「金剛! あなた何やってるの? あっ、だめだめ、あなたそんなにきつく締め付けちゃ! 」
少しおっとりした声が聞こえ、別の誰かが病室に入ってきたらしい気配は感じたが、全てはそこまでだった。
「あら……あら、大変だわ。提督のお顔がどんどん土気色になってく……。駄目よ金剛、それ以上締め付けたりすると……ああ! 提督が失神しちゃうわ」
そんな言葉を聞きながら、冷泉の意識は再び暗転していくのだった。
―――。
どれくらいの時間が経過したんだろうか?
再び時は動きだし、完全なる暗闇の中に、光が差し込んで来るのを感じる。
ああ……これは夢から覚めたということなんだろうか?
それはすなわち、先ほどまで見ていたものは、すべて夢。
願望が生み出した幻……。
結局、夢は夢でしか無く、現実へ戻るしかないのか……。
冷泉は、少しだけ失望感を抱いてしまっていた。
あの死は現実でなかったのだという喜びと、先ほどまでいた【艦隊これくしょん】の世界にもっといたかったのにという、ちょっと情けないわけではあるけれども、それに対する失望の狭間の中で瞳を開くこととなる。
目を開ければ夢から覚める。全てが元に戻るんだ。
やむを得ないし、そうなるのは必然だもんな。仕方ない。
そう思い、思い切ってまぶたを開くんだ。
そして……。
その開けた視界に現れたものは―――!
喜びと失望、どちらの感情を出せばいいか、すぐには判断できないな。
なんど、開けた視界の中には、二人の女の子がいたんだ。
二人とも立ったまま、こちらを見下ろしている。
一人はもちろん、先ほどまで話していた【金剛】。
何があったか分からないけど、何故か神妙そうな顔でもう一人の女の子とこちらを交互にチラチラと見ている。
隣の女の子。
たぶん、金剛より少しだけ年上に見える。
彼女の発する雰囲気が少し大人っぽいのだ、金剛と比べると。
とはいっても、そんなに歳が離れている訳でもなさそうだ。同い年といえばそう思えるけど、醸し出す雰囲気や落ち着き具合で年上なんだろうなって想像できる程度だ。
金剛と同じような巫女装束だけれども、デザインがだいぶ違うようだ。袖の部分がだいぶ長いし、肩のところにスリットが入ってるわけでもない。どちらかと言えば、かなり控えめなデザインかな。
でも二人とも袴ではなく、ミニスカートになっているし。金剛は黒のミニ。もう一人の子は朱色のミニに素足だ。
しかし、二人とも足長いな。
和装なのやら洋装なのやら分からない格好をしているのは共通点である。
さて、もう一人の子に話を戻すと、腰まである長い少し青みががったストレートのつやつやした髪が、神秘的な彼女の雰囲気にぴったりだ。儚げな感じがするし、やけに清楚そうに見える。
金剛は膝上までの黒いニーソックスにヒールを履いているようだけど、もう一人の子は足袋に草履。こちらのほうが明らかに巫女さんっぽい。ただ、足下の露出が多すぎて目のやり場に困るのだけど。
少し赤みがかったその瞳でこちらを心配そうに見つめるんだけれども、時折、隣の金剛が余計なことをしないように注意を払うような視線を送ったりしている。
しかし何となく、こちらへ示す態度が遠慮気味な感じがするのはどういうわけかな。
冷泉が意識を取り戻したのに気付いた金剛が、
「ほらー、扶桑が心配しなくたって提督、大丈夫そうデス」
取り繕うように訴える。
「だめよ、金剛。提督は、怪我人なのよ。自分の感情のままに扱ったりしたら、さっきみたいな事になってしまうのよ。本当に大変なことになってしまうところだったのよ。注意しなさい。。そもそも、ただでさえ、あなたはガサツなんだから。もっと慎重に行動しなくちゃ」
少し強い口調で扶桑と呼ばれた少女が隣の少女を睨む。まあ睨むといってもそんなに責めるような感じじゃなかったが。
「はーい、ゴメンナサ-イ」
