まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第五章 正規空母 加賀編
第52話


査問委員会から数日が過ぎた。

鎮守府の現状だが――。

 

第一艦隊は、現在、出撃予定無し。

 

戦艦扶桑は未だ修理は完了せず、ドック入りしたままだ。重巡洋艦羽黒は、入渠待ちの状態となっている。

このため、第一艦隊所属の他の艦娘たちは出撃の機会は無く、港に係留されたままとなっている。

とはいっても、何もせずにいるわけではなく、彼女たちは彼女たちで艦娘ネットワークに接続し、過去の海戦をシミュレートしたデータを使用し、メンバーを入れ替えながら模擬演習訓練を行っている。

 

現在、攻略予定の領域を戦い抜くには、他の艦娘を入れて編成しなおしたとしても、火力的に攻略は困難であるため、第一艦隊を出撃させないことは、やむを得ないことである。

 

第二艦隊については、すでに遠征任務を何度も行い堅実に成果を上げている。

 

本来、第二艦隊の旗艦であった神通の状況についてだけれど……。

先の領域解放戦において大破し治療中だったが、なんとか意識を取り戻し、すぐにでも任務に戻れますと主張するほどの回復ぶりだった。艦本体の修理も完了しているとの報告を受けていたので、早速、艦隊に復帰させるべく手続きを進めていた。

しかし、念のため行った面接で彼女と会話を交わした時、冷泉は彼女の体から発されている違和感を感じ取ったのだ。それはなんと言って良いかは分からない違和感というようなものだった。彼女の全身を巡る気のようなものの停滞が感じられたのだ。

どうしてそんなことが分かったのかは分からない。けれど、一緒に面接に立ち会っていた高雄と比べて、神通の体はどこか濁って停滞しているような感じがしたのだ。

神通本人は全然元気であり、すぐにでも出撃できるように主張するが、どうもその違和感が気になり、彼女の真剣な訴えにも納得できなかった。とは言っても言葉では説明できないことであり、話がなかなか進まなかった。

「仕方ない。じゃあ、俺が直接確認をしてやる」

そう言うと、閃く感覚に身を任せ、冷泉は行動を起こしたのだった。

 

それは、神通を押し倒し、いきなり触診を始めたのだ。

 

「きゃっ! 」

思わず悲鳴を上げる神通。

 

「提督!! 何してるんですか」

驚いた顔で席を立ち上がる高雄。

 

普通、女の子の体をいきなり触るのはセクシャルハラスメントでしかなく、変態扱いをされてもおかしくない行動だ。しかも押し倒したりしたら、確実にアウトだろう。

神通は唐突な司令官の行動に驚き、悲鳴を上げた。同席していた高雄も慌てて上官を制止しようとする。しかし、冷泉は落ち着いた表情で秘書艦の行動を制止した。

「俺に任せろ」

そう目で訴えた。

秘書艦は理解したかどうか分からなかったが、行動を止めた。

 

冷泉が押さえ込んで抵抗できなくくした神通の腹部にそっと触れると、思ったより柔らかいし、暖かくて驚いた。

それはともかく、腹部に当てた掌に少し力を入れただけで神通は激痛にのけぞり、悲鳴を上げたのだった。それはセクハラに対する悲鳴では無いことは明らかだった。続けて両方の掌をゆっくりと、少し嫌がる神通の体を撫でていく。腹部以外にも左肩、右太もも、右足首の部位を押した際に神通は反応し、少し押すだけでうめき声を上げたのだった。

 

「これは、どういうことなんだ? 神通」

冷泉の指摘に顔をゆがめながら、必死に痛みを堪えようとする神通。

「な、なんでもありません。びっくりしただけです。私は、大丈夫です……提督」

 

「嘘をつくな。なら、どうしてこんなに痛がるんだ」

そう言うと、冷泉は掌に力を込める。

「きゃっ、かっ! い、痛い」

堪えきれずに悲鳴を上げる神通。

 

