まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第30話

舞鶴鎮守府第一艦隊は、緒戦の勝利に酔いしれることなく、海域解放のための進撃を開始した―――。

……とはいっても、海流に流されるままに移動するだけなのだけど。

 

「なあ、金剛……」

 

「何ですか、テートクゥ~? 」

金剛は、どこからか持ってきた椅子を艦長席に座る冷泉の横へとくっつけるようにしてに並べた。そして、そこに腰掛けると上目遣いでこちらを見ている。

 

「あ、えと。なんか、全然速度が出ていないように思うんだけど、気のせいなのかな? 」

 

「当然デスよ、エンジンは切ってるからネー」

当たり前のように、むしろ冷泉が疑問を感じていることがおかしいかのように不思議そうな顔でこちらを見る。

 

「進撃を開始してるのに、何で進まないのかなって思ったんだけど」

何、当たり前の事を聞いてるのかな? といった感じで金剛が答えるため、何か自分が間違ったことを言ってるんじゃないかと不安になりながらも尋ねる。

 

「制圧前の深海棲艦の領域は、海図が存在しないのデース。つまーり、深海棲艦の領域に取り込まれてしまった世界は、かつてのデータは一切通用しない状況にまで書き換えられちゃってるのデス。だから、何度も何度も遠征を行い、その積み重ねで航路が判明していくワケなんデス。私たちはこの海域に進軍してからまだそれほど日が経っていまセーン。だから航路における分岐点がどこにあるかは全くもって未知なんデス。そんな中、進んでいっても燃料の浪費にしかならないネ」

 

「でも、エンジン切ってたら、ここに停泊しているだけなんじゃないのかな」

 

「テートク、No、Noネー」

人差し指を左右に振りながら金剛が否定する。

「外をよく見て欲しいネー。艦隊は動いているヨ」

そう言って艦橋の外を指さした。

確かに、外をみると外の艦は動いているのが分かる。

 

「領域には海流が幾本も有り、複雑に流れてマース。それらはいくつもの分岐を繰り返しながら、最終的にいくつかのルートが敵BOSSの元へと続いているワケ。だから私たちは分岐点を見つけたら、その時だけ向かうべき進路を決定するためにエンジンを点火シマース」

 

「そんなことしなくても敵ボスのところへ一直線に向かったほうが効率がいいと思うけど」

 

「NoNoネ。テートクは思ったよりせっかちさんだったんデスね-」

直ぐさま否定された。

「海流の流れに逆らって進んだとしても、【ヨクワカラナイチカラ】の干渉を受けるんですよ。そして、もとの海流に押し戻されちゃうか、運が悪ければ渦巻きに巻き込まれて大幅なロスをしてしまうことになるのデス」

 

「何それ、ヨクワカラナイチカラって」

と思わず突っ込んでしまう。

渦潮に巻き込まれたってことだけはゲームで体験してますが。

 

「ダ・カ・ラ……。ここは深海棲艦の領域(テリトリー)であることを思い出して欲しいデース。その原理や方法は全くワカリマセンが、通常自然界の摂理がこの領域の中では完全にねじ曲げられて、あいつらの都合のいいように書き換えられ変質されてしまってるノ」

 

「それじゃあまるでチートだな。ルールは敵が作っているっていうなら、絶対に勝てないじゃないか」

 

「うーん。その辺は良く分からないネー。でも、あいつらのチカラも万能では無いみたいで、さっきの戦闘でわかると思うけど、戦闘だけは普通に行われ、勝つ時もあれば負ける時もあるわけなのです。だから、それまでの間はこの世界のルールに従って進むしか無いワケなの」

 

「つまり森羅万象を奴らが完全に掌握している訳では無く、その一部を、限定的に、彼らに都合良く書き換える権限を与えられているだけだと。深海棲艦の固有結界の中に引き込まれている訳ではないということだね。空想具現化は完全ではないと。ふむふむふむふむ。つまり、領域と呼ばれる世界の真理を解析することができたなら、奴らを出し抜くことも不可能では無いということか……」

 

