まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第60話

再生された映像は、それで全てだった。

 

自分が予想していた事とはまるで違う状況だったことで、冷泉は言うべき言葉を失っていた。

親友の死を乗り越えられず、後悔しながら生きている。……そんな事を想像していたのだった。

 

けれど、実際はまるで違っていた。

 

そもそも、艦娘が深海棲艦になるということは頭の中では想像できていたが、本当にあんなことが現実になるとは思っていなかった。

 

ゲーム中では、沈んだ艦娘が生への執着から深海棲艦になると思っていたのだ。それは人と同じく、現世に未練や恨みがあったものが幽霊となり、人に仇なす、または人を助ける。そういった心霊的なものだと思っていた。しかし、そんなことが起こるのも所詮はゲームでの中での話であり、現実には起こりえない事だと思っていた。しかし、この世界の現実は想像のその更に上を行き、戦った艦娘は沈むことなくとも深海棲艦になるというのだ。

こんな現実、もし知ってしまったら彼女たちは耐えられるのだろうか?

 

そして、加賀はそれ以上の苦しみを味わわされたのだ。

 

親友が深海棲艦になったというだけでも衝撃的だが、それを自ら沈めてしまったのだから……。しかも、自分の意志に反して命令され、無理矢理に全力をもって親友を殺したのだ。自分は必死に抵抗したのに止めることができなかった。

様々な要因が彼女を苦しめているのは、なんとなくは理解できた。

 

「これが……私がすべてを拒否する原因。分かってくれたかしら? 」

誰もがトラウマになりそうな映像を再び見たせいか、加賀の瞳は少し潤んでいる。

 

「そうか、こんなことがあったなんて……な。確かに、他の艦娘には見せられないな。何て言えばいいか分からないけど、辛いな」

 

「自分の手で大切な人を殺してしまうなんて、耐えられるものじゃないわ」

と吐き捨てるように言う。

「しかも自分の意志に関係なく……ね」

 

「ああ、そうだな。お前にとって、それはとても辛い事があったのは理解できる。いや、その辛さの何分の一かもしれないけれど、俺にも想像はできる」

冷泉は、お前の気持ちは良く分かるとは言い切れなかった。実際に同じ目に遭わない限り、その辛さなど理解できるはずがないのだ。せいぜい、それまでの経験等から推測するしかないのだから。

所詮、他人の気持ちなんて理解できない。理解できたと想像するだけしかできないのだから。

「……けれど、あれは仕方ない事じゃなかったのか? ああする以外、他に解決策は無かったと俺は思う。もちろん、それが正しいかどうかは話は別としてだけれど、やはり選択肢は無かったんじゃないか」

 

「ふん。それは、あなたたち人間側からの論理でしかないわ。けれど、私は違った。私はあの時、たとえ沈んでも良かった。そして、その後、私たちがどうなろうとも……それが深海棲艦になるという運命だろうとも、赤城さんを沈めるくらいならどうでもよかった。……長門たちが道連れになったかもしれないけれど、それも仕方ないこと。彼女たちなら分かってくれたはず。彼女たちだって、今まで共に戦ってきた仲間の赤城さんを殺せるはずがないもの」

 

「ああ、もちろんその気持ちは分からなくは無いが……」

その言葉も、これまでの経験からの推測でしかないが。

 

「けれど、それはもう済んでしまったことよ。この件でここであなたといくら議論したところで、何も変わらないし、変えられない。足掻いたところでどうにもならないわ。どうにかなるというのなら、何日でも議論したって構わないけれど、そんなの詮無いことだわ。……あの後、私は赤城さんを失ったことで、何も手に付かず何もできなかった。いえ、もう何もかもどうでもよくなったの。生きていても死んでいても何も変わることない、時間だけがゆるゆると流れるだけの無の世界に生きていただけだから。有り体に言えば、私はあの時から使い物にならない状態になってしまったの。戦う兵器としての航空母艦たる艦娘としては、完全に失格だわ。当然責められ、処断されるべきこと。……けれど、あの男はそんな私を責めることもせず、けれども慰めてくれることもなかった。ただ腫れ物に触れるかのような扱いをするだけで、実質、放置したままだった。いいえ、それどころか、意識的に私を避けるようにさえ思えた。戦闘への参加も以後は一切命じられなくなった。そもそも存在しないかのようにね。……横須賀鎮守府第一艦隊のエースといわれた赤城さんと私がいなくても、新たに補充された艦娘によって、第一艦隊は何の問題もなく、これまで通りの戦果を上げていった。赤城さんがいなくなっても、横須賀鎮守府には何の影響も無かった。私もいてもいなくてもどうでもいい存在でしかなかった。そんな事実が知ってしまったら、何の為に私たちは命がけで戦ってきたのか……そんな根本的な事も信じられなくなってしまったのよ」

