査問委員会、召喚の日。
昨日、佐藤中尉より知らされたわけだが、その翌日が委員会の日となっていた。
何の対策もできないまま、ぶっつけ本番で挑むこととなったわけだ。
一応、彼よりレクチャーは受けたが、果たして役に立つのだろうかという疑問しかなかった。
もっとも準備期間があったところで、何らかの対策が取れたかというと、冷泉には全く解らないけれど。
場所は鎮守府地下にある、テレビ会議室だった。
そこまでは秘書官である高雄が案内してくれた。
終始、心配顔の彼女を安心させるために冷泉は喋り続けなければならなかった。それでも彼女の心配の種は解消されなかったようだ。終始心配げな表情が消えることはなかった。
「安心してくれ。俺は何一つ間違ったことをしていない。だから問題ないよ」
「ですが、提督。査問委員会がどのようなものか私は知りません。とても、とても不安なんです。お供できればいいのですが、委員会に艦娘は入ることは許されていません。提督をお守りするのが秘書艦の勤めのはずなのに、それができないなんて。……とても悔しいです」
今にも泣きそうな顔をする秘書艦になんと言葉をかければいいのだろうか?
「なあ、高雄。お前は俺のことを信じられるか? 」
「……もちろんです。私は提督のことを信じています。いついかなる時もどのような状況であっても、その気持ちは変わることはありません。私は提督についていく覚悟です」
真剣な顔で答える高雄。冷泉のどこを信じ、どういうときについていく覚悟なのかはよく分からないものの、彼女の冷泉への揺るぎない信頼は確信できた。
「だったらさ、お前の信じる俺の能力を信じてくれ。俺は必ずこの局面を乗り切るし、お前たちをおいてどこかに行くようなことはしないよ」
その言葉をどこまで彼女が信じることができたかは不明だが、その表情を見る限りでは納得しているように思えた。
「ま、すぐ終わるからコーヒーでもいれて待っててくれ」
冷泉は彼女に微笑むと、部屋の中へと入る。
鈍い音を立てて、分厚い扉が閉じられた。
部屋の中は薄暗い……。
中央に証言台のようなものがあり、天井からの証明で、そこだけが照らし出されている。
どうやら、そこに立てということらしい。
ふう、と大きく息を吐くと冷泉は歩みを進める。
本来であれば、出頭すべき案件らしいが、仮にも冷泉は舞鶴鎮守府司令官である。査問委員会レベルでは彼を招集する強制力は無いらしい。よって、テレビ会議により委員会を行うこととなっていた。
なお、秘匿回線を使用して行うため、動画通信はできず、音声のみとなっているとの事前説明を受けた。
真っ黒の画面に白文字で名前が表示されている。
画面の数は五つ。
そのディスプレイに囲まれる形で立つようになっている。
なるほどなるほど、裁判みたいな場面だ。……まあこれも裁判みたいなものだが。
モーター音がうるさく感じるが、暗くてどこにあるかが解らない。ただ、見られているような嫌な感じがすることから、カメラの向きを変えるモーターの音だと推測する。
どうやらそれらは複数備え付けられているようで、ディスプレイの向こう側にいる人間が操作しているようだ。
冷泉が立ち位置を変える度に、ウィンウィンとモーター音がする。
相手の姿が見えないのに向こうからは見える状況というのは、どうにも居心地が悪いし、とても鬱陶しい。
そして、突然査問が始まる。
画面の一つに【通信中】の文字が点滅する。
司会進行役らしいの男が淡々と話し始める。それは、書かれた台本を読み上げるようだ。
どうやら、話す人間の画面にその文字は表示されるようだ。
「冷泉提督、私は海軍省人事局の真袋少佐と申します。今回の委員会の進行を担当させていただきます。よろしくお願いします。今回の査問委員としては、軍令部の小野寺大佐、細山中佐、法務局の成田中佐が担当することとなっています」
海軍省と軍令部の両方から委員は構成されているらしい。
司会担当の真袋の紹介に合わせ、画面に【通話中】の表示が現れ「よろしくお願いします」といった声が聞こえてくる。
ただ、小野寺大佐だけは無言だった。
