まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第40話

治療施設から出てると、左側には防波堤レベルとは思えない高さの壁で外海と遮断された港。そこには圧倒的な存在感で軍艦が係留されている。右側には建物群が並んでいる。それは倉庫や工場であったり、鎮守府司令棟であったり、居住区域だったりする。

港には、どういう仕分けで並んでいるかは不明だけれど、中央に戦艦、左右に向かって軽空母、重巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦という並びで整然と係留されている。そこでは整備兵らしき人間が何人も集まり、声を掛け合いながら作業を行っている。クレーン車やトレーラー車、タンクローリーっぽい車両が何台も来ているので、弾薬の積み込みや燃料の補給を行っているのだろう。

トレーラーに載せられているものを見てみると、通常弾薬以外にSSMらしいものも見受けられる。

領域における戦闘では電子機器がほとんどジャミングされるために使用不可な武器だけれど、通常海域においては必須の装備だ。それ以外にも様々なハイテク……いや、オーバーテクノロジー兵器を搭載しているが、そちらについては鎮守府整備員では触れることも見ることもできないものらしい。

 

そんな光景を眺めながら、冷泉は徒歩で鎮守府司令棟へと向かう。

時折、彼を見つけた兵士達の敬礼に会釈で答礼しながら、歩いて行く。

領域での戦闘時に痛めた足はどういうわけか痛みが完全に無くなっていた。かなり酷い捻挫のはずだったが、思ったより軽症だったのだろう。……でも足を引きずるくらいだったんだけど、おかしいなあ。こちらに来てから怪我の治りがやたら早いように思うのは気のせいだろうか?

そんなことを考えている内に赤煉瓦造りの鎮守府庁舎が見えてきた。まあ治療施設と庁舎は500メートルと離れていないのだから歩いてもそれほど時間は掛からない。

 

ふと見ると、正面玄関に人影があった。

冷泉を見つけるとゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

暗灰色(あんかいしょく)のブレザー姿。ストライプの入ったスパッツが短めのスカートの裾からのぞいている。そして後ろで束ねたピンク色の髪。外見の特徴を確認するまでもなく、すぐにその子が駆逐艦不知火であることが分かった。

 

「提督、おはようございます」

すぐ側までやって来ると敬礼をする。

基本無表情で無愛想な態度はゲームと変わらず。

 

「ああ、不知火。……どうしたんだ、一人で」

怖い物見たさで【ぬいぬい】と呼びたくなる衝動を必死にこらえて冷泉は答える。

 

「はい、不知火は提督をお待ちしていました」

 

「俺に用事だったら、中で待っていたら良かったのに」

 

「いえ、司令部にでは金剛さんと高雄さんが秘書艦の引き継ぎ中でしたので、外で提督をお待ちすることにしました。個人的な用事でもありましたので、中であのお二人に気遣いをさせるわけには行きません。……それに待っていたといっても、ほんの少しの時間でしたから。問題はありません。ただ、提督のお心遣いには感謝いたします」

言葉遣いが妙に他人行儀なので、困惑する。まあ上官に対しての言葉遣いとしてみれば合格点を上げられる話し方なのだけれど。他の艦娘達の話し方が馴れ馴れしいといえばそうなんだけど。

しかし、たいした時間では無いと言ったけれど、冷泉は秘書艦の金剛にも何時に戻るとは伝えていなかったから、不知火に何時くらいに冷泉が戻るかは知るすべはなかった。金剛とも話していないようなので、そもそも神通たちを見舞いに行くことすら知らなかったはず。

 

「なあ、不知火」

 

「はい、何でしょう」

 

「お前、いつから待ってたんだ? 」

 

「朝からですが、何か? 」

と、何か問題でも? といった顔でこちらを見ている。

 

「あのさあ、もう昼だぜ。お前、そんなに待ってたのか? 一言金剛に言ってくれれば良かったのに。……すまかったな。待たせてしまって」

思わず驚きの声を上げてしまう。何時間もずっと待っていたというのか。普通、いったん帰ったりするだろう?

 

「私の用件で、何のアポイントメントも取らずに来たのですから、少々の時間、待つのは仕方のないことです。そもそも私事に秘書艦の手を煩わせるなんてありえませんし。それに今日は用事もありませんでしたから、少々の時間など問題ありません。それに提督に非は一切ありません。なぜお謝りになるのか、不知火にはわかりません。そちらのほうが不思議です」

 

「……はあ。そうですか」

言わんとすることは分かるが、なんだかなあ。

しかし、冷泉としては、そんな不知火のような形式張った言葉使いではなく、もっとフレンドリーに接して来て欲しいと思っているのだが。

「ていとくぅー」、「ぬいぬい」ってお互いを呼び合いたい。

けれど不知火は根が真面目なのだろうか。たいした時間待っていないと言っていたけれど、冷泉は何の予約もなくぶらりと治療施設を訪れたため、たとえ鎮守府司令官といえどもフリーパスで全てを進められる訳ではなく、時間待ちもさせられた。それに治療中の三人の状況を確認したり話したりしていたから結構時間も掛かっている。とても少しの時間ってわけではないだろうに。