 

「いいやそんなことは無いだろう。正規空母であるお前が戦闘に参加できなければ、艦隊運営に影響が出ないわけがない。それどころか、赤城までもいないんだ。正規空母二人を戦力として失ったら、その喪失感を感じない提督はいないだろう。それから、横須賀の提督がお前を使わなかったのは、お前の心の状態を考慮してのことだと思うぞ。精神的に落ち込んでいるお前を戦闘に出したところで戦えるはずが無いって分かっていたんだろう。お前の心が回復するまで、待つつもりだったんだろう。そして補充戦力でそれまで通りの戦果を上げられたのは、お前たちの抜けた穴を埋めようと他のみんなが必死に頑張っていたからだよ。きっと、どこかに無理が来ていると思う」

どういうわけか、意図せずに横須賀鎮守府の提督の肩を持ってしまうような発言をする冷泉。

 

「確かに、そういう考え方もあるのかもしれないわ。けれど、私をどう扱おうと、そんなことはどうでもいいことよ。私がいなくても鎮守府が回っていくのは何の問題もないわ。横須賀鎮守府の子たちは、みんな優秀な子だから。私の穴を埋めてくれる存在はいくらでもいたと思うし。……問題の本質はそんな事じゃない。私が言いたいのは、許せないのは提督のこと、提督の態度のことよ。それまでも少しは感じていたのかもしれないけど、今回の事で明らかになったわ。あの男には、そもそも感情というものが無い冷血なんだって。確かに、指揮官としては、ある程度有能かもしれないけれど、人としては明らかに異常な男よ」

切り捨てるかのような口調で加賀が批判する。

その真意は冷泉には分からない。しかし、彼女が指揮官に対する敵意を持っているのは分かる。

 

「あの男と赤城さんは、あの男が鎮守府司令官になった頃からずっと一緒にいたわ。長く赤城さんが秘書艦を務めていたこともあるのかもしれないけれど、二人の間には司令官と秘書艦といった関係以上にもっと親密なものがあったの。赤城さんといつも一緒にいた私だから分かった。……赤城さんがあいつの事を話す時は、いつもすごく楽しそうで幸せそうだったわ。提督だって赤城さんを大切に思っているように見えていたのに」

 

「そうか……」

提督と艦娘の恋……当然ながらそういったこともあるのだろう。けれど、共に戦場にいる存在であるがゆえ、必ず互いのどちらかの死と直面する危険を孕んでいる。もちろん、そんな状態であるが故に、互いの感情が高まることもあるのだろうけれど。

 

「なのに、あいつは、赤城さんが深海棲艦化したと分かった途端、何の躊躇もなく攻撃を命令したわ。あれほど仲の良かった二人なのに、お互いに信頼しあっていたように見えた二人なのに。あいつは敵になったと分かったら、あっさりと赤城さんを切り捨てたのよ。大切な存在を自分の身を守るために切り捨てたのよ」

果たしてそうなのだろうか? そういった疑問がよぎったが、冷泉は口にしなかった。横須賀の提督の人となりを全く知らないために、批評するのはあまりに人間サイドに立った考えだからだ。それでは提督として公平ではない。

 

「所詮、私たち艦娘は提督にとっては換えのきく消耗品でしかないということなのよ。それがたとえ恋人であったとしてもね。私たちは兵器として擦り切れるまでこき使われ、使い物にならなくなったり必要じゃなくなったら、すぐに捨てられる存在でしかない。たとえ信じていても、愛していても愛されていても、用済みになれば簡単に捨てられる。……それが艦娘の宿命なんだわ。そう思ったら、……いえ、それが分かったから虚しくて可笑しくて、馬鹿らしくなってしまった。そう……もう何もかもね」

そういう加賀の表情は寂しそうだった。

 

「そんなことはない。お前達は消耗品なわけないじゃないか。俺は、みんな大切な存在だと思っているし、横須賀の提督もそうだと思う」

 

「提督、あなたは優しい人ね。けれど、たとえそうだとしても、もう、どうでもいいわ。私は知ってしまったのだから。この世界に生まれた時から、人間の為に深海棲艦と戦う事こそが私たちの目的であり運命であり、それこそが前世と同じく軍艦として生まれた私達の生き甲斐なんだって疑うことなく信じていた。けれど、現実はそうじゃない。必死になって戦い、仲間の死を見送り、涙を流しながら戦い続けたところで、敵と戦い沈めば深海棲艦になる。仮に生き残り続けたとしても赤城さんのように深海棲艦になってしまい、仲間に殺される……。戦っても戦わなくても、生きていても死んだとしても、結局は人間の敵になる。ねえ、なんなの、それ? こんな酷い冗談あるのかしら。ちっとも笑えない……。一体、私達は何のために生まれてきたの? この世界に存在するの? 最悪よ。こんなの嫌だわ。耐えられない。大好きな人の敵となり、そしてかつての仲間達に殺されるなんて嫌。逆に、もう誰か大切な人を殺すのも嫌。……最初から別れが宿命づけられているというのなら、誰とも心を通わせたくなんて無い。提督とも他の艦娘たちとも。これ以上あんな悲しい思いをするくらいなら、ずっと一人のほうがいいの」