「提督、これはどういうことなんですか」

横で待機する高雄が心配そうであり、不思議そうな顔で、神通と冷泉を交互に見る。

 

「簡単なことさ。神通は大丈夫だって言うけど、それは嘘だ。まだ完治なんてしていないんだよ。外見上は怪我は治っているようだけど、体の深部はまだ治癒できていない箇所があるんだ。俺にはそれが分かる」

 

「そんなことありません。きちんと見て貰えばわかります。私は、完治してます。もう戦えます。すぐにでも艦隊に復帰します」

 

「ふざけるな、神通」

無理に笑顔を作ろうとする神通を、冷泉は一喝した。

神通は驚き、目を閉じて両手で頭を庇うようにして縮こまる。

「万全な状態でないのに、無理をするな。こんな状態で出撃してもお前の本来の能力を発揮できるわけがないだろう! それは他の艦娘にも迷惑がかかることにもなるって分からないお前じゃないだろう」

 

「く……。でも、でも……。私がドック入りしたままでは他の艦娘の治療ができません。私はもう修理完了しています。仮に提督の仰るように未治癒の部分があったとしても、戦いながらでも治せます」

上目遣いで、少し怯えた目で冷泉を見ながらも、神通は反論してくる。

 

「ほほう……。大丈夫、だと? これで大丈夫なのか? ほーらほら。えへらえへら」

そう言って、冷泉は彼女の体のあちこちを押す。

神通は、そのたびに仰け反って悲鳴を上げる。

 

「どうだ、意地を張っても無駄だ。ほらほーら。これでも完治したって言えるのか」

 

「て、……提督、痛い、痛いです。止めて下さい。お願いです、ゆるして、許して下さい、お願いです」

あの我慢強い神通ですら、冷泉が軽く押すたびに彼女の体を刺し貫かれているかのように悲鳴を上げる。冷泉の施術が起こす痛みに耐えられないようだ。

 

「だったら認めるんだ。傷はまだ治っていないと」

そう言って攻撃の手を緩めない。

 

「は、はい。提督……すみません。私が嘘をついていました」

ついに諦めたように認めた。冷泉は頷くと、彼女から離れる。

 

「よーし、だったらちゃんと治るまでドックにいると約束しろ」

冷泉の命令に涙を浮かべながら、それでも仕方なくといった感じで神通は頷く。

「でも、私なんかの為に、第一艦隊が出撃できないままでいるなんて、私、そんなの耐えられません」

乱れた着衣を直しながら、まだ神通は反論してくる。

 

「そんなことは、お前が気にすることじゃないだろう。それは、提督である俺の仕事だ。万全でない者を出撃させることなんて、俺は許さない。他のことは俺がなんとかするから安心しろ。お前はお前のやるべき事をやればいいんだ。……分かるな? 」

神通の姿にちょっと目のやり場に困ってしまうが、なんとか彼女の目を見、視線を下へ逸らさないように、自制する冷泉。

 

「私が……やるべき事? 」

 

「そう。今、お前がなすべき事は体を完全に治すことだ。第一艦隊が出撃できることよりも、神通、お前の回復が鎮守府にとって優先される事項であることをちゃんと理解しろ。何も遠慮することはないのだ。これは命令であり、任務だと思ってくれ」

それくらいはっきりと言わないと、彼女は冷泉の言うことを理解しても納得なんてしないだろう。自分が我慢すればなんとかなる場合、本当に重篤な状態でも我慢するような娘だからな。

 

「これも任務……ですか」

 

「そうだ……。傷を治すことがお前の任務だよ。どうなんだろうか? この任務、お前には難しすぎるかな? 」

少し挑発するように神通を見る。

 

「いえ。任務とあらば、必ず……やり遂げて見せます」

 

「うん。よし、それでいいんだ。すぐにドックに戻り、治療を再開するんだ。高雄、ドックに連絡し、迎えを寄越させるように連絡してもらえるか」

 

「りょ、了解しました」

神通が答える。

 

「分かりました。すぐに連絡しますね」

高雄が素早くドックに連絡を入れる。

 

