まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第42話

資料を見直したりしていたら、時計の針は深夜十二時前になっていた。

 

ちなみに晩ご飯は、鎮守府敷地内にいくつかある店舗からの出前にしている。……というか、いつも店屋物なのだけれど。

 

本日の日替わり定食メニューは、塩鯖の焼き魚だった。シンプルだが、なかなか旨かった。

 

艦娘たちの活躍で領域解放が進むことにより、漁船を出して魚が捕れるようになったのはほんの最近のことらしい。ただし、開放したといっても、沖合で漁ををする場合は、駆逐艦の護衛無しではいつ深海棲艦に襲われるか分からないので危険であることには変わりない。なので、本当に沿岸でとれる魚以外は高級品である。

今日は、日替わり定食以外に夜食用としてハンバーガーを数個買っているコーヒーもポットで買っている。

農業漁業については、深海棲艦の侵攻以降、国策として強化しているため、かつてはほとんどゼロに近い自給率だった食品にいたるまで急激に自給率を上げている。遺伝子操作もタブーでは無く、どんどんと導入している。そうしなければ日本の農地面積では補いきれないらしい。

 

鎮守府での買い物については、職員証によるカード決済となっており、すべて給与引き落としとなっていた。冷泉自身がどれくらいに給料をもらっているかは把握していない。

 

舞鶴鎮守府には、常時数百人が常駐している。このため、24時間営業の店舗がいくつかある。また食堂も常設されている。

鎮守府敷地への入り口で警備をしていた兵士はちなみに陸軍である。こちらも100人程度の兵士が常駐し、舞鶴鎮守府の安全の確保のため、働いている。陸軍兵士の食事はどうしているかというと、緊急時以外は鎮守府敷地内には入れないことになっている。このため、鎮守府周辺には彼ら目当ての食堂や店舗が結構あり、鎮守府の人間や近郊に住む人々も買い物に訪れるため、結構な賑わいを見せている。

 

ただし、それらの店の品揃えについては、冷泉がいた世界ほどの品揃えは望むべくも無かった。

あの領域により世界から孤立させられた日本は、海外からの輸入は完全にストップ状態となっている。最初は大混乱だったのだろうけれど、鎖国状態になってから時間もかなり経っているため、日本の産業構造の改造もある程度うまく行ったらしいので、現在では少なくとも食べるものについては、落ち着いている。ただし種類も量も限定されている。その他の生活必需品についても徐々に元の生活レベルへと戻されていっているらしいが。

 

電気については、原子力発電発電所については、泊、東通、女川、福島第二、柏崎刈羽、浜岡、志賀。鶴賀、大飯、高浜、島根、玄海、川内の各発電所および技術的に安定したもんじゅが稼働しているため、それなりの安定供給はできるらしい。福島第一は廃炉、伊方については四国全域が領域に取り込まれていた経緯もあり稼働していない。

 

電力は確保されているとはいえ、軍事施設への供給量が大幅に増えたことから、節電省エネについては厳しく要求しているところであり、場合によっては計画停電も行われているらしい。

もっとも、軍事施設や警察、病院等の公益性の高い施設については除外されている。

繁華街のネオンは日付が変わる前には消されるし、24時間営業の店舗も当然ながら日本から無くなっている。

 

それまでの生活に慣れた人々にとっては、相当に不便となったのだろうけれど、なんといっても今は戦時中なのだから、やむを得ないと諦めているみたいだ。

 

鎮守府においては、節電は不要な訳であるが、それでも対外的な観点から間引き等の節電はきちんと行われている。そして、それもアピールしている。そうしないと痛くもない腹を探られることが多いのだ。

 

人々の安全の為に戦っているのに、それを理解してくれない……いや、しようとしない思考停止した人々は、いつの時代も存在するようだ。誰に護られているかにさえ想像が及ばず、平和は空気と同じと考えている人々が……。

 

鎮守府の塀の前で変わった格好をし、プラカードを持って叫んでいる団体が毎日のようにシュプレヒコールをあげている。

 

こちらに来るまでは、興味も無かったからあまり気にならなかったが、彼ら団体の軍だけでなく、艦娘たちさえをもヒステリックに非難する言動を聞き、本気で腹を立てたことが何度もあった。

誰のおかげでかろうじての平和が維持されているのか、コイツらには分からないのか? そんな想像力の欠如した低脳なのか。艦娘たちが命がけで戦ってこの国を護っているというのに、批判否定する連中。そもそも、こいつらはこんな昼間からどうしてこんな活動をできる余裕があるんだろうか? みんなその日を生きるために必死で働いたり、学んだりしているというのに。どこでどう収入を得、なんの為に否定するのか勘ぐってしまうレベルだ。

そんなことを呟いてたら、その時秘書艦だった金剛が

「テートク、何をカッカしてるネー。私達は深海棲艦と戦うために存在するネー。明確な目標があるから批判されてもぶれないネー。それに私たちはあの人たちのために戦ってる訳じゃ無いデース。テートクのために戦ってマス。だから、関係ない人にいくら酷いことを言われても全然気にならないヨ」

