まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第65話

 

了解ぃー! 行くよー!! 私の速さ、提督に見せてあげるねー。

 

そんな感じで、島風が少しはしゃぎながら答える……。

そう予想していたのだけれど、うさみみ姿の駆逐艦の答えは予想外のものだった。

 

「えー! 嫌だよ。なんで私が行かなきゃいけないの? 」

珍しく顔をしかめるような素振りをし、明らかな拒否の態度。

 

「えっ島風? どうかしたのか」

普段の彼女からは想像できない態度に驚き、思わず問いかける。

 

「あのね、提督のお願いだから聞いてあげたいんだけど……。でもね、なんかあの人、いつも怒った顔してるし、この前、私が話しかけたら睨むだけで完全無視だし。すっごく怖かった。それから、みんなに酷いこと言ってたんだよ。酷いよね。みんなあの人の事を思って声をかけたっていうのに。……私、あんな人と関わるの嫌だな」

ずけずけと本音を語る駆逐艦。

 

加賀のそっけないというか明らかに敵意を持ったような対応を何度も経験している冷泉だけに、彼女が他の艦娘に対してどのような態度をしたかは何となく想像できる。このため弁護するような言葉が見つけられなかった。

冷泉は彼女の上司であり鎮守府司令官であることから、加賀もそれなりに抑え気味に言っていたと思う。そういった柵がない艦娘に対しては、もっと強く言っていたんだろうな。あの島風ですら怒ってしまうのもやむを得ないことかもしれない。

けれど、今はそんなことを言っている場合ではない。

時は一刻を争うのだ。加賀の気持ちを説明し、島風を納得させて救助に向かって貰うように説得する時間が無いのだ。

 

「頼む、島風。お願いだから、俺を乗せて加賀を救うのを手伝ってくれ。お願いだ! 」

司令官という立場など考えている場合ではない。冷泉は頭を下げた。

 

「な! 」

複数のモニターに艦娘たちの顔が映し出されているが、扶桑が驚きの表情で声を上げた。

「何を仰るのです、提督。何故頭を下げるのです。お立場をお考え下さい」

他の艦娘たちも驚きの表情を浮かべているのがモニター越しに見える。

 

そんなことに構っている暇はない。そして、態度を窘めようとする扶桑の言葉に答えている時間も無いのだ。

「島風、もう時間が無いんだ。加賀に敵が迫っている。ここから加賀のいる場所までの距離を最速で移動できるのは、お前しかいない。お前がいろいろ思う所があるのは分かっている。けれど、加賀の命がかかっているんだ。ここは俺のお願いを聞いてくれないか? 」

 

「提督、何を仰っているのですか? もし、提督が加賀さんを助けてあげたいのであれば、そう私達に命じればいいのです。そうすれば、私達はその命令に従います。司令官が私達に頭を下げてお願いするなんて事、止めて下さい」

冷静な口調で扶桑が言う。

 

「そうです。扶桑さんの言うとおりなのです。提督は私達に命令をすればいいだけなのです。加賀さんと私達の間であった事など些事でしかありません。提督とは関係の無いことなのですから。提督が艦娘に頭を下げてお願いするなんて、本来ありえないことなんですから。そんなことしないでください」

横に立つ秘書艦も扶桑に同調する。

 

「いや……お前達と加賀の間でいろいろトラブルがあった事は知っている。彼女の言動に納得いかない部分もあるだろう。そして今回、みんなの制止を振り切って彼女は単独行動を取った。これは、命令違反と言われても仕方のないことだと思う。そんな彼女を救出するために、お前達の気持ちを無視して命令するわけにはいかないだろう。これは作戦ではないのだから。おまけに……確率は低くとも、敵との交戦があるのだからね。轟沈の危険だってある。お前達が納得できない事を強いることは、俺にはできない。空母単体で外洋に出れば、深海棲艦の攻撃を受ける可能性があり、その場合、沈没の可能性だってあることは彼女が知らないわけがない。……加賀は自業自得と言われればそれまでのことなんだ」

冷泉は秘書艦を、そしてモニターに映っている艦娘達の顔を見る。

「けれど……けれども、俺は加賀を助けたいんだ。助けなきゃならない。あいつはすべてを諦め、そして、死のうとしている。俺はそんなの絶対嫌なんだ。深海棲艦と戦うためにお前達艦娘は生まれたのかもしれない。戦って戦ってその中で仲間を失い、居場所も失い、そして自分の目的すら失って絶望の中で加賀は死のうとしている。あまりに救いが無いじゃないか。一体、何の為に生まれてきたっていうんだ? そんなの俺は絶対認めない。絶望の中て死んでいくなんて悲しすぎるじゃないか。みんなにも約束したよな……俺は誰一人死なせないって。俺は、舞鶴鎮守府のみんなを護りたいんだ。加賀だって、鎮守府の一員だ。仲間なんだ。だから、頼む。これは任務ではなく、俺の身勝手な我が儘だ。だから、手伝って欲しい、助けて欲しいんだ。俺一人の力では、加賀を救うことができない。けれど、お前達が力を貸してくれれば、それが可能になるんだ」