たしか、「下級者は上級者を審判せず」の原則があったように思うが……。ふとそんなことを思ったが、そもそも冷泉は少将である。それ以上の階級の者が集まることなどそうそうありえない。それに、この査問委員会はただの形式の物だということを思いだし、まあありえないよな、と自分で納得していた。
司会は言葉を続ける。
「最初に注意事項の説明をさせていただきます。委員会における発言はすべて一語一句正確に記録され、今後の判定資料として使用されます。また、虚偽の発言があった場合は、その事実が判明した場合、偽証罪として扱われる恐れがありますので、わからない場合はわからないもしくは知らないと答えてください。よろしいでしょうか? 」
「わかった」
と冷泉。
「では、宣誓書にサインをお願いします」
暗くて気づかなかったが、証言台にはディスプレが設定されていた。そこに映像が現れる。そこには先ほど真袋が口頭で説明した内容が記載された文書だった。その一番下に署名欄があった。
「ペンはそこにあります」
どうすればいいか分からずにまごついていた冷泉を促すように、司会者が指摘を行う。
確かに直ぐ側にタッチペンが置かれていた。それで署名しろということか。
まあ嘘を言うつもりもないし、断ったところで話は進まないだろう。
いまいち書き慣れていないので戸惑うが、なんとか署名を完了させた。
ぽん
と音がして、宣誓書を写しだした画面の明かりが消える。
「では、早速ですが、質問をはじめさせて頂きます。流れとしては私が質問文を読み上げていきますので、それに対して提督の回答をお願いします。それに対し、委員より質問があればそれに対しても回答をお願いいたします。では……今回の領域解放戦での提督の指揮について、正直に回答してください」
そんな感じで、委員からの形式通りの質問が始まった。
質問に対して冷泉が答える。それについて、委員から質問が来る。また、それに答える。
そんな形式の質疑が淡々と続けられていく。
それについては、昨夜、佐藤中尉が言っていた通りだった。
冷泉は淡々と答えるだけ。しかし、ほとんどの委員は緊張気味に形式的な質問を行うだけだ。自分より階級が上の者に対しての査問というのは、まず無い事態であるからそれはやむを得ない事なのだろう。
ごくごく当たり前な質問ばかりなので簡単に答えられる。うまくこの査問委員会をやりすごして、さっさと執務室に帰りたい。そういえば昨日は一睡もしていない。こんな疲労困憊の状態なら、高雄も膝枕くらいしてくれるかなあ。そんなことを思いながら、冷泉は答え続ける。
しかし……。
一人の委員、小野寺がずっと黙っているのが気になった。
名前については聞き覚えがあるように思っていた。そんなことを考えながらも淡々と答えていく。
委員からの質問のポイントとしては以下の2点だった。
①大破状態となった神通をなぜ置いていかなかったか
②旗艦を金剛より大破した神通にしたのか
「冷泉提督に伺います。敵深海棲艦の追撃がかけられたことが判明した状態で、機関部に修復不能の損傷を受け、速力の遅くなった艦に艦隊の速度を合わせることは非常識ではないでしょうか。……敵に追いつかれるのは火を見るより明らか。その場合、、無駄な戦闘となり、艦隊の貴重な戦力に更なる被害が生じる可能性が高いと思われますが、如何でしょうか? 」
との問いに対し、冷泉は、
「神通は攻撃により大破していたが、まだ航行は可能だった。帰還できた場合は、修復することにより戦列に復帰することが十分可能だったんだ。君たちはどこまで知っているかは不明だけれども、舞鶴鎮守府の現在の戦力からすると、たとえ軽巡洋艦であったとしても失うことの損失は非常に大きいのだ。敵に追いつかれるリスクよりも、貴重な戦力を失う方を私は恐れたのだ。だから、そうしたのだ」
と、答えた。
これが従来の日本海軍における領域奪還戦におけるやり方とは異なる事は知っていたが、こうすることの方がより効率的だと考えたわけだ。
「では、提督に続いての確認事項です。旗艦金剛が大破したわけでもないのにあなたは旗艦を変更した。しかも大破した神通に変更をしました。その理由はどういうことからなのでしょうか? 」
