「祥鳳に指令。艦爆の出撃準備を急げ。めいっぱい爆弾を搭載し、とにかくなんでもいい、飛べるだけの数を発艦させろ」
冷泉は今回の遠征に際し、過去のこの領域攻略戦における情報すべてに収集して目を通していた。
その結果、この領域における全ての戦いにおいて出撃してきた艦船は、軽巡洋艦までだったのだ。空母は一切現れず、潜水艦の姿も確認されていない。ただ、当然ながらBOSS戦は行われていないため、それ以上の艦船が出てくる可能性は否定できないが、今回の戦いについて、冷泉の中では海域攻略を目標とはしておらず、とりあえずは敵BOSSを確認できれば十分な戦果だと考えていた。そして運良く攻略できればもうけものと考えていたため、精神的にはかなり余裕をもっていた。故に出撃に際し航空戦力による戦いは捨て、対艦攻撃能力のみに特化させていたのだった。
ただ、舞鶴鎮守府の艦隊における空母が祥鳳という軽空母一隻しかいないという事実から容易に予想はできたのだが、艦載機についても型遅れの機種しか無く、しかも数もギリギリしか無かったことには本気で怒りさえ覚えていた。
勝つつもりはあるのか! と。
主戦力である「九九式艦上爆撃機」だけでは足りず、倉庫で保管されていた「九六式艦上爆撃機」も積み込んでいる。さすがに九六式は複葉機でぼろっちかったが無いよりマシと思っていたが、飛び立つその姿をみて、本気で大丈夫かと自分の作戦なのに不安さえ感じた
ちなみに、航空機には人は搭乗していない。無人機のように見えるがはたしてどうなのだろうか。……通信機器はほとんどジャミングされて使えないこの領域であの数の航空機を同時に遠隔操作することなんてできるのかな。金剛に聞いたら「妖精さんが操縦している」とのことだった。彼女の言うことだからあまり当てにならないけれども、艦隊これくしょんでも確かに妖精さんが操作したり艦内の作業を行っているとのことだったから、まあそんなもんだろうか。いやそうなんだろう。きっとそうに違いない。たぶん。
「テートク! 隊列を整えたデース」
「よし、大井に指令。甲標的を発進させるんだ」
冷泉の指示を素早く伝達する金剛。
肉眼でも深海棲艦がはっきりと確認できる。相変わらず単横陣のままの隊列を維持してこちらに向かって来ている。
「テートク、大井から攻撃指令はまだ? だって」
「まだ射程に入っていないだろ? 撃って当たらないだろうし、そもそも届かないだろ。うーん。なんかまどろっこしいなあ。……なあ金剛、彼女の言っていることをそのまま伝えたりできるか? 」
「了解ネー。えっと、コホン。【提督、早く指示をお願いします。そう言ってる間に敵艦はどんどん近づいて来てるわ】」
【】部分については妙に作った声を出す金剛。どうやら金剛的には大井の声真似をしているらしい。あまり似ていないが。
ぽん! ぽん!
相変わらず敵は射程外なのに砲撃を始めるてくる。奴らは本拠地にいるわけだから弾薬の残量を気にする必要が無い。だからやたらめったらに弾幕をはってくるのだ。あわよくば射程外よりの砲撃こちらにもさせ、弾薬の浪費を誘うつもりなのだろうか。確かにさっきまでの艦娘たちの対応を見れば有効な作戦であることが分かった。しかし、敵の攻撃にこちらも同じように合わせたら、弾薬があっという間につきてしまうだろうな。
「【きゃー! 早く反撃の指示を!】」
悲鳴まで伝えなくていいんだけれども。
それでも緊迫感は伝わってくる。
「まだまだ。辛抱してくれ、大井」
「【え-。チッ、まったく使えない提督ね。ゲフンゲフン……提督、了解しました。私は提督の指示を待ちますね。】」
言葉は丁寧だが、かなりいらついた口調になっている。
「【ちょっとぉ~金剛、アレに余計な事を伝えないで!! 】」
声を潜めて伝えてくる金剛。二人はなんかやりとりしていますが、金剛が馬鹿正直にそのまま伝えてきてるので、ちょっと落ち込んでしまう冷泉。
そんなやりとりの中、大井から放たれた甲標的と敵艦隊との距離が縮まり、射程内となっている。敵は甲標的の存在を捕らえられていない。敵艦隊は4隻の艦のうち、右から二隻めの艦が突出している。
「よし、大井。雷撃戦を開始してくれ。目標は右から二隻目の駆逐イ級! 攻撃開始と同時に全艦最大戦速で前進してくれ。つづけて祥鳳に指示。艦載機を発艦させろ。全艦、攻撃は一番前に出ている駆逐イ級のみに集中。とにかくあれを撃沈する」
まずは甲標的の雷撃つづけて、艦載機による爆撃。そして砲撃。これをすべて一隻に集中させればさすがに沈めることができるだろう。これに成功すれば6対4から6対3となりさらにこちらが有利となるはず。
頭上を祥鳳から発艦した艦載機が通過していく。
大井の前方数百メートルをよたよたと進んでいた甲標的より二本の魚雷が発射される。完全に射程内。命中すれば敵も無事では済まないはず。
拡大映像としてもさすがに甲標的の潜望鏡は見えないが敵艦の前部右側に水柱が上がったのは確認できた。
「【やったー! 命中!! さすが私ね】」
はしゃぐ大井の声真似をする金剛の声が艦内に響く。