数分もしないうちに、ドックから迎えの者が到着した。

「では、提督。失礼します」

敬礼をして、神通は部屋を出て行った。

 

「ふう……」

神通が退出し、しばらくしてから、冷泉は大きなため息をついた。

とりあえず、あれだけ厳命すれば、彼女も勝手な行動はしないだろう。命令違反は絶対にしない性格だから大丈夫だとは思うが……。

 

確かに、神通の気持ちも分からなくはない。

動けるようになったから、すぐにでもこれまで遅れを取り戻すために、また、少しでも早くドックを空け、他の艦娘の修理に使えるようにしたいのだろう。けれど、中途半端な状態で、たとえ遠征とはいえ、出撃させるわけにはいかない。

あれだけかなりきつく言ったのだから、大人しく言う事を聞くとは思うのだが、今後も彼女の動向には注意が必要だ。

 

「提督、ご苦労様でした。それと、今連絡があり、神通はドックへに到着し、治療を再開したとのことです」

ドックからの連絡を受けた高雄が報告する。冷泉は頷いた。

「ところで……あの、その」

 

「なんだい? ……高雄」

何故か口ごもる秘書艦の態度に、不思議そうに冷泉が問う。

 

「えっと、先ほどの提督のあの力は一体、何なんでしょうか? その、……神通が治ってないのを見抜いたマッサージみたいなもののことです。あんなの見たこと無いですけれど」

 

「ふふふ、そんなことか。……あれは中国医学とタイ医学のマッサージを用いる氣内臓の流れをくんだ施術なんだよ。根源は導引術になるのかな。まあ俺にかかれば、体の生体エネルギーの流れを読み取ることができ、本来不可視であるはずの、よどみ・滞りを目視することができるんだよ」

自分の能力をきちんと説明することができないので困ったが、喋ってみると全くのでたらめがペラペラと出てきた。ただし、言ってる事は適当だけれど、神通の体の異常な部分が見えたのは事実だ。

 

「え! そんなものがあるんですか。私、全く知らなかったです。私もいたのに、いきなり神通に襲いかかったから、提督が場所もわきまえず欲情したのかと思って驚いてしまいました」

高雄は本気で驚いたようだ。しかし、そんなことをするような人間に見られているのには少しショックを受けた。

 

「ははは。まあ、学生の頃、中国四川省の青城山に迷い込んで、偶然、ある地仙と出会い修行を受ける機会を得てね。……ただ、さすがに治療の段階までは会得できなかったよ。だから、検知することしかできないんだけれどね。治療までマスターしてたら、違う職に就いていたかもしれないんだけどなあ」

これまた、でまかせが滑らかに出てくる。

 

「それでも凄いです。鎮守府司令官にその若さでなれたことだけでも凄い人なんだと思っていましたけど、そんな超能力みたいな力もお持ちなんて、提督!、本当に尊敬してしまいます」

 

「いやいや、照れるな。もしかして惚れちゃったかな? 」

あんまり褒められると、照れくさいので誤魔化そうとする。

 

「いえ、私、……もうとっくに提督に惚れちゃってますから」

当たり前のように真顔で高雄が答えたので、冷泉の方が赤くなった。

「でも、いきなり、神通を押し倒して……その氣内臓ですか? その施術を始めた時、私、提督のなさる事を理解してませんでしたので、……欲情した提督には神通のほうが魅力的なんだと思って、少しショックでした。私の方が胸大きいと思うんですけど、提督は胸が大きい女の子はタイプじゃないのかな、なんて」

と、ぼそぼそっと呟く。

 

「げふんげふん。……さて、と。なんだっけ? 」

結局、何が言いたかったけど唐突な高雄の返しに動揺して忘れしてしまい、ただただ、もごもごするだけだった。

 

高雄はクスリと笑うと、何事もなかったように執務に戻った。

何か気の利いたセリフを高雄に言うべきなのだが、未だ動揺が収まらず、タイミングを逸してしまった。

「コホン」

仕方ないのでファイルを見るふりをする。

 