まあ不思議な子だなと感じた。

 

「待たせてしまって済まなかったな。じゃあ話は中に入ってから聞こうか? 」

 

「いえ、こちらで結構です。お忙しい提督にはいろいろと予定がおありでしょうから……」

すぐさま否定された。

彼女の意志は強く、とても中に入って話しをするような雰囲気ではない。金剛のお茶でも飲みながらと思っていたのだけれど。

 

「うーん、わかった。では、どういった話なんだ」

 

「先の領域解放戦についてです」

 

「……。お前もあの撤退の仕方はダメだって言うのかー」

不知火というと結構、真面目というかかなり堅物のイメージで、おまけにちょっと怖い女の子って印象がある。彼女はゲーム内での見た目とそっくりだし、言葉遣いも似てるから身構えてしまう。間違った事を言うと手厳しい指摘を容赦なく浴びせられるのか! ある種の趣味があれば「ご褒美ありがとうございます」と大喜びしてしまうキャラなのかもしれないけれど。

 

「はい。確かにセオリー通りではない采配でしたが、それは鎮守府司令官の直々の指示ですので、私たちがその決定に異を唱えること自体、あり得ないです。そんなことを言う者が組織に存在することは、鎮守府にとってプラスになるとは思えません。提督のご決断が正しいか正しくないかは、私たちが決めることではありません。提督の決断をどう実現させるかが私たちの使命なのですから」

 

なるほど。そんな考え方もあるんだ。たとえ間違っていても組織の上位者が決めたことには従い、その中でベストを尽くす。それが不知火の基本理念のようだ。それはそれですごいことだが、冷泉には真似ができないことだと思う。

 

「とにかく、不知火は、提督にお礼を言いたかっただけなのです」

 

「お礼? えっと……俺、お前に何かお礼を言われるような事したかな」

目の前の艦娘の言っている事の意味がすぐには分からず、思わずそんな言葉が口をついてしまった。

 

「はい、神通さんを助けて下さった事です」

 

「神通のことか。……でも、あれは当然のことだろう? 彼女を犠牲にして他の艦が生き延びたとしても、その結果は俺には受け入れられないし、耐えられないことだからな。でも、それについてお前がわざわざ感謝するようなことなのか? まあ同じ艦隊の仲間だからそりゃ嬉しいかもしれないけれど」

 

「神通さんは、私の属する第二艦隊の旗艦を努めることが多いのです。彼女にはいろいろと戦い方を教わりましたし、遠征で危険な目に遭ったときも身を挺して私たちを護ってくれました。……優しくて、そしてとても強い、仲間思いのとてもすばらしい艦娘なのです。そんな彼女を見捨てることなく助け、そしてさらに誰一人として犠牲者を出さなかった提督に一言お礼がいいたかったのです。神通さんを助けてくださり、ありがとうございました、と」

 

「それについては感謝なんて必要ない。俺は自分の部下の誰も失いたくない。そんな我が儘でやったことだからな。……危険な真似をしすぎだといろいろ怒られたけどね。でも、まあ感謝されるのは悪い気はしないな。特に不知火みたいな可愛い子から言われると余計にね」

 

「え。そ、そうですか。……神通さんを助けてくれたことだけには感謝しています。今日は、そのお礼だけを伝えたかったので。……では、失礼しまふ」

ちょっと茶化した言い方をしたせいか、少しムッとしたような表情を見せたがすぐに冷静な顔に戻り、用件だけを伝えるとあっという間にいなくなった。

噛んでたけど……。

 

「ちょっと言い方を間違えたかな。そういや、あんまり冗談が通じないタイプの子だったっけ? 」

そんなことを考えながら、結局、まあ仕方ないやと庁舎に入り、エレベータへと乗り込む。

 

エレベータを降りて、豪奢な絨毯の廊下を進むと再奥に鎮守府提督の執務室がある。

執務室の奥は提督用の寝室らしかった。けれど本当にこの部屋が自分の寝室とは確認できていない。本当は提督の住む場所が別にあるのかどうかを聞くこともなく、現在に至っている。

確かに、来たばかりの頃は右も左も分からず、まあ今でも分かっていないけれど……現状把握するだけで夜中になっていた。艦娘の顔や名前を一致させる必要もあったし、鎮守府職員も顔を合わせる人間については把握しなければならなかった。

冷泉朝陽という鎮守府司令官がいつの間にか入れ替わっているという事実を誰にも悟られないようにしなければならなかったから、常時警戒態勢であり、ずっと冷や汗をかきっぱなしだった。心労によるストレスで胃が常にキリキリと痛んでいた。食欲もあまりなかった。実際、胃薬は手放せなかった。想像していたよりは上手く乗り切れたようには思うが。職員は全く違和感なく対応してくるので、どうも冷泉の正体を知っているようではあるが、それについて問い詰めることはできなかった。秘書艦として金剛がずっと側にいたせいもあるけれど。