それは悲痛な叫びだった。冷泉には想像もつかない悲しみの話だ。

 

「お前達が深海棲艦になるとは確定した事ではない、……だろう? 」

鎮守府にあったデータで得た情報を下に冷泉は反論する。

「あくまで可能性の問題であり、過去にそういった艦娘も存在したというだけだ。すべてがそうなる訳じゃない」

 

「領域内で沈んだ艦娘がどうなるかなんて、実際のところ誰も知らないのよ。仮にあなたの言うことが正しかったとしても、赤城さんのように生きたまま深海棲艦になったという事実をどう説明するの」

 

「それは……」

 

「私は深海棲艦になるなんて嫌。仲間に敵扱いされ殺されるのも、そして、信じていたものに裏切られるのも嫌。とにかく、もう何もかもが嫌なの。私の事は放っておいて頂戴。もし、それが嫌なら、解体でもなんでもして。殺せないのなら余所の鎮守府にでも異動させたらいいでしょう? もっとも戦う事を拒否するようなこんな出来損ないの空母なんて願い下げでしょうけどね」

その瞳には諦めの色が滲んでいた。

こんな寂しそうな顔をした女の子を冷泉はこれまで見たことがなかった。自分よりもまだ年下なはずの子が、こんな絶望した、すべてを諦めたような顔をしてしまうなんて……。全てを諦め、全てを拒否するよな態度を取らせてしまうなんて。

なんなんだよ、この世界は。どうなってるんだよ! 何だ、この理不尽さは。

冷泉は強く想い、苛立ち憤った。

 

しばしの沈黙が続いた。そして、これ以上の話は無いとばかりに加賀が背を向けようとする。

 

「加賀……」

引き留めるように冷泉が言葉を発する。

 

「何かまだ用があるの」

振り返るだけの加賀。

 

「はっきり言っておくぞ」

そう言って、冷泉は彼女を見つめる。身構える加賀。

「俺はお前を解体なんてするつもりも、余所の鎮守府に異動させるつもりも全くないからな。俺はお前を必要だからこそ、この鎮守府に迎え入れたんだ。その考えは変えるつもりはないし、絶対に変わらない」

 

「馬鹿じゃないの。情に訴えたところで、気持ちは変わることはありません。私は戦うつもりはありません」

あきれたようにため息をつく少女。

 

「ああ、たとえ今はそれでも構わない。それでも俺はずっと待っているから。お前は必ず立ち直る」

 

「役に立たない空母を一隻遊ばせておくというのですか? 資材の無駄でしかありませんよ」

 

「構わん」

 

「提督はご存じでは無いの? 航空母艦がどれだけの資材を必要とするか。存在するだけで維持経費がかかるというのに、それでやっていける根拠があるのですか? 舞鶴鎮守府にそんなに大量の資材があるのですか? 戦力のないものを持っていても資材が減る一方ですよ。それに、失礼だとは思うけど、見たところ、ここはかなりの貧乏鎮守府よね。放っておいたら破綻するんじゃないのかしら」

 

「ふん、なめるな。お前の維持経費くらい俺がどうにかしてやる。俺がお前を選んだんだから、それくらいの責任は取るつもりだ」

 

自信ありげに答える新たな提督に、少しあきれたように加賀はため息をついた。

「本当に馬鹿な人ですね……。けれど、そんな言葉で私の気持ちを変えることはできません。とても残念ですけれど」

と、帰ってきた言葉は冷泉の予想以上に冷たかった。

 

「俺の気持ちは、変わらないからな……」

 

「私の気持ちも変わることはありません」

 

「そうか……」

冷泉は、そう言うしかなかった。

加賀の気持ちを知ることはできたが、彼女の考えを変えることはできなかったようだ。けれど、本当の事を話してくれただけでも彼女が冷泉に心を開いてくれたと思うことで、まだ可能性が無いというわけではないと自分を納得させる冷泉だった。

 

たとえ、彼女の気持ちが変わることがないとしても、それでも冷泉は諦めるつもりはなかった。

彼女を救えるかどうかなんて、冷泉ひとりの力でどうなるようなものではないとは分かっていた。けれど、彼が諦めることは、彼女の絶望を認めてしまうことになる。そんな悲しい事は許せなかった。

……ただ、それだけだった。

 


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