少し前にそんなやり取りがあって、神通は現在、入院中なのである。

 

ちなみに現在、第二艦隊の旗艦は、神通の代理として駆逐艦不知火に任せている。

神通以外にも軽巡洋艦の艦娘もいるのだが、艦隊の中では不知火が一番適任であると判断し、指名したのだ。彼女も冷泉の期待に十分すぎるほど応えてくれている状況である。

 

不知火のがんばりだけでなく、もともと第二艦隊所属の艦娘たちは神通の下で鍛えられていたようで、旗艦不在の状況でも混乱することなく任務を確実にこなしていってくれている。舞鶴鎮守府の第二艦隊が華の二水戦なんて呼ばれたものでは無いのだろうけど、それに匹敵するんじゃないかというほど、連度は高くまとまっている。

 

遠征とは、ゲームと同じく艦隊を長時間任務に就かせることにより、その報酬として資材などの報酬を得るものである。

輸送、警備、偵察、他艦隊の援護、演習参加、破壊工作などと多岐にわたる。それら任務をこなすことにより得られる報酬は、鎮守府にとっては非常に重要なものである。

 

領域解放ほど得られるものは多くないが、それでも堅実に成果があがる、非常に重要な任務である。

第一艦隊が出撃できない現状、彼女たち第二艦隊が入手してくる資材等が鎮守府の生命線になっているわけだ。

それが無ければ、資材資金不足になってしまっていただろう。

 

「神通が完全回復したら羽黒を入渠させて、扶桑の後には大井を入れて……。第一艦隊の出撃は、もう少しかかりそうだなあ」

独り言を言いながら、ペラペラとファイルをめくる冷泉。

 

手にしたファイルには、要求を上げた艦娘および装備が記載されている。

 

正規空母:加賀

 

要求の筆頭に、書いた名前。それが彼女の名前だった。

現在の舞鶴鎮守府艦隊においてもっとも足りないと考えていたもの。

それは、航空戦力だった。

先の領域解放戦においても、こちらには軽空母祥鳳しかおらず、もちろん、彼女は十分すぎるほど奮戦していたが、いかんせん航空機の数が不足していた。あの時、もう一隻空母がいれば、戦いの結果は変わっていたと冷泉は確信していた。

 

こちらの世界の戦いにおいても、領域内戦闘のみに限定すれば、実際の世界での戦争と同じく、航空機戦力が今後、もっとも必要とされる戦力になると考えているし、そうなるだろう。

ただ、こちらの日本海軍においては、まだまだ戦艦を重要視する傾向が強いようで、戦艦の建造のほうが優先されているらしい。だから、要求するのなら戦艦の方がいいですよ、と秘書艦高雄には進言されたのではあるけれど。……それでも、あえて加賀を選んだのだ。

その希望が叶えられない場合、プロ野球のドラフト会議と同じで、第二順位にしていた艦娘を他の鎮守府に取られるというリスクも覚悟していた。

 

しかし、なんと! 正規空母加賀が舞鶴鎮守府に配属されることが決定されたのだった。

 

要求書草案を作成したときに、秘書艦の高雄には否定されたことが思い返される。

 

「提督もご存じだとは思いますが、正規空母加賀は現在、我が国の空母の中で1,2位を争う能力を誇る艦娘なんですよ。しかも、最強と言われる横須賀鎮守府第一艦隊所属なんですよ。仮に彼女が希望したとしても横須賀鎮守府の提督が手放すわけ無いと思いますけれど」、と。

しかし、どういった政治的力学が作用したかはわからないけど、冷泉の願いは届いた。最強最精鋭の横須賀鎮守府ともなれば、優秀な艦娘でひしめき合っていると聞いている。戦略の見直しで加賀が構想から外れたのかもしれないし、彼女の希望を横須賀鎮守府の提督が聞き入れたのかもしれない。

何にしても、うちの鎮守府にとってはいいニュースだ。

 

そして、冷泉が待ち望んだ、意中の人が本日着任するのだった。

 


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