魚雷命中のダメージがどの程度かは分からない。艦これでの大井の雷撃なら駆逐艦クラスなら轟沈だろうが、これはまたゲームとは異なる。
追撃の必要性はあるだろう。
「航空機による爆撃を開始せよ。大井、甲標敵を回収開始。金剛は大井を追い越し砲撃戦を展開しつつ的艦隊の中央を突破する。扶桑、高雄は祥鳳を護衛しつつ続いてくれ。そして神通は回収中の大井を援護し、同様に中央突破してくれ」
「了解ネー。戦艦金剛、最大戦速で突っ込むネー!! 」
エンジン音がさらに高まり、戦艦金剛が加速する。
クレーンを出し甲標的を回収中の大井を追い越す。大井の周囲には敵艦からの砲撃による水柱が立っている。ただ、敵艦は祥鳳から発艦した艦載機に注意を奪われているせいか、無防備状態の大井への攻撃は散発だ。
黒煙を上げる駆逐イ級に次々と九九式艦上爆撃機および九六式艦上爆撃機の混成部隊の攻撃が続く。
「【何なの? 私、狙い撃ちされてるじゃない。被弾したらどーしてくれるの? あのバカ提督、マジ、ムカツクんですケドー。あ……金剛、これあれに伝えたら駄目よ】」
「ごめーん。伝えちゃった。【な、なんですってぇ! 今のは冗談ですよ、提督。金剛も冗談はやめてもらえる? てへ】」
漫才でもやってるのか、こいつら。
そんなことを考えるが、すぐに状況把握に努める。
艦載機の爆撃のうち数発がイ級に命中したようで、爆発が起こり、黒煙を上げている。どうやらかなりのダメージを受けたようでさらに爆発が続き、砲撃もできない状態だ。浸水もひどくなってきたようで、次第に傾きはじめている。
いわゆる大破状態。
全速力で疾走する金剛が敵艦隊に急接近する。
爆撃機への応戦に意識を取られていた敵艦隊もさすがに戦艦の接近に気づき、こちらへ砲撃を開始しはじめた。
一隻が金剛に向かってくる。
「よし、接近中の艦へ攻撃する」
「リョウカイ、私の実力、見せてあげるネー」
「いや、まだだ。……引きつけるだけ引きつけるぞ。いつでも砲撃できる準備はしておけ」
「えー! 」
不満げに声を上げるが、それ以上の言葉は無かった。
「ぐぬぬ。ここはテートクに従うネー。夫の言うことはまず全て受け止める。それが正妻の度量ってヤツネー。ふふん。もちろん、テートクの指示ですぐ撃てるように準備できてるョ」
どこでそんな言葉を覚えるのだろうか。聞いてみたいが今はそれどころじゃない。
駆逐イ級は砲撃しながら一直線にこちらに向かってくる。緑色の二つの目がさらに輝きを増し、口を大きく開いて威嚇してくる。歯茎のようなところまでむき出しにしている。
「あんなのに噛みつかれたら大変ネー」
早く砲撃しろということなのか、不安そうに金剛が呟く。
敵艦は速度を落とすことなく、一直線にこちらに向かいながら砲撃を繰り返す。
次第にその精度が上がっているようで、直ぐ側に着弾し水柱が上がる。
「テートク……」
不安げに金剛が呟く。
「当たらなければどんな攻撃も何の事は無い。敵の攻撃など気にするな。今は狙いを定めるんだ」
敵艦との距離はほとんど無い。
「金剛、今だ! 砲撃開始。敵をなぎ払え」
「了解、撃ちます!Fire! 」
前方で閃光と轟音。
戦艦金剛の連装砲が火を噴いた。
激しい爆発音と共に、前方より急接近中だった駆逐イ級に着弾する。敵艦は船体の上部が吹き飛び、激しい火炎を吹き上げる。
「直撃ネー! 」
金剛が声を上げる。
「速度を落とすことなく、敵艦の左を通過しながら追撃する。砲撃準備完了後、砲撃だ」
「リョウカイネー」
黒煙を巻き上げる駆逐イ級の横を通過しながら金剛が追撃を加える。
全弾命中。
至近距離からの戦艦の一斉射撃をまともに食らって無事に済む艦船など存在しない。しかもそれが駆逐艦であればなおさら……。
爆発を繰り返しながら駆逐イ級は沈没していく。
「やったネー! テートク、やったよー」
金剛がはしゃいで抱きついてくる。なんだか嬉しいけれど、今は戦闘中。デレる気持を押さえて指示を続ける。
「わかったわかった。よくやったよ、金剛。だが戦闘はまだ続いている。現状を報告してくれ」
秘書艦の報告によると、戦況はほぼ決したようだ。大井の雷撃と祥鳳からの艦載機の攻撃により駆逐イ級沈没。金剛の攻撃により駆逐イ級沈没。高雄、扶桑の攻撃により駆逐イ級中破。
艦隊は金剛を先頭に単縦陣を維持しつつ、敵艦隊を突破している。
「全艦、急速反転。敵艦隊の背後を突く。それと金剛、祥鳳に確認してくれ。艦載機の状況はどうなっているかを」
「現在、第二次攻撃隊の発艦準備を完了してるんだって」
すぐに報告が入った。
「さすがだな」
「てへ」
何故か金剛がデレる。
指摘しようと思ったがまあ良い気分になっているところを邪魔しても悪いかな。そういうことでここは何も言わずにおく。
「よーし、敵を殲滅するぞ」
すでに勝利は確実な状況ではあるが、確実に敵を倒し、敵の戦力を削いでおかないと。勝てるときは確実に徹底的に勝っておく。これは間違いない。
「リョウカイネー」
そして、舞鶴鎮守府第一艦隊は深海棲艦との最初の艦隊戦おいて完全勝利を収めることとなった……。