舌をペロリとする仕草を見せる金剛。
「こら! 謝るのは私じゃなくて、提督にでしょ? それに何なの、その態度。謝る態度じゃ無いでしょう。きちんとしないさい。さあ! 」
妹を叱る姉のようだな。この子の金剛への対応は。子犬を叱る女の子のようにも見えるけど。
二人の姿を見ていて吹き出しそうになるのを何とかに堪える冷泉。
金剛の話から、巫女さんみたいな服装の子は扶桑ということか。まあ見た目で分かったけどね。
だって、艦隊これくしょんと同じだからね、二人とも見た目も服装も声質も。
喋り方はかなり違うけれども。
「はあ-い。えーと、ゴメンネテートク。苦しかった? 私の事、怒ってる?? 」
本気で死ぬかと思ったが、ここで余計なことを言うのは話がややこしくなるだけか。
「ま、まあ、驚いたけど、なんとか無事だよ。全然怒っちゃいない、さ」
「やったー! ほーらね、ね、扶桑。テートクだって怒ってないデスよ」
はしゃぐ金剛を軽くいなして、彼女はこちらを見つめてくる。
「すみませんでした、提督。私が目を離していたせいで、本当にひどい目に会われましたね。本当に申し訳ありませんでした」
と、深々と頭を下げる。
あまり丁寧に謝罪されるとこちらが恐縮してしまう。
そもそも扶桑は何もしていないのだが。
しかし、言葉使いが金剛に対するそれと比べると、どう考えてもよそよそしい感じがする。
「さあ、あなたも謝りなさい」
扶桑はよそ見をしていた金剛に気付き、慌てて彼女の頭を掴むと無理矢理下げさせる。
「きゃあ! 痛ったああいい。扶桑、首が折れちゃうyo! 」
「い、いや。扶桑、君が謝ることじゃないよ。それに、俺は大丈夫だから、さ」
「いえ、きちんとけじめを付けておかないといけないのです。常々、提督はその辺を曖昧にしすぎていると思っていたのです。そもそも、……絶対安静だというのにこの子が看病するからと我が儘言って、病室に無理矢理残ってたくせに、提督を危うく絶命させそうになったんですから。もう、何を考えてるのか……」
「違うモン。提督が目を覚ましたから、つい嬉しくって抱きしめちゃっただけデース」
頭をコツンと叩いて、テヘッと照れる金剛。
「他の娘だって提督の事を心配してたのに、絶対安静だからって仕方なく鎮守府に帰っていたんですよ。……まあ、あと一人どこかうろついているみたいだけれども……。とにかく、あなたと私が代表で残っていたんだから、提督が意識を戻されたのなら最初にするべきことがあるでしょう? それを置いておいて、いえ、恐らく忘れていたんでしょうけれど自分勝手な行動を取るなんて、ホントにもう、ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
金剛が可愛い子ぶるのを完全スルー。
「あん。もー、扶桑のお小言はイヤでーす、嫌いデース。聞き飽きたデース。みみたこみみたこ。テートクが目を覚ましたんだから、オールオッケー、ノープロブレムなんだから」
金剛は耳を両手で塞ぎ、あーあーキコエナイキコエナイと連呼している。
扶桑は、大きくため息をついた。
どうやら、いつもこんな感じらしいな。
微笑ましいと言えば微笑ましい風景だよ。
「まあまあ、扶桑。その辺にしておいたら……どうかな。俺は無事だったんだしさ。まあ何とかって感じだけれどね」
そう言って扶桑の肩に手をかけた。
「ひっ!! 」
いきなり触られて驚いたのか、扶桑は突然、大きな声を上げて飛び退いた。
「うわっ!! 」
冷泉の方が彼女の態度に驚いてしまった。
「……ご、ごめん。びっくりした? 」
「い、いえ、すみませんでした。えっと、急だったので驚いてしまいました」
すり足で半歩下がりながら扶桑は答える。なんだか少し怯えているようにさえ見えてしまう。
明らかに彼女は動揺している。
それは何故だ?
何で……なの?