まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第36話

撤退する舞鶴鎮守府第一艦隊は、領域突破の準備を始めている。

艦載機は格納庫へ収納されていき、各艦の艦橋の窓には防御用シャッターが下ろされる。

室内灯が点灯され、モニターに外の景色が映し出される。

艦の操作は艦娘である神通が行うため、モニターを見る必要がないのか背後の景色が映し出されている。

背後には水しぶきを上げながら追跡してくる駆逐艦の姿が映し出されている。次第に距離を詰めてきているのは間違いないが、もう領域の外まであと少しとなっている。

いくつかのパターンをシミュレートしてみたが、敵艦が追いつくことはないだろう。

その予想通り、追尾して来ていた駆逐艦も、間に合わないと諦めたのか、徐々に減速していく。

そしてついには停船する。

大きく艦首の口を開けて吠えるような動きを見せ、本当に悔しそうな雰囲気を出しながら、反転体制を取りだした。

 

それを確認すると、冷泉は大きくため息をつく。

なんとか撤退できそうだな。

「燃料の残量はどうだ? 」

 

「はい、……海域脱出したくらいで、私の燃料の残量はほぼ無くなります」

少しだるそうな声で神通が答える。

 

「他の艦もそうか? 」

 

「そう、……ですね」

確認をしたのか、少し間を置いて神通が答える。

 

「了解だ。領域脱出手前で燃料切れなんてことはなさそうだな」

 

そして、冷泉が指示するより早く、モニターには前方の風景が映し出される。

 

「突入まで5、4、3、2、1。突入します」

 

天より落ちてくるような大瀑布のごとく垂れ込める、呪われし分厚く赤黒い雲の壁へと艦隊は突入していく。

大きく艦が上下左右に捻るように揺さぶられる。

同時に突入時と同じようなめまいが襲ってくる。室内が明滅する。揺れをこらえようと肘掛けをしっかりとつかむ。

その時間も実際には十秒程度だろうか。しかし、冷泉の間隔では5分くらいあったように感じた……。

 

「提督、領域脱出完了です……」

同時に閉ざされていた艦橋の窓のシャッターが上がっていく。

その隙間から光が差し込んで来て、あまりの眩しさに視界を奪われてしまう。

領域内は常に曇天もしくは雨であるため、日の光が届きにくくとても薄暗かった。そんな中で長時間いたために眼が太陽の光になれるまで少し時間がかかってしまう。

光が痛いくらい……。

それでも明るさになれてきたので目を開く。

そこには、どこまでも続く青い空、青い海。

ぽっかりと浮かぶ白い雲。

穏やかな海面には魚が跳ね、海鳥が迎えてくれている。

先ほどまでの戦闘状態が嘘のような、のどかな風景が眼前に展開されていた。

 

「やったぁ。脱出成功だな。……よく頑張ったな、じん」

そう言って神通を振り返ると、彼女は床へと倒れ込んでいくところだった。

 

「神通!! 」

慌てて立ち上がると同時に彼女に駆け寄り、受け止める。踏ん張った刹那、足首に激痛が走り、彼女を支えきれずにそのまま床へと倒れ込む。結構な衝撃が冷泉を襲うが、なんとか神通を庇うことができた。

 

「おい、大丈夫か、……神通、神通! 」

声をかけるが反応は無い。

 

そして、唐突に艦内の照明はすべて落ち、ディスプレイも消失していた。耳を澄ましても先ほどまで騒々しく動いていたエンジンの音が聞こえない。

惰性だけで海面を進む音だけが聞こえる。それ以外は無音だ。

 

軽巡洋艦神通と艦娘の神通は連動しているようで、彼女が気を失えば巡洋艦の機能も停止するようだ。

冷泉は起き上がると、神通を痛みをこらえて抱き上げた。そうして艦長席に座らせると背もたれを倒す。

どうやら気を失っているだけのようだ。呼吸も正常だ。

限界を超えてまで頑張りぬいた彼女の頭をなでてやる。

「……よく頑張ったな。ありがとう」

 

