きっと……想いは届かない。
強く想えば想うほど、逆にそれは遠のいていく。
世界に神は存在などせず、仮に存在したとしても自分の事など見てもくれない。
どんなに願おうとも、届くことなく、叶うことの無い願いなのだ。
そんなことにはもう慣れていたはずだった。
努力が足りない……人は簡単にそう言うだろう。
確かにかつてはそうだったかもしれない。自分にとっては必死に必死に頑張ったつもりだった。だけど、他人から見たらその努力など小さなものでまだまだ不足していたのかもしれない。
願いが叶わなかったとき、自分の努力が足りなかったと何度も何度も自分に言い聞かせ、思うようにならない現状から目を背けて自分を納得させていた。
そうだ、昔はそうだった。まだまだ自分の努力不足だった。
どこかで全力を出すことを避けて、逃げ道を作っていた。
自分はまだ本気じゃない。だから、今回失敗したんだって、本気じゃなかったから、仕方ない。
俺は、まだ本気じゃないんだから……。
本気を出したら、きっとすべてがうまくいく。いくはず……なんだ。これだけは間違いない。
けれどこの世界に来てからは……、舞鶴鎮守府司令官になってからは、死ぬ気で頑張ってきたつもりだった。
何故なら、自分一人の世界では無かったからだ。
大切な部下たちを守るために、自分に逃げ道を確保する余裕が無かったからだ。
寝る間も惜しみ、必死に必死に頑張った。
しかし、すべては空回り。自身の能力不足を痛感するだけで、何も為すこともできず、ただ流されて多くのものを失い、これからも失い続ける人生となってしまった。
そしてまた、……何もできなかった。何もできずに見ているだけしかできなかった。
「くそっ! 」
床に両手をついた冷泉は、頭を強く床に叩きつける。
何度も何度も。鈍い音が響く。
痛みが全身を貫くが、それが自身の抑えきれない感情を、辛さを打ち消してくれる。
意識せずにあ増えだす涙のせいで視界がぼやけて見えなくなっていく。
「まただ。また……俺は何もできない。ただ喚くだけで何もできなかった」
嗚咽が漏れてしまう。
何度も自身の弱さ、情けなさ、無能さを知らされているのにまだ許してくれないというのか。
「くそっ」
現実から目を逸らそうと、また床に頭を激しく打ち付ける。先ほどよりも強い力で何度も何度も。
それで何かが解決などするはずもない。
ただ、自分を傷つけるだけで、何も解決なんてしない。ただの自傷行為でしかない。そこに何の意味もないし、解決すべき問題は残されたままで一歩も進んでいない。むしろ、後退しているだけでしかない。
そんなことは分かっている。
けれど、一体、俺にどうしろというのか。
これ以上、無能な自分に一体何ができるというのか。
もう許してくれよ。休ませてくれよ……。
刹那―――。
脳裏に少女たちの姿が浮かぶ。
それは加賀であり、長門であり、神通であり、舞鶴鎮守府で部下であった艦娘たちの姿だった。そこには沈んで逝った艦娘たちの姿もあった。
彼女たちは冷泉を見つめているだけで、何も言わない。
助けてほしい……。
苦しい……。
なんとかしてほしい……。
彼女たちの気持ちは、そうなのだろうか?
否、そうではなかった。
彼女たちは皆、冷泉の事を気遣うように見つめていたのだ。
彼女たちの想いが伝わってくる。
自分たちの事なんか構わずに、あなたはあなたのために生きてほしい。あなたは十分、私たちのためにやってくれた。これ以上苦しまないでほしい。もう十分なものを、あなたは私たちに与えてくれた。でも、もういい。あなたの苦しむ姿を見ることは、私たちにもっても苦しみでしかない。
あなたが私たちを想ってくれるのと同じくらい、いえ、それ以上に私たちもあなたの事を想っている。
だから、もう十分です。
あなたはあなたのための人生を歩んでください。私たちに囚われないで……。
それが冷泉の思いこみなどではなく、偽りのない彼女たち想いであることを冷泉は感じた。
艦娘たち皆の総意であることを。これまでの付き合いの中でそれは分かっていたことだった。
ドン。
冷泉はもう一度だけ渾身の力を込めて額を床に打ち付けた。
袖であふれ抱いた涙をぬぐう。額が切れていたようで袖が真っ赤に染まっていた。
「まだだ。こんなのころで止まっているわけにはいかない。……俺はまだ何も成し遂げていない。無能な俺でもまだできることがあるのだから。最後の最後まで足掻くしかない。皆の優しさに甘えるわけにはいかない。まだそんな時じゃ無い」
冷泉は体中の痛みをこらえながら立ち上がる。
こんなところで止まっているわけにはいかない。
何故ならまだすべてが終わったわけではないはずだから。
この先、どんな運命が待ち受けているかは分からない。あるのは最悪の運命しかないのかもしれない。けれど、それは最後まで行かない限りは分からないのだ。
ほんのわずかな可能性があるのなら、そこに賭けるしかないのだろう。
何故なら、冷泉の運命は冷泉一人のものではないのだから。多くの部下たちの運命でもあるのだ。諦めているわけにはいかない。這いつくばってでも立ち向かわなければならないのだ。
それは、最初に艦娘たちに約束したことなのだから。
たった一つの約束だ。
それくらい守らなければ、何のために生きてきたのか。
できるできないなんてまだ分からないけれど、それでも足掻くしかないのだ。
一歩踏み出した刹那、ふらついて転倒しそうになる。
しかし、何かに支えられるのを感じた。
「大丈夫ですか? 」
と、少女の声がした。
「え? 」
聞きなれた声色に思わず声を上げてしまう。
見上げた視線の先にいる少女の顔を見て、微かにうめいてしまう。
どうしてこんなタイミングでこの娘が出てくるんだ?
「どうしたのですか、冷泉提督。何か変でしょうか? 」
淡々とした口調で少女が話しかけてくる。
グレーのベストを着た、少しきつめの瞳。ピンクのリボンタイにピンクの髪。
かつて冷泉の部下であり、彼を裏切り敵対した艦娘。そして、最後は冷泉を庇って沈んだ艦娘。
不知火だった。
一度、第二帝都で見かけているから、これで二度目だ。
なんということだ。
冷泉は歯ぎしりをしてしまう。
すべては裏で三笠が糸を引いているのは間違いない。
どうしてこんなタイミングで彼女と引き合わせるのか。
心を乱すようなことを何の意図でするのか。
金剛と引き合わせてみたり、今度は不知火とか。
理不尽な状況に、腹立たしさがこみ上げてくる。
一体、何を考えているのか。何をしたいのか。
「提督? 不知火に何か落ち度でもありましたか? 」
冷泉の気持ちなどまるで知らない不知火は、少し不機嫌そうな表情で問いかけてきた。