まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第56話

「あんなに飲んだら、誰だって二日酔いになりますよ」

呆れた感じで高雄が指摘する。

「お水、おかわりします? 」

冷泉は頷く。

「だってさあ、みんなが俺にビールを注ぎまくるんだから、仕方ないじゃないか」

昨日は懇親会に高雄と共に遅れていったら、すでにみんな出来上がっていて、みんなに絡まれたのだった。

 

「嫌なら、断れば良かったんですよ」

 

「いや、司令官として、部下に酒を注がれたら断るわけにはいかないだろう。挑まれた勝負は、受けなければ司令官である価値が無い。上司として、部下に示しが付かないからなあ」

 

「何をそんなところで格好つけているのか……。あわよくば酔いつぶしてなんかしてやろうってエッチな事考えてただけじゃないですか」

 

「ぶ、無礼な。そんなわけ……ない、無いだろう? ないはずだ」

冷泉は昨日の記憶を辿るが、細かいところまで覚えてない。……記憶が無いなんて、仕事をしているときにさえ、あまり無かった事だ。基本、飲み会は一次会まで。飲むものはビールのみで、日本酒とかワインは口を付ける程度に抑えていたのだった。職場に女性が少なく、おっさんばかりだったせいもあるかもしれない。

ところが昨晩は年頃の女の子ばかりだったため、はしゃいでしまったようだ。飲んで記憶がなくなるということは、脳の海馬が麻痺してブラックアウト現象を発症していたのだろうか。

 

「それでも複数の子を相手にして、全方位戦を展開するなんて兵法においてが愚の愚。下の下の策を弄してしまいましたね。提督らしくありませんね」

 

「だって、まさかみんなあんなに酒が強いとは思わなかったんだよ。特に祥鳳と羽黒だよ。あいつら何者なの……。バケモノだよ。いくら飲ませても全然酔わないし、逆に飲め飲めって五月蠅かったしなあ」

その辺の記憶は、はっきりと残っていた。

 

「うふふふ。羽黒はいつも提督にセクハラの被害を受けて、泣かされていますからね。日頃からずっと思うところがあったんでしょう」

 

「けどね、仕方ないよ。羽黒は反応がおもしろいからついついからかってしまうんだよ」

 

「そういえば、少し前の話ですが、羽黒を廊下の行き止まりに追い込んで、泣かせてましたよね。あれって、ほとんど犯罪でした。とても大人が、それも鎮守府司令官になるような人がやるような事ではないです。外でやってたら、完全に取り押さえられていますよ」

 

「うむむむ。確かに、そうだろうな。けれども、俺の体に封印されしエグゾディアを目覚めさせ、その封印されし檻から引きずり出す、抗いようの無い絶対魔力を、あの羽黒は持っているんだ。彼女を見た時、目と目が合ったその時、その封印が解け、俺の霊力の全力を持ってしても、それを押さえ込むことができなかったんだ。俺だけが悪いんじゃないんだ。あれは運命、あれは必然。我が肉体の奥底にある忌まわしき封印されしエグゾディア……こ、こればかりはどうしようもないのだから」

 

「はいはい。……あの子は気が弱くて大人しい子だから、少々セクハラ行為をしても怯えて泣くだけで怒らないからですね。興奮して制御できなかったんですね。けれど、あんまり度が過ぎると、本当に訴えられて刑務所行きですよ」

真剣に捉えない秘書艦。

困ったものだと、冷泉はため息をついた。

 

「冗談はそれくらいにしてだな、……俺は女の子を泣かすような事なんてしないよ。するはずもない。でも、あの時の事は反省してます。まさかあんなに泣くなんて思わなかったし。ちょっと調子に乗りすぎました」

偶然、廊下で羽黒に出くわし、ちょっと話しかけたら、どういう訳か怯えた表情で後ずさりしたので、どうしたのってさらに尋ねたら、羽黒は小さく悲鳴を上げたのだった。

その姿は怯えた子猫みたいに思えて、その反応が冷泉の心の奥底に封印した野獣を目覚めさせ、止められなくなった。頭を撫でてやろうと思ったら逃げ出したんで、つい本気で追いかけていったら廊下は行き止まり。逃げ場が無くなった羽黒は、なぜかしゃがみ込んで泣き出す。びっくりした冷泉が大丈夫かって介抱しているところを見つかって、確保。変態扱いをされた。