「えとえと、何言ってるか分からないネー」

金剛が心配そうにこちらを見ている。

 

「あ、ごめん、いや、気にするな金剛。独り言だよ。つまりは、無駄に流れに逆らっても結局は引き戻されるだけだから、移動については流れるに任せるということだよね」

妄想から現実へとシフトする。

 

「そうデース。あいつらの領域外なら、反重力リアクターエンジンによりほぼ無限の移動能力を持っているんだけれど、この領域の中ではそういったテクノロジーは【稼働限定指定】とされているワケ。だから化石燃料による移動手段を使うことになっちゃうわけで、おまけに武器も実弾系に制限されてるの。……まだ調査がほとんどできていないこのエリアをむやみやたらと移動しちゃうと燃料切れで立ち往生なんてことになっちゃう可能性が高いネー」

 

「つまり、極力、燃料消費を抑えなければならないから、エンジンを切って海流の流れに身を任せているってわけなんだな。……海流の流れの先に敵がいるわけだから、理にかなってるってことか」

 

「海域を制圧できればいいけど、できなくて撤退する場合は流れに逆らって来た道を帰らないといけないから、その燃料もきっちり残しておく必要があるネー」

 

「なるほど。だいたいは分かったよ」

 

「敵艦隊との交戦がいつになるかは分からないから、常に警戒はしておく必要がありマスけどね」

 

「いつ敵艦隊と接触するかは分からないのか? 」

過去何度かこのエリアに来てるだろうから、緒戦・次戦くらいの接触ポイントや構成は把握できているんじゃないだろうか?

 

「基本的には海流の分岐点が艦隊戦の場所になるケド、遊撃的に動いている奴らもたまにいるから何ともいえないネー。でも、まああと一日くらいは遭遇しないと思いマスよ」

少し考えた後、金剛が答えた。

かなり適当に答えたように感じられたが。

 

そして、彼女の言うとおりに何事もなく夜が更けていく。

 

慣れない(慣れるわけが無い)戦場。そして、いつ戦闘が起こるか分からない状況に対する異常なまでに精神が張り詰めた状況が続く。

何か食べないとこのままじゃ保たないな、と思い途中で買い物した携帯食を食べようとするが、何故か味が感じられなかった。スポンジか段ボールを口に含んでいるような気がしてとても食べられる味じゃ無かった。島で試食したときはそれなりに美味しかったような気がするんだけど。これも領域の影響下にあるものに該当するのか。それとも単に緊張しすぎているせいなのか。

仕方なくミネラルウオーターを飲んで誤魔化すしか無かった。

 

空腹なのに食べるものがのどを通らない。眠さをかなり感じているのだけれど眠れない。

この体の変調も領域の影響なのだろうか。

 

椅子に腰掛け、隣に座る金剛を見る。

彼女は真剣な表情でモニタを見つめている。

かすかに唇が動いて何かを話しているように見える。おそらくは他の艦娘と通信しているのだろう。

彼女は休むことなく各艦娘と交信を交わして状況把握を行っているようだ。時折、状況を冷泉に教えてくれる。

「特に異常なし」と。

 

休むことなく食事を取ることもなく、疲れなどまるで見せないそのタフさは、彼女たちが人で無く人を超越した存在であることを示す一つの証拠といえた。

戦地においてはこちらから話しかけない限り、金剛でさえ普段のあのボケボケぶりを見せない。

 

艦橋の窓から見える風景は暗闇に覆われたままで、かすかに他の艦の明かりが明滅しているのだけが見える。

灯りの明滅を見ているとうつらうつらとしてくる。

 

「テートク、何かあったら起こすから、寝たらどーです? 」

心配そうに声をかけてくる。

 

「うん、そうだね」

彼女の言うことが正しいのは分かってる。だから背もたれを倒し目を閉じてみる。しかし、そうすると何故か急に艦隊戦の光景が浮かんでしまう。そうなると次の戦い方を意味も無く考えてしまうし、敵艦との戦いで誰かが犠牲になってしまうような嫌な予感がして不安になってしまう。駄目だ駄目だと思い目を開いてしまう。それを何度も繰り返すだけで休むことなんてとてもできそうにない。

