な気分」

島風は艦娘間のテレパシーのようなもので加賀と交信しようとしていた。そのせいか、少し疲れたような表情になっている。どうやら彼女たちの通信は相手と心を同調させているのかもしれない。そのため、相手の心にある葛藤や恐怖、怒り悲しみなどの影響を強く受けてしまうかもしれない。

全くそういった能力の無い冷泉でさえ、空母加賀から発せられる嫌な気配を感じていたのだ。

 

「島風、すぐに加賀との交信を止めろ。今すぐだ。……どうも何かあるようだ。加賀と心を繋げたままだと、お前まで何かに取り込まれてしまうぞ」

冷泉はいつになく強い口調で島風に指示をする。

「加賀との交信するのは無線のみだ。それから、とにかく、今は消火作業に専念してくれ」

 

「うん、わかった」

すでに航空母艦加賀は直ぐ側にある。

島風は放水による消火を開始する。

 

加賀は艦砲射撃が飛行甲板に直撃をしているようだ。しかし、彼女は全ての艦載機を鎮守府に降ろして来ているようだ。加賀のステータスに艦載機は一切表示されていない。当然ながら弾薬もほとんど降ろしてきたようだ。どういうつもりで武器を持たずに出撃したかは分からないが、それが幸いし、誘爆や延焼被害を防ぐことができ、ミッドウェーの二の舞になることはなかったようだ。

 

「加賀、無事か? 今すぐ応答しろ」

直接無線で語りかける。しかし、全く反応は無い。

おそらくは艦橋にいるのだろうが、艦橋の窓には防弾板が降ろされた状態となっており、中を窺い知ることはできない。

「あの馬鹿、何をへそ曲げているんだよ」

思わずぼやきがでてしまう。

とりあえずは島風による消火作業が完了すれば、被害はこれ以上酷くはならないだろう。鎮守府からも応援が向かってきているから、さしあたっての危険は回避されている状態だ。加賀が応答しないならそれでも構わない。増援が来たら無理矢理曳航してでも鎮守府に連れて帰り、たっぷり説教してやる。

通常時ならそれでいいんだが、気になって仕方ないことがあった。

それは、先ほどから変だった加賀のステータス画面のバグがさらにおかしくなってきていたのだ。

 

加賀(かが) 加×▲型○ガクソkサオエウ

 

以下の表示が完全におかしくなっている。

島風を確認してみるときちんと表示されることから、これが加賀本人の異変を示している可能性があると思ってもおかしくないだろう。……いや、状況からすると確実に何かが起こっている。根拠は無いが妙に落ち着かない。こんな時はだいたいろくでもないことが起こる。

空母加賀を見ると、鎮火がほぼ完了したのか微かに白い煙が上がるだけとなっている。しかしその艦から、何か薄黒い粉末のように見える何かが付着しているのは最初からだっただろうか? そしてそれは見るたびに、次第に、もはや目の錯覚ではなく、明らかに増殖しているように見えたのだ。

 

何かが、確実に加賀に起こっている。

あまりにデータが少なすぎるため、それが何でありどれだけ重大なことかは判別できない。けれど、急がなければならないと判断した。

 

「島風、加賀に近づけるだけ近づいてくれ」

 

「近づいてどうするの」

 

「何かがおかしい。理由は無いが、何かがおかしい。お前だって気づいているだろう」

 

「うん。なんか嫌な感じがどんどん強くなっているよ。なんなの、これ」

不安そうな表情をする島風。この子でもそんな時があるのだ。

 

「大丈夫だ。俺が何とかする。心配するな。今から俺が加賀に乗り込む。そして、あいつを連れ出してくる。島風、できるだけ近づけてくれ」

そう言って、艦橋を後にしようとする冷泉の腕を島風が掴んだ。

両手でしっかりと冷泉の左腕を掴んで島風がこちらを見ていた。

 

「行っちゃダメ! 絶対に危険だよ」

その表情は必死だ。

 

「島風、時間が無いんだ。急がなければ加賀が危ない」

 

「嫌。行っちゃダメ。きっと向こうは危ないよ。何があるかわからないよ。提督だけ行くなんて危険すぎるよ」

 

「そんなの分かってる。けれど行かなければならないんだ」

 

「ダメ。他のみんなが来てからにしようよ」

駄々をこねるように拒否をする島風。

 

「みんなを待っていたら間に合わないかもしれないんだよ。わかるだろ? 」

 

「じゃあ、私も一緒に行く」

 

「駄目だ。お前は敵潜水艦を警戒しなくちゃならない。もし二人で助けにいったら、潜水艦が来ても気づかないだろう。魚雷攻撃を食らったら全員死んじゃうだろう」

 

「そ……そうだけど」

 

「だから、俺が行くしかないんだよ。大丈夫だから」

 

「でもでも……」

それでも島風は納得できないようだ。

 

「島風、約束しただろう? 」

 

「? 」

 

「お前達を絶対に護るって」

 

「あ、……うん」

頷く島風。

 

「それは加賀にも言ったんだ。今、加賀は危険な状態にある。誰かが助けに行かなくちゃ大変なことになるかもしれない。そして、今それができるのは俺しかいない。……だから、俺は行かなくちゃいけないんだ。島風も分かるよね」

 

「うん。でもでも」

 

「今、加賀を助けに行かなければ、俺は約束を破ったことになってしまう。それはみんなと約束を破るのと同じだ。約束を守れないような奴を誰が信用できる? 」

 

「でも、みんな分かってくれるよ。提督一人で危険な場所に行かせるなんてできないよ」

 

「それも正論だよ。だけど、俺が耐えられないんだ。危険だからってここで加賀を助けなければ、俺は彼女を護ることができなかった事をずっと悔やみ続けると思うんだ。何もやらずに後悔するくらいなら、やってから後悔するほうがずっとマシなんだ。だから俺は行かなくちゃいけないんだ。だから行かせてくれ、島風」

 

「でもでも、もし提督に何かあったら、私」

瞳を潤ませながら少女が必死に抵抗する。

 

「島風……俺は絶対に約束を守るってさっき行っただろう? だから心配するなって」

 

「あ、そうか……。本当に約束を守ってくれる? 」

 

「当然だよ。島風は俺のことを信じられないか? 」

少しだけ悲しそうな顔で少女を見る冷泉。彼女は冷泉の顔を見つめると首を横に振る。

「よーし、いい子だ。安心して待っていてくれ」

冷泉はそう言うと島風の頭を撫でてやる。

 

「待ってるからね、きっとだよ」

 

「ああ、必ず戻ってくるから。島風は敵を近づけないように警戒を続けてくれ」

 

「了解! 」

と、敬礼する島風。

冷泉は頷くと駆けだしたのだった。


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