「それは簡単な事だ。俺が神通に移動することにより、通常、捨て石とされる運命であるとと思っていた神通に、絶対に領域から出なければならないという使命感切迫感を持たせ、それ以上に自分は必要とされているということで生きる気力を持たせることができたからだ。更には、司令官が神通に移ったことにより、他の艦娘になんとしても、いや絶対に神通を領域から脱出させなければならないという気迫を呼び起こせると考えたからだ。そして、さらに先を見据えた戦略として、舞鶴鎮守府の提督は、いかなる状態においても艦娘を見捨てないということを彼女たちにアピールすることができ、彼女たちの士気を、いや、舞鶴鎮守府の大幅に高めるという効果もあったからだ」
質問に対しては、そう答えた。
本当はたとえ司令官の命令であっても、従来の作戦を無視しての行動は、冷泉はともかくとして、艦娘たちも責任を負わされるという面白くもない可能性があったのだ。それを避けるための理由もあった。艦娘は司令官を絶対に護らなければならない。この理由があれば、定石と呼ばれる作戦を無視したとしても彼女たちにまで害が及ぶことはない。
冷泉の判断には、隠された理由はのぞいて2点のプラスポイントがあり、これにより生存の確率は格段にあがったのだったとの説明を行った。
「なるほど。確かにデータを見ると神通の航行速度が大破状態とは思えないレベルまで回復していました。これは興味あるデータだといえます」
と、細山中佐の画面が【通話中】となった。
「冷泉提督の戦術においても、領域の海流を利用および追撃のため前のめりとなった敵を利用したところはすばらしかったです。敷設した機雷が想定以上に有効に働きました」
管轄外のはずの成田も追随して発言する。
「提督自らが大破した船に乗ったことにより、必勝の構えを全艦隊に見せたことは戦意高揚に大きく役立ったと思われます。若干の問題はあったものの、それ以上の戦果を上げています」
委員からのテンプレートな評価が続く。
佐藤中尉の言っていたとおりだなと納得する冷泉。まさに想定内の会議だ。
罰するには落ち度が少なすぎるのと、前もって彼と彼の属する組織が手を回してくれたということかな。だとしたら、ちょっと彼に冷たくしすぎたか? などと反省の気分が起こった。
いろいろ理由付けをしたけれど、本音は神通を死なせたくないという、ごくごく個人的な理由だったのだけれども。
しかし、冷泉は思う。そんな個人的な理由。【可愛い女の子】を死なすわけにはいかないという想いこそが他の艦娘たちにとっても理解しやすく、そして共感しやすかったのではないかと。
発言した政治的戦略的な理由などでは彼女たちの心を奮い立たせることなんてできなかったはずだと。
冷泉の強い想いが、彼女たちに通じたのだと信じていた。
「しかーし!! 」
突然、怒鳴り声が響き、スピーカーがハウリングを起こす。
「れ、冷泉提督のやりかたは、これまでの兵力運用の定石を無視するものであり、今回だけは、たまたま成功を収めたものの、今後も同じやり方をするというのでは、舞鶴鎮守府艦隊の危機の始まりと言えるのではないか!! 私はそう考える」
さっきまで、ずっと黙っていた奴だ。
軍令部の小野寺大佐。
さきほどそう紹介された奴だ。
そうそう、思い出した。
名前は忘れていたけど、冷泉の前の提督の時、副官として舞鶴鎮守府に在籍していた奴の名前がそんな名前だった。
佐藤も過去の件を根に持っているから注意が必要だと言っていた奴だな。
案の定、この男、いちゃもんをつけてきたってわけだ。
定型的なやりとりで終わる委員会を乱していいのかと、こちらが心配してしまうくらいだ。
「なるほど。小野寺大佐は私の行いが間違っていると言うわけだな。では、どの辺が問題行動なのかを説明してもらえないか」
少し上からな言い方で答える。
顔が見えないからわからないが、一瞬息をのむ気配を感じた。
階級が上とはいえ、初対面の年下に偉そうな口調で言われたら、誰でも、「ん? 」となるはず。
まずは軽いジャブを入れてやった。