神通の無事が確認できたので、次は現状把握だ。そう思い、移動しようとすると右足に激痛。やはり足首を捻挫かなにかしているようで、まともに歩くことはできそうにない。痛みをこらえ、足を引きずりながら窓の方へと歩んでいく。

 

他の艦たちは神通よりも少し前に位置し停止している。状況からすると、どうも動力切り替え作業を行っているようだ。先ほどまで出ていた煙突からの黒煙が無くなっている。

そして、すぐには動力の切り替えはできないらしい。

領域突入時にも少しのタイムラグがあったが、逆の動作、つまりタービンエンジンから反重力リアクターへ切り替える際の方がさらに時間がかかるのようだ? このあたり、きちんと聞いておけば良かったな。

 

そして今、舞鶴鎮守府第一艦隊の全ての艦が動力切り替えの為に動きを停止している。

その状況に冷泉は一抹の不安を感じた。みんな領域から無事脱出できたことで油断してしまったのか? 確かに、すでに敵艦は撤退していったから、おそらく大丈夫なはずだ。しかし、念には念を入れて全艦一斉にではなく、順次動力切り替えを行うべきだった。これについては冷泉の指示ミスだ。今すぐにでも指示をすべきなのは間違いないのだけれど、連絡するすべがない。

軽巡洋艦神通はブレーカーが落ちたように完全停止しているから、通信機器で他の艦娘に連絡することは不可能。

甲板へ出て叫ぶか? 甲板上で騒いでいたら誰かが気づくだろう。そう思って動こうとしたが、右足がきちんと動かない。あっと思った時には床に転倒していた。

 

「くっ」

機器をつかみながらなんとか立ち上がる。

何か、何か連絡手段はないのか? 

そう考えている冷泉の視界にあり得ないものが唐突に現れた。

 

「ブキョガウゥゥゥゥッルルルルウルルルルルルルルルウ!! 」

奇声なのかメカニカルな音なのか不明な音が響き渡ると同時に、赤黒い雲の壁を突き破りながら、漆黒の何かが飛び出してきたのだ。

 

クリーチャー然とした形状。

真っ赤な瞳が炎のように燃えている。

むき出しの歯をカチカチならしながら吠える。

 

……駆逐ニ級だ。

 

「クソ、まだ追いかけてきてたのか、こんな時に、しつこいヤツだな」

そうは言ってみたものの、この状況に凍り付きそうになる。

動力切り替え中のため、全ての艦の動きが止まっている。迎撃は不可能なのだ。

 

駆逐二級は左右に体を振って、自分の敵を見回した。

そして、神通の方を見た瞬間、

「ギャフソ、スロ、コソクジョ、フン! 」

言語ともうなりとも思えるような音は発した。

全身からあふれ出る明確な怒り、敵意が冷泉にも感じられた。

刹那、駆逐二級の体から8つの突起物か一斉に鎌首をもたげた。それはどうみても武器であり、すべてが神通を向いていた。

 

「あー、これはまずいなあ」

と思わず口にしてしまう。

敵の右上にポップアップ画面。

 

【荷電粒子砲】射撃体勢。発射マデ約5秒。

という表示が出ている。

その荷電粒子砲ってやつがどんな兵器でどれほどの威力があるかは分からないけれど、8門の大砲がすべて神通に向けられているってことは、どうも無事には済みそうもない、と冷静に結論づける。

「俺たちがやられている間に金剛達がリブートできれば、まあ被害は俺たちだけですむかな……。あっという間だったけど、まあこれも俺の指示不足が原因だから仕方ないか」

冷泉は背後を振り返る。椅子に寝かせた神通は気を失ったままだ。

「すまないな、神通。お前があんなに頑張ったっていうのに、俺のミスですべて台無しだな」

敵駆逐二級の砲門に不気味な光が宿り始める。

 

ダメか。

そう思った刹那。

 

視界の左から何かが横切ったと思った時には、閃光と爆発音が起こり、目の前の敵艦が突き飛ばされたように反対側へと吹っ飛ぶ。

駆逐二級は派手に水しぶきをまき散らし海面をごろごろと転がり、やがて停止した。

 

「なんだ? 」

 

もうもうと煙が舞い上がるが、損傷はしていないように見える。

再び、轟音とともに何かが飛んできて命中する。それがミサイルであることがなんとか分かった。

 

対艦ミサイル!