 

「だけど、もし誰かが戦いの中で倒れても、あいつらは悲しむどころかむしろ喜ぶんだぞ。この国の為に、あいつらが生きながらえる為に戦ったっていうのに」

すると金剛は冷泉の頬に両手を当て、微笑んだ。

 

「私たちが、たとえ戦いで死んでも、その時はテートクが悲しんでくれます。それだけで私たちは浮かばれるネー。……でも、ありがとうデス。私たちのために怒ってくれて。それだけで充分ネ」

冷泉はそれ以上は何も言えなかった。そして以降は反戦団体については無視することにした。

今やれることを確実にこなすことだけに集中しようと。

 

さて、そんなこんなで、まもなく日付が変わる。

「それでは提督、失礼しますね」

高雄が立ち上がる。

 

「夜遅くまですまない。おかげでだいぶ仕事が進んだよ、ありがとう」

どうも彼女は冷泉が言わない限りはずっと仕事を続けるつもりだったらしい。そんなに頑張ったら倒れると指摘したが、艦娘は基本寝なくても、ほとんど体調には問題がないらしい。

 

確かに領域解放戦では艦娘達は一睡もしていなかった。いつ襲来するか解らない敵との戦い。そんな精神的に極限の状態が何日も続く……。そんな中でも彼女たちは全く疲れを見せず、まるで機械のように淡々と対応していた。確かにそんなことは人間では真似ができないのだろう。やるにしても相当数の人員を艦に乗せないと保たないだろう。

戦いに特化した存在、それが艦娘なのだろうか。

すごいと思いながらも、寂しくも感じている。

彼女たちは機械ではなく、人間だ。少なくとも冷泉はそう思っている。

 

「提督、何かあったときは、すぐにお呼びくださいね。すぐに駆けつけますから」

秘書艦には呼び出し用の端末が貸与されているから、ボタンを押すだけで連絡ができるようになっている。これは、かなり強力な妨害電波の中でも通信は可能となっている。

 

「本当に一人で帰れるのか? 」

 

「うふふ。ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」

そう言うと、高雄は会議テーブルに置いてあったコーヒーカップをお盆にのせ、部屋を出て行こうとする。

こんな夜中に、たとえ基地の中だとはいえ一人で帰らせるのはダメだと言ったのだが、あっさりと断られた。鎮守府は入り口を陸軍の武装兵士によって24時間体制で警備されているし、施設内も鎮守府兵がパトロールしている。ゆえにセキュリティは万全とのことだった。しかし、それでも100%は確実ではないよと反論すると、高雄は「提督は大切なことを忘れてますよ。私は艦娘なんですよ。そして、すぐ近くに分身である艦がいます。何かあれば重巡洋艦装備の全ての兵器が不審者に対して降り注ぎ、殲滅しますよ」とニコリと笑った。

 

それですべて納得せざるをえなかった。

 

艦娘である重巡洋艦の火力を持ってすれば、鎮守府を、いや通常海域であればオーバーテクノロジー兵器が使用可能であることから、舞鶴市を丸ごと火の海にする事が可能なのだった。

全てが焼き払われた無人の荒野に。高雄ただ一人が立っている姿が浮かび、冷泉の心配など単なる杞憂でしかないことが理解できた。

それ以上は、もう言うことがなかった。

 

「また明日だな。……お休み、高雄」

 

「はい、お休みなさい、提督。あまり無理をしないでくださいね」

そう言うと彼女は本当に部屋を出て行った。

 

そして、時間の針は深夜零時を回った。

 

こんな時間まで集中していたから、特に眠気を感じていない。

 

向こうの世界で働いていた時は、毎日これくらいの時間まで残っていたから、起きていることについて、それほど違和感は無いんだ。

 

なんとか増員要求の草案については、だいたいまとめたつもりだ。

今後の領域解放や遠征をやっていくために必要な戦力の確保。当然ながら、どこの鎮守府も人員不足、いや艦娘不足であろう事を想定しながら優秀な艦娘を確保できるような要求。……かなり難しい。

 

「本当に欲しいと思う子は、ほとんどどこかの鎮守府にいるんだよな。それを引き抜かないとダメなんだろうか? 」

だとすると、結構絶望的。

明るい展望が見えないからついぼやいてしまう。

 

「長門、加賀、榛名はやはり無理か……。それどころか他の艦娘も入手できるかどうかだよな」

書類を机の上に投げ出し、大きくため息をつく。

 

「……冷泉提督、無理かどうかは、要求してみないと解らないですよ」

唐突に、鎮守府執務室にはありえない男の声が響いた。

 

「なに? 」

ハッとして声をする方向を見る。

確かに高雄が閉めたはずの扉が開いていて、そこに一人の男が壁に寄りかかるように立っていた。

冷泉より年長のように見える。丸い黒縁眼鏡に天然パーマ気味の長め頭。

軍人では無いのか黒のスーツ姿だ。確かにその風貌からはどこかの営業マンにも見える。

 

「誰だ 」

いきなり現れた人物に驚いたために、少し反応が遅れたしまった。

提督の執務室にアポ無しでこんな時間に入ってこさすなんて。鎮守府のセキュリティ上は最悪の状態だな。

「そもそもこんな時間に面会とは、……予約も入っていないようだし、そもそも少し非常識ではないのかな」

内心は少し焦っていたが、そういったそぶりを見せないように、スケジュール帳を見るふりをする。冷静に振る舞ったつもりだが上手く誤魔化せただろうか?