そう言って冷泉は島風を見る。

「島風……俺は加賀を助けたい。今から全速力で向かっても間に合うかどうかは分からない。けれど、お前なら、お前のスピードならきっと間に合う。頼む、俺に力を貸してくれ。俺のために一緒に行ってくれないか。俺の願いを叶えてくれ」

最後は、ほとんど泣き落としに近いような言葉になってしまっている。これは、司令官の資質に問題があることかもしれない。けれど、そんなことはどうでもいい。今は加賀を救いたい。このまま、何もせずに彼女を失い、後悔するくらいならどんな恥でもかいてやる。

 

真剣に見つめられた駆逐艦は、少し頬を赤らめながら上目遣いで冷泉を見る。冷泉の気持ちは理解できる。それでもまだ迷いがあるようだ。

 

「島風、提督のお願いを聞いてあげなさい」

秘書艦が口を開いた。

「それに、ここは、あなたの速さを提督に見せてあげられるチャンスよ」

 

「ををを! 」

 

「島風さん、私からもお願い。提督のお願いを聞いてあげて」

ずっと黙っていた神通が島風を説得する。その声は真剣そのものだ。

「私が行けるのなら、私が行きたい。けれど私の速度では間に合わないわ。だから、お願い。提督にあなたの力を貸してあげて」

どういうわけか、島風は怖がるような表情になる。そういえば、自由気ままな子が多い駆逐艦連中も神通を苦手にしているようにも思える時が何度もあった。

 

「島風ー、YOUはテートクのお嫁さんになるとか偉そうなコト言ってたネー! だったら旦那様のお願いは聞いてあげるものネー。それが正妻たるものの使命ネ。そんなことも出来ないなら、お嫁さん失格ヨ。やっぱり、テートクは私だけのものネー」

 

「違うもん! 提督は私の旦那さまだもん! 」

 

「だったら、さっさと行くネー! でないと、私が行くネ」

金剛の言葉が決定打となったようだ。

 

悩んだような素振りを見せていた島風も決意したように頷いた。

「分かったよ。旦那様が困っていたら助けるのは、当然のことだよね。うん、島風、がんばる」

 

「ありがとう、島風」

冷泉のその言葉に、再び駆逐艦は頬を染めた。

 

即座に行動が開始される。

 

冷泉は臨時的に旗艦である重巡洋艦高雄を下船し、島風に搭乗する。

第一艦隊は、このまま迎えに来た駆逐艦(不知火、叢雲)とともに帰投。さらに追加命令で鎮守府に待機中の艦に出撃命令を下す。島風を追い、合流し、速やかに航空母艦加賀を救出せよ。

 

冷泉は島風の艦橋に到着すると、彼女に案内され艦長席に腰掛ける。

すぐに島風が指定席であるかのように彼の膝の上に腰掛ける。

「ちょっ、ちょ」

思わず動揺してしまう。

 

「よーし、島風、発進するね!! 」

冷泉が膝に勝手に乗った少女に困惑し言葉を発するより速く、駆逐艦島風が発進した。

「提督、急ぐよね」

 

「ああ、時間が無い。急いでくれ」

振り返って指示を仰いでくる少女にドギマギしながら冷泉が答える。顔と顔の距離がほとんどない。

同時に、視界が加速する。

しかし、これまで搭乗した金剛、高雄と同じく加速によるGは全くない。

それでもその速度がこれまでとは次元が異なっていることだけは理解できた。その速度はとても海上を走る乗り物とは想像できない速度に達していることだけは間違いない。

ただ一言、圧倒的な速度だということだけは冷泉にも理解できた。

 

戦時中の駆逐艦島風もその他を圧倒する速度が自慢だったが、この世界に現れた艦娘島風もその速度を承継したものであることは理解していた。動力性能は最早駆逐艦というレベルに収まるものではない。

 

「速いでしょー提督」

 

「ああ、凄いな。みるみる目的地に近づいていく。……これなら間に合うかもしれない」

 

「当然だよ。本気を出した島風の速さは凄いんだから。重巡洋艦クラスのエンジンを積んでるんだからねー」

嬉しそうに自慢する艦娘を見つめながら、冷泉は驚愕していた。

疾走する艦は全く揺れることがないし、猛スピードで走っているという感覚が伝わってこない。ほとんど音がしないからだ。戦艦や重巡洋艦と比べれば明らかに小さな艦橋。防音だってそれほどしっかりできていないはずなんだが。

そのシステム自体が冷泉の時代には存在しないため、見当もつかない。もっとも、この世界の人類にとっても未知のテクノロジーなのだろうけど。

 

加賀を示す表示が次第に近づいてくる。敵艦も接近しているのは変化無い。

 