 

しかし、直撃の手前で駆逐二級に小さなドーム状のバリアのようなものが発生しミサイルの直撃を受け止める。

同時に爆発が起こり、衝撃で反対方向に吹き飛ばされる。そして転がる艦にさらに続けて2発のミサイルが突っ込んでいく。

さすがに、この連続攻撃に対応する防御は不可能のようで、一発のミサイルはバリアのような物で防御したものの、もう一発には対応しきれず、直撃を受け爆発する。

 

「やったー! 」

思わず声を上げてしまう。

 

誰かは分からないが、すさまじい攻撃だ。

 

駆逐二級は悲鳴のような音を上げかなりの損傷を受けながらもなんとか沈没を免れたようで、諦めることなくヨタヨタと神通へと接近しようとする。

しかし、すぐに自分の置かれた状況が悪すぎることに気づいたのだろうか? ギャスギャスと威嚇音を出しながらゆっくりと後退を始める。

 

辺りを見ると、どうやら鎮守府艦隊のリブートが完了したようだ。

味方艦が動き始めたのだ。

 

おそらく冷泉の指示を待っているのだろうが、こちらと連絡が取れないことに気づいたようで大慌てで反転を始める。

そして、敵艦と神通の間に割って入り、守ろうとしている。全艦が動いたため、混乱が生じる。

 

その隙を敵は逃がさなかった。

閃光弾のような物を爆発させると煙幕を張り、一気に撤退をしていく。ミズスマシのようなすばしっこい動きで敵艦は巣である領域の中へと逃げ去っていった。

 

「ふう……」

またまたため息をついてしまう。一体何度目の安堵のため息だろう。敵を殲滅することが可能だったが、今は助かったことを喜ぶべきだ。

とにかく、今度こそ、助かったようだ。

 

しかし、艦隊が沈黙していた状態だったのにあのミサイル攻撃は一体どこから来たのだろう?

 

現在は各艦が神通を中心にした輪形陣を組み警戒態勢を取っている状態。

 

神通が沈黙したままでは、指示が通らず艦隊が次の動きを取ることができない。

冷泉は艦橋を降りて甲板へと出ることにする。狭い階段を足を引きづりながら移動し、痛みをこらえてなんとか甲板へ出ることができた。

他の艦娘たちに状況を伝えなければ。そして指示をしなければ。

 

ドアを開け、外へと出る。日差しが痛いくらいに眩しい。

すると、すぐに司令官の無事を発見した金剛が接触するぎりぎりまで接近してきた。

 

「テートクゥ~、何かあったのー? 大丈夫デスかー」

身を乗り出して叫ぶ。

 

「神通が気を失って倒れたんだ。それに艦も動力が止まっている! 」

 

「なんですってぇー! 分かった、今すぐそっち行くネ」

そう言うと金剛が飛んだ。

接近しているとは言っても4、5メートルは離れていたのに、宙を舞うようにして彼女は飛び、冷泉の直ぐ側に音もなく着地した。

「とにかく、神通のところへ行きましょう」

 

「分かった。案内する」

再び階段を上って行こうとすると、

「テートク、その足どうしたんデスカ? 」

ぎこちない歩き方に異常を察知した金剛が指摘する。

 

「神通に飛び移る時に足を捻ったんだ。でも大丈夫だ。今は神通のほうが先だ」

 

金剛は冷泉の右足と顔を交互に見、

「了解ネ」

と頷いた。同時に横に並ぶと冷泉に肩を貸してくれた。

 