しかし、この男は何者なのか? どうやってここまで入ってこられたのか?

 

鎮守府に訪れる人間は、いかなる者でもまずは鎮守府入口にある検問を通らないといけない。一般人は当然ながらは入れない。許可証があれば入れるが、それは昼間だけだ。

勤務時間外を訪れる場合においては、様々な申請書類への記載が必要となるし、鎮守府内の人間による身元確認を要求される。それは、たとえ事前に許可を取っておいてもだ。さらに鎮守府内に入っても、建物毎にある受付を通らないといけない。さらにさらに、鎮守府内に入ったら、あちこちの兵士により陰に日向に監視されることを意識せざるをえなくなる。申請した場所へのルートを逸れるとすぐに兵士がやってくる。ほとんどの人は知ることがないが、艦娘による確認が常時行われてる。

 

そんな警備体制の中、鎮守府司令部に入ってくるなど不可能なはず。どこかで止められるはずだし、執務室の中まで入ってこられるはずがない。そもそも、もし入ってこられるなら冷泉の許可が必要であるし、事前に連絡が入るはずである。

そんな話しは高雄からも聞いていない。一体どうなってるんだ……。

 

「いやあ、こんな時間にすみません。これでも一生懸命急いで来たんですが、なにぶん東京から舞鶴までですからねえ……。列車で直通でも丸1日かかるのに、途中で列車が止まって、車を手配したりまたまた列車に乗ったりで予定より遙かに遅れてしまいました。そんなこんなでこんな時間になってしまいました。本当はもっと早く来るつもりだったんですけど」

とぼけた顔で、のんびりとした口調。

彼は東京からわざわざ冷泉に会いに来たのか?

 

「……いろいろ話したいことはあるのかもしれないけれど、まずは名前と所属を名乗り、それを証明する物を見せてもらえないかな? でないと警備兵を呼ぶことになるけれど、ね」

いろいろ疑問はあるけれど、まずはそこからだ。何者かは判らない相手だけに意識を手中させる。机の下にある警報ボタンをいつでも押せるような体勢を取る。

ちなみに机の中には拳銃(SIG SAUER P220)が入っている。使い方は一応教わったが、撃った事は無い。そもそも司令官が銃を使う機会に遭遇することなどありえないのだから。

 

「ああ! そうですね。これは失礼しました。自己紹介をしないで、話を始めてしまい、申し訳ありません。……私は佐藤太郎といいます。階級は海軍中尉であります。軍令部特務班に所属しております」

敬礼をするとともに、なにやら職員証らしきものを見せる。差し出されたそれを慎重に受け取る。ICチップが埋め込まれているカードには日本国政府の透かしが入っていて、冷泉の持つものと同一だった。写真も本人であることからまず彼が海軍の人間であることは間違いない。間違いないけれど、いかにも適当に作られたような名前に猛烈な違和感。軍令部にいるのだろうけど、そんな部署があるかどうかさえ疑わしい。

 

「その身分証が本物だと信じるとして、佐藤中尉、では、こんな時間に一体何の用なのか」

 

「こんな時間になってしまったのは、えーと、実は汽車の遅れによるものでありまして。決して夜中に来るつもりであったわけではないのでありますよ。……まあ、それでも話しの内容がかなり機密的なものですので、人がいないこんな時間の方が、特に秘書艦のいない今の状態は大変好都合ではありますが」

とぼけた表情で平然と話す。

身分証の生年月日から冷泉より5つ年上らしいので、あまり気にはならないが、それでも海軍少将と中尉の会話では無いよなと思わずにはいられなかった。

冷泉は、この世界の住人でないから、それほど違和感はないけれど。それでも係長クラスが常務とかと話す時にこんな態度だと、怒られるよなあと思う。ちょっと非常識。

しかし、司令官である冷泉に知られる事無く、こんな時間にここまで入ってこられるくらいなのであるから、見た目のままで判断してはいけない人間のようだと注意することにした。

 

「わざわざ東京から舞鶴まで来る程の用件とは、何なの」

相手が偉そうなので、こちらも年上に対する礼儀を失した話し方を続ける。けれど佐藤中尉は特に何の反応も見せない。

 

「実は冷泉提督……いえ、冷泉朝陽さん。あなたにこちらの世界についての説明をするべく、私はここまで来た訳なんですよ」

 


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