報告書では、目撃者曰く、ものすごくスケベな顔で泣きわめく羽黒に絡みついていた……との事だった。

すべてかなりバイアスが係った、どこぞの新聞のような偏向報道だけれど、何故かみんな本気にした。

あとで羽黒が否定してくれたから事なきを得たが、そのままだと本当に鎮守府から放逐されていたかもしれないという大事件でした。

ゲームとは違い、セクハラし放題という訳ではないのだった。

 

「本当に気をつけてくださいよ。ご自身のお立場をきちんと考えてください。提督という立場なら、みんな逆らえないのですから」

 

「うん。気をつけます」

話したせいか、少し体が楽になった気がする。手にした水を飲み干す。

「ところで……話変わるけど、祥鳳が俺にあんなに絡んできたのは何でなんだろうね。すごく真剣な顔で、私の事を必要と思ってますか? って訴えてきてたし、おまけに泣きだすし」

 

「そんなの加賀さんが着任したからに決まってるじゃないですか。正規空母と軽空母の違いはあるといっても、同じ空母ですからね。特に祥鳳は、うちの鎮守府唯一の空母でしたから。……自分の力が足りないために加賀さんを提督が呼んだんだ。加賀さんが入ったら、もう私なんて用済みなのかも。自分は提督に見放されるとか言って落ち込んでましたからねえ」

 

「そうなのか? そんなわけないのになあ。それは、ちょっと説明不足だったんだろうな。空母は、今後の戦いにおいて非常に重要な役割を果たすことになる。加賀が入ったところで、全然足りないんだが。それにだ……それ以前に、ここにいる子は誰一人としていらない子なんていないんだけどな。みんな大切な部下であり、大切な仲間なんだから。今度、ちゃんとフォローしておかないと」

 

「提督。フォローとか言いながら、セクハラはダメですよ」

妙に冷静な声で秘書艦が指摘する。

 

「んなわけないよ」

 

「だといいんですが。本当に……みんながセクハラだと訴えてくれたらいいんですけど、どういう訳か嫌がらない子……いえ、泣き寝入りする気の弱い子が多いですからね、うちには。けれど、調子に乗ってはいけませんよ。提督には、自重してもらわないといけません」

ほぼ犯罪者扱いのような事を言われている。

何故なのだろう?

 

「やっぱり、提督にお酒は要注意ですね。横須賀の駆逐艦娘たちに絡まなかったのだけは褒めてあげますけど」

どうやら、酔ってはいてもコンプライアンスは守っていたようだ。

 

「あの子たちとは話す時間が無かったからあれなんだけど、加賀の事は何か聞いたのか? 」

 

「その辺はきちんと聞いておきましたよ」

秘書艦が自慢げに胸を張る。

そんなことをしたら、ボタンがはじけ飛ぶんじゃないかと、冷泉は、ひやひやした。

しかし、そういった事は起こらなかったのだが。

 

「で、どうだった? 彼女たちは何か知ってたのかな」

少し残念ながらも、そんな態度を見せずに問いかける。

 

「領域解放の戦いの中で赤城さんが轟沈。愛宕が大破。旗艦長門さん、霧島さん、飛龍さんが中破状態。加賀さんが小破という壮絶な戦いだったようです。横須賀鎮守府の主力艦がこれほどまでの損害を受けることは無かったはずですから、その戦いの激しさがわかります」

 

「戦艦2、空母3、重巡1の布陣だったわけか」

大破した愛宕は無事だったのだろうか? 確か、高雄の姉妹艦だったはずだけれども。特に彼女に変化がないようなので無事だったんだろう。

 

「そうですね。ただ……」

 

「ただ? 」

 

「その戦いについての詳細は、すべて伏せられているとのことでした」

 

「どういうことだ? 海戦の記録はすべてデータベースに納められ、他の艦娘たちがその記録をもとに演習を行ったりするようになっているんだろう? 」

 

「そうです。今回は例外措置らしいです。データは一定期間、非公開らしいとのことです。そして、横須賀鎮守府内においても、その場にいた第一艦隊の5人以外は、何も知らないらしいです。彼女たちには箝口令が敷かれているらしく、鎮守府の他の子たちも詳細は全く知らないとのことでした」

 

「何か漏れては困るような事案があったということなのかな」

作戦が失敗だったとしても、横須賀鎮守府の提督なら隠すようなことなどしないはずだから、他になんらかの事情があったと判断するしかない。それが何だったかは想像もつかないが。

 

「それすら分かりません。我が国の主力空母が沈んだという事実。その詳細を語りたくないのかもしれませんが」

 