 

艦娘達については、扶桑以外は全然違和感がなかったけれども。提督の側に常時いるのになぜ気がつかないのが何故だか分からないままだ。決して上手く立ち回った訳ではないと思うが、それでも未だに正体がばれないままでいる。これだけは冷泉の努力以外のチカラが働いているとしか思えない。しかし、そのチカラが何か、どこから来ているかは分からないままなのだけれど。

 

領域の開放、深海棲艦に勝つこと、鎮守府艦隊の強化などと平行して調べていかなければならないことがあまりに多いということだ。

 

ドアを開けると、戦艦金剛と重巡洋艦高雄が会議机に並んで座り、資料を見ながら何かを話している最中だった。

 

「テートクー! お帰りなさいデス」

「提督、お疲れ様です」

二人が席から立ち上がり挨拶をしてくる。

 

「二人ともお疲れ」

冷泉は手を挙げて挨拶を返す。

彼女たちの座った会議机の奥に司令官用の執務デスクがあるのでそこま行くと大きめの椅子にどかっと腰掛けた。

 

「神通の様子はどうだったデスカ? 」

と金剛。

 

「ああ、しばらくは安静となるだろうけど、大丈夫だそうだ」

 

「良かったー。一時はどうなるかと思ったデスよ」

 

「提督、どうぞ」

冷泉が金剛と話している間に高雄がお茶を入れてくれた。

 

「ありがとう、高雄」

高雄は頷くと再び席に戻る。今は秘書艦は高雄になっているから、お茶を入れてくれるのも高雄になるようだ。金剛だと紅茶だけれど、高雄は台湾茶である。高雄は台湾とは関係がないのに……。ただ好きなだけなのだろうか。

 

「神通はよく頑張ったですからね。よく領域から脱出するまで持ったものです。あれは奇跡的でした」

感慨深げに高雄が言う。

 

「みんながフォローしてくれたからな。本当に感謝している」

 

「テートクー、違うねー。……そっか、提督は知らないんだ」

 

「? 何が知らないんだ」

 

「あのね、後で分かったことだけど、神通の損傷具合は大破よりさらに酷い状態だったんだヨー」

 

「そうなのです。推進機関の損傷はかなり酷く、通常なら領域の外まで持つような状況ではありませんでした。本当は速力を上げることさえ本当は不可能なはずだったのです。そんな状態でありながら撤退を成し遂げることができたのは、彼女の想いの強さのおかげとしか言いようがないのです」

高雄の説明はわかりやすい。

 

「それは……」

 

「つまり、神通は自分の生命力すらもつぎ込んで機関部を動かし、領域外まで保たせたということらしいです」

 

「彼女はたとえ自分が死ぬとしてもテートクだけは護りたいって思ってたんだよねー。提督へのLOVEのチカラが奇跡を実現したんだヨー」

 

「……そんな限界まで神通は自分を追い込んでいたのか? 結局俺は彼女を護ったつもりだったけれど、逆に俺が護られていたわけか。そして俺は自己満足の為に、神通に無理を強いただけだったというのか……」

確かに、領海から脱出できた途端、神通は倒れてしまった。あれは緊張の糸が切れたからって勝手に解釈していたけれど、本当は限界のさらに限界を超えてしまったから機能停止してしまったというのが真実だったのか。一歩間違えていたら結局、神通を死なせていたかもしれないのだ。

 

「そんなことはありません! 」

「そんなこと無いネー!! 」

同時に否定された。

 

「テートクが神通を助けようと思わなかったら神通は敵の足止めの為に死ぬことになってたね。でもテートクが彼女を助けようとしたから、連れて帰るって言ってくれたから彼女もその想いに応えたダケ。それでみんな生きて帰って来られた。ノープロブレムね」

 

「金剛さんの言うとおりです。提督が彼女を助けたいと思った。そしてそれに神通さんが応えた。そして、みんな無事に帰ってこられた。そういうことなのです! 」

 

「それでいいのだろうか」

 

「問題なしデース。みんな無事で帰ってこられたんだから、それでオッケーなのデース」

 

「そうですね。その通りです。提督のご判断は正しかったです。生きてさえいれば次のチャンスがあります。次こそ領域を開放できるように、私も微力ながらご協力させていただきます」

 

「あうー。本当は私が頑張りたかったデース。でも仕方ないネー。出撃事に秘書艦は交代するのが決まりだから、次の出撃は高雄に任せマース」

 

「はい。任せて下さい。提督もよろしくお願いしますね」

 

そうだ。戦いは終わりではない。すぐに次の戦いに向けた準備を行わなければならない。

失敗は次に挽回すればいい。そのために最大限の努力と準備をしなければ。

まだ、誰も失っていない。まだまだがんばれるはずだ。

冷泉は認識し確認をした。

 


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