おまけに、まだ体調も万全とはいえない状態での出撃で、いつも以上に疲労が蓄積されていっているのがはっきりと認識できる冷泉。

 

それにしても、やはりおかしい。

 

この疲労感は普段では考えられないほど、ありえないものだ。

人間が深海棲艦の領域に行かないのは、あながち戦場に行くのが嫌だからだけではなかったのかもしれない。

冷泉は少し考える。やはり、個人的に感じている緊張や興奮以上に、この領域の何かが悪影響を与えている可能性も考慮すべきなのかもしれない。

 

いろいろ考えてみるが、そんなことお構いなしに時間だけは経過していく。そして疲労だけが蓄積されていく。

冷泉は起きてはいるものの、なんだかもやがかかったみたいに思考がはっきりとせず、何を考えても上滑りしているようにさえ感じ、少し不安になるが、すぐにそれも何故不安になるのかが良く分からなくなっていた。

 

やがて外が白み始め夜明けが近いことを知らせる。

ただ、冷泉の知る朝ではないが。

 

そして、運が悪いことに雨がパラつき始めた。

「Oh! 霧まで出てきたネー」

 

いつのまにか霧のようなモノが立ちこめてきていて、次第に視界が狭まっていく。

見えていた各艦娘の灯りもぼやけて次第に見にくくなって行っている。

 

「これはひどいな」

 

「領域の天気は変わりやすいね。悪天候での艦隊戦は良くある事ネー。だから大丈夫デース」

不安げに呟いた冷泉を励ますように金剛が答えた。

 

これは明らかにいい状況ではない。霧が濃くなれば航空機が発艦できない。航空機による偵察が不可能となると索敵が弱くなる。敵に対するアドバンテージといえる索敵能力をそがれてしまうと、地の利がある敵に有利だ。おまけに雨まで降り出して視界がさらに悪くなる。水上機の発進も無理のようだ。

 

仕方なく巡洋艦大井と神通が索敵のため艦隊から前後に大きく離れて索敵に当たらせることとした。

 

それから、それぞれの艦同士がこの霧の中で誤って衝突を起こすような事態を避けるため、普段より距離を取るように指示を追加。

いろいろと金剛経由で指示をし終わると、急に眩暈がして、倒れそうになる。

 

「テートク、大丈夫? 」

 

「ああ。大丈夫だ。ちょっとふらついただけだから」

心配させないように笑顔を作ってみるがこわばっていたのだろうか。

「もー! テートクは限界を超えてマース。ここは妻を信じて休んで欲しいのデース!! 」

そういうとどこからかマットレスを運んできた金剛。

無理矢理冷泉を押し倒す。

「ひゃ! 」

なぜか情けない声を出してしまう冷泉。金剛はマットレスの上に座ると冷泉の頭を自分の膝に乗せる。

「目を閉じて、少し休んでくださーい。何かあったら起こしマスから……ね」

そういって冷泉の頭を撫でる。

金剛の太ももの感触。頭を撫でる柔らかく小さい手。それは何故だか冷泉の気持を次第に落ち着かせていく。

「すまない」

そういうと、冷泉は瞳を閉じた。

微かに聞こえる風や波のような音だけが聞こえてくる。

次第に意識が眠りの世界に沈み込んでいきそうになるのを遠くに感じていた。

 

しかし!

唐突に艦内にアラームが鳴り響く。

 

冷泉は慌てて目を開く。一瞬、現実なのか夢なのか区別できなかった。

「な、何事? 」

 

「もう! せっかくテートクが休めるところだったのに」

忌々しげな口調で金剛が呟く。

 

「テートク、敵襲です」

そう言って敵と遭遇を知らせる。

 

「な。……金剛、状況を教えてくれ」

 

「敵艦6隻。距離至近」

 

「なんだと」

驚愕。

 

「敵はこの雨と霧を利用して、距離を詰めてきてたみたいネー」

 

モニタに映し出された映像には鎮守府艦隊の隊列をど真ん中を遮るように、6隻の艦影が映し出されていた。


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