金剛は艦橋に到着すると、すぐさま椅子に横たえられた神通の側に駆け寄る。

「なるほど。どうりで意識レベル低下エラーが出ていたワケネ」

そういって神通の体を右手でスキャンするような動作をする。

 

「……どうなんだ? 」

 

「艦が大破しているから、まあ、全然問題ないってワケじゃないけど、直ちに問題があるって状態じゃないデス。だから、テートク、安心して下サイ」

 

「そうか、よかった」

冷泉は胸をなで下ろした。彼女のことを本気で心配していただけに。

 

「でも、彼女、よっぽど無理をしたんデスネー。彼女のバイタルサインが大幅に低下してます。このまま安静にした状態で移動させる必要があるネ」

 

「そうか、分かった。鎮守府までは誰かに曳航させるしかないな。じゃあ金剛、お前が神通を曳航してもらっていいか」

 

「了解ネー」

 

「疲れているのにすまないな。……よし。決まればすぐに行動開始だ。金剛を先頭に帰投するぞ。……ところで金剛」

 

「何デスか? 」

 

「深海棲艦にミサイルを撃って助けてくれたのは誰なんだ? 神通が気を失ってしまってまったく状況が分からなかったんだ」

 

「ああ、あれはデスネー……」

金剛が言葉を続けようとした刹那、階段を駆け上ってくる音がした。

 

「てーとくー!!」

艦橋のドアが音を立てて開いたと思うと

茶髪にうさみみの白い物体が飛びこんで来た。

 

衝撃とともに柔らかいものが抱きついてくる。

「てーとくぅ、私の攻撃見た~。凄かったでしょー」

声でそれが島風であるということが分かったが、少女と抱擁を支えきれずに転倒したため、それどころではなかった。

「ぐへっ」

思わず呻く。

 

「ねぇねぇ。島風がてーとくのピンチを救ったんだよね! すごいでしょ。褒めて褒めて! 」

ものすごい近くで嬉しそうに島風が喋る。

 

「まあそんな感じですネー」

金剛が呆れたような表情でこちらを見ている。

「でもネー島風、頑張ったのは褒めてあげるケド、いい加減離れるネー」

彼女の口調に少し怒気が混ざるが、少女は全く気にしてない感じだ。

 

「そうか、島風があの攻撃をしたのか」

 

「そーだよー。全速力でお迎えに来たんだけど、危なかったね」

 

「アンタだけの力じゃ無いでしょ」

何か毒気を含んだ別の声が聞こえた。

声のした方を見ると、ドアのところで一人の少女が立っていた。

 

「叢雲、お前も来てくれていたのか」

 

目があった途端、プイと余所を見る。

「……ま、なんとか生きてるみたいね。よ、よかったわね。それにしても悪運が強いわね」

 

「叢雲たちが来てくれたおかげだよ、ありがとうな」

 

「ふ、ふん。別にアンタのために来たワケじゃ無いんだから。気持ち悪い顔しないでよ」

 

「えー、てーとくーしまかぜはー! しまかぜはー」

 

「お前も頑張ってくれたな。ありがと」

そう言って島風の頭を撫でてやる。

 

「えへへ、やったね」

少し顔を赤らめながら嬉しそうに笑う。

 

「あー! みんな狡いデスヨー。テートクー! 私も頑張ったんデスヨー」

 

「そうだな、金剛。お前もよく頑張ったよ。ありがとう」

 

「やったネー。ま、まあテートクの正妻だからね。いつでも頼って欲しいネー」

 

「ま、とにかくみんな無事に帰ることができそうだ。金剛、全艦に伝えてくれ。みんなよく頑張った。みんなの力のおかげで全員無事、鎮守府へ帰投できる。ありがとう、と」

 

「了解ネー」

 

舞鶴鎮守府第一艦隊、領域制圧戦を終了し全艦損失なく帰投。

 


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