「島風、加賀に通信を繋いでくれ」

指示に反応して、島風が何かを操作する。

 

「ダメだよ。全然応答してくれない。通信を切ってるみたい」

予想通りの展開ではある。加賀は完全にこちらとの意思疎通を拒絶している。

 

「あの馬鹿、本気で死ぬつもりかよ。何考えてるんだ」

苛立ち、思わず口走ってしまう。

 

「レーダーに加賀さんを捉えたよ」

島風が教えてくれる。島風のレーダーシステムが加賀を捉えたようだ。……冷泉の視界の中ではだいぶ前からそれらは捉えていたのだが……。

 

しかし、距離にしてまだ数百キロ離れている。

 

「大変、近くに深海棲艦がいるみたいだよ」

島風がレーダー画面を見、慌てたように叫ぶ。

空母が単独で航行しているのを見つけた敵が引き寄せられるようにやってきているのだ。

 

「もう一回、加賀に連絡を取ってくれ。何でも良い、とにかくこちらへ逃げてこいと連絡を続けてくれ」

 

「やっぱり、全然応答しないよー」

あきれたように伝えてくる艦娘。

「機械が壊れてるのかな? 」

明らかに通信を遮断している。しかも、レーダーに映った加賀の艦影は、むしろ敵に近づいて行っているようにさえ見える。

 

「あの馬鹿……」

思わず呻く冷泉。

「くそ、この距離では攻撃は無理だってのに」

島風は予想より遙かに高速で進んでいるが、正規空母加賀に近づくには、まだまだ相当に距離がある。

 

「ねえ、提督。私の武器ならもうすぐ射程に入るよ」

不思議そうにこちらを振り返る島風。

 

「あ……」

今更ながら思い出した。これは領域内の戦いでないことを完全に忘れていたのだった。

 

ここは深海棲艦の支配領域ではない。通常海域なのだ。

通常海域において、艦娘はレールガンおよび対艦ミサイルなどの現在の人類の科学力を越えたオーバーテクノロジー兵器を駆使できるのだった。

もちろん敵もそれ相応の兵器を使えるのだが。

 

「敵に対する攻撃を開始する。島風、攻撃態勢に入れ」

 

「もう準備出来てるよ」

 

「了解だ。目標、加賀にもっとも近づいている敵艦。砲撃開始」

冷泉の合図とともに島風のレールガンが砲撃を始める。

 

射程500キロを超えた距離からの砲撃が始まる。

電磁誘導射出された弾丸が敵に向けて飛んでいく。

冷泉が前にいた世界ではアメリカ軍によって試作段階のものが公開されていたのをネットで見た記憶がある。射程400キロ弱。弾丸の初速はマッハ7.5とか。

 

艦橋の前面に表示された大画面に砲撃の軌跡が表示されていく。そして、弾丸の奇跡は敵艦のだいぶ手前で消失した。

 

「第一次攻撃、はずれ」

島風が残念そうに言う。

「射程内なんだけど、うまく命中しないや」

距離がまだ遠いせいもあるのだろう。そもそも、誘導弾でもないのだから、命中率なんて10%もあれば御の字ではないのだろうか。

 

「第二次攻撃開始」

砲撃の軌跡は今度は敵を大きく越えたところで消失。

なかなか命中はできないようだ。

距離もあるし、敵も当然ながら回避運動を取っているのだろう。超遠距離戦ではやむを得ない。

 

しかし、命中させられなければ、加賀を護ることなどできない。

まだ加賀との距離は数百キロもある。島風の速度を持ってしても数時間かかる。

攻撃が当たらなくとも、せめて威嚇できるレベルにまで近づけないと。

ただ、今のままでは命中させることは難しい。その間に敵艦は加賀との距離を縮めてしまうだろう。双方が接近しすぎるとこちらからの遠距離攻撃はできなくなる。

誤撃で加賀を損傷させてしまう恐れがあるからだ。数百キロ離れた場所からの非誘導弾による遠距離射撃にそこまでの精度を求めることは酷というものだ。

 

「島風……俺に射撃を任せてくれないか」

即座に判断した。

自分に与えられた謎の能力をフル活用するのが最善だと判断したのだ。

 

「えーと」

少し島風は考え込むような素振りを見せたがすぐに笑顔になった。

「了解だよ。私、提督を信じるね」

そう言うと膝の上から飛び降りて、操作パネルを冷泉に委ねる。冷泉の直ぐ横に立ち、興味深げにこちらを見る。

 

冷泉は島風に頷くと、操作パネルに両手を乗せる。

眼を閉じ、その機能と自分の体内の何かを接続するイメージを表出する。

複雑な回路を電気のような何かが流れていくイメージ。

そして、接続されていくイメージが連続していく。

 

浮かぶような感覚とビリっという妙な感覚が全身を襲う。

次の刹那、駆逐艦島風の射撃管制システムと自分が繋がったように感じた。

 


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