「どちらにしても、知りたければ当事者に聞けということだな。そして、それを当事者に聞かないと、現在の舞鶴鎮守府の抱えている問題は解決しないということだからな」

冷泉はその難易度を思うと、ため息をつかざるを得なかった。

「……歓迎会はともかく、次の戦いに向けた会議を開かなければならないよな。それも早急に。加賀の件についてはいろいろあるけれども、加賀無しでは今度の出撃も成功の確率は大幅に下がることになる。彼女の出撃は絶対条件だ。それを前提に、今度の会議を行う。高雄、各人に連絡をお願いする。明日、午後より、会議室において作戦会議を執り行う」

 

「了解しました」

高雄が不安げに応えた。

 

翌日。

 

そんなこんなで、今回出撃することとなる第一艦隊のメンバーを集めてのミーティングを行うこととなった。

扶桑、金剛、高雄、羽黒、祥鳳、そして加賀が次回出撃メンバーとして選んでいる。

まだ入渠中の艦娘もいるが、ほぼ修復完了であるため、人型である本人は出席可能である。

今回の出撃の旗艦は、現在、秘書艦である高雄となる。

 

会議室は提督の執務室の階下にある。

会議机を囲んで、すでにほとんどのメンバーは集まっている。予定の時刻を20分ほど超過した状態である。冷泉たちは一人の艦娘を待っていたのだった。

 

そう、正規空母加賀だけが、未だに会議室に姿を見せていなかったのだった。

高雄があたふたと加賀の部屋に電話をするが、誰も出ないようだ。

 

「一体どうしたんデスか? 」

不満げに金剛が呟く。

 

「高雄さん、加賀にはきちんと連絡できたんですか? 」

 

「ええ、直接部屋を尋ねて、伝えています」

扶桑の質問に高雄が答える。

 

「けれど、もう20分も経っています。流石に遅いですね」

 

「あの、……私が見てきましょうか? 」

祥鳳が不安げにみんなを見回し、提案する。

同じ空母ということで、何故か責任を感じているようだ。

 

「祥鳳、お前が責任を感じなくたっていいぞ。……すまないけど、みんな、もう少しだけ待って貰っていいか」

 

「はい、すみません。わかりました」

 

「まーテートクがそういうなら待ってもイイですヨ」

特に気にもしてない感じで金剛が会話に割ってはいる。

他の艦娘も頷く。

 

冷泉の提案でとりあえずは待つことにしたが、時間は経過するだけで、一向に現れる気配のない加賀。

 

そして、沈黙のまま、ついには一時間が経過した。

 

「……さすがに。これは酷いですね」

ずっと黙っていた扶桑が口を開いた。

「前日に伝えたはずの時間を一時間経過しても現れない。そして何の連絡も寄越さない。これは少し酷すぎます」

 

「OH! 扶桑が怒ってマスネー!! 」

相変わらず、普段は脳天気な奴が反応する。

 

「金剛、茶化さないで。……私が言っているのは、加賀の態度が提督に対してあまりに失礼だからです。これほど提督が気を遣ってくれているというのに、酷すぎませんか」

 

「うーん。そうダネー。約束守らないのは良くないネ」

 

「すみません。秘書艦としてもう少しきちんと言っておけば良かったんです」

高雄が謝り始める。

 

「高雄は悪くありません。けれど……」

そう言って、扶桑は冷泉を見る。そして黙り込む。

多分、冷泉に何か言えと言っているんだろうが、何て言えばいいのか困惑してしまう。

「いや、その。なんだ……。加賀にも何か事情が……」

 

「提督のその優しさが、彼女を増長させているのかもしれません」

 

「いや、扶桑。お前はそう言うけどな、彼女だっていろいろ辛いことがあったからな」

そういって何故か加賀を庇うような事を言ってしまう。

 

「テートク、加賀の肩を持ちすぎネ。私もあんまり人のこと言いたくないケド、加賀は協調性がなさ過ぎダヨー。宿舎でもいろいろ揉めてたみたいなんだよ。今のままじゃ、トラブルメーカーにしかならないネ」

珍しく批判するような感じで金剛が口を開く。

 

この言葉のきっかけに、騒がしくなった。ついにはみんなが抑えていた感情を吐露し、怒り出したようだ。着任した日に宿舎でもいろいろ揉め事があったようだ。そして、今回の無断欠席だ。舞鶴鎮守府にとって非常に重要な領域解放戦のミーティングの重要さを知りながら、それを無視するその態度を誰もが理解しがたいのだろう。口々に不満を言い出す艦娘たち。

 

ただ一人、羽黒が困った顔で「あの、その……ごめんなさい」と言いながら、あたふたしている。

 

「まあまあ、落ち着け、みんな」

そう言って場を納めようとするがどうもうまくいかない。

 

「提督、言わせて下さい。確かに同僚艦を失った事については、同情に値します。私達も同じ艦娘だから、その辛さは痛いほど分かります。けれど、それはいつかは、自分の中で整理していかなければならない事なんです。みんなそうやって来ました。……戦いの為に生きる私達はそうしなければ生きていけない。……一人だけ例外扱いはできません」

 

「いや、扶桑。そうは言うけどな」

 

「提督、私も同じ意見です」

高雄が追随する。

「ここは、秘書艦としてはっきり言っておきます。領域解放戦に行かなければならないというのに、肝心の加賀さんが来ないなんて信じられません。彼女はどういうつもりなんでしょうか。……精神的に厳しい状況というのなら、せめてこの場に来て、提督に、いえみんなに事情を説明すべきじゃないのでしょうか? 私達が納得するかどうかは二の次です。誠意を示すべきだと思うんです。もちろん、辛いのは分かりますが、特別扱いはできません」

 

「そうダヨネ。みんな同じなんだよ、テートク。私達は、みんな同じような思いをしていきて来てるんだから。加賀だけ特別はノーだよ」

 

みんなが言うことも冷泉には理解できる。戦う為に生まれた存在が艦娘。それが戦うことができなくなったというのか?

まさかね。

 

「お前たち、まずは落ち着け。少し俺も考えたいことがあるんだ」

 

「なんですか? 」

と、高雄。

 

「なぜ加賀が関わりを拒絶するのか、をだ。すべては前の戦いで正規空母赤城が沈んだことに行き着くと思われる。ならば、正規空母赤城が沈んだ戦いの考察をしたいんだ」

そして秘書艦を見る。

それだけで意志が通じたのか、高雄は頷くと話始めた。

 

「サーバにあるデータによると、1ヶ月ほど前の領域解放戦で、赤城さんは沈没したとの記録がありました。

某月某日。

15:17 敵艦隊撃破

15:18 領域解放

17:12 赤城沈没

となっています。

領域解放よりだいぶ時間が経過しての沈没となっていますが、これは赤城さんが戦いで大破し、その後、ゆっくりと沈没したと思われます。加賀さん以外の戦艦。重巡洋艦及び空母は中~大破の大ダメージを受けていました。それほどの激戦だったようです。ただし、その時の戦闘データには、みなさんもご存じのように、現在、データ整理中のためアクセスできない模様。分かるのは結果だけとなっています」

 

「俺が思うに、そのあたりに何かがあるんじゃないかって思っているんだ。そうでないと納得できない」

 

「何のことだかチンプンカンプン」

 

「金剛は考えなくていいから」

扶桑は金剛の言葉を遮る。

「提督は何をお考えなんです? 」

 

「いや、加賀は横須賀鎮守府において第一艦隊でずっと戦ってきたわけだろう? だったら、仲間の死とかにも何度も遭遇しているはずだよな」

 

「そうですね」

 

「だったら、たとえ親友の死であろうとも、横須賀鎮守府の第一艦隊の地位を捨ててまでそこから離れたいと思うだろうか? 親友が死んだのなら、彼女の分まで頑張ろう、頑張らなくてはと思うんじゃないかって思うんだよ。何度か話して思ったけど、加賀は相当にプライドが高いようだ。そんな彼女が、横須賀での責任ある立場を放ってまで逃げようなんて思うはずがない。きっと、責任を放置しても仕方ないほどの理由があると思うんだ」

あくまでそれは冷泉の引っかかりだけでしかない。単なる違和感でしかなく、実際は親友が死んで、悲しくて怖くて逃げただけかもしれない。

けれど、きっとそうじゃない。

 

「一体そんな事があるんでしょうか」

半信半疑の扶桑。他の艦娘たちも同様だ。

 

「それが領域解放から赤城沈没までの空白の時間にあると思う。とにかく、この件については、俺にしばらく任せてくれないか。領域解放戦の第一期限まではそれほど時間が無いけど、彼女を説得してみるから」

 

「提督、もし無理な時はどうするのです」

扶桑の問いに関しては、

「俺を信じてくれ」

と言って頭を下げるしかなかった。

 

そして、冷泉はミーティングを打ち切った。

 

口々に不満を言う艦娘たちもそこまでされたら、引き下がるしかなかった。

 

 

 

 


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